打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第48話 手放したくない

 あすかの復帰、そして全国大会への参加が滝先生の口から改めて告げられた。あすかの音が進藤さんに届くのだ。

 あすかの件が片付いたことで、俺には新たな問題が浮上していた。

 それは――『渡米すること晴香にどうやって伝えよう問題』である。

 少なくともあいつの件が片付くまでは忙しかったり精神面の問題があるだろうということだったりで言わないと決めていたわけだが、無事落着となった。そこで改めてこの問題について考えなければならなくなったのだ。

 大会前のタイミングで言うか、それとも終わってから言うか。

 まあつまり、どうやって伝えようよりも、いつ伝えようの方が正確なわけだ。

 大会前に言うのであれば、まず俺の気持ちが楽になる。これはただの自己満足なので勘定しない。次に、タイミングがギリギリにならないで済む。実は日程的な問題で、大会が終わったらすぐに入団試験に関する諸々に取り組まなければならない。バタバタしているなかで「俺卒業したらアメリカ行くわ! じゃあ!」なんてことは流石にしたくない。晴香の方も気持ちの整理とかあるだろうし。

 大会後に言うのであれば、大会前に部長殿に余計な心配の類いを植え付けずに済む。デメリットは先程の逆。バタバタしている日々の中で言い逃げしなくてはならない。

 スーパー都合の良い相手ならば察して聞き出そうとするんだろうが、晴香は待ってると言ってくれた。俺は彼女にちゃんと言うと言った。そんな都合の良い甘えをしてはいけない。

 

「どうしたの? 変な顔して」

「いやあの今ホントに難しい問題がありましてね……」

 

 あすかの復帰が確定したので現在感想戦となっている。感想戦らしいことはほとんど話していないので、平たく言えば彼女と一緒に帰っているだけだ。

 タイミング云々とは考えたが、大会前に言うなら今が一番良いのでは? 大会まで一番日数があるのは今日なのだから。明日より今日、大会前日より今日がベター。うーん、煮え切らねえなあ俺は本当に。

 ここまで色々グダグダと考えてはたと思ったんだが、俺は晴香にどんなリアクションを期待しているんだろう。

 こうして悩んでいるのは、流石に「へえ、アメリカ行くんだ。ふーん」程度のリアクションではないだろうと言う自惚れからなんだが……。いやここは自惚れててもいいよな? 二年とちょっと付き合ってきているわけだし。だからと言って引き止めてほしいわけでも、物分かりが良すぎるのを期待しているわけでもなくて。

 もっと根本を考えてしまえば、そもそも恋人に進路を報告する義務なんてものはない。ただ、交際を続けていきたいと考えている以上は何も言わないのは不義理だろうという俺の一意見で。でも俺自身がその意見を持っているからつまりそこに乗っかるのは道理であって……俺は何が言いたいんだ?

 OKわかった一度整理しよう。俺は今、困惑して混乱している。

 この状態を継続させて無駄に心配を掛け続けるぐらいなら、さっさと話してしまった方がいいんじゃないか? 宇宙兄弟のシャロンも言ってたもんな、迷ったら頭じゃなくて心で決めろって。

 次なる問題はどうやってその話を出すかだな。

 と言っても、俺は色恋沙汰で絡め技なんか使えないからなあ。大きめの呼吸を一つし、晴香の名前を呼んだ。

 

「そのうち言うって言ってたこと、話してもいいか」

「……うん」

 

 頷いてくれた晴香の顔は見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 公園のベンチに座り、どこから話そうかと迷った。でも今更迷ったところで意味はない。

 校長室に呼び出されたあの日、どんな会話があったのか。俺の前にどんな道が出来て、どの道を何故選び取ったのか。順を追って話す必要はない。

 ただ前を見つめて告げる。

 

「俺、高校卒業したらアメリカに行く。マサさんのところの楽団で、プロとしてパーカッションをやっていく」

「決めたの?」

「ああ。全国大会が終わったら入団試験受けに行かなきゃいけないけどな。俺の実力なら確実だって」

「そっか」

「ああ」

「あんまり驚いてないかも」

「そうなのか?」

 

 その言葉は虚勢には思えなかった。納得、に近いものだろうか。

 

「うん。なんとなく思ってたの。篤はいつか、当たり前みたいに遠くに飛んで行くんだろうなって」

 

 俺は全く予想してなかった。こんな未来を選ぶなんて。自分じゃ気付いていなかった選択肢を選び取ったことは、当たり前の選択だったのだろうか。

 晴香はそのまま続けた。

 

「私、ずっと考えてたの。篤が遠くに羽ばたいていく時、私はどうするんだろうって。どうしたいんだろうって。でも全然出なかったんだ、答え。篤は引き止めてほしいとか、付いて行くなんて言ってほしいんじゃないだろうなって、そういうのはわかったのに。私のことは全然。ねえ篤。どうして……どうして、プロになろうって思ったの?」

 

 プロへの道が示されたときに俺の脳内を駆け巡った思考群を、ひとつひとつ辿るように話した。

 俺が初めて抱いた夢。それが形になろうとしている段階。知らずの内にどうしたって口角が上がり、声音に光が滲む。

 こんな場合じゃないのになあ。

 

「そっか。橋本先生に声かけてもらわなかったら、プロになろうとは思わなかった?」

「どうだろうな。でも多分、そんなことない。スカウトされて、自分の原点見つめ直して、それでプロになりたいって、自分の意志で思ったから。俺は自分の前にその選択肢があることに気付いてなかっただけだろうよ」

 

 俺がそういった道を選ぶタイミングは本当にそこしか関係していないだろう。選ぶかどうか、選べるかどうか。そんなことは全く問題じゃない。

 その時、俺にパートナーがいるかどうか。そしてパートナーとどうなりたいか。そこは勘定の外にあるだろう。

 

「篤、こっち見て」

「え、なに」

 

 突然のことに困惑して、目をシパシパさせながらも晴香の目を見つめる。こんなに見つめあったことはあっただろうか。

 

「ひとつ、約束してくれる?」

「出来ることなら」

「連絡、マメにするようにしてね」

「……えっ?」

「LINEなら文字だし時差あっても大丈夫でしょ? あ、でも海外で使えるのかな。メールなら出来そうだよね」

「えっ、待って、ちょっと待って」

「何か不満?」

「そうじゃなくてその、俺の理解と感情が全く追いついてないから説明してもらってもいい?」

 

 俺の所為だとは重々承知しているが、こうも強かに処理されると何にもわからん。ずっと考えてたけど答え出なかったとか言ってませんでした? どうなってんの。晴香側の地の文読ませて。

 

「私、篤のこと応援したいみたい。自分じゃ絶対わかってないけど、夢を話してる時の篤、眼がキラキラしてたんだよ。好きな人のそんな姿を見たら、突き進んで欲しいって思うよ」

 

 俺が楽しそうにしているから応援してくれる、ということだろうか。めちゃくちゃ嬉しい、けど、

 

「あのぅ、俺、最悪別れ話も覚悟してたんですけど……」

 

 俺に都合の良い展開になってしまったようで気が引ける。はっきり言おう。戸惑ってる。

 

「別れたかったの?」

「んなわけあるか!」

 

 これがもし、俺の渡米を泣いて止める様な相手だったら迷いなく別れていた。煩わしささえ覚えていた可能性がある。

 そうはならないだろうなと思っていたし、だからこそうだうだ悩んでいたんだが、まさかこうなるとは。

 

「一応訊くけど、無理はしてないよな?」

 

 静かに、でもそこそこ大きめに溜息をつかれる。

 何を言われるのかと身構えていると胴体部に腕を回された。

 

「ちょっとしてる。……寂しいよ」

 

 ああ、やっぱり。と思えたのは俺にしては進歩だ。寂しがってもらえたことで一喜一憂はしていない。

 無理に見送らせるくらいなら、と言葉をかけようとする前に逆接の言葉が来た。「でも――」

 

「でもそれ以上に、頑張れって思ってる。篤が好きなことの話してる時の顔、好きなの。ずっと見たいって思うくらい、好きなの」

 

 ついさっき口をつこうとしていた言葉が吹っ飛んだ。晴香に苦しい思いをさせてしまうなら別れよう、と確かに思ったはずなのに。

 ずっとそばにいてほしい。どうしようもなくそう思ってしまった。恋人という関係を、距離を、手放したくない。

 

「頑張ってマメに連絡する。こんな状況からいきなり時差有りの超遠距離になるけど、彼氏が俺でいいって思える間、彼女でいてくれ」

「うん」

 

 晴香の返事は少し声が湿っていた。これを重いと感じる人もいるのだろうか。

 俺の人生において恋愛の優先順位はそれほど高くない。ただそんな中でも、晴香とのこの関係は大切にしたいと思った。

 家族でも、家族同然の存在でもない。元から他人である一個人をこれほど大切に想える。この感情を蔑ろにする気は毛頭ない。

 二年前の自分に大声で伝えたくなった。お前、女性を見る目も天才的だぞって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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