ちなみに黒ウサギは尻尾があるらしいです。
外門・噴水広場前。
白夜叉のゲームによって、この広場は近年稀に見る大盛り上がりを見せていた。
別の外門から来たゲーム参加者によって人通りが増えた商店街も、店員が忙しなく走り回っていた。この最下層ではとても珍しい光景である。
そんな中で、十六夜は"六本傷"の屋台でサンドイッチを買いながら、売店の猫娘ーーーーー"フォレス・ガロ"のゲームの時にエールを送ってきた人物ーーーーキャロロに声をかけた。
「よう。盛況じゃないか」
「そりゃあもう!これだけ大規模なリトルゲームは中々ありませんからね!大御所のコミュニティが幾つか来てますから、うちとしてはとても嬉しいですよ!!まあ、大御所と言っても主に商業コミュニティですけどね!」
「………へぇ?大御所と言うと?」
「六桁からはうちの"六本傷"、"一本角"、"ウィル・オ・ウィスプ"。五桁からは北の"鬼姫"連盟の傘下と"ケーリュケイオン"。この辺りが有名ですが………なんと言ってもメインは三桁の"クイーン・ハロウィン"ですかね!」
「……なに?三桁だと?」
「はい!なんでもゲーム開始あたりから、そのメンバーと白夜叉様が御贔屓している"金の騎士と銀の鍛冶"の一人と決闘しているそうですよ?」
「へぇ……無銘か?」
「そうです!相当激しく闘っている様で、どちらが勝つか賭博も行われてるらしいです!ただ、近寄れないらしく遠くから観戦しているそうですが」
そう言ってキャロロは一際騒いでいる方向に目を向ける。十六夜もつられてそちらを見ようとすると、
「おい、早く見に行こうぜ!さっさとしないと終わっちまうよ」
「わかってる!あっちだよな?」
そう言って十六夜の脇を通り過ぎていく男達が見えた。それを確認した十六夜はというと。
「そろそろ行くぜキャロロ。情報ありがとよ」
「またのご来店をー」
男達が走っていった方角に跳んでいった。
(白夜叉が主催したゲームって言うからあんまり乗り気じゃなかったが………三桁とあの騎士。今ならどっちも相手できるってことだよな)
そう言って遠巻きに眺めている観戦者達を飛び越えて、爆音が響く中心へと走っていった。
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無銘とフェイスレスは未だ激しい戦闘を繰り広げていた。
剣と槍が振るわれる度に突風が起こり、蛇蝎の連接剣が道を舗装する石畳を陥没させ、矢が剣山の様に道いっぱいに刺さっている。
(非才の身でここまで私と互角に張り合うとは………どれ程の修練を修めたのか………)
フェイスレスは闘いの最中、無銘に剣の才能が無い事に気付いていた。
しかしそれと同時に、彼女は相手の剣技に感銘を受けていた。
無銘の、何処までいっても二流を出ない才能。それに抗って修めただろう剣技。数々の戦闘で培われた守りに特化した技は、同じ武芸を極めた者として目を見張る物がある。
(才能の無い者が地獄の修練で修めた技術の極致………とても美しいですね)
無銘もまた相手の力量に舌を巻いていた。
(接近戦では勝てないか………相手も此方を殺す気が無い以上、私の戦法も使えないし………救いは私の身体能力が向上した事だな)
今のところ、接近戦ではフェイスレスが勝っているが、未だ無銘の堅牢な守りは突破出来ないでいた。
次いで、遠距離戦では無銘が勝っているが、二人は周りの被害を考える分、決定打に欠けていた。
そのまま膠着状態が続く中、残るは体力勝負になる訳だが、体力では俄然無銘が勝っていた。
「はぁ……はぁ……」
『ふぅ………大分息が上がってきたね。まあ、流石の君も、こんなに長引く戦闘はしてこなかったようだね』
剣道の試合でも、普段は三分の時間制限がある。そのまま延長戦まで長引くと、お互いの動きは悪くなるし、酷い時は十分程で脱水症状になる者もいる。
それに比べて二人は真剣を使い、かつ絶え間なく身体を動かしている。
常人では到底保てない状況で息が上がらない方がおかしい。
この場合、守りに特化した技術による影響で、普段長引く戦闘に馴れた無銘に軍配が上がったのだろう。
「ハァ………フゥゥ………その体力、化け物ですね。……それに貴女の技術も驚嘆に値します」
『いやいや……私は剣に関しては二流止まり。君のような達人に褒められるほど良い剣ではないよ』
「ですが、それ程の域に至るには相当の修練が必要だったのでしょう?同じ技術派として尊敬します」
『そう…………ありがとうと言っておくよ』
フェイスレスは更に会話を挟む。
「宜しければ名前を教えていただけないでしょうか?さぞ有名なコミュニティに在籍しているのでは?」
『いや………今の私は客分の身だけど、在籍してるコミュニティは"ノーネーム"だよ。ちなみに今の名前は"無銘"で通っている』
「貴女が"名無し"……?それに"無銘"ですか……」
『そう。無い無いで洒落ているでしょ?まあ、今は"サウザントアイズ"の客分として働いているんだけどね』
なるほど、とフェイスレスは独りごちる。
ただ、思ってしまうのはその名前である。奇妙な縁を感じた彼女は、その名を深く頭に刻み、自分も名乗り上げた。
「では私も名乗りましょう。"クイーン・ハロウィン"直属の騎士、"
そう言って仮面の騎士はローブを脱ぎ捨て、高らかに名乗り上げる。
その姿は、穢れを知らぬ純白のドレスアーマーに、燃えるような赤い色の舞踏仮面。流れるような銀髪は太陽によって輝き、神聖さを漂わせている。
黒いリボンのポニーテールを靡かせたフェイスレスが見せた騎士の姿に、無銘は兜の中で眩しそうに目を細めた。
『君は………』
「無い無い同士、仲良くしましょう。と言いたいところですが………まずはこの決闘に決着を着けましょうか」
そう言ってフェイスレスは連接剣を構えた。それを見た無銘も干将・莫耶を構え、前に出ようとする。
その時だった。
「その決闘、俺も混ぜろやゴラァァァ!!!」
その叫び声と共に二人の間を第三宇宙速度の速さで物体が通過した。
「ッ!?」
『ッ!………チッ、十六夜か』
二人は後ろに下がり、物体が飛んで来た方向に目を向ける。そこにいたのは仁王立ちした十六夜であった。
「おうおう。楽しそうなことやってんじゃねーか、お二人さん。その決闘、俺も混ぜてくれよ」
そう言って十六夜は唯我独尊の態度で二人に発言した。
二人とも気分が乗っていた時に横槍を入れられて、頭にきたのだろうか。ギロリと十六夜を睨み付ける。
「何処のどなたか知りませんが邪魔です。帰ってください」
『そう言うことだ"名無し"の十六夜君。さっさと帰って黒ウサギに説教されてこい』
「おおう、中々辛辣だな………だが断る!」
その光景を見ていた観戦者達もまた、引っ込めと野次が飛んだり、ダークホースとして賭博が盛り上がったりしていた。
それらを他所に、十六夜は挑発する。
「さっさと構えてくれよお二人さん。それとも疲れたから二人がかりで来るか?俺はそれでも構わないぜ」
「……………ハァ……無銘さん。先にこの邪魔者を排除してから仕切り直しとしましょう」
『それで構わないよ。では十六夜君、覚悟しろ』
そう言ってエミヤはギフトカードから最近使う剣を取り出して十六夜に突貫する。
一閃された剣を迎撃しようと拳を振るったが、その拳が浅くだが切られる。
「ッ、中々の切れ味じゃねーか騎士様!」
『君のメンバーのおかげだよ』
そう言って、返す刃を十六夜に放つ。彼は剣の腹を弾くが、すぐ戻された刃で右腕を切り裂かれた。
接近戦では分が悪いと感じた十六夜が、後ろに跳躍して距離を取る。すると、今度はフェイスレスが放った矢の雨に襲われる。
「ちっ!」
十六夜は次々と降り注ぐ矢群を弾き、躱していく。
そのまま近場にあった屋台まで移動した。骨組みである鉄骨を二本折り、二人にブン投げる。
第三宇宙速度で飛ぶ鉄骨が二人に迫るが、フェイスレスは槍を巧みに操り、鉄骨の軌道を柔らかな仕草で上空に逸らす。無銘もまた同様に剣の切っ先で逸らした。
フェイスレスはすぐに連接剣に持ち替え彼に接近すると、蛇蝎の剣閃が十六夜に迸る。
十六夜は屈んで避けるが、返す刃が彼の太腿を削り取った。更に剣が振るわれ、十六夜を刺し穿とうと蛇のような軌跡を描いた剣先を、なんとか彼は蹴りで弾き飛ばす。
すると、視界の端で迫ってくる無銘を視認する。
「ハ――――しゃらくせぇ!!」
視認した瞬間、十六夜は地面を殴り周囲一帯の地盤を吹き飛ばした。
響く轟音と、弾ける道の石畳に、巻き込まれて倒壊する周囲の民家。
「なッ……!?」
『ぐッ……!』
二人は足場ごと吹き飛ばされ、為すすべもなく宙を舞う。
十六夜はこの状態を好奇と捉え、倒壊する民家の瓦礫を空中で掴みとり、二人に投げた。
圧倒的スピードの瓦礫が二人に迫るが、既に宙で身を翻して体制を整えていた二人は、己の得物でそれらを逸らしていく。
十六夜は反撃する隙を与えない為に、新に瓦礫を掴んでは投げ、掴んでは投げの行動に移った。
瓦礫の群れはそのスピードに耐えられず、散弾のように散って彼女達に迫る。
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"サウザントアイズ"支店、白夜叉の私室
白夜叉は自分の部屋で、無銘とフェイスレスの決闘を観戦していた。
彼女が持つギフトカードの中には、友達から貰った"ラプラスの瞳"と呼ばれる情報収集に特化したギフトがある。それで監視精霊を飛ばして二人の戦闘を観戦していたのだ。
余談だが、普段はもっぱら覗き用として使われているらしい。
お茶を飲みながらテレビの様な物で観ていると、エミヤを探しに来たのだろう。レティシアが店員に連れられて白夜叉の部屋に入ってきた。
「白夜叉、エミヤはいるか?」
「ん?レティシアか。あやつは今いないぞ。ほれ、ちょうどここでゲームをやっておるよ」
そう言ってレティシアに隣に座るよう促しながら、テレビの方を目を向ける。
レティシアもテレビを眺めながら座り、白夜叉に疑問を挟んだ。
「剣を売る予定では無かったのか?というか、アイツとまともに勝負しているこのローブの者は誰だ?」
「今エミヤと闘ってる奴が問題でな、エミヤに仕事を依頼したのだ。ちなみにこやつは"クイーン・ハロウィン"のメンバーだ」
クイーンの名前を聞いたレティシアは驚愕の表情を白夜叉に見せた。
「はぁ!?なぜここに三桁、しかも女王の配下がいるんだ!?」
「私への挑戦権を聞いて来たのだろうよ。まあ想定外ではあったが、二人のお陰で大分盛り上がっているからな。よかったよかった」
「どちらもやるな…………私も本来の力があれば対戦したいのに……」
「まあそう言うな。今は二人の激闘を見よう。上層でも達人同士の決闘なんぞ中々見れないからな」
そう言って茶を啜りながら白夜叉は眺めていると、女がローブを脱いでその全容を明らかにした。
「………第三席か。かなり上の者が来たのだな」
そう言って白夜叉は一度思考する。
(第三席か………。それほどの者とエミヤの武芸が互角となると……あやつの事だから何かちょっかいかけてきそうだな。まあ、そういう時の為の"客分・無銘"だから大丈夫だと思うが……もしもの時は……)
白夜叉が思考に没頭していると、
「ーーーーい、おい!白夜叉!」
「んあ?なんだレティシア?そんな大きな声を出して」
「観てなかったのか?十六夜が乱入してきて民家を巻き込みながら暴れてるぞ!」
「なんですと!?」
慌ててテレビを観れば、瓦礫と化した周囲の家々と、移動しながら瓦礫を掴み・投げて、更に被害を与える十六夜の姿が映った。
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「オラオラぁ!ぶっ飛べや!」
無銘とフェイスレスは十六夜との距離を詰められないでいた。
というのも、第三宇宙速度というふざけた速度で飛んでくる瓦礫の散弾と、余りの速度に叩き落とせず一つ一つ逸らさなければならない現状に因るものだ。
更に十六夜も移動しながら瓦礫を作っているので、距離の差を縮められない。
『フェイスレス!このままじゃジリ貧だよ!流石に集中力が持たない!』
「わかってます!せめて散らなければ……」
無銘は長剣を二本持ち、フェイスレスは連接剣を伸ばし散弾を逸らしていく。
その一つ一つが絶技である動作を、神経を磨り減らし行い続けるのは流石の二人も辛いらしい。
『一度私の分も担ってくれないか。彼を沈める』
「わかりました!頼みます!」
現状を打開しようと無銘が出した提案に乗るフェイスレス。そう会話をすると、一瞬の隙を見つけて無銘はフェイスレスの後ろに下がる。
彼女が散弾を相手にしている間、無銘はギフトカードから岩のような巨大な斧剣を取り出して横に移動する。ひとつ小さな声で呟くと、そのまま剣を十六夜の足下目掛けてぶん投げた。
「うぉっ!」
十六夜が慌てて超スピードで飛んで来る巨大な剣を横に避けると、すぐさま距離を詰めた無銘が、地面に埋まった斧剣を掴み十六夜に迫る。
『
瞬間、十六夜の背中に悪寒が走った。
臨戦態勢を取る十六夜に、無銘は必殺の剣技を宣言する。
『"
「ッッッッ!!?」
神速で放たれた九連撃が十六夜を襲う。
彼は超人的反射神経で一撃・二撃目を、拳が破壊されながら防ぎ、更に続く連撃を六度目まで足を犠牲に防いだ。
しかし、残り三連撃をモロに受けた十六夜は、彼が補充していた瓦礫の山へと突っ込んでいった。
轟音が辺りに響き、土煙が無銘の前方を覆った。
近づいてきたフェイスレスはその方向を一瞥すると、無銘に話しかけた。
「……………少しやりすぎでは?」
『………まあ、彼の身体能力なら大丈夫だと思う。六撃まで防がれたし……』
無銘は辺りを見回して、一度視線が"サウザントアイズ"の門に止まり、次いでフェイスレスの方に顔を向けた。
『大分移動したね。すぐ近くに"サウザントアイズ"まであるじゃないか』
「そう言えば貴女は"サウザントアイズ"の客と言ってましたね。………私の討伐でもご依頼でもされたのですか?」
『討伐というか、足止めかな。下層で君に暴れられたらゲームも盛り上がらないしね……………気を悪くさせたかな?』
「なるほど………ですが、貴女程の強者と知り合えて私は満足していますから、それほど悪い気持ちではありませんよ」
無銘はフェイスレスの言葉を聞き、少し安心したような表情を浮かべた。
お互いに武を競い合い、一時とはいえ共闘した仲になったため、無銘個人としても良好な関係を構築したいと思っていた。
そんな中で相手に悪い印象を与えたく無かったのだが、そんな事も無く安心したのだった。
ここらで仲を進展させようと無銘が口を開きかけた時。
辺り一帯に地響きが鳴った。
『……なんだ?』
「………まさか」
地響きが鳴る方向。未だ周りが煙で覆われて視界が悪い場所から鳴っていると二人は気づく。
目を凝らせば、十六夜が吹っ飛んだ瓦礫の近くにある、無事であった三階建ての建造物が音の発生原だとわかった。その建物はなぜか傾いていたが。
『ヤバい!』
「嘘!?」
すると、音を響かせた犯人である十六夜がその建造物を二人に向かって第三宇宙速度で投げつけた。
フェイスレスは連接剣の柄を操り、最大まで剣の領域を広げた。
建造物は勢いだけで壊れ、大量の巨大な散弾となって二人に襲い掛かる。
(防ぎきれるか……!?)
今までの散弾と規模が違う大きさの物体が、広範囲に渡り大量に押し寄せるのは悪夢でしかなかった。
その物量では、先程のように柔らかくいなす事はできず、ありったけの力で破壊して避けるしかない。
そう考えたフェイスレスだったが、無銘はすぐに取り出した"アイアスの盾"を自分とフェイスレスの前に構えた。
次の瞬間。今日最大の爆音が辺りに響き続ける。
自分達を覆う盾の強度を見て、安心したフェイスレスは無銘にお礼を述べた。
「………すみません」
『いや、適材てッ!?』
「オラぁ!!!」
無銘が言い返そうとした瞬間、血濡れで破けた学ラン姿の十六夜が一気に間合いを詰めて、その盾を殴り飛ばした。
踏ん張りが効かず盾に巻き込まれた二人と、未だ飛んでくる瓦礫に巻き込まれた十六夜が、"サウザントアイズ"の門を破壊しながら敷地に侵入するのだった。
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