打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第17話 武田信玄偉大也

 突然だが、自転車通学の身であっても普段から荷台を使うことは稀であることは、大多数の人に共感してもらえると思う。かくいう俺も、二人分の毛布を運ぶためにどうしたらいいか、昨晩スマホ片手にあれこれやっていたものだ。だってやり方知らねえんだもん。

 毛布を運ぶ理由は部活で使うからなんだが、二人分というのは如何なる理由か。

 答えは明白である。我が校の吹奏楽部には、俺の幼馴染も在籍しているからだ。あれやこれやと理由を付けられてうんざりしながらあいつの分も運ばされるより、諦めて自分から申し出た。

 なあにが「殊勝な心掛けね」だ。俺はお前の僕になった覚えはない。ついでに言うと俺はあすかに【お前】以外の二人称を使える気もない。

 

 

 

「毛布あるだけで暑いなあ」

「熱がこもるからとかじゃなく、なんかもう気分だけで暑い」

 

 

 現在、各部員がえっちらおっちら運んできた毛布を音楽室中に敷き詰めている最中である。

 我が部は六十余人もの人がいてそれだけで夏場は暑いのに、今は大量の毛布もいる。マジですーげえ暑い。まさか真夏までこれやりませんよね? 夏真っ盛りにこんなんやったら絶対熱中症患者でますよ? そんなレベルで気温がひどい。

 床に敷き詰め切れずに余ったものは壁に張り付けられている。ふえぇ……暑すぎて溶けちゃうよお……。

 …………我ながらキモいな。止めよう。

 

 

「なんだ、皆で泊まり込むわけじゃないんだ」

「したければしてもらっても構いませんよ。私は帰りますが」

 

 

 俺も帰りたいです。そんなのやるんだったら。

 ああ、そのうち合宿やったりするのかな。多分関西大会前ぐらいに。順調に技術が上がっていけば府大会ぐらいは突破できるはずだ。故に三年生だって合宿に参加できる。じゅ、順調にいけば……(小声)。

 いやまあ優子の説得は完了したし、大丈夫だと思うんだが。

 

 なんとなくゆるっとした雰囲気にあてられたのか、ホルンパートの情報通。確か名前は、瞳ララだったか。そいつが恐いもの知らずに麗奈へ質問を投げかける。

 

 

「ねえ高坂さん、一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」

「何」

「高坂さんと滝先生って、以前から知り合いだったって本当?」

 

 

 全員が注目していたなんてことはなかったし、瞳がやたら声を張り上げていたこともなかった。それなのに一瞬で空気が固まった。

 なんてことをしてくれやがった。

 周りが何か言動を起こす前に、麗奈が口を開く。冷淡な口調は怒り故か、それとも素か。

 

 

「だったら何だっていうの。私と滝先生が知り合いだったかどうかなんてどうでもいいでしょ」

「でも噂になってるよ? 高坂さんがソロになったのは先生が贔屓したからじゃないかって」

 

 

 会話が聞こえる範囲にいた人たちがどんどん静かになっていき、とうとうこの会話を全員が聞く形になっていた。

 顧問による贔屓。その言葉で、視線が一斉に滝先生へシフトした。向けられた目が問いかける。これは真実かと。

 

 

「私が高坂さんと以前から知り合いだったというのは事実です。ですが贔屓や特別な計らいをしたことはありません。全員公平に審査しました」

 

 

 淡々と告げる先生へ、噂を聞いていた人たちが問う。純粋な疑問なわけがない。

 一年生にソロを奪われた、可哀想な三年生への同情心が暴走しただけだ。彼女らの行動理由は滝昇に不満をぶつけることなのか。それとも、くだらない正義心なのか。

 

 

「何故今まで言わなかったんですか?」

「言う必要を感じませんでした。これによって指導が変わることもありません」

「だったら」

「いい加減にして下さい!」

 

 

 業を煮やして声を張り上げたのは麗奈だった。

 そりゃそうだろうと思ったのも束の間、予想外の流れになった。

 

 

「先生を侮辱してなんになるっていうんですか。何故私が選ばれたか、そんなのわかるでしょう。香織先輩より、私の方が上手いからです! ケチつけるなら、もっと上手くなってからにしてください」

 

 

 その場に言葉をぶん投げ、彼女は音楽室を飛び出していった。そのあとを久美子が追っていく。アフターフォローは任せた。

 ここまで言われれば優子が飛び出してしまう可能性もあったはずだが、そんなことはなかった。見れば香織がそっと優子の腕を掴んでいる。止まってくれててよかった。

 

 しかし、しかしなあ。いやはやこいつは完全に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「計算ミスった」

「まだそれ言ってんの」

 

 

 音楽室の机に突っ伏しつつ、俺は何度目かわからない呻き声をあげる。溜息も出る。ほんっと、あんなに上手くいかないことあるかね。

 騒ぎを大きくするのは部外者のすること。今回もそうだったから優子を攻略すればいいと思ってたのになあ。揉め事はやはり両人に責任があるということか。

 

 

「喧嘩両成敗。武田信玄偉大也……」

「なんですか? ソレ」

「分国法でしたっけ。甲州法度之次第」

 

 

 日本史の内容である。時代は戦国時代。やったのは一年生の半ば頃のはずだが、美代子よく覚えてたな。流石ウチの後輩だ。

 

 本来ならばあのまま合奏が行われている予定だったのだが、雰囲気最悪の状態でまともに出来るはずがない。機転を利かせた副部長の一言により、パート練習に移行された。

 つまり俺達は相変わらず音楽室にいながらも、人口密度が全然違う中で練習をしている。俺はもう練習する気分になれないんですけどね。

 

 

「意外だよなー、篤が計算ミスなんかするなんて。今まではなかったろ」

「やめろー追い打ちをかけるなー」

 

 

 気力が無いので棒読みで返す。それほどショックだったんだよ、読み間違えたことが。

 当事者たちに殆ど何もしなかったのには別の理由もあった。それは、香織も麗奈も阿呆ではないということ。昨日香織に声を掛けたのだって、優子が動いてしまう理由を除くためだし。それ以外は別に……。気持ちを抑え込もうとしてたぐらいか。

 

 あ、そうか。ここまで考えてやっと気付いた。自分を抑えて優子も抑えた香織と、爆発した麗奈との違いに。

 学年が違うんだ。

 学生のうちは年が一つ二つ違えば立場はガラリと変わる。三年生から見た一年生はガキだし、一年生から見た三年生はなんだか大人だ。これが頭から抜け落ちていた。

 香織の方は同学年だから容易に考えられるし、実際の様子と合致していた。でも麗奈の方はちゃんと考えられていなかったな。まだ高校生になりたての、つい三か月前まで中坊だったガキだってことを忘れていたんだ。聡明な子だと思っていた分、忘れちまってたんだなあ。だからこんな計算違いを起こしたんだ。

 フラットになりきれていなかったな。反省しよう。

 

 さてさて、そろそろ落ち込んでいる時間が勿体無い。俺がすべきことを考えよう。ごちゃごちゃ考えるとドツボに嵌るので、取り敢えずnowでやれること、やるべきことを。

 上体を起こし首と肩を軽く解す。それから場所を調整するように座ったまま椅子を引き、上半身を軽く後ろへ反らした。そうして勢いよく机へ突っ伏す。ゴッ。

 額がジンジン痛むことと引き換えに余計な思考を排除できた。立ち上がって気合を入れる。

 

 

「うし、練習すっか」

「ちょーっと待ったぁ!」

 

 

 頭をスッキリさせるのに度々この方法使っているのだが、どうしてか今回はクレームが来た。なんだよ。ここお見合い大作戦の会場じゃないんですけどー。

 あれ、学校でやったことはなかったか。振り返ればパート内の全員がドン引きした目で俺を見つめていた。

 

 

「な、なんだよ」

「いやそれこっちのセリフ(です)」

「え」

「いきなり机に頭ぶつけるから何事かと思ったわよ。黒田、とうとうただの馬鹿になったの?」

「誰がただの馬鹿だ、なってねーわそんなもん。頭ン中ごちゃごちゃしてたの追い出すには、ああやって物理でぶつけるのがいいんだよ。ほっとけ」

「あんな奇行目の前でされてほっとける様な図太い神経してないの。あんたじゃあるまいし」

「俺だって目の前でこんなことしてるやついたら見るわ」

「てことは自分もほっとけてないじゃない」

「ほんまや……」

 

 

 沙希に完全論破されてもうた。「それは違うよ!」なんて言う隙が無い。

 まあ、ほぼ勢いでやるような会話でいちいち頭使うつもりないから、この程度だと言い負かされる多いのよねん。こんなのでも負けないように神経張り巡らしてたら疲れる。

 

 さて、俺の活躍(多分)により部内では相当真面目且つ優秀なパーカッションパートの面々はもうしっかりと練習に集中している。俺もボチボチ取り掛かろうかね。

 あ、そうだ。見聞色の覇気が無くても読める未来を告げておこう。

 

 

「明日から暫く合奏無いから」

「やっぱりそうですか」

「あくまで予想の範疇だけどな。そのこと念頭に置いといてくれ」

 

 

 

 

 

 

 暫くして部活動終了合図のチャイムが鳴った。

 切りが良いタイミングだったので、一旦意識を現実へ引き上げる。残って練習しようか、今日はもう帰ろうか。考えていたら、ナックルが荷物をまとめていた。予備校に通い始めたんだったか。頑張るなあ。

 

 

「それじゃあ、おつかれー」

「おつかれさん、また明日な」

 

 

 定型文の様なやり取りをしていつも通り帰るのかと思えば、今日は何故か立ちどまった。俺を見て口を開く。

 

 

「篤、部の空気、早めにどうにかしてくれよ」

「は?」

「俺らはお前みたく色んな問題を解決したりできないけど、その分演奏頑張るから。全国行こうぜ」

 

 

 っ……。照れ臭えこと言いやがって。

 上の代の奴らを正論で撃破していたような時期に俺は零してたんだ。絶対に全国行きたいんだと。それをナックルと沙希は聞いていたから知っている。俺の全国大会に対する思いを。

 これが三年間一緒にやって来た仲間との絆か。なんて、クサいな。あと痒い。上がりそうになる口元を誤魔化すように、大仰に口を動かして答えた。

 

 

「当たり前だ。揉め事もお前らの指導も、俺に任せとけ」

 

 

 ナックルは笑顔でサムズアップして帰って行った。

 らしくないことをしたかな。息をひとつ吐くと、当パートのホープである順菜に呼ばれた。どうでもいいが、彼女はこの部で唯一俺をクロさんと呼ぶ人物である。腹黒じゃなくて黒田だからクロさんね。誤解の無いように。

 

 

「クロさん、教えて欲しい所がありますー」

「おう。どこだ」

 

 

 

 音楽以外のことにばかり気を取られていてはいけない。自らの技術向上と、他者への指導が出来る者の務め。いわゆる、ノブレス・オブリージュ。

 持つ者は持たざる者へすべきことが沢山ある。ひとまず今日の所は、音を楽しむことに全力を費やそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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