演奏が終わり、楽器を片付けているところにマサさんが現れた。
「いやー、すっごくよかった! ボクの指導の賜物かな?」
どうやら大興奮のご様子である。
「ボクもさ、今日は本当は朝からみんなといたかったんだけど、指導している別の学校の方についてたんだよ。ごめんね。でもボクがいなくてもバッチリだったから、特に問題はなかったね。いやあ、本当に感動したよ! うっかり昔思い出しちゃった」
「昔って、はしもっちゃんの高校時代ですか?」
あっ馬鹿。俺もそこらへんは気になるけど、今訊いたら喋り続けるぞこの人。
案の定相槌を打って立て板に水と言わんばかりに話し始めた。
「ボクらもあんな風に青春してたなーって。久々に滝先生のこと思い出したよ」
「父の話はいいですから。それより橋本先生、そろそろ戻った方がいいのでは?」
「え? あっホントだ。それじゃみんな、結果発表の時に会おう!」
……嵐のような人だ。今に始まったことでもないけど。文屋康秀が詠んだように荒らしではない。
滝先生が呆れたように溜息をつく。先生はどうして、マサさんと組み合わさるとこうも面白くなるかな。
それからちょっとしたコメントと指示をもらい、一時解散となった。
といっても、大半の生徒は後ろに控えている高校の演奏を聴くだろう。後学のため、ということもあるだろうが、吹奏楽部なんぞに所属している以上大概聞くのも好きなのだ。
多くの人がいるホール内。一人で行動するが吉だろう。空いてる席が見つけやすい。出場校の確認も兼ねてパンフレットを受け取ってから中に入った。
適当に空いているところを探し、椅子に座ってパンフレットを眺める。
俺たちが十六番目だったから、少し進んで次は十九番目辺りか。おっ、その次に秀塔大付属。これは聞き逃せないな。演奏を控えている高校の中で全国争いに入ってくるとすれば残りはここぐらいだ。
そんなことをしているうちにアナウンスが響き、演奏が始まった。
十九番目の学校の演奏が終わり、インターバルのうちにホール内がにわかに活気付く。秀塔大目当ての人多すぎでしょ。あ、俺もそうでした。
学ぶものがあれば大いに吸収したい。一つ大きめの深呼吸をして、両耳に意識を全集中させた。
「続いての演奏は、プログラム二十番、大阪府代表、秀塔大学付属高等学校吹奏楽部の皆さんです――」
奏者達が一斉に楽器を構える。凛々しさを与えさせるような上下黒の衣装と、スポットライトに照らされてキラキラと輝く楽器のコントラストが眩しい。
一瞬の間の後、指揮棒が振り下ろされた。
同じ課題曲。何度もやった。CDだって何度も聴いた。
だからこそ痛感させられる。ああ、上手いな。強豪が強豪たる所以はその技術の高さと安定感。北宇治よりも上だ。自由曲に入っても綻びを見つけさせてはくれないな。
そう思った矢先、ソロを吹いていたエスクラリネットの音が一瞬
会場内の空気がざわつく。しかし流石三強の一角。エスクラ以外の奏者たちはざわつきをものともせずに演奏を続けた。いや、全員動揺はしただろう。だが彼らはそれを凌げるだけの強き意志の力を持っていた。
熱を帯びた演奏は止まることを知らず、正確なままゴールへ向かって駆けて行く。そうして美しいままゴールテープを切った。
ただ一点を除けば、素晴らしい演奏だった。観客から惜しみない拍手が贈られる。上手かった。本当に。
だが彼らが全国大会へ駒を進める可能性は幾分下がっただろう。
こうなることを望んでいたつもりはなかった。けれどこうなったことに何も思わずいられることはない。
彼女がミスをしてくれてよかった。そう思ってしまう自分がいることに腹が立つ。
はっは、まったく。俺もまだまだ弱いな。
――――――――――――――――――――――
演奏を聴いている程を装っておきながら、最後近くまで考え事をしてしまっていた。二十一〜二十三番目の高校の諸君、申し訳ない。
最後の学校の演奏が終わった。ということで、いよいよ運命の結果発表である。
府大会の時とは違い、全国的にスタンダードな口頭発表形式で行われる。
ステージ上にはお偉方のおっさんと各校の代表者二名。移動する前に少し話したところ、晴香の緊張は言わずもがな。あすかは何ともないように見えたが、実は結果を気にしていることがわかった。普段ならお腹一杯なぐらい吐く軽口が少なかったからな。
俺? 表面はカッコつけてるけど内心バックバクよ。八軒が言ってたやつ超わかる。心臓が口から出るんじゃなくて肋骨突き破って出る。
浅くなる呼吸をごまかすように深めに息を吐く。目を閉じながら息を吸った時、昨日の声が頭をよぎった。
北宇治の音をたくさんの人に。
そのときの笑顔も思い出した。一気に身体の強張りが解ける。
ステージ上にいる本人を見れば、いつの間にかリラックスした表情に変わっていた。
だったら、俺はカッコ悪くいられねえな。
冷静なうちに見立てた分じゃ、金は獲れるだろうな、と言ったところ。全国までは正直わからん。でも行けると信じる。それだけの演奏はした。これ以上の演奏ができるのかと思うほどの、奇跡のハーモニーを奏でられたつもりだ。
まあここまではあくまで俺の予想。実際どうなるか。注目の判定は、CMの後!(銀河万丈ボイス)とかボケてないとマジで心臓持たない。早くっ、早く発表してっ!
「十四番、奈良県代表花咲女子高等学校、銀賞」
どうやらド緊張している間に始まっていたようだ。なんて俺らしくない。
しかももう十四番。北宇治は十六。もうすぐじゃねえか。
「十五番、大阪府代表明静工科高等学校、ゴールド金賞!」
おーおー平然としやがって。まるで金賞は通過点と言わんばかりの余裕だ。それだけの努力を重ねてきたということなのだろう。
さて、次。
「十六番、京都府代表北宇治高等学校、ゴールド金賞!」
いよーし。ほう、と安堵の息を吐く。予想通り。よかった。
いくつかの高校名が呼ばれ、その度にリアクションが聞こえる。
「二十番、大阪府代表秀塔大学付属高等学校、ゴールド金賞!」
お見事。あのミスがあっても金賞は揺らがないか。
「続きまして、全国大会に進む三校を発表します」
金賞を獲得した高校はここからが本番。前半三校後半三校の計六校の中から、全国大会に出場できる三校が発表される。
確率で言えば二分の一。五十%。決して高くない寧ろ低い。
順番が遡って呼ばれることはない。つまり秀塔大が呼ばれた時点で北宇治の全国行きはない。或いは俺たちより手前の高校で枠が埋まることも十二分に考えられる。
「一校目、……三番、大阪府代表、大阪東照高等学校」
きゃーともぎゃーとも聞こえる悲鳴が上がる。全国常連なのにここまで喜ぶのか。いや、常連だからこそというのもあるかもしれない。勝ち進んで当然のプレッシャーが。
「二校目、……十五番、大阪府代表、明静工科高等学校」
東照より控えめながら喜びの声がした。
今は他校のことを気にしていられない。残り一枠。北宇治か、秀塔大か。
左胸のポケットを握る。意味があるのかは知らない。
ステージにいる黒髪の美人を見る。スカした眼なんかしちゃいないな。
「三校目、これが最後の高校です」
ほんの短い時間のはずなのに、永遠にも思える時間が過ぎた。
「十六番、京都府代表、北宇治高等学校」
「よっしゃあああああ!!!!」
俺たちはこぞって叫んだ。
黄色い悲鳴を、咆哮を、雄叫びをあげた。
緊張で早まっていた鼓動は、興奮によって速まったまま収まらない。
よし、よし、よし! 全国!
マサさん、千尋さん。やっと、やっと行ける。約束を果たすための舞台に上がれる。
晴香。最後の最後まで部長頼むぜ。
北宇治の音をたっくさんの人に聞いてもらえる。そんな舞台に行けるんだ。
晴香がいるから行けるんだ。
そして――――あすか。
届けるぞ、お前の音を! 文句はねえよな。お前の望みだ。
ここまで来たんだ。何が起ころうとも、お前の音を届けさせる。一番の音を届けよう。
やっとここまで来れました。この後の最高に重厚なものを書くために今まで書いてきたと言っても過言ではありません。
ここまで読んでくださった読者の皆様に、この場を借りてお礼を申し上げます。
いつもありがとうございます。皆様の感想、お気に入り登録、評価、閲覧、全てが力になっています。本当にありがとうございます。
三年ぐらい前に書いた雑すぎるプロットで今まで書いてきたことに自分でも驚いています。そこから変えまくってるしなあ……。プロットってなんだろう。関西大会編は書きながら展開考えてたまであります。橋本とのことしか決まってませんでした。
さて、何故いきなりプロットなんて裏事情を語りだしたのには理由があります。今まではアニメ見ながらや小説読みながら思いついたこと(妄想)を書いていくスタイルでやっていましたが、ここからはそうもいきません。
そろそろ私も篤の行動が読めるようになってきたと感じているので、いよいよガッチリ構想を固めていきます。
というわけで少々準備期間を取らせていただきます。最大半年のつもりです。気長にお待ちください。
本編チックなところはお休みしますが、休憩回を挟もうかなと思っているので更新自体は半年も止まらないはずです。ちなみに文化祭は休憩回に含みます。
来週は更新されるのか。されたとして内容はなんなのか。正直に言いましょう。このあとがきを書いている時点では私にもわかりません。
それでは、次回更新をお楽しみに。