黒ウサギがラビットイーターを全滅させた後、ノーネーム一同は辺りを散策していた。
今は女性服を扱う店で、彼女達は姦しくも眺めたり試着したりしていた。
「エミヤ。今度はこれを着てみないか?」
「ハァ……レティシアは本当に私を着せ替えるのが好きだね。私は服なんて何でもいいのに………」
そうため息を吐いてエミヤはレティシアが持つ民族衣装に目を向けた。因みにそれはサラが着ていたような露出のある衣装で、飛鳥はそれを見て赤面していた。
「前々から思っていたがエミヤは服に無頓着過ぎだ。お前はスタイルも容姿も良いんだからもっと着飾るべきだぞ?」
「…………まあ、コーディネートは全て君に任せているから反論できないけど……君も試着しないのかい?」
「む?お前はペアルックがお望みか?まあ、私は別にいいが………ふむ、ちょっと待ってろ」
レティシアはそう言ってパタパタと店内の衣装を物色しに行った。
エミヤはまだやるのか、と呆れた目でレティシアを見ていると、飛鳥達から声が掛かった。
「貴女達って本当に仲良しね。まあ、レティシアはわからないでもないけど、何時からこうなの?」
「それは黒ウサギも興味があるのです!」
「む…………何時からと言われてもわかんないけど……。まあ、レティシアはなんというか、落ち着くと言ったらいいのか、親しみやすいと言ったらいいのか………世話を焼いてくれる妹ができた感じがするんだよ」
「ふーん。妹さんでもいたの?」
そう耀がエミヤに聞くと、彼女は目に見えて困った顔になり、黙ってしまった。
「……どうしたのエミヤ?」
「…………わからない」
「わからない?どういうこと?」
彼女は難しそうな顔で答えた。
「私には記憶がないんだ」
「っ!?……聞いてはいけないことだったわね。ごめんなさい」
「あ、すいませんエミヤさん……」
「ごめん……」
三人がエミヤの事情を聞いて落ち込みながら謝罪する。それを見た彼女は慌てて否定した。
「いや、ずっと前のことだから気にしないでほしい。それにもう馴れたしね」
「そうですか………なぜ記憶が失ったのかはわかっているのですか?」
黒ウサギは原因がわかれば何かしらのギフトで記憶が戻せるかもと考えて質問した。
「なんと言ったらいいのかな……記憶が無いと言ったけど、私は二度記憶を無くしているんだ。症状も別だから二度目は少し覚えているんだけどね」
「そんな!?」
「………あまりいい話題ではなかったね。忘れて欲しい」
そう言ってエミヤは彼女達から離れ、真剣に物色しているレティシアに苦笑しながら近づいていった。
「エミヤさん……」
「……黒ウサギ。彼女の記憶は戻せないの?」
「…………わかりません。ただ、二度も失っているとなると、戻した時にどんな症状がでるかわかりません。専門分野の人に頼んでみないと……」
「そう……」
それっきり三人は黙り込み、二人が戻ってくるまで沈んだ空気のままでいた。
____________
その後、"ヒッポカンプの騎手"を始め、幾つかのギフトゲームを申し込んだ彼女達は、一度宿に戻り解散となった。
エミヤの個室部屋にて。
エミヤはレティシアと共に部屋でくつろいでいた。エミヤは椅子に腰掛け、レティシアはエミヤのベットの上で買ってきた服を広げて、いそいそと組み合わせる服の吟味を行っていた。
エミヤは彼女の作業を観察しながら口を開いた。
「レティシア」
「んしょっと。んー…?なんだエミヤ」
「今日ね、黒ウサギ達に記憶の事を少し話したよ」
それを聞いたレティシアは少しだけ手を止めると、また作業に戻った。
「……そうか、話したのか。どこまで話したのだ?」
「本当に大雑把だけど、二回記憶を失っていることを話したよ。私は全く気にしてなかったんだけど、彼女達には悪いことをしたね。……皆酷くショックを受けてたよ」
「……それはそうだろ。誰だって驚くさ。それにお前が悪いわけでもないだろ?」
「いや……やっぱり悪いことをした。彼女達に不快な思いをさせてしまったのは私だ。……やっぱり自分の過去話なんてしなければよかったよ」
それを聞いて、今日はいつになく卑屈だなと思い苦笑するレティシア。
彼女は座ってるエミヤの前に来て、腰に抱きついた。頬に柔らかい太腿の感触を感じながら、エミヤに目を向けて優しい声で話す。
「………お前は本当に自分の過去が嫌いだな。前にも聞いたが、なぜ過去をそんな卑屈に思うんだ?」
「…………聞いても面白いことじゃない」
「それは聞いた。聞いたが、それでは何故お前が卑屈になるのかわからない。…………私に話すのは嫌か?」
「そういう訳じゃない。……ただ……」
そうエミヤが話しを続けようとした時ーーーーーエミヤの瞳に窓から見える巨人が写った。
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耀の個室部屋。
耀はベットの上に転がりながら今日の事について考えていた。
「エミヤも……色々と事情があるんだね」
普段は自分より大分落ち着いた大人っぽい印象だけど、時折見せる女の子らしい表情がとても魅力なエミヤ。
そんな彼女にもツラい過去があるんだな……と、エミヤについて考えを巡らせていた耀。
「うーん……やっぱり悪いこと聞いちゃたかな……」
耀はしばらくそう悩んでいたが
「……うん。うじうじ考えていても仕方ない。記憶が無いならこれから新しく作っていけばいいよね。エミヤを誘って野生区の幻獣に誘ってみよう」
そうと決まれば着替えてから行こうと、耀は鞄の中を漁った。耀の鞄は小さく、必要最低限の生活用品しか入れていない。
だからこそ、見に覚えのない"ソレ"が出てきたことで、耀は頭の中が真っ白になった。
「……………ぇ、」
鞄から転がりでた"ソレ"。ここに絶対に有ってはならないソレを見て耀は酷く動揺した。
「あれ…………ぇっと、え?……な、んで?」
耀が呆然とソレを見ていると。
バタン!!と勢いよく扉が開いて入ってくる黒ウサギ。
「耀さん!緊急事態でございます!襲撃です!!"アンダーウッド"に魔王の残党が現れました!我々もすぐーーー」
そう言って入ってきた黒ウサギだが言葉が途切れる。彼女は呆然と此方を向いた耀と、床に転がったヘッドホンに釘付けとなったからだ。
「よ、耀さん……?なぜ、此方に十六夜さんのヘッドホンが…………?」
「ち、ちが!」
耀が混乱しながらも弁明しようとした瞬間。宿舎の壁をぶち抜く巨大な腕が二人の目の前に現れた。
____________
エミヤとレティシアは外に出て状況を確認していた。
「レティシア、この巨人達はいったい?」
「魔王の残党だ。一体一体はそこまで強くないが、それでも下層の者達では手に余る。それに……数が多いな。エミヤは地上に出て防衛にあたってくれ。地下は私がやる」
「わかったよ。気を付けてね」
そう言ってエミヤは跳躍し、樹の根を足場に跳びながら地上出た。
地上はすでに乱戦状態だった。弾き合う鋼から火花が飛び散り、夜の帳を照らす。
巨人一体に対して、獣人や幻獣が十ほど集まって漸く戦いが拮抗している状態だった。戦っている巨人達の後ろの方でも、空を翔べる幻獣類が控えている巨人達を相手にしていた。
「ふむ。巨人はざっと500体ぐらいかな?」
エミヤは地上から露出した樹の根を駆け登り、地上を見下ろして呟いた。そのまま弓を取り出す。
「混戦しているからね。図体もデカイし、三分はかかるかな?……ん?あれは…………」
観察していると、エミヤは一際異彩を放つ十体の巨人を見つけた。その巨人達は他の仮面をつけた巨人より幾分か小さいが、冠や杖などを装備していてる。それが敵の主力だとわかった。
その五体程が炎の翼を広げて飛翔するサラを追いかけ、残りの五体は後方に控えて煩わしそうに飛ぶ幻獣達を相手にしていた。
「まずはサラを追いかけている奴等から叩くかな」
そう言ってエミヤはDランク程の宝具を取り出し、弓につがえた。
__________
飛鳥と耀も地上から出てこの混戦に参加しようとしていた。
「来なさい、ディーン!」
「DEEEEEEeeeeeEEEEN!!!」
召喚の呼び声と共に円陣が浮かび、中心から重厚な外装をもつ紅い鉄人形落下する。
巨人と同程度の背丈の鉄人が大地に巨大な亀裂を作り、一帯を震撼させた。
「叩き潰しなさい!」
「DEEEEEEEeeeeeEEEEN!!!!」
ディーンは身近にいた二体の巨人の仮面を掴み、後頭部を地面に叩きつけた。そのまま意識を失った二体を巨人が密集する場所に投げつけ、そのまま巨人達をふっ飛ばした。
その光景を空を飛んで見ていた耀は、呆然とした様子で呟いた
「凄い……」
ディーンはそのまま巨人達の群れに突っ込んで、巨人はをなすすべもなく吹っ飛ばしていた。
それを見た耀は、飛鳥は大丈夫と判断し、サラの援護に向かおうとしてそちらに目を向ける。
すると、突如紅い閃光の束が、サラを追う異彩を放つ五体の巨人に突っ込んでいった。
「ええ!?」
そのまま巨人の脳天を貫通し、頭から血を吹き出して倒れる巨人達。
その光景を見て行動が止まった耀だったーーーーが、突如、琴線を弾く音と共に唐突に現れた濃霧が視界を覆った。
「ど、どうして急に霧が……?」
そう耀が呟くと、霧の奥から巨人の雄叫びが轟き、地鳴りと共に此方に押し寄せてきているのがわかった。それに反応した飛鳥はディーンに指示する。
「ディーン!ふき飛ばしなさい!」
「DEEEEEEEeeeeeEEEEN!!!」
ディーンが前方に現れた巨人を殴り飛ばそうと拳を振るうーーーーが、驚愕にも巨人はディーンの拳を掴んだ。その巨人はよく見れば異彩を放つ巨人の一体とわかった。
「ちっ……やるわね」
「飛鳥危ない!!」
耀の言葉に飛鳥は疑問の声が上がる前に気づく。左右から迫った主力の巨人がディーンに鎖を放ち、鉄人形を拘束させたのだ。
そうなると無防備になってしまう飛鳥。それがわかった耀は、空中から旋風を駆使して急降下し、更に飛鳥に迫る主力の巨人に、"生命の目録"にある最も重い獣の一撃を打ち下ろす。
だが。
「ウオオオオオオォォォォォ!!!」
「嘘っ!?」
耀の渾身の一撃は容易く巨人に振り払われ、彼女を吹っ飛ばした。そのまま流れる大河の水面をバウンドしながら吹っ飛ばされる。
何度かバウンドすると、彼女はなんとか風圧で衝撃を和らげ止まった。
(地面に叩きつけられたらヤバかった……。こんな一撃、飛鳥が受けたら粉々になっちゃう)
そう考え早く戻ろうとするが、霧が邪魔で辺りがわからない。周りからは鋼が打ち合う音と、巨人の怒号しか聞こえないでいた。霧の混戦の中、味方側の指揮がかなり下がっているようだ。
耀はまず霧をどうにかしようと、ギフトでありったけの風を掌に収束させる。
「この……吹き飛べえーーーーー!!!」
集められた風が放たれ、竜巻が辺りの霧をかき回す。当然、辺り一帯を覆う霧相手に耀一人では出力不足だった。
しかし、耀の行動を察した幻獣たちが雄叫びを上げ、同時に旋風を巻き起こした。
(グリーとその仲間達……)
心中でお礼を告げた耀は、霧が薄くなった瞬間に飛び出す。手遅れになっていないこと願いながら、飛鳥のいるであろう方向に駆けつけるとーーーー
拍子抜けするぐらい彼女は無事であった。
「飛鳥!」
「か、春日部さん!無事だったのね!」
「うん。でも飛鳥も無事で良かった……!あの状況で無事なんて、やっぱり飛鳥は凄い……!」
「……残念だけど私の力ではないわ。周りを見て」
そう言って飛鳥は周囲を見ながら呟く。耀もつられて周りに目を向ける。霧は薄くなり巨人の影が見え始めるとーーーー
「嘘……」
その光景を見て呆然と呟く。
霧が晴れた先には、皆殺しにされていた巨人が横たわっていた。鋭利な刃物で頭、心臓、首を的確に裂かれるか穿たれているかして殺された巨人が、一体も残らず屍と化していた。
霧が発生した直後。
それを上から確認していたエミヤは、巨人に突っ込みながら矢を放っていた。
そもそも体格差があるため、接近しながらでも矢を放ち次々と巨人を殺せるエミヤ。霧など問題なく、出会い頭に正確に彼等の頭を射ぬいた。
そのまま巨人の雄叫びが聴こえる方へと、音を便りに快進撃を続けているとーーーーー
唐突にその声が途絶えた。彼女は訝しみながらそのまま進むと、一体の巨人の死体が目に入る。
「これは……」
巨人の死因を観察していると、巨大な突風が起こり霧が晴れた。そして視界に広がる死体の光景を見て納得した。
「なるほど……急に声が消えたのは、誰かが巨人を一掃させたからなんだね」
そうエミヤが呟いていると、突如その背中から声がかけられた。
「そこにいる貴女は……無銘ですか?」
ビクッとその声に反応してしまうエミヤ。最近聞き覚えた声に振り向くことが出来ずにいると、彼女の肩に手をかけられた。
「お久しぶりです無銘。衣装は違いますが、穿たれた巨人達と貴女の立ち姿を見て一発でわかりましたよ。流石私の好敵手。私が手を出さずとも貴女一人で事足りましたね」
エミヤの気も知らずに、最近できた友達に会えて少し高揚したように話す女性の声。エミヤはそれを聞き、取り敢えず誤魔化してみた。
「ど、ドコノドナタデスカ?ワタシ無銘チガイマース!」
「?あの、急に片言でどうしたのですか?むめ」
「その名前で私を呼ばないで!」
声の女性がさらに無名の名前を言おうとすると、思いっきり振り返ったエミヤが女性の口を防いだ。
「んぐ…………むー…?」
「そんな、どうしたのですか?みたいなニュアンスで首を傾けないでよ………見ての通り、今の私は無銘じゃないの。正体隠してるからその名前は言っちゃダメ」
そう言ってエミヤは彼女ーーーーー白銀の髪を靡かせた白い騎士、フェイスレスの口から手を離してシーッ!と指を一本立てた。
彼女はエミヤの言葉を聞き、納得したしたように微笑んで話しかける。
「なるほど。つまり今の貴女はオフで、だからこそその姿なのですか。………髪、私とお揃いだったんですね」
「………………そうだね」
「エミヤさん、その隣の人はだれ?」
エミヤがフェイスレスの何処かズレた発言に脱力していると、飛鳥と耀が話しかけてきた。
「貴女が巨人達を倒したの?」
「…………………」
フェイスレスは彼女達を一瞥して無事を確認したあと、無言でエミヤの腰を引き寄せて跳躍した。
「えっ、ちょっフェイ?」
「あっ、ちょっと!」
慌てて制止をかけるエミヤと飛鳥だが、彼女はその発言を聞かず、エミヤを抱っこしたまま夜の地下都市へと落ちていった。
やべ、フェイスレスのキャラがフワッフワ。
やっぱりラストエンブリオ見た方が良いんですかね