打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

50 / 58
前から思ってたけどこいつタイトルセンス欠片もねえな


第44話 俺だけではなくなる瞬間

 進みたい進路が内定していないが決まり、あすかの件について打つ手なしと判明した。目下俺がすべきはコンクールに向けた練習である。

 マサさんが斡旋してくれる入団試験やその後のプロの世界で歩んでいくことに関して、マサさんや滝先生から特別講義を受けることになっているが、コンクールが最優先とのお達しだ。それでも間に合うと判断されたのだろう。ありがたいね、実力ある人らからの信頼は。

 プロヴァンスの風と三日月の舞。強豪犇く全国大会で金賞を獲るには、これまで以上にクォリティを上げなくてはいけない。

 しかしだ。正直、今、ちょっと、飽きてきた!

 合奏練習ならそれなりに神経を集中させていなくてはいけないが、現在パート練習中。気持ちだって切れるさ。

 

「なあ。宝島とかやんねえの?」

「あ? 宝島? なんで」

 

 三年生組の溜息が揃い、下級生組は「えっ」と零した。

 吹奏楽の超メジャーな曲である宝島は、先日の文化祭で披露した曲の一つだ。文化祭が終わったのに何故まだ練習する必要がある。

 

「なんでって、やるだろ。駅ビルコンサートで」

「駅ビルコンサート」

「あんたもしかして、忘れてたとか言わないわよね?」

「えっと、すまん。最近いろいろあってマジで忘れてた」

「最近なんか大変そうですもんね、クロさん」

 

 駅ビルコンサート。そういえばそんなイベントがあったな。言われたのは確か……ああ、文化祭の日だ。俺が覚えてるわけねえだろ。めちゃめちゃ疲れてたよ。

 そうだそうだ。イチから曲を覚えて練習してって時間がないから、文化祭のやつをそのままやることになってたんだった。成程。それで宝島とか、か。

 ちょっとしゃっきりしようや、黒田篤。

 

「悪い。言われたらちゃんと思い出した。清良女子も来るんだよな?」

「コンクール控えながら遠方の祝典に出て、更にもう一つイベント出るなんて大変そうよね」

 

 うわ。多忙過ぎねえ? 高校生に負荷掛けすぎだろ。まあ、俺が気にすることじゃねえけど。

 芝居がかった口調で問いかける。

 

「さぁて問題です。駅ビルコンサート。このイベントで俺達がすべきことは?」

 

 出た。と全員の表情が言っている。詳細をロクに説明しない、突拍子のないクイズにいい加減慣れて欲しいものだ。疑問を呈されない分、慣れてもらったのかね。

 

「高いレベルの演奏、は答えじゃないですよね」

「だったらわざわざ訊かねえよ」

「お客さんを楽しませる!」

「清良女子のパフォーマンスを見る」

「お、沙希惜しい」

「清良女子の演奏を聞いて技術を盗む」

「美代子、正解」

 

 指をパチンと鳴らして称賛する。超高校級の演奏だ。ただ聞くだけじゃ勿体ない。技術を頂戴しないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は休日練習のため、パート練習からの全体練習という形のスケジュールである。

 休日練習にあいつが顔を出すことは難しかったのだろう。この時期に何度も練習に穴を開けている。何事もない時なら考えられないことだ。

 あすかがいない影響は演奏そのものに留まらない。ユーフォニアムが一人欠けるだけ、ではないのだ。

 その結果生まれる音は、正直言って気持ちが悪い。こんな合奏を続けたくはない。今すぐ何か打開策が欲しい。

 俺には何も動かせない。何かのきっかけであすかが戻ってこれたとき、音をきちんと届かせられるように。そして俺自身の目標を叶えるためと、将来のために。自己研鑽しか俺にはできない。

 あいつの代わりの立ち回りなんてしてこなかった。あいつがいないことで生じる不和を俺が解決する方法をいずれも有していないこの状況が、酷く歯がゆい。煩わしい。

 

「もういいです」

 

 頭を振りながら滝先生が辛気臭い音をむりやり止めた。呆れたように溜息をつく。

 

「なんですか? コレ」

 

 かつてほとんどの部員の精神を抉ったセリフを繰り返される。今回は部員一同、そう言われる所以を自覚している。以前よりも鋭敏に反応する様が見えた。

 部員の緊張を感じたのか、先生は柔らかく落ち着いた口調で言葉を続けた。

 

「皆さん、ちゃんと集中してます?」

 

 はい、と答える声はまばら。集中できていればこんな音にはなっていない。

 

「田中さんのことが気掛かりなのはわかります。ですがこういったトラブルは、これからも起こるかもしれないものです。本番当日に誰かが病気になるかもしれない。怪我をしてしまうかもしれない。皆さんはそのたびに集中力を乱して、こんな気の抜けた演奏をするつもりですか?」

 

 辛辣に見えて、その実生徒のことを気にかけているのがわかる。先生の言葉はすべて正しい。そして以前と違って、俺たちを挑発する様子もない。

 それがわからないほど、この半年未満の時間は希薄な時間ではなかった。だからこそ誰も反発しない。そして悔しがる。今にも泣きそうなのがいくらかいるようだ。

 この状況で俺はどうすればいい。どう動けばいい。今の俺には一つしか見えていない。だがそれは取り上げられた。考えるしかねえ。

 

「部長、今日の合奏はこれで終わりにします。今からはまたパート練にしてください。いいですね?」

「嫌です」

 

 は?

 音楽室の中が一瞬でざわめく。今即答したの、本当に部長か? 晴香か? あいつが何かを嫌だと言うなんて、俺ですらほとんど聞いたことないぞ。

 晴香は勢いそのまま立ち上がり、毅然とした態度を取る。

 

「合奏を続けさせてください。お願い、します」

 

 頭を下げてはっきりと言った。声は震えていたけれど、その振舞いはなんとも真っ直ぐだった。

 他の部員も三年生を筆頭に部長に倣う。恐らく全員が頭を下げた。

 どれくらい経った頃だろうか。違うんですよ、と少しだけ困ったような声音が響く。どんな言葉を使えば届くか。探るように先生は言葉を紡いだ。

 

「私は皆さんに怒っているわけじゃないんです。春の頃とは違い、皆さんは一生懸命こちらの話を聞いて、それに応えようとしてくれている。皆さんには十分にやる気が備わっている。ですが、いくらやる気があってもどうにもならないときがあります。どうしても空回りしてしまう。今がそれです。田中さんのことを忘れろとは言いません。しかしこのまま上の空で合奏を続けてしまっては、どんどんレベルが下がってしまう。それならば今は合わせない方が良い。そう判断しました」

 

 先生は怒っているわけじゃないと言った。もし仮に何かに怒っていたとしたら、それは恐らく自らの指導力不足といったものだろう。

 現状をどうにもできない悔しさ。それを覚えているのは、先生も同じだった。

 

「ここからはパート練にします。いいですね?」

 

 こう言われては誰も異を唱えられない。それを見届けて、滝先生は音楽室を後にした。

 自身らの精神的な不安定さがもたらした、合奏がしたくても出来ない状況。それを嘆くように、悔しがるように、部員達は口々に言葉を小さく吐き出した。

 一人一人の言葉は小さくとも、その集合体は確かに、ここにある不安を物語っていた。

 ……あいつに背負わせすぎたかな。あすかがいないだけで、部全体がここまで崩れるとは思っていなかった。多少面倒でも、もう少し俺が支柱の機能を果たそうとしていれば。そんな後悔は、きっと遅い。

 ぽっかりと空いたあすかの席を見る。さて、と顔を上げると、同じようにしていたらしい晴香と目が合った。何か、決意が宿りそうな眼だ。

 晴香は教室内を軽く見ると、楽器を置いて指揮台の方へ向かって行った。

 

「みんな。少しだけ、時間くれる?」

 

 晴香……?

 何をしてくれる気だろうか。この部長は。

 

「あすかがいなくて、みんな不安になるのは当然だと思う。でも、このままあすかに頼ってたら駄目だと思うの。あすかがいないだけで不安になって、演奏も駄目になって。部活ってそうじゃない」

「そんなのわかってるよ」

「でもさ、」

 

 ナックルとヒデリの肩を軽く叩き、真っ直ぐ部長へ視線を向ける。

 言いてえことあんのはわかるからさ、聞こうぜ。

 

「私は、自分よりあすかの方が優秀だと思ってる。だから、あすかが部長をやればいいってずっと思ってた。私だけじゃない。みんなも、あすかが何でも出来るから頼ってた。あすかは特別だから、それでいいんだって」

 

 何でも出来る。特別。頼りにする。あいつは確かにそう魅せていた。そう振舞っていた。その方が便利だから。

 本当は、ちょっと優秀なだけの普通の女の子なのに。超人なんかじゃないのに。

 自分でガワを作り上げて、精一杯背伸びして見合う中身を作って、そうしたら、あすかを知らない人はそれが田中あすかなんだって思う。俺はいい加減、その光景に飽きた。嫌気が差す時期なんかとっくに過ぎた。

 

 

「でもあすかは特別なんかじゃなかった。私達が、勝手にあの子を特別にしていた。副部長にパートリーダーにドラムメジャーとか、仕事を完璧にこなすのが当たり前で、あの子が弱みを見せないから、平気なんだろうって思ってた」

 

 芯があって良く通る声はよく響き、それぞれに馴染んで行く。同時に琥珀色の瞳が濡れて揺れた。

 

 変わらないと思っていた他人の解釈に、変化が訪れたのかもしれない。

 あすかは特別なんかじゃなかった。

 こんな言葉、誰からも聞いたことがない。あいつのことを特別だと囃し立て、崇め、恐れ戦く。そんな奴らしか知らなかったのだ。俺も、あすかも。あすかにとって唯一の例外は俺だろう。

 

「……今度は私達があすかを支える番だと思う。あの子がいつ戻ってきてもいいように。お願いします」

 

 やっと、と思っていいのだろうか。信じていいのだろうか。

 俺以外の誰かが、あの子を普通の女の子だと認めてくれたのだと。

 あの子が手詰まりの状況にあるとき、手を伸ばさなくてもいい存在ではなく、支えるべき存在だと認めてもらえたと。

 面倒な子で、それでも愛おしい子だと感じる人はいると。

 そう、信じてもいいのだろうか。

 

「あんまり舐めないでください」

 

 凛とした甘ったるい声が鳴る。この状況で舐めるな、なんて言えるのは、優子しかいない。

 

「そんなこと言われなくても、みんなついていくつもりです。本気なんですよ、みんな……」

 

 言いたいことを言って、すっきりした様子を見せる優子。思わず、といった形で部長が苦笑した。張り詰められていた緊張の糸が、一気に緩む。

 

「吉川さんの場合、好きな先輩に対して私情を持ち込みすぎだけどね」

 

 晴香の揶揄で主に三年生は遠慮なく噴き出した。釣られて一、二年も笑う。笑ってないのは香織ぐらいだ。顔を真っ赤にしている。

 ついさっきまでの緊張感との対比とか、晴香に言われたから文句を言えなくて黙っている優子とか、自分が言いたかったって顔をしている夏紀とか。いろんなことが面白くて、俺はとびきり声を上げて笑った。

 あんまり笑ったから涙が出た。その涙は、左手の親指と人差し指でしっかり拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。