打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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誤字報告ありがとうございます。何べんか見ているのですが、自分ではなかなか気付かないものですね。


第36話 融解

 なんてことのない日常。いつも通りの部活時間外の風景。そのはずだった。まったく、今回はこんな感じで事件が起こってばかりだな。

 

 

 ガッタン!

 

 

 椅子が倒れる音がして、そこから間髪入れずに女生徒の声。

 なんだか嫌な予感がする。階段を駆け下りて音の鳴った方を見た。

 

 すぐに姿が見えなくなったが、走り去ったのは群青色。先ほどの声はおそらく手前の純粋な黒。そして黒に詰め寄る亜麻色。近くにいるであろう茶色は未だ見えない。

 背中越しなのと遠目なのでそれぞれの表情はわからないが、怒りやそれに通ずるように顔を顰めていることは確かだろう。

 

 

「どういうつもりよ」

 

 

 優子が希美に向かって唸る。

 おっと、こいつは頂けないな。しかも夏紀まで出てきた。

 

 

「ちょっと、希美が何をしたっていうの」

「何もしてない。……だから」

「はーいそこまでー」

 

 

 手をパチパチ鳴らして割り込む。三人がぎょっとした表情でこちらを向いた。

 

 

「今やるべきことは他にあるだろ。ほら行った行った」

 

 

 いの一番に優子が走り出す。どこに行ったかは見当がつかないが、校内を走り回っていればそのうち見つけ出せるだろう。

 あとの二人もわざわざ声を掛けるほど鈍感ではあるまい。俺はそのまま前進し、彼女の肩をポンと叩く。

 

 

「うへぇあ」

 

 

 そして有無を言わせないような笑みをニヤリと浮かべて言った。

 

 

「君も手伝い給へ」

 

 

 

 

 気付けば隣にいたあすかが言った。

 

 

「最悪の事態じゃない」

「どこが?」

「は?」

「わー待った待った。そんな顔すんなって」

 

 

 元々しかめっ面だったであろうその表情はさらに皴が刻まれている。美人が顔を歪めるとその怖さはシャレにならない。

 依然として睨みつけてくる美少女に溜息をついた。

 

 

「後で全部ちゃんと説明すっから取り敢えず、俺を疑うな」

 

 

 あすかのリアクションを見ないうちにその場を離れ(言い逃げとも言う)、新品同然の輝きを放つオーボエを手に取った。

 そうしてうだうだとここに残っていた奴に渡す。

 

 

「希美ィ、これ持ち主んとこ持ってけ」

 

 

 希美は戸惑いながらそれを受け取って走り出した。

 

 さて、俺もそろそろ後を追うかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎を一階から二階から彷徨うことしばらく。二階にある旧映画研部室前で夏紀と希美を見つけた。タイミング的に丁度希美が中へ入るところらしい。

 かすかに優子らしき声が聞こえた。ああ、なら大丈夫か。

 少し近付き、廊下から聞き耳を立てる。流石にあそこに割り込むほどヤボじゃない。

 

 

 傍から聞いていると、言葉ひとつひとつに縋るみぞれと、何もわかっていない希美の想いの差を痛感する。訊いているのが苦しくなるほどに。

 けれど今はこれでいいのだ。今の彼女たちの願いは叶えられているのだから。もう苦しむことはないと、そう思えているから。

 

 

 (みぞれ)と傘。相反する二つの存在。霙が降るから傘が必要になる。

 雪国の人は固形の雪では傘を必要としないという。優しい陽の光によって溶かされることで、用いるようになるのだ。

 

 これはきっと二人だけでは成し得なかった結末。

 これで本当に落着なのか。それとも新たなる騒動の始まりか。はたまた何の変化ももたらさない単なる通過点か。

 

 

 

 それは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「盗み聞きとはいいご趣味ですね」

「人聞きの悪いことを言うな。紳士の社交スキルと呼べ」

 

 

 優子、久美子、夏紀の三人が廊下に姿を現す。出てきたのが三人ということで、もうあの二人でいても問題ないということを実感する。

 素っ頓狂に久美子が尋ねてきた。

 

 

「黒田先輩はどうしてここに?」

「どうして、とはお言葉だな」

 

 

 顎で教室を指し示して答える。

 

 

「何があったか教えてくれないか。途中からしか知らないんだ」

「あすか先輩への報告ですか?」

「そんなとこだ」

 

 

 で、誰に訊けばいい。そう言おうとした時、柔らかで繊細なオーボエの音色がした。

 今まで聴いていたものとは全く違う。喜びをいっぱいに含んだ音。

 

 

「これ、みぞれの?」

 

 

 夏紀がそう言って微笑んだ。

 

 

「綺麗な音だね。あの子、こんな風に吹けたんだ」

 

 

 久美子が呟く。

 

 

「まるで神様の吐息みたい」

「ずいぶん詩的な発言だな」

「なんですか」

「いーや」

 

 

 大きく首を横に振る。思考回路が意外と乙女、とは言わなくてよかった。

 

 優子が音のする方をちらりと振り返る。

 

 

「結局、みぞれの演奏はずっと希美のためにあったんだ」

 

 

 寂しさの中に、ほんの少し苛立ちと悔しさを滲ませて言った。

 ずっと、希美よりもみぞれに寄り添っていたのに。みぞれの気持ちをわかっていたのに。

 

 誰の言葉が紡がれるより先に俺の口が動いた。

 

 

「それがいつのことだろうと、光に連れ出してくれた存在は特別だ。今回それをしてくれたのは優子だろ」

 

 

 優子は一瞬ぱたりと足を止めた。そこに夏紀が絡む。

 

 

「あんたが希美に勝てるわけないでしょ。希美の方があんたの百倍はいい子なんだから」

「そんなのわかってるわよ」

「でもさ、」

 

 

 夏紀は優子から目を逸らした。

 それだけで夏紀が何をしようとしているのか、なんとなくわかった。いいコンビだな。

 

 

「みぞれにはあんたがいてよかったと思うけど。そうじゃないと、もっと早くにあの子潰れてたよ。たぶん」

 

 

 呆気に取られた表情から、ニマーっと意地の悪い笑みに優子の顔が変化する。

 嬉しいのか、楽しいのか、からかいたいのか。そんなのどれでもいい。こいつらのやり取りは

 

 

「もしかして、慰めてくれてる?」

「はあ? 違いますケド」

「素直じゃないんだから。そんな照れなくてもいいのに」

「うざ! なにコイツ」

「きゃー、夏紀が優しくしてくるよー」

「気持ち悪い事言うなー!」

 

 

 犬も食わないってことで。

 

 

 

 

 

「あの二人、まとめて何て呼ぶか知ってるか?」

「? いえ」

 

 

 この呼び方を最初に考えた人天才だと思う。二人の様子をこれ以上ないほど的確に表現している。

 俺はぎゃんぎゃんやっている人達に声を掛けた。

 

 

「はしゃぐのも程々にしとけよー、なかよし川」

「「だからその呼び方やめてください!!」」

 

 

 言葉が見事に揃ったのが気に食わなかったようで、なんかまたギャーギャーやりだした。

 

 

「おもしれーな、あいつら」

「なんで”なかよし川”なんですか?」

「”仲良し”の”中川”と”吉川”だから、なかよし川」

「あーなるほど」

 

 

 なかよしリバーは放っておく。

 もといた教室へ戻っている途中久美子が、あ、と何かを思い出したように言った。

 

 

「みぞれ先輩と希美先輩に何があったか、報告しなきゃいけないんでしたっけ」

「あーそれな。やっぱいいわ」

「え?」

 

 

 何があったかとか、どうなったかとか、訊くつもりだったけれどそんな必要はなくなった。

 

 

「あのオーボエの音で大体わかる」

「それもそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パート練の教室に置いてあったスカスカの鞄を掴んで、三年三組教室へ向かった。理由はもちろん、北宇治吹奏楽部のラスボスこと田中あすかと話すため。

 

 

「あーやっと来た。おっそーい」

 

 

 島風かおのれは。

 

 

「つかなに、俺待ち?」

「いちおうね。黄前ちゃんの事情聴取も終わったところ」

「何かあります?」

 

 

 諸々聞いたんなら今更説明することなんてないと思うけど。こいつのことだし。

 さっき後で説明するっつったのだって、もう自分でわかっているはずだ。

 

 

「ほとんどなんもなし。あ、私が最悪って言った時点であんたこうなるって考えてたの?」

「あー、んーとな、合宿の時から頭ん中にはあった。希美が演奏の足枷になるんだったら、逆も然りじゃねえかなって。ただ、んな大博打する気はなかった――んだけどな。希美とみぞれが会っちまったし、そっちにベットするしかねえだろ」

「結果オーライ?」

「だな。どっかの人畜無害っぽいユーフォもいたし」

「おー、黄前ちゃんお手柄ー」

 

 

 そう言ってあすかは、久美子の髪の一番モフってそうなところをわしわしとした。

 仮面か素顔かイマイチわかんねえな。久美子はユーフォっぽい子だから。乙女ゲーで言うところのおもしれ―女だな。はめふらみたいにフラグバッキバキ折っていきそう。

 

 しかしまあ、久美子のユーフォっぽさはどうやら期待以上のようだ。今回も非常に嗅覚が優れている。

 この俺に期待させたんだ。飽きるまで活用させていただくとしよう。次の機会が如何様になるか、今は皆目見当がつかないけれど。

 

 

「黄前ちゃんもお手柄だったけど、やっぱり今回のMVPは優子ちゃんだね」

「優子先輩のおかげってところは大きいですよね。ずっとみぞれ先輩のこと心配してましたし」

「うーん、そうだけど、そこじゃないなあ」

 

 

 あすかは全てを見透かしたような態度をとって、チェシャ猫のように笑った。

 

 

「みぞれちゃんが希美ちゃんに固執してるのって、結局一人が怖いからでしょ? 希美ちゃんがいなくなったら独りぼっちになっちゃうって思ってたから話せなかっただけで、優子ちゃんが保険でいるってわかれば話せた。みぞれちゃんも結構ズルい性格してる」

「先輩は穿った見方をしすぎですよ」

「そう? あんたはどう思う?」

「保険でもいいさ。保険があるのとないのとじゃ大違いだ。それだけ、独りってのは怖いんだよ」

 

 

 俺を捉えるあすかの双眸がわずかに見開かれた気がした。気のせい。気にしない。

 

 

「あと、お前が穿った見方をするってのは同感だな」

「えー?」

 

 

 飛び切りの美人は相変わらず感情の境目が見えない表情で笑った。

 まったくこいつは……。たまには本音を出しなさいよ。自分の感情見失っちまうぞ。

 左手であすかの背中をトンと押した。

 

 

「言いたいことあんならちゃんと言っとけよ」

 

 

 振り返ることなく、お節介とでも言いたげに嘆息された。

 

 

「……黄前ちゃん、」

「はい」

「全国、行こうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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