打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第27話 邂逅

 今日も今日とて部活が始まる。練習開始は午前九時だというのに、大抵の生徒は八時頃には既に集まって練習をしていたりする。

 ったく、そういうことをする空気が善意で作られるから、暗黙のルールみたいなのが設定されるんだよ。こうしてブラックに邁進していくんだ。そこんとこの見極めちゃんとしよう。福利厚生のしっかりしているホワイト企業に就職を! ……できれば働きたくねえなあ。

 ま、人の少ない朝に集中しやすいってことはあるんだよな。一年生の時から上級生の阿呆どもに邪魔されたくないって理由で、休日練習は早めに来るようにしていた。その習慣からか、今だって早めに来てしまう。

 下っ端の頃ならいざ知らず、最高学年かつパートリーダーとなった今、躍起になるのは後輩たちにこれを強制しないこと。こういうことって案外難しいんだよな。草の根運動しかないけど。

 

 

 

 

 

 夏休み期間の練習は、午前にパート練習、午後に合奏練習となっている。だがしかし今日に限っては違った。なんでも伝達事項があるから最初は全員音楽室に集まるように、とのお達しがあったのだ。

 定刻通りに滝先生が姿を現した。部長が立ち上がり号令をかける。部員一同はその後に続いて復唱。どこの隊やねん。先生もそのあと同じ言葉を言うから隊ってより新興宗教感が強くなる気がするけど。

 

 

「では早速合奏を始めていきますが、今日はその前に一人紹介したい人がいます」

「まさか婚約者?」

 

 

 んなわけあってたまるか。こんなところで婚約者紹介するような人じゃないでしょうに。

 てか滝先生結婚してんの? 前に引っかかることはあったけど確証は無い。でも、指輪をしてないだけで結婚してました、とかありそうだな。

 先生は腕時計に視線を落とした後、何故か溜息をついてから補足説明をした。

 

「木管とパーカッションの指導がやや足りていないように感じましたので、夏休みの間はスペシャリストに力を貸していただくことにしました。スケジュールの都合上木管指導者の方は合宿からの参加ですが、パーカッションの指導者は今日から来てもらいます。もうすぐ来ると思うのですが……」

「失礼しまーす。いやあ時間ギリギリ。ゴメンね、電車乗ったらどうにも眠くなっちゃって、ばって起きたらもう駅過ぎててさあ。本当はもっと早く着いてる予定だったんだけどねえ」

 

 

 騒々しい音を立てて音楽室の戸が開かれる。驚いて振り返ると、小柄な男性が立っていた。彼は豪快に笑いながらひょいひょいと滝先生の隣へ。

 おいちょっと待て、あの人ってまさか……!

 

 

「えー、彼はこの学校のOBで、こう見えてプロのパーカッション奏者です。現在は楽団を一時退団して、いろいろな学校の吹奏楽部の指導などを行っています。夏休みの間、指導してもらうことになりました」

「橋本真博といいます。どうぞよろしく。渾名ははしもっちゃん。こう見えても滝クンとは大学で同期です。ボクの方が若く見えるでしょう?」

 

「プロ!?」

「マジで!?」

 

 

 誰か二人が反応しているのはわかるが、正直それどころじゃない。

 パーカッションのプロで楽団を一時退団して後輩の育成中。外見は朽葉色の髪に青い眼鏡と、小柄ながらもがっしりとした体躯。そして橋本真博という名前。

 別人ということはあるまい。マジか、あの橋本さんに教えてもらえるのか。

 驚愕は頭の中にとどまらず、実際に声にも出ていた。

 

 

「マジか……」

 

 

 その間にも橋本さんは軽快な口調で何やら部員達に話しかける。緊張のあまり言葉の七割八割はどうやっても脳内でムーディー勝山のように受け流されてしまうが。

 

 

「さて、教えるには本気でやらせてもらうよ。北宇治がライバルを蹴散らせるようにスパルタでいくから、パーカッションの子はそのつもりで」

「はい!」

「……はい!」

 

 

 一人だけ返事が遅れ、訝し気な顔をされた。しかし初回だからか、本気ではなく若干茶化して注意される。

 ああ、視界の隅で濡羽色の長髪が揺れているのが見える。笑うなよ、頼むから。

 

 

「ちょっとー気合が足りないんじゃない? そこのキミ、名前は?」

「黒田篤です」

「篤ね。気合足りてる? ボクの話長くてかったるいなーとか思ってない?」

「思ってないっす。気合も足りてます。すいません」

「そう? ならいいけど」

 

 

 さっき声が上ずらないようにしたせいか、テンション低い奴orやる気ない奴だと思われた。

 違うんです、かったるいんでもやる気がないんでもないんです。寧ろ気合が空回りしないか気掛かりになるレベルなんです。

 と心の中では言葉が出るが、口に出して弁解をするのは俺の美学に合わない。追々認識を改めてもらうか。

 そう思っていると、突然すっと手が挙がった。

 

 

「橋本先生、気を悪くしないであげてください。彼は昔から先生のファンで、大分緊張してしまってるだけなんです。ね」

 

 

 真面目な中に揶揄いも感じられるが文句は言わない。てか助かった。

 思うように口が回らなくなってしまっているので、幼馴染の言葉に無言でこくこくと頷く。貸し一つとか言われるんだろうなあ。

 

 

「なぁーるほど、ボクのファンだったのか。それなら舞い上がっちゃっても仕方ないね。ボクって凄いから。なのにさあ、学生時代から全然モテないの。大学の頃なんかみーんな滝クンの方行っちゃうんだから。君らも見かけに騙されちゃダメだよ? 滝クン、昔っから本当に口悪いんあだだだだ」

「部員の前で余計なことを言うのはやめてください」

 

 

 上機嫌に語っていた橋本さんが突如として悲鳴を上げる。少し視線を落とせば、滝先生に足を踏まれていた。

 滝先生が履いているのはサンダルだが、それでも装甲が来客用スリッパなんてペラいもんじゃ、結構痛いだろうな。わーお、しかもなんかぐりぐりされてるぅ。

 にしても、滝先生ってこんな風にはしゃぐんだな。どこぞの水柱さんみたく、「俺は嫌われていない」なんて意地になって言ってるんじゃないかって思っちゃってた。

 

 満足いくまでぐりぐりしたのか、橋本さんの呻き声が止んだ。何事もなかったかのように涼しい顔で、先生はいつものようにパンと手を鳴らす。

 

 

「それでは皆さん、練習を始めましょう」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。この時間だけでも相当上手くなったよ。やっぱり指導者が優秀だと伸びるのが早いねえ。今やったことを、今後もしっかりと出来るようにしておくこと。いい?」

「はい」

 

 

 あの後早速パート練習に移行し、まずは全員自己紹介を済ませることとなった。

 その前に個々人が移動していく際、案の定あすかに「貸し一つね」と言われた。わーってるっつの。

 自己紹介から話しが軽く脱線することもあったが、コミュニケーションを円滑に行うための基盤形成だと捉えれば不信感なぞ湧いてこない。

 てかなにこのコミュ力モンスター。あっちゅう間に溶け込んでいくんですけど。俺と同じく、橋本真博氏のファンである万紗子は、俺と違って物怖じすることなくガンガン絡んでいっていた。俺だけ波に乗れずに取り残された感覚だ。

 自己紹介を終えてから現時点での実力確認。そうしてから満を持して橋本さん、じゃなくて先生、も違う、はしもっちゃんによる指導が行われた。……やっぱ年上を渾名呼びって無理だ。慣れねえ。性分が体育会系だから出来ない。

 

 

「みんなはこれからお昼?」

「はい。はしもっちゃんは、昼どうするんですか?」

「ボクは滝クンの所に行くよ。しなきゃなんない話もあるしね」

 

 

 顧問と外部指導者という立場なんだし、そりゃいろいろ話しておく必要があるわな。

 昼休みまで仕事かあ……。働きたくねえなあ。

 

 

「先生方も大変ですね」

「大変だけど楽しいよ。君らの伸びが早いのは指導者が優秀ってだけじゃなくて、若いから吸収スピードが早いっていうのもあるんだよ。それをすぐ傍で感じられるのは、おじさんにとって一つの楽しみなんだ」

 

 

 教えたことをすぐに吸収して生かせられる。つまり、小学生は最高だぜ! ってのと同じ理由で、指導が楽しいと考えていいんだろう。多分。

 まあしかし、若いからといって全員が全員スポンジみたいな吸収率をしているわけでもあるまい。全然吸収しないと思ったらがんこたわしでしたーなんてこともあり得るわけで。

 そういうやつって中途半端に吸収してものを言うから性質悪いんだよなあ。

 

 橋本先生は少しだけ空を見つめ、昔を懐かしむように続けた。

 

 

「それに滝クン、集中しだすとご飯食べなくなるんだよ。昔から何度飯食えって言ったことか……」

 

 

 なんか想像つくな。あの人、気づいたら空腹だの栄養失調だのでぶっ倒れてそう。今度バランス栄養食でも差し入れようかしらん。

 

 

「橋本先生って、なんか滝先生の親みたいですね」

「滝クンが自分の事に無頓着すぎるんだよ。ま、ボクの恩師が滝クンのお父さんだからっていうのも関係してるのかもね。それと篤、ボクのことは、はしもっちゃんでいいんだよ?」

 

 

 恩師が滝先生の父親。つまり滝(とおる)さんという部分に俺が食い付く前に、俺の呼び方の部分で引っかかられてしまった。

 

 

「すいません。年上だし憧れだしで、渾名で呼ぶのになんか抵抗あって」

「真面目だねえ。ナックルを見なよ、あっという間にはしもっちゃん呼びだよ?」

「なんか巻き込まれた!?」

 

 

 突如引き合いに出されて喚いている男子生徒約一名は放っておく。

 どっかで妥協点探したいんだけどな。どうしたもんじゃろの~。これ何のドラマのセリフだっけ。

 総身の知恵を総動員して悩んでいると、万紗子がナイスな解決策へのみちしるべを出してくれた。

 

 

「はしもっちゃんは、楽団で何て呼ばれてるんですか?」

「向こうではマサって呼ばれてるよ。名前、真博(まさひろ)だから」

 

 

 マサかあ。マサの兄いとでも呼んでみようか。長いからやっぱやめとこう。

 あそーだ。

 

 

「マサさん、でどうでしょう?」

「一部渾名じゃない」

「さんが付いてりゃ気持ち的にマシなんだよ」

「いいね。それじゃあボクのことは、はしもっちゃんかマサさんって呼んでくれていいよ。って、あらら。結構時間経っちゃってるな。みんな、また後でね」

 

 

 橋本先生、もといマサさんは壁に掛けられている時計を見ると慌ただしく去っていった。

 賑やかな人だ。省エネを信条にしてそうな声をしてるのに。

 省エネという言葉で、そういえば今日はエネルギー消費が大きい事に気が付く。

 マサさんの気配がしなくなってから、それなりに大きい溜息をついた。

 

 

「緊張した――――……」

「あんた本当にファンだったのね」

 

 

 沙希の言葉に首肯しつつ、ずっと言いたかった文句を奴にぶつけた。

 

 

「ってかナックル! 俺何べんもあの人のパフォーマンス見ろって言ってたろ。見たことなかったのか?」

「言われたときは覚えてんだけどな。家帰ったら忘れちゃってて。でもあれだな。篤が憧れるだけあって、はしもっちゃん凄い人なんだな」

「当たり前だ馬鹿。帰ったらウィキペディアでも見とけ。あとユーチューブも見ろ。どんだけ凄え人がわかるから」

 

 

 

 

 

 

 橋本真博は本物のエンターテイナーであると俺は思っている。

 あの人のパフォーマンスは絶対に観客を飽きさせないのだ。人を惹きつけてやまない。そんな、全力で楽しませ、全力で楽しむ姿に俺はずっと憧れている。

 俺は彼のことを一パーカッション奏者として純粋に尊敬している。しかし憧れる理由はきっとそれだけじゃなくて、なんだかあの人に似ているのだ。俺がパーカッションを始めるきっかけになった人に。

 北宇治高校のOBで、滝透さんの教え子。そして滝先生と大学で同期。

 

 

 

 

 

 もしかしたら、マサさんは、俺の憧れのあの人なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以前にも後書きで書きましたが、橋本先生の個人的なモデルは石川直さんです。と言いましても、恥ずかしながら私は石川さんのパフォーマンスを高校時代音楽の授業でBlast!の映像を一部拝見させて頂いたぐらいしか知りませんが。
石川さんの略歴と、公式から読み取れるだけの橋本先生の情報をミックスさせて、この作品内の橋本真博は成り立っています。
彼に関してオリジナル要素がかなり入ってしまいますが、拙作内の彼らをどうか温かく見守っていただければ幸いです。

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