ハルジオンが言うには、ミヅキたちは普通にポケモンセンターに宿泊してるようだ。UBのエルモやセレスについての説明は要らないかもしれないが、一応ハルジオンについて少しは釈明しなければならないだろう。
……釈明といっても、どうすりゃいいんですかね。カントー人のミヅキと現地人のハウ相手だと、多少の脚色さえ看破されそうで怖い。かといってリーリエと同じ事をいえば、リーリエからの信頼は地に落ちるだろう。それだけは絶対に避けねば。
ああでもないこうでもないと、眠ったままのリーリエを背負いながらポケモンセンターを目指す。ハルジオンのおかげで、見知らぬ人からの怪訝な視線への耐性はバッチリだ。有難迷惑とも言う。
UBとカプは、ただ単純に目立つ。だが、それを理由に一切外に出さないのはエゴが過ぎるだろうというのが、今回ポケモンたちとの対話で得た俺の答えだった。
そもそも、目立つかどうかの話をするならシルキー以外の手持ちは外に出せない。シーザーとニシキは通常ポケモンだからといっても、普通に大人より大きいし、色違いだし、持ってる人少ないし、何より怖いし超強いで目立つことこの上ない。
目立つと最悪の場合、ポケモンたちの強さを売りに、リラさんみたく国際警察になるルートを辿るしか無くなるが……普通の大学生風情が就ける職じゃないな、むしろ忙しさを考慮しなければ勝ち組なのではなかろうか。
カプに縛られてると説明すれば、島キングとして縛られてるクチナシさんみたくアーカラ島に常駐出来るかもしれない。国際警察のみなさん、どうぞこの哀れなフォールを見つけてください。
将来への希望をまた一つ見出してしまっていると、いつの間にかポケセンの目の前へとたどり着いていた。
「ほら、リーリエ起きて」
背中にへばりついたリーリエをゆさゆさと揺らす。思えば、こうやって意識のある内にリーリエと密着するのは初めてでは無かろうか。快挙である。これは、人類の大きな第一歩を踏み抜いたと言っても過言ではないだろう。
「ん……あと、あと五分だけ……」
ダメ……ですか?
なんてそんなことを耳元でそんなことを言われると、どうにも抗えない。福音を受信した鼓膜が幸せで蕩けてしまいそうだ。というか蕩けた。
身体の限界が近いからなのかは知らないが、頭の回転が非常に早まっている気がする。そのせいか重くて腕がシンドいとか腰がイきそうとか、そういった即効性のある非常に失礼なワードが浮かび上がったが、口に出してしまえば最後だ。リーリエとの関係はオワリーリエである。
とりあえず、馴染みのカフェにでも行くか。アローラという僻地に存在する、俺の唯一のオアシスだ。
ポケセンに入ると、まずはジョーイさんと目が合う。当然だ、真正面だもの。朝帰りしてきた少年トレーナーが、いたいけな少女を背負って入ってくるのを、良い目で見るはずがない。都市の路地裏でぶちまけられた吐瀉物を見るような目で見られた。なんか目覚めそう。
名残惜しいが、ジョーイさんからの視線を会釈で受け流し、カフェスペースへと移動する。回転率が早いのか、それともただ単純に朝が早いのかは分からないが、人は座っていなかった。
リーリエを降ろそうと、膝を曲げ、ゆっくり自然に椅子に腰掛けるように促したが、どういうわけかしがみついて離れない。あの、だいぶ力篭ってるんですがその……
「かあ、さま……」
寝言のように呟いたその一言で、すべて理解した。
リーリエだって寂しいのだ。いくら大人びていようが、年頃の女の子が何ヶ月も親元から離れれば、ホームシックにだってなるだろう。こういう時に力になってあげなくてどうするというのだ。
「すみません、エネココアを二つ」
「えっと、とりあえずその子を下ろしたら?」
「大丈夫です」
「えっと……結構、腕と膝が震えてるように見えるけど?」
「問題ありません」
結局、両腕が塞がっている状態でエネココアは飲めず、そのまま冷めてしまい、ハウが起きてくるまでずっとこのままだった。
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件の二人を前に、冷めたエネココアを一気飲みした。
最初、ミヅキたちの説得を試みようとしたら、苦笑いしながら「事情があるもんね」と気を遣われてしまった。リーリエも、UBであるエルモについて思うところはあれど、直接危害を加えたりしていないので、と過度な追及は受けなかった。
随分とスムーズに事が済んで拍子抜けしたが、「代わりに、新しい冒険がしたいのでシェードジャングルに連れて行ってください」とのこと。少し手間だが大丈夫だろうと二つ返事で了解した。
だが、ミヅキたちはシェードジャングルで待ち構えているキャプテンのマオと対面する前に、ヴェラ火山公園にいるキャプテン、カキの試練を突破しなければならない。
つまりは、また別行動をとるという事であり、こちらとしては、リーリエと二人きりでそれはそれは幸せな時間を過ごせること間違いなしなので、全くの無問題である。
問題があるとすれば、ミヅキたちを見失うと合流が難しい点だろう。正直そんなに派手なイベントは、この先ウツロイドがウルトラホールから出てくるくらいなので、対応が受動的だとそのままイベントごと計画が流れてしまう可能性だってある。
「それはいいんだが、後々ミヅキたちと合流するのが大変じゃないか?」
「大丈夫です! ミヅキさんのロトム図鑑とわたしのライブキャスターで、お互いの連絡先を交換しましたから」
「うらやまけしからん」(流石はリーリエ、準備が良いな)
「……?」
ずるい。俺もリーリエの連絡先欲しい。と思ったが、図鑑はおろか連絡機器を持ってないことを思い出し、落胆。そして、リーリエのようにライブキャスター等の重要な道具を、ククイ博士から何一つ貰っていないことに気が付いた。後で色々貰おう。
「そういう事だったら安心だな…………どうしたリーリエ、そんなにじっと見られても困るぞ?」
「………………そうですね、ケンさんを困らせてはいけませんよね」
しょんぼリーリエもまた天使。リーリエは日本の春夏秋冬のように、喜怒哀楽それぞれを楽しむことが出来るのかもしれない。
「いやいや、全然! 全然困ってないよ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
ありがとうございますとは一体何のことなんだろうか。フォローについてなのか、それともずっと俺の顔を見続ける権利を得られたと思っているのか。
リーリエにジト目で見続けられるというご褒美を意識すれば、会話と脳味噌がフリーズしてしまうので無視して話を進める。
「俺たちはシェードジャングルに長居する事はないだろう。だから、合流出来るようコニコシティに着いたら必ず連絡してくれ」
シナリオ的に、エーテルパラダイスに行く前は大試練のはず。余裕を持って、大試練の前には合流出来るようにすれば問題ないだろう。
「一応、合流する理由を聞いていい?」
「カプ・テテフがライチさんに用があるんだけど、どこにいるか分かんないし連絡先も知らないからな。ミヅキたちが大試練を受けるついでに、こっちも要件を済ませようかと思ってる」
それっぽい言い訳をアドリブででっち上げる。向こうは、ハルジオンやUBに対して不干渉気味の対応を取ってきた。おそらく大丈夫だろう。
「なるほどー、カプ・テテフはアーカラ島の守り神だからねー」
島キングの孫であるハウも納得してくれているみたいだ。それを見て、ミヅキもそんなものなのかと了承してくれた。
「次会う時には、二人とも成長してる事を祈ってる」
「だからなんで上から目線なの……って、流石にトレーナーとしては上か。いつか必ず痛い目見せてあげるからね!」
「おれも絶対に追いついてみせるよー!」
そんな捨て台詞を残し、シェードジャングルまで回り道だからと風のように去っていった。息ピッタリすぎてヤバい、もしかしてククイ博士とバーネット博士の仲に匹敵するかもしれん。
「リーリエ……はやく準備しないと置いてくぞ?」
「…………はっ」
本当に大丈夫だろうか。前途多難だ。
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「……それで、この崖をどうやって登るつもりですか?」
リーリエがジト目で睨みつけてくる。おこリーリエなのだろうかと思ったが、この状況を楽しんでいるみたいだし違うようだ。目から並々ならぬワクワク感を感じる。
現在地である五番道路は、
この前来た時には何も見えなかったので、おそらく大丈夫だろうと思っていたが、この段差、目測5mから8mくらいはある……もう段差と呼ぶには大きすぎるんじゃないだろうか。流石に自力で登るのは無理そうだ。
「自力で登るのは無理だな……自力では」
当然だが、崖登りするような無謀な人間は周りにいないため、人気はない。
セレスは巨体のせいで一番目立つので、昼間は出すのを控えたかったんだが、致し方あるまい。ハルジオンでも何とかなりそうだが、後々の為にも顔合わせが済んでいないポケモンの方がいいだろう。
腰のボールホルダーから、セレスのボールを取り出し、ちょっと離れた距離に放る。圧縮された巨体が解放され、大きな振動と土煙が辺りに広がった。
「す、すごく、大きいです」
この瞬間、ボイスレコーダーを持っていない自分を恥じた。後でククイ博士から強奪しよう。
「ウルトラビーストに分類されてるポケモンの一種で、名前はCelesteela。セレスって呼んであげてくれ」
「せ、せれすてぃーら?さん、よろしくお願いします。リーリエです」
「フゥン」
ハルジオンほど敵意がある訳でもなく、エルモという前例を見ているからなのか、リーリエはすぐに笑顔で挨拶した。オーマイエンジェル。
「早速で悪いけど、その腕を使って持ち上げてくれないか? 崖の上に行きたいんだ」
「フゥ」
なんだそんなことかと、ドヤ顔で無い胸をはるセレス。言ったら怒られそうなので口には出さない。
早速、巨大な腕のようなブースターに乗ると、あっという間に崖の上へ。崖に立ってもセレスの身長越えられない辺り流石だ。
「リーリエもよろしく頼む……お前これは振りじゃないからな?」
「フゥン」
分かっているのだろうか。セレスは、突発的にハルジオンへ攻撃するくらいは好戦的である。それに、「イタズラがすき」だ。
「ここを掴めばいいんですね」
少しよろめきながらも、ブースターの上に乗るリーリエ。正直、嫌な予感しかしない。
「フゥん」
「え、ちょっと何するんですか!」
あ、この光景どこかで見たことある。というより覚えがある。飛行実験をした時だ。
それに気が付いた時には、俺も捕まえられていた。無駄に力加減が絶妙で、潰れ死ぬのは避けられたが、危なすぎる。
「ケンさん、あの……」
「コイツ……飛ぶ気だ。絶対に手を離すなよ」
いったい、何が不満だったのだろう。そんなワードが頭をよぎった次の瞬間、それを掻き消すような爆音と共に地面が遠ざかった。