打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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前話のラスト見る度に、こいつら爆発しねえかなって思う。


第22話 俺たちの部長

 八月に入りコンクールがいよいよ目前となると、地球の自転周期が乱れたんじゃないかと錯覚するくらい、一日一日があっという間に過ぎていった。

 気付けば今日はコンクール前日。

 細部の調整と目的とした練習達も終わり、後は本番を残すのみとなった。

 明日の本番に疲れを引きずらないように、今日は早めに終わる。なんら問題は無いし理解だって十分しているがなんだか物足りない。運動部員が軽めの練習の後に自主トレをしたくなる感覚に近いものだろう。もう少しやってから帰ろうか。

 

 

「パートリーダーは、明日の段取りの確認があるので集まってください」

 

 

 あ、忘れてた。残って練習する前にこれがあったな。

 並べられている座席の隙間を縫って音楽室の前方へ向かう。あまり広いと言えないこの場所に九人も集まると中々に窮屈だ。

 

 

「場所移動しないか? 狭い」

「そうだね。空いてる教室探そうか」

 

 

 教室を出る時に、念のため筆箱から筆記用具をいくつか取ってポケットに忍ばせておく。

 部長が忘れていなければ、段取りを示したプリントがあるはずだ。必要ならメモでも取ろう。

 近くの空き教室に入り、適当に席に着く。配られたプリントには明日の要領がまとめられている。ほとんどがゴシック体の文章の中、時刻だけが手書きの文字だった。

 

 

「それじゃあ、上から順番に確認していきます。質問があればその都度お願いします。まず集合時間は――」

 

 

 いつもであれば、不確定事項を出来る限り排除しておきたいのでしっかりじっくり聞いているんだが、今日はそこまで熱心に聞いていない。

 それはやる気がないとかいう理由ではない。ただこのプリントを作ったのが俺だというだけだ。

 コンクールの日にやることは年度によって変わることが特にないので、代々管理職に資料が引き継がれているのだ。それを以前晴香に見せてもらったんだが、それがかなり見ずらかった。それはもう、自分が配布される立場だったら我慢ならない程度に。もっとも、その資料の配布予定はなく、それをもとに管理職が口頭で伝えているというお粗末な方法だったらしいが。

 大枠だけがWordで作られていて重要なことはほとんど手書き。それも飛び飛びだったり経年劣化だったりで読みずらいことこの上ない。だから思わず申し出たのだ。作り直そうかって。

 作り直す際に俺が思いつく限りの疑問点を洗い出して、部長に確認をする、という作業を繰り返したから今更質問が出てこない。

 それよかプリントに不備がないかってことが気になる。変な誤字とかしてないよな?

 

 

「なあ、書く物持ってないか」

「ん」

「さんきゅ」

 

 

 メモ用に筆記具を持ってきた勢と持ってきてない勢に案外分かれているようだ。持ってきていなくてもどうにかなっているのは、持ってきた人に借りてるんだろう。

 パートリーダーの男子は俺とヒデリのみ。少し離れた席にいたが、同性から借りる方が気持ち楽だ。ボールペンを渡すと、そろーっと戻って行った。

 

 

「結果発表の後、学校に戻ってきてから解散になります。もし関西に行けたら、練習がある予定です。えー、全体を通して質問ありますか?」

 

 

 部長は一通り説明し終え、全体を見回す。このまま質問は出ないで終わるかな。

 

 

「私は質問なーし」

「俺もー」

「こっちも大丈夫」

「私もオッケー」

 

 

 あすかが「私”は”」なんて言うから俺も賛同を表すと、他の人たちも追従した。

 八人分の声が出たので今日はお開きだ。

 

 

「ていうか質問思いつかないほど細かいよね、これ」

「ね。私マーカー引くぐらいしかメモしてないもん」

 

 

 ありがたい評価だ。細かいのに見やすく出来たこれは、それなりに自信作だったりする。だからといって名乗りを上げることなどしないが。

 

 

「晴香が作ったの?」

「内容は私なんだけど、作ったのは」

 

 

 尋ねられた晴香が俺を見る。極々普通の流れだろうに、それを見た質問者がニヤリとして言った。

 

 

「ああ、旦那か」

「旦那って!」

「やっぱ篤か」

「言い回しが黒田くんだよね」

 

 

 ええ……。みなさん何で俺だってわかるの? 俺のこと好きなの?

 あと俺と晴香まだ結婚してないんですけど。俺が旦那でも、晴香が奥さんでもないんですけど。

 

 

「作りの用意周到ぶりから見てもあんたでしょ、これ。プロトタイプのデータ残して、あとはその都度埋めるようにしてるところとか特に」

「お前の分析ぶりがこえーよ」

 

 

 確かにあすかの分析通りなんだけどさ。自宅のPCで作ったデータをCDにコピーして引き継ぎ資料に入れさせてもらった。これで暫く行けるかなーって思ってる。

 いつも通りのコントじみたやりとりに九人で笑った。

 これだけ自然に笑えるなら、明日だって大丈夫だろう。

 なあ、景気づけに一つ頼むよ、と俺は部長に言った。

 

 

「ええっ今?」

「いいんじゃない? 明日もやるだろうし、予行練習で」

「パートリーダーだけってなんか新鮮」

 

 

 本人が戸惑っている間に周りが乗ってきた。

 やろうよ。そんな視線が部長に向けられる。

 しょうがないなぁ、なんて笑顔を作り、意を決して咳払いをひとつ。

 

 

「それではご唱和ください。北宇治ファイトー」

「オー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しまった。熱中しすぎた。

 パトリの集まりを終えてから個人練を始めたのは数時間前。練習量と内容に満足したころに窓の外を見れば、夏真っ盛りだというのにすっかり暗くなっていた。

 時計を見るともう十九時を回っている。

 いい加減エネルギーを供給しろ、と腹が鳴った。これはコンビニによって何か買い食いしないとキツいレベルの空腹だ。

 帰るための支度をそそくさとしていると、開けっ放しのドアから人影が見えた。こちらに向かってくる。

 

 

「おや、まだ残っていましたか」

「あ、はい。もう帰るつもりです」

「明日に備えて、今日は早めに休んでくださいね」

「はい」

 

 

 先生も大変だな。生徒がいたらこんな時間まで学校に残ってなきゃいけないなんて。

 いや他人事じゃねえ。さっさと帰って、滝先生にも早めに休んでもらおう。

 まだ残っていましたか、ということは殆どの部員はもう帰っているんだろう。興味本位で誰が残っていたのか尋ねる。

 

 

「俺の他に残っている人、いました?」

「他は小笠原さんだけでしたね。……黒田くん、どうしました?」

「ああいや、何でもないです」

 

 

 誰にも注目されてなかったら俺は今頭を抱えているだろう。

 こんな時間まで待ってなくていいのに。今日は特にさっさと帰ってくれれば。

 いや、今日だから待ってたのか。約束してないのになあ。

 

 

「黒田くん」

「はい」

「あまり女性を待たせるものではありませんよ」

 

 

 部活中、しかも先生がいる前でそう振舞ったことはないはずだが、俺達の関係を見抜かれているらしい。

 ならば取り繕うこともあるまい。

 別れの挨拶を交わし、音楽室を後にした。サックスのパート練をしている教室へ急ごう。

 

 しかし、さっきの言い方はなんだったんだろう。

 待たせるものではない女性。それは恋人や妻といった存在ではなかろうか。

 だが滝先生にそういった女性の気配は感じられない。結婚指輪もしていない。

 それでも自らの経験として、あの声の和らげ方は知っている。目に宿った想いも知っている。

 意図せず出てしまう、愛する人を想って和らぐ声。愛しいものに注ぐ眼差し。

 愛する人への想いに紛れていたのは、過ぎ去ってしまった時を懐かしむ感情と二度と戻らない時への悲しみ。

 滝昇という人が背負っているのは、なんなんだろう。

 

 

 

 

 

 教室のドアから中を覗く。金色の楽器が蛍光灯の光を反射して輝いている。

 待たせてごめん。待っててくれてありがとう。どちらも言われたくないので、どちらも言わない。でも自分が言う側になると言いたくなるな。

 ぐっとこらえて事実を述べる。

 

 

「待たせた」

「お疲れ様。帰ろっか」

「おう」

 

 

 

 

 

 下駄箱で運動靴をつっかけながら、どうしても言いたかったことを言った。

 

 

「待ってなくてもよかったのに」

「私が待ってたかったから勝手に待ってただけ。気にされる筋合いはありませーんだ」

「はっは、そうか」

 

 

 こともなさげに言われた。俺が気にしないようにだろう。

 些細な気遣いを未だに愛しいと感じる。ああ、こういうところが好きなんだよな。言えないけど。

 今日は自転車で来なかったので、校舎を出てそのまま門を出る。

 

 

「あれ、自転車は?」

「今日は歩き。なんとなく、こうなる気がしてな」

 

 

 その影響で手をおいておくべき場所がない。代わりに制服のポケットに手をつっこんだ。

 明日は府大会。もし金賞を獲れなかったら。もし金賞でもダメ金だったら。俺の思いと裏腹に、どんな可能性も仮定して考える、永久凍土のように冷静な理性がいる。

 もしも関西大会への切符を掴めなかったら、この景色は見納めだ。

 だというのに寂しいとかいう感情は全く湧いてこない。俺の感情のどこにもいない。

 明日で終わっちまったら嫌だなあ。道化たリズムでいけしゃあしゃあと抜かすやつがいるだけだ。

 

 

「やっぱり緊張してないね」

「今から緊張するかよ」

「人によってはしてるんじゃない?」

「明日までメンタル持たねえだろ」

 

 

 今から緊張してたら本番前にライフゼロになるわ。HPてかMPか。でもそういうやつって、意外と直前にメンタルさいつよだったりするんだよな。不思議。

 それよりも晴香に緊張している素振りがないことが不思議だ。

 と思ったが、昨年の秋に部長になってから色々なことを経験してきたんだ。特に新年度になってからこの四か月は濃密だった。人が変わるのに十分すぎる期間だろう。

 

 

「聞かないの?」

「見りゃわかるからな」

「そっか。わかっちゃうか」

「晴香?」

 

 

 不意に立ちどまられた。どうした? と顔を覗き込んだら、目が合った。

 

 

「篤、私ね、吹奏楽やっててよかった。部長をやってよかった。やっとそう思えたの」

「なんだいきなり。縁起でもない」

「そうじゃないよ。明日で終わりたくないから言うの」

 

 

 再び歩き出して話し出す。 

 力強く進む様子からは、自信がなかったり泣き虫だったりという時が感じられない。

 俺が晴香の後ろにいることを前提にグングン歩いていく。

 

 

「北宇治吹奏楽部の部長でいるのがもう嫌じゃなくなったの。今でも部長はあすかや篤の方が向いてるって思ってるけどね。でも二人が私でいいって言ってくれて、沢山の人に支えてもらって、部長になれた。篤は言ったよね。部を一番見てるのは私だって。だったら、この部はとっても凄いんだってことを一番知ってるのも私。だから私は関西大会に出て、全国大会にも出て、北宇治の音をたくさんの人に届けたい。北宇治吹部の一員として、もっと吹いていたい」

 

 

 前を向いてしっかりと言葉を紡ぐ姿で、不覚にも鼻の奥がツンとした。

 届かせよう。響かせよう。北宇治が奏でるメロディーを。

 晴香の頭に手をやり、くしゃりとかき回して言った。

 

 

「そうだな、部長。やってやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カッコつけたはずなのに、ものすごくカッコ悪いことに腹が鳴った。ただ幸いにも、二人分。

 ひとしきり笑ってから、コンビニに寄って食料補給をする。

 店の外壁に寄りかかって買ったものを食べながら明日のことを話す。

 

 

「明日は篤に頼りません」

「どーしました、晴香さん」

 

 

 藪からスティックに何を宣言してるんだ、この子は。

 呆れた目を向けると慌てて説明してきた。

 

 

「そんな目で見ないでよ。篤に頼らないっていうのは、私の不安とか緊張を見せないようにするってこと。これでも部長だから」

「あー。つまり士気を下げない為に見えるところじゃ頼らねえ、と」

「そういうこと」

 

 

 長の振る舞いは当然下々に大きな影響を与える。我が部には他に精神的支柱がいるが、頼らずにすめば晴香の自信にも繋がるだろう。ナイスな選択だ。

 

 

「本当にヤバくなったら支える」

「わかってる。いつもそうだもん」

 

 

 これでもう明日の本番について話すことは無い。

 食べ終わったごみを捨て、晴香の手を取って歩き出す。

 

 あとは出来ることを果たすのみ。とりあえず、さっさと帰って寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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