"アンダーウッド"地下都市
フェイスレスはエミヤをお姫様抱っこし、巨人に荒らされてなかった民家の屋根を跳んでいた。
「…………今日はよく抱っこされるなぁ………」
「………先程貴女はエミヤ、と呼ばれていましたね。私もそう呼んだ方が良いですか?」
「ああ、ごめんね。口裏を合わせておくべきだよね…………私の名前はエミヤ・リン・トオサカ。好きに呼んで欲しい」
「長いですね……エーリンとエミー、どっちが良いですか?」
「………確かに好きに呼んでと言ったけど、なぜそのチョイス?あと最初のはダメ」
「ではエミーで。私のことはフェイと呼んでください」
「構わないけど………それより、どうして私のことがわかったの?」
エミヤはフェイスレスにずっと疑問に思っていることを聞いた。彼女は抱えているエミヤを一瞬見ると、すぐ前を向いて都市の空を跳ぶ。
「………貴女の立ち姿がとても凛々しかったから、ですかね。正直……直感でしたが、一目見て貴女だとわかりました」
「そんな簡単にわかっちゃうの?」
「誰でもわかる、と言うわけではないですよ。貴女の剣技、弓の構え、そして凛々しい姿が私にとって印象が強すぎましたから……」
そう言って、照れたような感情が彼女の仮面の奥から感じられた。
「それに貴女はやはり私と通ずる物が何かある。そんな気がしてなりません。だから貴女の正体が簡単にバレる訳では無いと思いますよ?」
「そっか………。あともう一つ聞くけど、これは何処に向かっているの?」
目の前に見える巨大な根を見て、なんとなくすでに察しているエミヤだったが、一応彼女に聞いてみた。
「アンダーウッドを再建させた立役者、サラ=ドルトレイクのところですよ。彼女なら此度の巨人襲撃の事情も知ってるでしょうし。中で彼女が帰ってくるのを待ってましょう」
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「もぉーーーー!!なんだったのよあの騎士女ッ!」
「飛鳥、落ち着いて……」
そのころ、飛鳥と耀はアンダーウッドの地下都市に降り、彼女達が泊まるはずだった半壊した宿舎に向かっていた。
荒ぶる飛鳥を宥める耀だったが、今の彼女は何処か不安と絶望、それとほんの少しの期待がごちゃ混ぜになった感情に支配され、普段より気迫が無いように見える。
(十六夜のヘッドホンが何故私のバックにあったんだろう…………。ううん……ちがう。今大事なのはそこじゃない。彼のヘッドホンがあの崩壊で壊されていたら、私は彼になんて詫びれば良いの……?)
ヘッドホンは無事だと期待を込める一方で、壊れていると確信に似た不安に彼女は支配されていた。耀の顔は今にも倒れそうな程酷く、青白かった。
思考はどんどん不安な方に引き寄せられていく。
(万が一壊れてなかったらそれで良い…………でももし壊れていたら?その時私はどうすれば良いの?黒ウサギに見付けられた時点で誤魔化しはできないし、したくない。なら、直すしかない…………でも直せないほど破損していたら?あの瓦礫に押し潰されたのなら可能性は高い………)
どんどん彼女は思考の泥沼にハマっていく。その足取りは重く、無意識に宿舎に帰るのを遅くしようとしていた。
(どうすればいいの?……あのヘッドホンは十六夜が彼の親しい人から貰ったって言ってた。つまり代えは効かない………どうしようも、ない。……なんで、こんなことに………)
「ーーーーー……部さん!……春日部さん!!」
「ひゃっ!な、なに!?」
「なに?じゃないわよ。まったく………急に黙り込むし、顔色は悪くなるし、どうしたのかと心配したのよ?」
「ご、ごめん……」
「………まあいいわ。それよりどうしたの?具合悪い?」
「大丈夫だよ飛鳥」
「そう?なら早く宿舎に帰りましょう?黒ウサギ達にエミヤさんが拐われたって言わなきゃだし。それに早く私も休みたいわ」
「そ、そうだね……」
その返事を聞いた飛鳥は一刻も早く帰るために足を速め、耀は重い足でなんとかついていくのだった。
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ーーーーー"アンダーウッド"収穫祭本陣営。
黒ウサギとレティシアとジンは、サラの下に呼び出されていた。
"ノーネーム"と同じく呼び出された"ウィル・オ・ウィスプ"も加わり、会談が始まる。
「サラ様。一体これはどういうことですか?魔王は十年前に滅んだと聞きましたが」
「…………すまない。本来は今晩に詳しい話をさせてもらおうと思っていたんだが、奴等の動きが思いの外早かった。その事で両コミュニティを招待したのに訳があったのだが……聞いてくれるか?」
「はい」
「ヤホホ…………まあ、話だけなら」
即答するジンと、曖昧に誤魔化すジャック。それを見たサラは一つ頷くと説明を始めた。
「この"アンダーウッド"が十年前に魔王の襲撃を受けていたという話は既に聞いているな?そしてその魔王も倒したことも」
「はい」
「しかし、その魔王の爪痕は今も残っている。加えて、魔王の残党が"アンダーウッド"に復讐を企んでるらしい」
「………それが先程の巨人」
「さらにそれだけじゃない。ペリュドンを始め、殺人種と呼ばれる幻獣も"アンダーウッド"周辺に集まり始めている。…………グリフォンの威嚇すら動じないとなると、何かしらのギフトで操られている可能性が高い」
「…………なるほど。しかしあの巨人族は何処の巨人なのですか?」
黒ウサギの問にサラは一度言葉を止める。それを見たレティシアが話を繋いだ。
「あの巨人達は箱庭に逃げてきた巨人族の末裔。それも混血、だな?」
その言葉にサラが頷く。
「箱庭の巨人達はその多くがケルトのフォモール族等が代表格なのだが、北欧の者達も多い。敗戦の経緯から基本的に穏やかな気性で物造りに長けた彼らなんだが………」
「五十年前に始まった巨人族の支配。"侵略の書"と呼ばれる魔道書により、彼等は一気に魔王の烙印を押された」
「レティシア様。それって……」
黒ウサギはあるゲームを思い出しながらその正体をレティシアに確認する。その視線を受けてレティシアは重く頷いた。
「そうだ黒ウサギ。ゲーム名"Labor Gahala"。それこそが"主催者権限"で土地を賭け合うゲームを強制できる魔道書。それによって巨人族は次々とコミュニティを拡大していったのだ」
その魔王の一族は十年前に滅んだ。
レティシアは、その残党達が復讐しに"アンダーウッド"に攻め込むのはわかるが、なぜ元は気性の穏やかな彼等が、この"アンダーウッド"に攻め込むのかがわからないとサラに質問を投げつける。
その質問を受けたサラは立ち上がり、壁に掛けてあった連盟旗を捲る。
その後ろにあった隠し金庫から、人の頭ぐらいの大きな石を取り出した。
「この"瞳"が連中の狙いだ」
「………瞳?この岩石がですか?」
「…………まて"瞳"だと?……まさか!」
「多分レティシア殿が想像している通りだ。今は封印されているが、開封されれば一度に100の神霊を殺すことができると言われている」
「やはり"バロールの死眼"か!!」
サラとレティシアの言葉に一斉に息を飲む一同。
黒ウサギ達は一ヶ月前に戦った神霊の魔王を思い出す。黒ウサギの武具やサンドラの炎も通じず、レティシアの持つ"絶世の剣"でも効果がなかった相手。
その神霊を一度に100体も薙ぎ倒す"バロールの死眼"を聞いた一同が腰を浮かせた。
「バ、バ、"バロールの死眼"!?」
「そんな馬鹿な!?"バロールの死眼"といえば、ケルト神群において最強最悪と言われた死の魔眼!!視るだけで死の恩恵を与える、魔王の死眼がなぜ今さら!?」
ジン血相を変えてサラに問い詰める。
バロールの死眼とは、紀元前五世紀に語られるケルト神話に記述された、巨人族の王バロールが持つ神眼である。
この瞳の瞼が開かれれば、太陽のごとき光と共に死を与えると伝承されている。
「魔眼はバロールの死と共に失われたはず!それがなぜここに………」
「そうおかしなことでもない。聞けば、ケルト神の多くが後天性の神霊と聞く。ならば神霊に成り上がるための霊格が確立されていることになる。第二のバロールが出てもおかしくない」
「………確かにケルト神話群は、"人が信仰を集めれば神になれる"例が顕著だ。確かにそういう事が起こる可能性は低くない」
そう言ってレティシアはその"瞳"に目を向ける。サラも"瞳"を見て言葉を紡ぐ。
「奴等はどうしてもこの神眼を取り戻したいらしい。私達が収穫祭で忙しい時を狙って、今後も襲撃を仕掛けてくるだろう」
「ヤホホ…………その襲撃から街を守るために私達に協力しろと?」
「確かにウィラ姐は強いよ。でも性格が圧倒的に戦闘向きじゃないんだ」
ジャックとアーシャはあからさまに嫌そうな顔をする。
彼等は本来、物造り主体のコミュニティ。つまり後方支援がメインである。だからこそ二人は難色を示すのだ。
「それにこの件はまず"階層支配者に相談するもんなんじゃないか?」
「それが無理だからサラ殿達"龍角を持つ鷲獅子"は私達を誘ったんだろう」
アーシャがサラに質問をぶつけると、その返事はまったく別の方向、入り口から入ってきた二人のうち一人から発せられた。
「エミヤ!大丈夫だったか!?怪我はないか!?」
「大丈夫だよレティシア。隣にいる騎士殿が助けてくれたからね」
「私の手助けがなくても貴女はまったく問題無いじゃないですか」
入ってきたのはエミヤとフェイスレスだった。
アーシャとジャックは二人を見て驚いたが、その前に気になることを言われてエミヤに質問をぶつけた。
「ヤホホ……何故貴女がフェイと共にいるのか想像ができませんが……その前に、先程の返事の意味はどういうことです?」
「簡単なことだよ。先程、白夜叉から連絡があってね。現在の南側"階層支配者"は存在しないらしい」
『………は?』
エミヤの衝撃の発言に一同が停止する。サラは辛そうにそれを聞くと、話を始めた。
「先月のことだ。七〇〇〇〇〇〇外門に現れた魔王に"階層支配者"が討たれた。さらに、その魔王の正体も不明ということだ」
「なっ!?」
予想外の回答に絶句するアーシャ。他のメンバーも同様だった。まさか"階層支配者"が不在になっているとは思ってもいなかったのだろう。
「…………それでエミヤ殿。依頼した無銘殿は来てくれるのか?」
「すまない。今回の襲撃では騎士の方は呼べない。白夜叉曰く、今の東側の主力は白夜叉以外がいない状態なんだ。その状態で"黒死斑の魔王"の時みたいなことがあると困るらしい。だからこそ"金の騎士"の存在は、魔王を倒した実績がある分、居るだけで抑止力になるからね」
「………そうか。まあ仕方がないか。北・南側と襲撃が起きたなら、今度は西か東が攻められてもおかしなことではないしな」
サラは残念そうだが納得した表情で頷いた。しかし、エミヤの表情は未だ険しいままだった。それに気付いたレティシアがエミヤに怪訝そうに聞く。
「どうしたんだエミヤ?そんか怖い顔して」
「………エミー。こう言うのは早めに言っといた方が良いと私は思いますよ」
「………そうだね」
「むっ……」
そんな場合ではないと理解しているが、隣にいる仮面の騎士とのやり取りをが気に食わなかったレティシアが少し苛つく。それでも年長者としての自覚があるのか、黙ってエミヤの話の続きを待った。
「………議長であるサラにもう一つ悲報がある。それに私達ノーネームにとっても悲報かもしれない」
「……え?どういうことですかエミヤさん?何か私達にあるのですか?」
「なんというか、経済的にあるというか……私達については一旦置いておこう。まずは報告するよ…………私の数ある作品の中でも一級品の戦力を持つ"レーヴァテイン"がここ南側の何処かにあることがわかった」
「………へっ?どういうことですエミヤさん?」
黒ウサギやジン達はよく分からないとばかりに首をかしげるが、レティシアはその話を聞いて反応した。
「見つかったのか!?お前の盗まれた武具が!」
「見つかった訳じゃないよ。ただここ南側の何処かにあることがわかっただけ。これも白夜叉から報告があったからわかったんだけどね」
「あの…………先程から話が見えないんですが、エミヤさんの武具が盗まれたんですか?しかも"レーヴァテイン"て神剣の名前なんですけど、どういうことです?」
レーヴァテイン。かつてエミヤが白夜叉に請われて北の展覧会に出した最高級の剣の一つである。彼等は知られていなかったが、その作品はあの事件の際に何処かの誰かがどさくさに紛れて盗んだらしい。
白夜叉はその際エミヤに相当謝ったのだが、エミヤは自分以外扱えないと思いそこまで危機感を持っていなかった。だから白夜叉に捜索を頼むだけだったのだが。
「私の剣が彼等に渡っていると、警告をしたいんだよ。それも奴等はその剣を多少だが扱えると見ていい」
そう言ったエミヤに、サラがどう言った反応をすればいいのかわからない顔で会話に参加した。
「…………えっと、少し待って欲しい。エミヤ殿の剣が盗まれて敵の手に渡ったのはわかったが…………その剣はどれ程の物なんだ?貴女が造ったそのレーヴァテインと言うのは」
「ん?箱庭ではその名前はあまり認知されていないの?」
「いえ………認知されていない訳ではないんですけど……エミヤさんの造った剣がどう言ったものなのかわからなくて…………」
そう黒ウサギがおずおずと発言する。ただなんとなく嫌な予感がしていた。エミヤの解説を聞けば、もう取り返しが効かないような何かを感じた。
「そっか。そうだね、こっちの方と違う剣かも知れないからわからないか。…………私が造った剣・"レーヴァテイン"は、北欧神話に出てくる巨人スルトが操っていた"
「……………………………はい?」
静寂する室内の中、黒ウサギの声が空しく響き渡った。