真顔のシングル厨がアローラ入りするお話   作:Ameli

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地獄のポケリフレ三本勝負。

 蓋を開けてみれば秒殺だった。

 

 

 片方のカリキリをニトロチャージで加速しつつ処理し、そのままの速度でカイロスを翻弄、シザークロスを外したカイロスは火の粉が数発当たると戦闘不能となった。それを見たもう片方のカリキリは逃亡しようと背を向けたところに、火の粉が突き刺さりノックアウト。

 

 

 非常に鮮やかな手腕で驚かされる。

 

 

 驚かされたのは、メラルバの熟達した動きは勿論だが、それ以上にリーリエの的確な指示だ。必要最低限で十二分に力を発揮させる、実に無駄のなく効率的な指揮だった。観察力の高く、機転が利き、知識に富んでいるリーリエらしいといえるだろう。うかうかしていると追い抜かれそうな才覚を垣間見た。というか抜かれているのでは?

 

 

 ニトロチャージは、攻撃と同時に加速する技だ。知っている技の中では、攻撃すると同時に確定で素早さが上がる技はこれだけで、あとは全パラメーターが上昇する原子の力や、銀色の風などが挙げられる。能力上昇は低確率なため、バトルで使われるのは稀だが……不思議のダンジョンでのトラウマが蘇りそうになったので、思考の隅に追いやった。レディアンとモルフォン、お前らは絶対に許さない。

 

 

 初見であれば、ニトロチャージや火炎車の見分けなど付かないし、ましてや、メラルバは両方とも覚えるのだから尚更見分けるには至難の技だろう。それを見抜き、戦術に組み込めるリーリエの博学っぷりは脱帽物だ。

 

 

 見事カイロスに指一本、いやツノ一本触らせる事なく勝利したリーリエは、倒したポケモンに傷薬を使った後、ポケリフレに勤しんでいた。実に気持ちの良さそうなメラルバを羨望の眼差しで見ていると、見ている事にリーリエが気付いたのか苦笑いを浮かべた。

 

 

「もしかして、何か変でしたか?」

 

 

「いや、そういった意味で見てたわけじゃないから」

 

 

 口が裂けても、ポケリフレしてくださいとは言えなかった。

 

 

 こちらを不思議そうな目で少し見つめると、メラルバに催促されたのかポケリフレを再開した。危ない危ない、邪な心が見透かされるところだった。

 

 

「キュウ!!」

 

 

「今度はなんだ……シルキー、もしかしてポケリフレか?」

 

 

「キュ!」

 

 

 非常に困った。ここまでぴょんぴょんと期待されているところ悪いのだが、ポケモンは勿論のこと動物のブラッシングすらやったことは無い。そんなド素人の初ポケリフレにも関わらず、下手に触って中身が見えたら即死なんてちょっとハードル高すぎるのではないか。百歩譲って他のポケモン……シーザーやニシキであれば何の問題も無かった。

 

 

 ……鮫肌で出血し、事故で丸呑みになりジ・エンドになる可能性はあるが。それでも、死のリスクは回避……出来てるのか? 自分のポケモンが強すぎるのも考えものである。他の三匹は言わずもがな、察してくれ。

 

 

 仕方がない、シルキーが今日頑張ってくれたのも事実だ。細心の注意を払っていれば問題ないだろうし、最悪見ちゃっても許してくれる筈だ。なんせ親だもの。

 

 

 気持ちをちょっとポジティブに寄せて、バッグからブラシを取り出す。タオルや櫛、ドライヤーは不適当だろう。

 

 

 いざ近くで見ても、果たしてポケリフレする程汚れているかどうか分からない。それでも少しの汚れや埃を見つけては、丁寧に、慎重にブラッシングしていく。気分は高層ビル掃除のようなものだ、下を見たら終わる。無理矢理上げた気持ちは既に急降下していた。

 

 

 仕上げにドライヤーで布の皺伸ばしをしながら、取り敢えずは窮地を脱した……と考えていたが、甘かった。コイツが見逃す筈が無いのは分かっていたが、心の何処かで祈っていた自分がいた。

 

 

「随分と楽しそうだね? アタシもいい? いいよね? やったー!」

 

 

 何も言ってないし、楽しくないし、全く良くない。背後からするウッキウキな声に疲労感を感じながらも、どうやって避けるか考える。

 

 

 咄嗟に、お前バトルやってないだろうと指摘しようとするも、振り返れば憐れな獲物が数匹転がっていた。ボールから飛び出て、俺が振り向くまでの数秒間に何があったか察する事も出来ないが、私バトル頑張りましたって顔に書いているようなドヤ顔をキメているハルジオンに、その言葉は効果が無いようだ……

 

 

「でもお前無傷じゃん、汚れてないじゃん」

 

 

「あー、風がー、葉っぱがー」

 

 

 違う、それはサイコキネシスだ。周囲の木々だけが都合良く一箇所に向けて折れ曲がる風なんて、吹いてたまるか。数秒後、何食わぬ顔で元通りとなった木材のしなやかさと、自然の逞しさを再確認させられた。

 

 

 葉っぱまみれのドヤ顔に、とうとう返す言葉も無くなった。全くもって不本意だが、仕方ない。

 

 

「ほら、こっち来い」

 

 

 急発進したハルジオンを受け止め、取り出した櫛でぴょこんと跳ねた桃色の髪を梳いていく。木の葉の他に、一緒に舞い上がった砂埃も付いていたのでより念入りに櫛を入れていく。

 

 

 一通り終わると、ハルジオンの頭をポンポンと撫でながら囁いた。

 

 

「大事なパートナーが汚れてしまうのは、あんまり嬉しくないな」

 

 

「…………バカ」

 

 

 ちょろい。好意が分かってしまえばこっちのものだ、喜びそうな事をすれば大人しくなるに決まっている。その証拠に、ハルジオンは照れ隠しをするように、ボールへと戻っていった。

 

 

 はっはっわ、軽い軽い朝飯前よ。などと有頂天になっているのも束の間、何処と無く、不意に嫌な予感がした。

 

 

 ポンと勝手に開くウルトラボール。

 

 

───それも二つ。時間差で。

 

 

 最初に飛び出たポケモンも俺の二倍くらい大きいが、次に飛び出たポケモンは更に大きく、着地で先程撒き散らした木の葉と砂埃が宙を舞う。セレスは兎も角、エルモが出てくるのは意外だった。

 

 

「フン」

 

 

「…」

 

 

 無言の圧力。ハルジオンとは違い言葉を話せず、かといってシルキーやシーザー、ニシキとは違い表情や表現も出来ない彼等だからこそのものだった。感じないはずの視線が、ヒシヒシと突き刺さる。ズルいぞと。

 

 

 ハルジオンが悪しき前例を作ってしまった今、バトル後といった限定的な条件は撤廃されたも同然。そこで意地を張っても、不幸なポケモンが若干数増え、地図をある程度書き換える必要が出てくる。

 

 

 山を壊すと謳われるバンギラスの数倍はある巨体で、ちょっとでも暴れたらシェードジャングルに新しい獣道が増えても不思議ではないだろう。そして無駄に汚れた身体をポケリフレするのは俺だ。手間暇は洗車どころの騒ぎではないし、汚れは少ないに限る。お互い余計な手間を掛けない方がメリットは多い。

 

 

 気は進まないものの、セレスは問題ない。只々時間がかかるだけだ。でも、エルモは? 頭触ると感電死待った無しなんですけど? どー見ても触っちゃいけない光り方してるし、だれかスーパーマサラ人呼んできてください。

 

 

「わかった、ケーブルだけ、ケーブルだけな?」

 

 

 やるしかないと腹を括った。タオルに持ち替え、つるりとした表面を拭う。素手に触れるゴム特有の弾力性が、幾許かの安心感を与えてくれている。犬の尻尾のように激しく揺れる三本のケーブルは、どこか嬉しそうだ……この大きさだと当たれば打撲は免れないだろうが。

 

 

 柔軟性に富んだ身体構造を無駄に駆使して、身長1.5mの俺に隅々まで身体を拭かせようとする様は、少し滑稽で、ついつい触られるのを嫌がっているアースのような、尻尾のようなコードに手を伸ばしてしまった。そのまま何食わぬ顔で拭い続けていると、エルモは耐えられなくなったのかボールにコードを伸ばした。

 

 

「モクク!!!」

 

 

 緊急脱出という表現が似合うくらい、素早い逃走だった。くすぐったいなら身を捩ればいいものを、と考えたが、もしかしてハルジオンと同じく照れ隠しの可能性もあるかもしれないと、ふと頭をよぎった。考えすぎ……か?

 

 

「……」

 

 

「なあ。流石に全身は時間かかるし、綺麗にしたい部分だけでもいいか?」

 

 

「フゥン」

 

 

 シルキーもハルジオンもエルモも、揃いも揃って共通している事がある。目的が毛繕いではないという点だ。理由が何であれ、ポケリフレという行為自体に価値を見出しているのは明白である。

 

 

 故に、考えた。今セレスが求めているのは何か。それを的確には出せないが、本人に聞けば間違い無いだろう。セレスは返事をした後、いつものようにブラスター部分を器用に使い、くびれまで俺を運んだ。

 

 

「俺も乗せてもらってるし、念入りに拭かなきゃな」

 

 

 セレスにもタオルを使うつもりだ。金属の身体を磨くのだし、エルモ以上に効果的だろう。顔周辺を拭けないのは残念だが、手が届かない以上仕方がない。セレスを横に寝転ばすという手も無くは無いが、それは自然に大きなダメージを与えるだろう。サイコキネシスを耐え忍んでも、三階建て相当の大きさをした鉄の塊を耐えることは不可能だ。何より土が付いて汚れてしまい、本末転倒だ。

 

 

 しかし……こうやって拭いてみると、セレスの身体には傷という傷がなく、よく手入れされた鏡のようだ。木陰の下にいるせいか、より一層冷たい雰囲気を増しており、見ていても、触っていても涼しげに感じさせてくれる。生半可な攻撃ではビクともしないのは分かっているが、磨いていると無意識のうちに宝物を扱うかのような気持ちになってきた。鋼タイプ専用のワックスとかあるのだろうか、機会があれば全身磨いてしまおう。

 

 

「ケンさーん! そろそろ終わりそうですかー?」

 

 

 下から、リーリエの呼ぶ声がする。寛大なリーリエが催促してきたということは、相当な時間これに没頭していたということか。メラルバが付いているという安心感で、少し気が緩んでいたのかもしれない。

 

 

「リーリエが呼んでるし、今回はここまでだな」

 

 

「クーン」

 

 

「捨てられた子犬みたいに鳴くんじゃない」

 

 

 少し心惜しいが、暇な時間も少ない。セレスを全身ピカピカにするのはまた今度だ。残念そうな空気を出しながらも、セレスはキチンと地面に下ろしてくれた。

 

 

「結構な時間ポケリフレしてましたね、やっぱり強さの秘訣はポケモンとのコミュニケーションですか?」

 

 

「んー、それはバトルに関係なくするべきじゃないかな。俺らは弱い、いつポケモンに殺されるかなんて分からないぞ」

 

 

「え、殺され……?」

 

 

「そうならないように、ポケモンの言い分をよく聞けるようにならないとな。幸い、彼等は友好的だ」

 

 

 今までポケリフレする利点は、経験値を多めに貰う程度の認識だったが……自分で言ってみて、ポケモンの要求を正確に叶える事はかなり重要だな。

 

 

 今回は分かりやすく、ポケリフレしてほしいというのが見え見えだった。ただ、ハルジオンのように予想の斜め上をいく可能性もあるし、何より倫理と遠慮が一切ない。今朝の観光客に対する攻撃も、いつかこちらに牙を剥く可能性は決して低くは無いだろう。彼女は激情家だ、あの手首が首だったらと考えると背筋が凍る。

 

 

 逆に、エルモとセレスは心配ないかもしれない。彼等は、トレーナーである俺を「弱い者」として正しく認識している。振り回すコードも極力当たらないように、ブラスターで潰さないように力を正しく調整できているし問題ないだろう。その点、ハルジオンは弱い事を知っててやってるし一番気をつけた方がいいかもしれない。

 

 

 やはり、籠絡するか? 最近リーリエに当たり弱いし。一番近くにいる異性がリーリエで、カップルだったら殺すと宣言した辺りこの手は使いたくなかったが……勢いは弱りつつあるし、改善が見られない訳でもない……時間はない訳じゃないし、尚早か。

 

 

「ケンさん? 話聞いてました?」

 

 

「……ああ、今度メラルバと絆を深めるために、ミヅキやハウともバトルしてみたいって話だったな」

 

 

 セレスをボールに戻しながら、内心冷や汗をかいた。考え事が重すぎて、リーリエの会話でなければ聞き逃している所だった。

 

 

「……おかしいですね、考え事をしているように見えたんですが」

 

 

「俺はいつでもリーリエの事を考えてるよ」

 

 

「もう、からかわないで下さい! ……ミヅキさんやハウさんとバトルするために練習したいのですが、付き合ってくれますか?」

 

 

「うん、付き合おう。時間の限りね」

 

 

 えへへとはにかむ天使は眩しすぎて、やはり俺には勿体無い。果たしてあの狂気から、彼女を守り切れるのだろうか。

 

 


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