話がある、とは言われたものの全く身に覚えがないし、寧ろ昨日は平和に終わったはずだった……
……と考えてみたが、十数匹の未確認ポケモンの死体が海岸下に沈んでいるのを思い出し、心拍が上がった。やばい、何の言い訳も持ち合わせていない。
ライチさんは避難こそ受け持ってくれていたが、肝心のウルトラビーストについて何も話してはいない。薄々勘付いてはいるだろうが、ジョーイさんの前では隠し通すのも難しそうだ。
「話って、いったい何でしょうか?」
「カプ・テテフの件よ」
わからん。邪神ゆえ心当たりはごまんとあるが、こうやってトレーナー直々に呼び出される事は無かった。ただ、今まで我慢していたが、堪忍袋の尾が切れた可能性も否定は出来ないが。
「うちのハルジオンがまた何かやったんですか? ご迷惑をおかけし本当に申し訳ありません。つかぬ事を伺いますが、その、何をやったのか聞かせてもらえませんか?」
「今回の件は、アローラの存続に関わるかもしれないの」
益々わからん。アイツの邪智暴虐は留まることを知らないものではあるが、それでアローラが滅びそうになる事はなく、守り神である自身の本質を見失うような奴ではない。唯我独尊の極みとはいえ、短い付き合いでもそれくらいは分かる。
「あたしたちの祀っていた、カプ・テテフが消滅したわ。まだ日が昇らないうちにね」
「えっと、え? それは本当ですか?!」
目眩がする。思考が上手く働かない。
「夜に大規模な戦闘音が、アーカラ島の外れから響いてたの。守り神同士の戦いは熾烈で、数時間に渡ってたわ。実際に見た人も多いし、もう隠しきれないかもしれない」
「島クイーンとはいえ、ケンさん……貴方が泊まっているかどうか、何処かに出かけているかどうかを伝えるのは憚られましたが、事情を聞いてはそうも言ってられなくなりました。
貴方は、私たちの守り神を滅ぼしてしまったんですね」
それは、ハルジオンが勝手にやったことだ。
そう言えたらどれだけ楽か。良くも悪くも、ポケモンのやった事はトレーナーに返ってくる。今の俺たちは、この世界の、このアーカラ島にとって
「別に責めてる訳じゃないよ。あたしにとってカミサマは仕える対象で、そのカミサマ同士が争い合って、一方が生き残ったってだけ。でもアーカラ島はそうはいかない」
「神の消滅を知れば、今までバランスが取れていた他の島の守り神たちが何を行うのか。その混沌から身を守る術が無いわけではありませんが、穏便には済まないでしょう。領土を広げるために攻め入られるかもしれませんし、同胞を滅された怒りで天罰を下すかもしれません」
ジョーイさんの意見も最もだ。何があっても不思議ではない。守り神の関係は、結束とも、均衡ともとれる。
「だから、誰かがアーカラ島を守らなきゃアローラ全体に悪影響が出る可能性があるの。その責任を負えるのは、ケン。あんたとハルジオンしかいないの」
「争うのであれ、天罰を下すのであれ、貴方達であれば無問題です。貴方のカプ・テテフであれば、どの島の守り神より強いんですから」
「だから、ケンには次期島キングの座を明け渡すわ。貴方が二十歳になる迄はあたしがするけど、アローラから離れるのは控えて頂戴ね」
「つまり、私に、一生この世界のアローラで暮らせって言うんですか」
耳が痛くなる静寂。重い空気、気まずい感覚が空間を支配する。
「無理には言わないわ」
「ちょっと!! ライチさん状況が分かってるんですか!?」
「彼は、周りの環境に振り回された末に此処へ辿り着いた。その責任の一端を担っているには違いないけれど、それはあたし達にも言える事じゃない?
守り神がいなくても、あたしがいる。ククイやバーネットがいる。島のみんながいる。むしろ、こういった頼りきりな部分を変わっていかなきゃいけないのかもね」
少し苦笑いを浮かべる彼女は、どこか照れ臭そうだった。まるで今まで謝れなかったことを、恥ずかしそうに口にするような。
「だから、一時的にでもいいから少し考えててくれないかい? ケンがいれば百人力だからさ」
「……ライチさん」
少しだけ、時間をください。捨て台詞のようにそう言って、踵を返し自分の部屋に戻った。
「ライチさん……」
「心配しないで、決して悪い方には進まないから……つい最近、顔馴染みに聞いたの。彼は居場所を求めているって」
「え、それって……」
「言っておくけど、この話は他言無用よ? あたしとケンの信頼関係に関わるから。あと住む場所の手配とかもアタシがするから」
「必死、ですね」
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部屋に入ると、既にハルジオンは起きていた。いつも以上に上機嫌のようで心なしか和かなのが癇に障る。
「ハルジオン、どういうことだ?」
「さっきケンが話してたこと? そのままよ、アタシがアイツを消してきたの。アイツってば自分がホンモノだって煩くって」
「だからって殺すことはないだろ。下手をすればお前が代わりに守り神になって、俺も罰を受けることになるかもしれないんだぞ」
「アタシだって我慢したんだよ? 精々半殺しにして放っておこうとは思ったんだけどさ、
『お前からあの人間を奪う』なんて言われたら、もう生かしてはおけないよね」
「アタシからケンを奪うなんて方法さえ知りたく無かったし考えたくもなくて、そしたら急に沸沸と身体から力が溢れてきて、きっとこれは愛の力だなんて思っちゃった。それからサイコキネシスで何度も何度も何度も何度も何度も何度も念入りに念入りに捻り潰して壁に叩きつけてからムーンフォースで死ぬまでじっくり焼いてあげたの。ウザくて硬い相手用にケンがお薬飲ませてくれたおかげでいっぱい技も撃てたし、技の威力も最大限に発揮できるよう調整してくれてたしやっぱり愛の力だよね?おかげで塵一つ残す事なく綺麗さっぱり排除出来たしケンとの愛を今一度再認識しちゃったよ。そんな大事な大事で大事すぎる掛け替えのないケンとの仲を引き裂こうなんて言っちゃいけないし思ってもいけない事だし、そういう奴はどんなものであろうと許されないよね。ケンは頑張ってきたアタシを褒めてくれる?」
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ハルジオンの狂気に心が折れ、よしよし一時間の刑(執行猶予5秒)に処された一時間後、ジョーイさんへチェックアウトのために顔を合わせると、さっきの排他的な視線とは打って変わって同情のような目を向けられた。デジャブを感じる。
頑張ってください。そう言ってポケモンたちを手渡された。少しだけ締め付けられた心が軽くなった気がした。代わりに首が締め付けられた。
ライチさんの家へ訪ねに行くべく、人通りの多い道を人目を気にすることなく歩いていく。早朝の事もあり、こちらへ向けられる視線も昨日までとは少し違っているように感じる。目立つのは相変わらずなので気にしないようにする。
わざわざ人通りの多い道を通るのは避けたいところだが、ライチさんが大通りにお店を構えているのだから仕方がない。どうしようもないので早足で向かった。
「お、早かったね。気持ちは固まったかな?」
「はい。やはり元の世界へ戻りたいという気持ちはありますが、この世界で骨を埋めるのも悪くはないかと思いまして」
「……同年代と比べて、少し、いやかなり固いなぁ。昨日というよりずっと前から気になってたけどさ、あたしってそんなに信用ならないかい?」
「いえ、これは私の性分ですので……」
「親しくもない大人に、そうやって壁を作るのがかい? あたしはもっと、ケンと仲良くしたいよ。そうやって綺麗な上辺だけの言葉より、あたしはあんたの本心が知りたい」
真っ直ぐ見つめられたせいか、それとも図星を突かれたせいか、恥ずかしさで目を逸らしてしまった。すると初めて表情らしいものが見れたと愉快そうにライチさんは笑う。
「わ、俺は、ここでポケモンたちとゆっくり過ごしていきたいと思ってます。だからライチさん、力を貸してくれませんか?」
「んー、及第点かな! 敬語は使わなくていいよ、ハルジオンにも認められてるし、あたしもあんたを認めてるからね」
「いえ、それでもライチさんは目上の方ですし……」
「いいのいいの! どうせ一緒に住むんだから、そういうの面倒でしょ?」
「そうですか。え、一緒に、住む?」
和気藹々とした空気の中、爆弾発言が繰り出された。
「え、ククイから聞いてたけど戸籍が無いんでしょ? 田舎とはいえ、収入も職も無いし、そんなんじゃ家も借りれないよ。ウチは部屋も余ってるし、何だったら一緒の部屋で寝てもいいよ?」
「ねえ、ちょっと調子乗り過ぎじゃな「すみませんでした」
見逃しそうな程、恐ろしく早い謝罪だった。とはいえ少し考える。今はリーリエといい感じだし、そんな中、付き合ってもいない女性の家でヒモ生活を始めるとなれば幻滅一直線で破局間違いなしだろう。駆け引きの一環で住んでみてもいいのだが、俺とリーリエの仲がどのようなものかで変わってくるし、一旦様子を見て決めた方が良いだろう。
「ライチさんの申し出はすごく嬉しいんですけど、やっぱり今すぐには難しいし、この世界のアローラを見て回りたい気持ちもあります」
「そっかそっか。何も今すぐじゃなくていいから、困ったらあたしのところにおいで。力になれる事ならなんだってするよ」
「ありがとうございます、とても心強いです」
いいってことよと肩を叩かれる。エールを送ってもらえてる気分になるが、ハルジオンが微妙な表情を浮かべてる。あまり触って欲しくないようだ。
「じゃ、この後祭壇に行こうか」
「はい。どのようになっているか自分の目で確かめないと」
祭壇はハルジオン曰く、全く変わらないとのことだった。幾ばくかの祈祷と粉飾を終え、帰路に着くと、行きで見た光景を再度思い出す。荒地のようになっている、急ピッチで作られた橋のようなものが掛かった変わり果てた島の光景だ。
せっかく綺麗に痕が残らぬよう、昨日は掃除をしたというのに。こうなることなら気にせず放っておけばよかった。
「お待ちしておりましたよ、ケンさん」
「いつぶりかですね、リラさん」
簡易橋の向こうに、リラさんが立っていた。リラさんはハンサムさんと一緒に帰らず、少しアローラを見て回ると言っていたが……まだ事後処理が終わっていないのだろうか。
「ええ、お久しぶりです。それとライチさん、今少しお時間いただけますか?」
「うん、わかった。そしたら、ケンは先に帰って、ハルジオンにパンケーキでも食べさせてあげな」
「じゃあ、今日はここまでで。ありがとうございました」
島クイーンと国際警察。昨日の今日で密会……怪しい、怪しいが後を付けてバレると怖いし、大人しく帰った方が無難だろう。おそらく悪くはされないだろうし、最悪はポケモンたちと窮地を切り抜ければいい。そう、主人公みたいに。
「パンケーキなら、昨日行ったお店にもあったよね」
「じゃあそこにするか」
特にやることもないし、ミヅキたちが来るまでコニコシティで待っていればいいだろう。少し軽くなった身体で、パンケーキ屋へと向かった。
「リーリエ、貴方……よくもまあ抜け抜けと」
「おかあさま、少しお話しがあって来ましたの。まずはこのボールを見てください」
コロナのおかげで仕事が逆に増える悪循環……皆様も体にはお気をつけ下さい