打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第50話 次の曲が始まる

 交際している男女間におけるデートとは何か。人によって定義は様々だろうが、俺たちにとっては二人で一緒に過ごすことだ。それは空港までの道のりを共に過ごすことも含んでいいはず。

 宇治から関西国際空港まで、電車を乗り継いでおよそ二時間。ゆっくり会える最後の時間を堪能するには十分な時間だ。

 

「よっ。おはよう」

「なんでいるの!?」

「随分なゴアイサツだな」

「だ、だってここっ、ウチっ」

 

 折角の機会なので「来ちゃった……」的なイベントをやってみようと思ったんだ。いや本当は連絡の一つでも入れて家の前で待っていようと思ったんだが、丁度ゴミ出しに出ていた晴香のお母さんと遭遇したので家に誘われたのだ。「家の中で待たない?」と言われて。

 お母さんにコーヒーを淹れてもらい、なんやかんや世間話をしているうちにすっかり連絡を入れそびれていた。最初この家に招いてもらったときはえらく緊張したが、今ではそれなりにリラックスできるようになった。お父さんがいるとまだもう少し緊張するけれど。

 

「あんまりボーっとしてると電車出ちゃうぞ」

「誰のせいよ、もう」

 

 晴香の身支度が完全に整うまでもう少し待ち、それから家を出た。今度晴香の親御さんと会うのは一体いつになるだろう。

 

 

 

 

 

「アメリカかぁ。次会った時、すごーく身体大きくなってたりしないよね?」

「なんで心配するところがそこなんだよ。ならんよ、十中八九」

「根拠は?」

「俺、和食、好き」

「嘘」

「嘘じゃねえって」

 

 離れ離れになることから目を逸らさないままに、他愛もない話を続けた。今まで通りの付き合いじゃないと少しずつ理解していく過程なんだろう。寂しいけれど、それでも未来に進む姿が好きだから。

 

「向こうに行ったら、橋本先生と一緒に住むんだよね? 大丈夫? 迷惑かけない?」

「かけねえよ。母さんみたいなこと言うのやめてくれ。部屋余ってるから好きにしていいって。既に結構好きにしてる」

「……そっか。もう二か月そっち行ってたんだもんね。大丈夫だね」

 

 アメリカでの暮らしは年明けから始まっている。生活の環境やリズムとしては、向こうの暮らしに慣れが出てきている頃だ。滞在期間で考えればこれからアメリカへ行くのは本格的な渡米ではなく、一時帰国先から帰るところだ。

 しかし今回が特別なのは、高校を卒業して、それまで関係があった人々といる場所がはっきりと異なるようになること。晴香とも、同じ高校の生徒から社会人と大学生になる。気持ちの上での分断が思ったより大きい。

 けれどそんな気持ちを抱えてまで共に在りたいと思った。だからそうするんだ。

 

 

 惜しむように過ごしたい時間はあっという間で、気づけば飛行機の搭乗時間が近付いていた。

 

「じゃ、そろそろ行く」

 

 スマホで時間を確かめてからそう言った。着けているカバーは、先日スマホを買い替えた際に晴香から貰ったものだ。

 

「そのうち会いに行くね」

「そんな気軽に言う距離じゃねえだろ」

「気軽に行く人が言う?」

「はっは」

 

 まったく言い返せない。気軽ではないんだが、子供の頃に抱いた夢を叶えるためと思えばそれなりに気軽かもしれない。やりたい。なりたいだけで突き進んでいるからな。

 

「篤。行ってらっしゃい」

「ああ。行ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カバンからビニール袋に入ったサンダルを取り出す。もう俺が使うのは上履きではない。

 俺の記憶よりも順調に経年劣化したはずの廊下を一人歩く。元々そんなに新しいわけではなかったからあまり変わっていない気がする。

 目当ての部屋に行く途中、一人の女性教師を見かけた。知った顔だ。

 

「黄前先生」

「はーい。げ。あ」

「本当にお前という奴は」

「すみません。生徒だと思ったら、先輩だったので」

 

 先生になっても変わらない失言癖。そうそう変わられては困る。かわいい後輩の遊び要素がなくなってしまう。

 

「どうだ? 生徒たちの様子は」

「夏休み中めいいっぱい練習しているのでぐんぐん伸びてます。府大会を突破して、モチベーションはバッチリです」

「そりゃあやりがいがある」

 

 自分が高校生だった頃を思い出す。気力があって環境も揃っていれば、どこまでも伸びていける。あの頃は自分がそれなりに大人だと思っていたが、今の俺からすると高校生なんてまだ子供だ。ずっと伸びていく時期だ。

 

「そういえば、先輩のこと、先生って呼んだ方がいいですか?」

「俺はどっちでも構わんぞ。先生って呼ばれることも少しはあるし」

「でもなんか違和感があるんですよねえ……」

「俺は先生に相応しくないと?」

「ち、違います。先輩は先輩なので、それで。晴香先輩のことも未だに部長って言いたくなりますし」

「言ってたよな、結婚式の二次会で」

「えっ」

 

 無意識かよ。まあ出席者がほとんど北宇治の吹部OBOGだったから誰もツッコまなかったからなあ。

 おじさんになると昔話が好きになってくる。こうしてだらだらと話していたい気持ちはあるが、そうもいかない。先生としてやるべきことが待っている。

 黄前先生が目当ての部屋である音楽室のドアを開ける。追随して入る前に覚悟を決めようとして――やめた。師匠はてんで雑だったな。

 先生は指揮台に立つと、プリントを配って夏合宿の説明を始めた。そうだ、こんな感じだった。

 

「――それから今年から新しく外部指導として入ってくれる先生を紹介します。この学校のOBで、私のちょうど二つ上の先輩です。昨年まで来てくれていた橋本先生と同じく、海外で活躍するプロのパーカッション奏者です。主にパーカッションパートの指導をお願いしています」

 

 ちら、と視線が向けられる。俺のターンだ。黄前先生に代わって指揮台に立つ。

 

「今年から皆さんの指導に入ることになりました、黒田篤です。先ほどの紹介にもあった通り、黄前先生の先輩で、一年だけですが滝先生の教え子です。それから橋本先生の弟子。こうしてめぐり廻って後輩の育成に携われて凄く嬉しいです。全力で指導にあたるので、どうぞよろしく!」

 

 師匠譲りの大袈裟なボディランゲージによって、胸の上で革紐に通した結婚指輪が躍った。

 滝先生のお父さんから滝先生やマサさん、千尋さんらに繋がって、久美子や俺達に繋がった。それぞれの曲は違えど、音を奏でることは続いていく。

 そしてまた、次の曲が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お付き合いいただきありがとうございました。
2017年元日に始まったこの物語ですが、幾度の長期更新停止がありながらもどうにか完結しました。
本当にありがとうございます。

以下、結構な分量の自分語りになります。そんなもんまで付き合ってらんねえ!という方はどうぞぶっ飛ばして下さい。お付き合いいただける方、温かく見守ってください。



や―――っと終わった! そんな達成感でいっぱいです!!
高校一年生(15,6歳)の私が『響け!ユーフォニアム』に出会い、アニメ・原作小説ともに惚れ込んで見切り発車で書き始めたこの作品。プロットあったりなかったりでどうにかここまでこぎつけました!
テンションがバグって!が多いですね。しょうがない。
この作品開始当初は、『響け!』の二次創作はハーメルン内に十数個ぐらいだった思います。それが今やその倍近い作品数です(超多い所に比べたらやっぱり少ないですが)。その中にこの作品が始まって終わるまでの間に完結した作品がどれだけあることやら。気まぐれ更新にもほどがありますね。

絶対にちゃんと完結まで書ききるぞと思ったのはいつ頃だったでしょうか。全く覚えていませんが、確かに思い出せる感覚があります。
それは皆さんからいただける感想が増えた時です。こんなにも作品をしっかり読んで、感想まで書いてくださる方々が何人もいるんだ。そう思った時、自分の都合で勝手にこの作品を無に帰してはいけないと感じたのです。感想はクリエイターのモチベーション。蓋し至言であります。

私、本好きの一人っ子なものですから昔から妄想が好きでして。二次創作もそれが高じて書いています。なんですが、部分的な妄想・空想で止まっているので形になるのにまあ時間がかかりまして。いやあよくサボったなあ笑
約六年十か月で本編全五十話ですよ、たったの。偶然ですがキリのいい話数で終わってとっても嬉しいです。わーい。

自分語りもそろそろ終わりにしましょう。ここで書きたいこといーっぱいあったんですけど達成感のあまり頭からすっぽ抜けました。
拙作『打ち鳴らせ!パーカッション』をここまで読んでいだだき、本当にありがとうございました! 皆様のお陰でこの後書きまで辿り着くことが出来ました。
この作品はここで終わりになりますが、元作品『響け!ユーフォニアム』はまだまだ終わりません。久美子三年生編の映像化が待ち受けています。次に始まるのはどんな曲か、非常に楽しみです。

武田綾乃先生。アサダニッキ先生。京都アニメーションの製作スタッフの方々。その他『響け!ユーフォニアム』関係者の皆様。そして読者の皆様に、最大級の感謝を込めて。

2022年10月23日 テコノリ

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