戦艦レ級 カ・ッ・コ・カ・リ(仮タイトル)   作:ジャック・オー・ランタン

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大変長らくお待たせいたしました。

時間のかかった理由は主に仕事が繁忙期だったのと、夏の暑さが理由の大半です。

どうにか乗り越え、投稿。

本来であれば今話でアンケートに出ていたキャラをここでたくさん出すはずだったのですが、話の内容が長くなり、次回に持ち越すことになりました。
楽しみにしていた方はすみません。



06 英国淑女(オールド・レディ)とのお茶会

――――朝

 

「レーちゃん、起きて」

 

『んぅ~~』

 

目を覚ます。

重い瞼が開き、まず視界に入ったのは茶髪に八重歯の男の子の姿。

パチ、パチと目を(しばた)かせる。

 

ゆう君だ。

 

なんでいるの?

 

ぼやけた頭は次第に明瞭(めいりょう)になり、今の状況をようやく理解する。

 

そういえば昨日はゆう君一家(旦那不在)がここでお泊りだったね。

 

この世界で人外の少女に生まれ変わり、ほどなくして人間達に捕獲され、ここ佐世保鎮守府に預けられている戦艦レ級。彼女はこの鎮守府にやってきた元艦娘と人間のハーフである子供のユウタと仲良くなり、再び彼と再会し、一日を楽しく過ごしたのだった。

一泊だけなので朝食を取った後はお別れだ。

 

みんなもう着替え始めており、自分も(つたな)い手つきで浴衣を脱ぎ、白いワンピースに着替える。

最近は新しい体にもだいぶ慣れ、着替えも何とか一人でできるようになった。

もうお姉さんたちの手なんて必要ない、ひとりでできるもん!

北上おねえちゃんはもうすでに朝食を済ませたみたいだ。ここの人たちは本来朝が早い。6時には起床し、朝食ももう準備が終わっている。

見ると時計は7時を指している。子供たちに合わせて起こされたみたい。

自分たちの朝食は別に作っているみたいで、8時ごろには出来上がるそう。

だから今は朝のアニメを子供たちと一緒に見ている。

 

アニメの内容だが、体中けがと包帯だらけのクマのぬいぐるみのキャラクターがいろんな困難に立ち向かっては、とにかくボコボコにやられまくるという言ってしまえばそれだけのアニメだ。

今の時代はこんなのが受けるんだね。

 

レ級が見ているアニメは主人公のクマのキャラがやたらと喧嘩を売ってはやられるのが定番の長寿番組である。

深海棲艦出現前までは人気がいまいちであり、一部の熱狂的なファンのおかげでどうにか保っているのが現状であったが、深海棲艦出現以降の混乱の中、メディアミックスは勝負に出た。とある若きスポンサーの協力の下、全面的に番組を押し、そのどれほどやられても、圧倒的な困難に押しつぶされてもくじけず立ち上がり、いつか勝てると信じて頑張る姿が当時の民衆たちの心を打ったのだ。

艦娘たちの活躍で最悪の状況から経済が回復していったのもとても大きい。

深海棲艦という人類史における困難に、いつか乗り越えられるとこの番組に思いを重ねているのだろう。瞬く間に番組の人気は爆発的に上がっていき、今では国を代表する作品として不動の地位を手に入れたのであった。

 

アニメも終わり、みんなで次の体操番組の真似をする。

ぎゅーっと体を伸ばし、体をほぐす。

 

『ストレッチパワーがここに、溜まってきただろう――――』

 

この体は"前"と比べてだいぶ柔らかい。やっぱり生まれたばっかりだからかな。

番組も終わるころにはちょうど朝食の準備も終わり、みんなで食堂へ――――。

ゆう君たちとの食事が終わり、とうとうお別れの時がやってきた。

玄関まで見送り、ゆう君たちと別れの挨拶をする。

 

「ばいばい!」

 

「たのしかったー!」

 

わんわ(いぬ)ー!」

 

「ぜったいまたあそびに来るからね!れーちゃん!」

 

コクコク!【またあそぼ

 

北上おねえちゃんに肩に手を置かれ、自分は磁気ボードを使って別れを告げる。

遠ざかっていくゆう君たちにハンカチを持ってフリフリと振るい、見送りつづけた。

 

ああ、ほんとに楽しかった。

みんなかわいくっていい子たちだったなぁ。うちの弟とは大違いだ。

自分の弟はいわゆる不良という奴で、よく弟の喧嘩に巻き込まれたものだ。

ただ、才能というのか、喧嘩で負けたところは見たことない。

また、仕返しとかがえげつなかったりと随分やきもきしたものだ。

 

あぁ、今どうしてるんだろう。

自分がいなくなってやけになってお父さんとお母さんに迷惑かけていないかなあ。

 

ここではないどこかに思いを馳せ、彼女は北上に連れられ鎮守府に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の出前の薄暗い中、遠い海から乗客船が水面をかき分け進む――――

 

周りには駆逐艦の艦娘たちが護衛に就いて渡航しており、日本に向かって進んでいた。

甲板に二つの人影が姿を現す。

車椅子に乗った女性と車椅子の背を押す一人の男性だ。

艦首近くまで二人は移動し、しばし夜明け前の海を眺めつづける。

やがて朝日が昇り、暗い海から辺り一面きらびやかな海へと生まれ変わっていった。

 

『このあたりの海も、よいものね』

 

車椅子の女性はきらめく海を眺め、そう呟く。話している言葉は英国語のようだ。

 

『ふむ、やはり世界で最も艦娘運用の栄えている国の海域なだけはある。出発し始めとは違い、昨日からまるで順調なものだ。海上でディナーをゆっくり堪能できるとは思わなかった』

 

『それだけ、あの国が自国の海の平和を守れている証拠ね』

 

『あの国の豊かさは外聞として知ってはいるつもりだが、さて、実物はどんなものか』

 

『それに、噂のあの子にも会ってみたいものだわ。知ってるかしら?あの噂の子は抱っこが大好きなんだそうよ。とてもかわいらしいと思わない?』

 

『はは、祖国でそんなことが言えるのは君くらいなものじゃあないかな』

 

『そんなことはないわ。きっと実際に会ってみれば分かるはずよ』

 

 

2人はこれから行く旅先と出会いに思いを馳せ、きらびやかに光る海を眺め続けた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――佐世保鎮守府

 

あれから数日、泊まり込みで訓練に来ていた人たちもやがて帰っていき、自分は彼女らを見送った。北上おねえちゃんから自分の担当がある4人に変わり、自分は彼女達の部屋にお邪魔しております。

彼女達の名は(あかつき)(ひびき)(いかずち)(いなずま)

そう、ここにやってきた初日に初めてお風呂を一緒した4人である。

この部屋にやってきた初日はあのお風呂で寝ちゃったのを思い出したのか、長女の暁が頬を膨らませながらポカポカとなぐりかかってきた。お湯の中に沈んでそのまま動かないものだから死んだのかとびっくりしちゃったみたい。

ごめんね。甘んじて受け入れるよ。

 

基本的に次女の響を除けば皆世話焼きだ。特に三女の雷は何かと世話を焼いてくれてすでにお母さんの貫録(かんろく)たっぷり。着替えを手伝ってくれたり、髪を()いてくれたりとかゆいところに手が届くこのオカンぷりといったら――――

着替えは一人でできると言ったが、下着は未だに座り込んでからでないと出来ない。むりだよ、こんな重い尻尾でバランス取りながら着替えるとか。それにまだまだいっぱい甘えたい、せっかくの子供の体、いつ成体(おとな)になるのかわからない以上、今のうちにうんと甘え倒すくらいやっておきたい。

 

甘えるという点でいえば、四女の電もなかなかだ。

彼女は姉妹の中で一番優しくて、おとなしい性格。自分にストレスを与えないよう配慮してくれて、小さなことでもほめてくれる。ここまでされるとさすがに恥ずかしくてちょっとだけ距離を置いてみたり、そうすると向こうが悲しそうな顔をするものだから結局彼女の下で甘やかされたりしています。

 

そんなこんなで日々を過ごしていた時、大きなニュースがやってきた。

なんでも外国から有名な人がここにやってくるんだとか。

前に聞かされた精密検査の件かな?と思ったがどうも違うらしい。イギリスからダイクンという、とても偉い軍人さんがやってくるんだそうだ。

自分もその人と顔合わせをするそうなのですごく緊張する。

 

彼女は知らない――――

 

彼女が毎日のように抱き着いて甘えているシノハラがこの日本海軍でトップレベルに偉い人物であることを――――

 

 

 

 

 

長女の暁に付き添い、自分はこれからやってくるお偉いさんについて聞かされる。

何でもこれからやってくるのはイギリス海軍の大将さんで、それはもう大変立派な人物なんだとか。だが暁は件のお偉いさんよりも今回一緒にやってくる女性の方が本命らしい。

その女性は暁と同じような『かんむす』という存在で、自分のような怪物を相手に初期のころからずうっと戦い続けてきたイギリス最強の戦士なんだそうだ。

長女の暁は大人の女性に憧れる背伸びした女の子だ。何かとお姉さんぶりたい態度が自分と接している時、その傾向がみられる。それはそれで彼女の個性なのだから特に思うところはない。

 

昼食を食べ終えしばらくした後、件の人たちがやってきた情報が次女の響によってもたらされた。暁に手を引かれ四姉妹とともにロビーへと向かう。

 

そこで目にした光景はシノハラさんと談話しているらしい二人の男女の姿。

男性の方はブロンドヘアーにサングラスを掛けた外国人らしく背の高い人。

女性の方は車椅子に乗っていて、肩下まで伸ばした金髪に碧眼、肩だしのドレスはセーラー服を連想させるデザインになっており、そのとても落ち着いた雰囲気と頭に小っちゃく乗っかった王冠も相まって深く、高貴な容貌として自分の目に映っていた。

チラ、と隣を見ると暁がたまらなさそうに身を震わせ、無意識に両の手を胸の前に置いていた。今ならその恋する乙女みたいな表情も相まって少女マンガタッチが似合いそう。

 

シノハラさんに呼ばれ、トコトコと近づく。見慣れない人と外国人という理由で自然とシノハラさんの斜め後ろの位置に着いてズボンをちょこんと摘まんで、よそよそしい接し方になってしまい気後れしてしまう。

 

「来たね。いいかい、ここにいる2人は遠いところ(イギリス)からはるばるやってきたダイクン大将に艦娘のウォースパイトだ」

 

「彼女が例の子か、ここまで間近に生きた深海棲艦を目にするのは初めてだ」

 

そう言ってダイクンと呼ばれている男性はサングラスを外し、その碧眼を自分に向ける。まだ若そう(30代後半)にも見えるが、軍人で大将というだけあってその眼光はとても重々しい。気付くと尻尾を下げ、自分のワンピースのスカートと摘まんでいたシノハラさんのズボンを掴みこんでおり、委縮していた。

 

「怖がらなくていい。二人とも君に会いにここに寄ってくれたんだ。さあ、挨拶してご覧」

 

そう言われ、首に掛かっていた磁気ボードを取り外し急いで字を書く。外国の人だから日本語大丈夫か?と一瞬頭をよぎったが、先ほど流暢に日本語を話しているのに気付いて書くのを再開する。

 

こんにちは はじめまして

 

少し焦りがあったせいで文章が変になってしまっている気がするが、このままでいく。

 

「?、彼女は"思考共有"を使えないのか?」

 

「ああ、というよりも艦としての能力がほとんど機能しないどころか、霊力すらまともに扱えないんだ」

 

そう言い、シノハラさんはポンとその大きな手のひらを自分の頭に乗せる。

 

「そうだったのか、ふうむ・・・・」

 

ダイクンと呼ばれた大将さんは顎に手を当て思案するように自分を見つめた。

その後、主だった会談も終わり、シノハラさん達で話し込むことがたくさんあるそうで、車椅子の女性と暁たちを残して彼らは行ってしまった。

 

2人が行ってしまった後、車椅子の女性が近づき自己紹介してきた。

 

Nice to meet you(はじめまして)Queen Elizabeth class Battleship(クイーンエリザベス級戦艦) Warspite(ウォースパイトよ)Thank you for your consideration(よろしくお願いするわね)

 

「――――――――」

 

やばい、いきなりの流暢(りゅうちょう)な英語に固まってしまう。ご都合主義ですべての言語が日本語に聞こえるとかないだろうか。

呆けた自分を見て彼女は察してくれたようで、すぐに日本語で話してくれた。

 

Oh, sorry(あら、ごめんなさい)、日本語がいいわね。私はウォースパイト、イギリスから来たわ、よろしくね」

 

そう言ってウォースパイトと呼ばれている女性は暁に鎮守府の案内を頼むと、嬉々として暁は自分の手を引き鎮守府内を回って案内する。時折チラ、と振り向き車椅子の彼女(ウォースパイト)を窺うが、彼女は優雅な微笑を浮かべこちらを見ていた。

 

「ここで休憩しましょう」

 

途中、響たち3姉妹とも合流し、ともに案内をつづけた。大まかな部分は案内し終えたようで、自分たちは今この敷地内でも特にきれいな花壇の連なる広場に来ている。車椅子の彼女はこの広場に大きなテーブルを不思議な力で召喚し、車椅子から立ち上がった。半身不随とか足が不自由だと思ってたのでちょっと驚いた。暁がその(むね)を質問すると、彼女は足が不自由なのを不思議な力で神経を通し、一時的に歩けているらしい。

彼女がテーブルに手をかざし、スゥっと滑るように移動させると様々なお茶菓子やポットなどの茶器が現れ、瞬く間にテーブルの上を彩った。

そうして人数分のおしゃれな椅子が用意され、小さなお茶会(アフタヌーンティー)が始まった。

 

紅茶が出来上がったのか、カップに人数分の紅茶を()れられる。目の前にソーサー(受け皿)に乗ったカップが置かれ、小さな両手でカップを手に取る。

透き通った液体を見つめ、一口。味の良し悪しはよくわからないが、この紅茶がとても良いものだということだけは分かる。スッと口の中に香りが広がっていくのは不純物(余計なもの)が一切ないのだろう。淹れてくれた彼女の腕もあるのかもしれない。

 

「お口に合うかしら?」

 

彼女の問いには(うなず)きと尻尾を頭上でフリフリして答える。

そんな自分の返事に彼女はゆったりとした柔らかな笑みを浮かべた。本当に優雅で淑女(しゅくじょ)って感じだ。

お茶菓子に手を出すべくテーブルに目を通す。ケーキにマフィン、タルトにスコーン。スコーンの近くには色とりどりのジャムにクリームにバター瓶が、よく見るとかわいらしいサイズのミニサンドイッチもある。

どれを食べようかと視線をめぐらせ迷っていると、ウォースパイト様が暁たちと自分にまずサンドイッチを勧めてくれた。軽くおなかに入れた後はスコーンを、暁がお上品に食べようとクリームを塗るがそうじゃないらしい。なんとウォー様はスコーンにその半分以上の体積はありそうなクリームを()っけてかぶりついた。そしてすぐに紅茶を口にする。

結構ワイルドなんだなぁと軽いカルチャーショックを受けた。

さっそくとばかりみんなそれぞれ好きなものを載せてスコーンをいただく。自分はジャムを載せ、バターを載せ、(かじ)るたびに違う味を楽しんだ。響はなぜかジャムをスコーンに使わずにそのまま食べて、紅茶を飲んでるけどいいのかなぁ。ウォー様は何も言ってこないからマナーとかには結構寛容なのかも。

暁たちと自分はウォー様と世間話や身内話に花を咲かせる。暁たちは主に自分のことや鎮守府のみんなの活躍などを、ウォー様は数十年間の間戦ってきた(ほま)れと最近自国の若い人たちが活躍し始めてきたこと。アルベルトという男性とエミールという青年の騎士道精神あふれるユニークな2人の若者の話をしてくれた。

 

その後、ケーキやタルトを食べ、満足した自分たちは、テーブルなどを一気にどこかへと消したウォー様とともに最初に出会ったロビーへと移り、大将さんが来るまでお話していた。

ここ日本にやってきたのも30年以上も戦い続けた中、最近になって敵の動きが鈍くなってきたおかげでまとまった休みが取れ、その旅行先にここ日本へとやってきたんだそう。

 

そうして話を続ける中、ウォー様は自分を手招きしてきたので近づくと、不意に抱き寄せられた。

いきなりのことでウォー様のことを見上げると、深く、柔らかい眼差(まなざ)しと目が合う。ふかふかで柔らかくていい匂いがして、気配というのか・・・・そういったものに包まれてシノハラさんとはまた違った包容力を感じる。

こう言っては悪いのだが、ウォー様はなんだかおばあちゃんみたいで安心する。

身を(ゆだ)ね、膝の上に乗っかり、ウォー様の抱っこを堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどのくらいの時間が経ったのだろう――――

ウォー様に抱きついて甘えているうちに暁が我慢できなくなり、構ってほしいと訴え、ウォー様はとっておきだとあの不思議な力で今度は自分の装備を召喚した。

いろんな装備を見ていたがこれはそのどれとも毛色が違う。

それはよく見る背中に取り付いているタイプではなく、なんと椅子の形をした巨大な装備だった。

ウォー様は玉座(ぎょくざ)型装備に座り、暁を手招きする。暁はウォー様の足の間にちょこんと座り、ウォー様によってその様相を変えていく。

ウォー様が頭に乗っけていた王冠を暁の頭の上に乗せ、ほかにも装飾的な杖(王笏(おうしゃく))や一抱えはある宝珠(ほうじゅ)を取り落とさないよう支えながら持たせ、そこに小さな暁姫(トワイライトプリンセス)が誕生した。

 

「どーおッ?一人前のレディに見える!?」

 

「~~~~~~~~♪」

 

暁の問いに自分は興奮してシンバルを持ったサルの玩具みたいにパッチンパッチンと手を叩き、一足早いレディの誕生に両手を大きく動かして祝福を伝える。

響はそんな暁の様子をウォー様から手渡されたポラロイドカメラで写真を撮っていた。

暁はそんな自分たちの祝福にご満悦の様子で、ウォー様はそんな自分たちを慈愛の目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて別れの時がやってくる――――

シノハラさん達と一緒にロビーの入り口でウォー様と大将さんを見送っていた。

シノハラさんの横で手を振ろうとする前に自分はウォー様に声を掛けられる。

 

「最後に、いいかしら。こちらに来て頂戴(ちょうだい)

 

この短い時間で親交を深めた彼女の頼みを断る理由もなく、自分は車椅子に乗るウォー様の前までやってきた。

ウォー様は両手を持ち上げ、その手を自分の両頬(りょうほお)に添え、その顔が良く見えるよう近づけた。

 

「・・・・やはり、何度見てもとても綺麗ね。あなたのその瞳の色の紫は宝石のようにきらめくアメジストの(よう)。私はあなたのその()んだ綺麗な目が大好きよ・・・・今日、私はあなたに会えて本当に良かった。あなたのおかげで、私はこの国での最初の思い出を間違いなく最高のものにできた。本当に、本当に感謝しているわ」

 

彼女が言葉を(つむ)(たび)、自分の体の中がぽかぽかと温かくなってゆくのを感じる。

 

この世界で人間ではない人外の生物に生まれ変わって間違いなく誇れるもの。

 

そう、この両の目にある瞳の色。

 

それをこの上ないほどに褒められ、()つ自分に会えてよかったと()()()()()()()()()()

 

えへへ、と顔が(ほころ)び、自然と彼女の添えた手を重ねてゆく。

 

細くなった目から見える視界には幸せそうにはにかむ彼女の笑顔。

 

 

今、深海棲艦である彼女は自分が何者であるのかを忘れ、異邦人との別れを惜しんだ。

 

 

そこに種族はなく、ただの二人のヒトによる一幕がそこにあった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――市街地に走る一台の車に二人の男女が乗っている。

 

乗用車を挟むように前後に関係者の車が走っているが、それを気にした様子はなく、乗員である2人は語る。

 

『言わずとも分かってはいるんだが、どうだったかね、あの小さな深海棲艦(レディ)は』

 

2人きりであるので、その言葉は海の上で(かい)した英語へと戻っている。

 

『本当に、かわいらしい子よ。前を()けばカルガモのようについてきて、抱っこをすれば赤ん坊のように甘えてくるの。本当にあの子が日本の強者(つわもの)達を蹂躙した〖悪魔(モンストール)〗と同じ存在だというのを忘れてしまうくらい。それくらいあの子は特別なの』

 

欧州では三体目のSSSレートである戦艦レ級の逸脱級特異個体(スーパービルド)、〖悪魔〗のことをモンストールという呼び名で通っている。

怪物や理外の化け物という意味合いであり、現在生存している戦艦レ級の前任であるかの個体は、遠い異国からでもその異常な強さが伝わっていた。

 

『あの鎮守府でもシノハラ中将から詳しい話は聞いてはいたが、聞けば聞くほどあの〖モラトリアム〗の異質さが際立つな。一体何が原因であのような存在が発生してしまったのか・・・・」

 

佐世保鎮守府の司令官との情報交流を経て、得る事が出来た鹵獲されたあの戦艦レ級の情報について――――

 

戦艦レ級について分かっていた情報の一つ、駆逐してからひと月のスパンで発生する事。

その理由は前任の戦艦レ級が(たお)された(のち)、ソロモン海域の海中深くで生物の胎児のように成長し、海上に出る(誕生する)だろうとのことだ。

そしてその際、深海棲艦を発生させている"何か"によって人類へ害なす思想を植え付けられているのではないか、というのが日本の上層部の推測(すいそく)である。シノハラからの話によると、あの戦艦レ級〖モラトリアム〗は初めて目が覚めたとき、光の届かない深海の中だったという。

周りには誰も()らず、日本の艦隊に遭遇するまで誰とも会わなかったのだそうだ。

艦娘に攻撃された時に応戦こそすれど、憎しみなどの害意などはなかった。

 

やはり聞けばあの個体の特異性が際立つが、それについても推測が立てられていた。

 

あの個体〖モラトリアム〗は本来1ヶ月は掛かるだろう成長期間を無視して前任の戦艦レ級が駆逐されたその次の日に海上へ出てきたのだそうだ。

人間に例えるのなら妊娠2、3ヶ月目で生まれてきてしまったようなものだ。肉体のおおよそが出来上がり、これから機能が発達し始める時期に発生してしまったせいか、〖モラトリアム〗は通常のレ級よりもずっと小さく、また砲撃や航行など兵器としての能力が(いちじる)しく未発達であり、霊力にしてもほとんど扱えていないのが現状だという。

 

そう、分からないのは何故劣等に生まれたのではなく、なぜそれほど早く目覚めてしまったのか。

 

これまた推測ではあるが、前任の戦艦レ級の影響があるのではないか、というのが今のところの有力な説だ。

SSSレートというのはいわゆるバグのようなものだ。本来の性能を特大に逸脱した異常個体、故に逸脱級特異個体(スーパービルド)

そんな存在の影響を受けてあの戦艦レ級は生まれてきた。というのが現時点での解釈だ。

 

ダイクンはその旨をウォースパイトへと説明し、情報を共有した。

 

『いずれにしろ、〖モラトリアム〗の存在は今後の深海棲艦への研究に対する大きな布石となるだろう。もしかすれば、今後あのレ級のような害のない個体へと深海棲艦を変化させられるかもしれない』

 

もちろん希望的観測ではあるが――――それでも考えてしまうのはあの奇跡の個体をこの目で見たせいだろう。

 

『もう原因の分からない暴力による被害のない世界、そんな日が実現できるのなら、それはどれほど素敵なことなんでしょう――――』

 

イギリスからやってきた二人は今後の世界の命運に思いを馳せる――――

 

半ば実現しないだろうという諦観(ていかん)を覚えながら、それでも明るい未来を胸に秘めていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シンバルを持ったサルの玩具、懐かしくなって 『シンバル 猿』と書いて検索してみた。見なければよかった。子供の頃持っていた優しい記憶がひとつ粉々に砕けた。もっとこう、かわいらしいおもちゃだった記憶があるんだけど・・・・


アルベルトは3DS版エースコンバットに出てくるキャラ、アルベルト・ワールバーグから。
エミールはゴッドイーター2に出てくるキャラ、エミール・フォン=シュトラスブルクから。
2人ともバンナムのキャラで、騎士道精神にこだわるところからイギリス出身の軍人という設定にしました。


今回のお話は田中草男さんの作品「お試しロイヤルれでぃ」から構想しました。
暁の一足早いレディ姿とかほぼそのままです。

イギリスは霊力持ちの貴族たちが代々力を隠して現代までいったので、欧州の中では他の国と比べると多少は余裕があります。
ウォースパイトはイギリスが所有している艦の中では最強の艦娘です。固有能力は魂の中に入る積載量がとてつもなく広い性能特化型。ゲームでいえば装備スロットが8、9ぐらいある感じ。
"魂包"の能力に特化しているので、持久戦もどんと来いって感じです。
ティーセットを入れる余裕が欲しくてそんな能力を発現するに至ったという裏話があったりします。

ウォースパイトはこのあとホテルを取りつつ、翌日にタナカマル中将の金剛四姉妹とお茶した後、日本観光へとしゃれ込む予定。今までゆっくりできなかった分(ティータイムは除く)堪能していってほしいですね。







おまけ

アルベルト「アークロイヤルと我が騎士道を(もっ)て深海棲艦を殲滅してくれる!ランサー隊各艦、陣形を整えろ。陣形〈ランスチャージ〉!」

アークロイヤル「いつも思うのだが、それはただの単縦陣(たんじゅうじん)では・・・・」


次回更新は1月5日の18時00分です。

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