戦艦レ級 カ・ッ・コ・カ・リ(仮タイトル) 作:ジャック・オー・ランタン
でも必要なお話です。
ただ、無性にやるせなかった
いつもそこにいるのが当たり前で、満たされていた毎日
いつだって彼女は、わたしといるときは笑顔で接してきて
わたしも気だるげを装いながらも内心、嬉しくてしょうがなくって
そんな毎日が当たり前だと思ってたんだ
『――――北上さん♪』
朝になり目が覚める。
ふと、何かに抱きついているのに気付く。
布団をめくると顔を出す白い子供。
そうだ、自分はこの子の面倒を見ているんだった。
しばし、観察してみる。
自分よりもずっと小っちゃくて、あどけない寝顔。
親指をくわえて眠っている様子はまるで赤ちゃんみたいだ。
ゆっくり、撫でつけるように頭に触れる。
シャンプーのいい匂いがした。きっと昨日、この子の髪を洗った人はよほど丁寧にしてあげたのだろう。
まだ早い時間だ。起こさないよう慎重に離れる。
白いセーラー服に着替え、三つ編みをしたら完成。髪を前に垂らし、洗面室へ。
事をすまし、いまだ眠っている彼女を起こそうとベッドへ向かう。
「もー朝だよ、おおいッ・・・・!」
声を掛けようとして思わず詰まってしまった。
「は、はは・・・・なにやってんだか・・・・」
まだ寝ぼけているんだ。あの子は自分のベッドで眠ってるじゃないか。
まったく、おっちょこちょいだなぁ。
まるで言い聞かせるようにしながら、彼女はベッドで寝ている子を起こして食堂へ向かった。
もそもそと口を動かす。
食事中であるが、どこか現実味のない夢の中のような、そんな気分。
これは思ったより重症かもしれない。
分かってる、分かってるんだ。
でも、それでも、このやるせなさだけはどうしようもない。
思いつめているせいで食事の手が止まる。
そんな彼女の様子に気づいてシノハラは声をかけた。
「北上、大丈夫か?」
「!ッ、あ・・・・提督・・・・」
「顔色が優れないな、あまり眠れなかったのか」
「ううん、そう、じゃ・・・・ないんだ、けど・・・・」
「やっぱり、わざわざあの子を1人で面倒見ることはないだろう。あんま無茶すんな」
「あの子が、悪いんじゃ、ないんだよ・・・・担当を申し出たのはわたしだし」
そう、あの子は悪くない。ただ、完全にわたしが割り切れてないせいだ。
「でも・・・・しばらく、離れても、いいかな?」
「ああ、夕方までは大丈夫だ。都合のいいことに構いたい奴はたくさん来ているしな」
「ありがと・・・・終わったら、しっかりするから」
会話を終え、食事を
歩き、敷地内でも外側のほうに向かい、そこにたどり着く。
この敷地内で有する花畑。その中央にある大きな石碑。
そこが北上の目的地であった。
石碑の前に座り込み、体育座りの姿勢で石碑に書かれている文字に目を通す。
『
中には自分と同じ北上の名も入っており、石碑を
そんな人の名前が綴られている中、最も後のほうにある名前に北上の視線は止まっている。
『
ここに書かれている名は、この鎮守府にかつて所属していた艦娘たちが轟沈し、海に
艦娘という存在が造られ始め、今までに散っていった者達を忘れないようにこの石碑はある。
そして最も後ろにある最近掘られた数人の名前。
これらは今から二週間以上も前に終決した大きな戦いで命を亡くした者達だ。
最強の深海棲艦”悪魔”との激戦。あの2か月にも及ぶ戦闘は、こちら側が
この佐世保鎮守府も損害こそほかの鎮守府と比べてだいぶ少ないが、それでも数人の艦娘の命が失われた。
北上の相室であり、最も親しかった大井という艦娘は今の自分よりもずっと強く、故に大規模作戦へ参加し、そのままなってしまったのだ。帰らぬ人に。
自分はそのころちょうど錬度が満ちて、更なる強さの階位向上の為本部で改造を受けねばならず、オーストラリアから大戦を引き継ぐための部隊に配属されていた大井と一時的な別れを告げていた。
それが彼女達との最後の
その時大井の姿は今の北上と同じ服装であったが、北上の格好は深緑色の丈の長いセーラー服であった。
いまでもその耳に彼女との最後の言葉がこびりついて離れない。
『北上さんも、もうすぐ私とお揃いになりますね♪』
『この戦いが終わったら、私、北上さんを盛大にお祝いしますね♪実はこっそりいいシャンパンを買ってあるんです♪』
「おおいっち・・・・」
膝に顔を
楽しかったことを思い出して心の解消を図ろうとするも、ますます心は
「なんでいなくなっちゃたんだよう・・・・」
改造が終わり、鎮守府へと舞い戻った時にはすでに大井の凶報が届いていた。
そこから先は呆然とし、あちらこちらで怒声が飛び交う中、心が冷めていく。
大戦も終わり、どうにか立ち直ろうとしたときにやってきたのは、よりによってあの”悪魔”と同一艦の戦艦レ級。しかも人類史上初の鹵獲した深海棲艦というプレミア付き。
そのときのわたしはどんな顔をしていただろうか。
なんでよりによって
あの子への怨みとも嫌悪ともつかない感情を胸に秘めながら、毎日を過ごすのかと半ば絶望していた。
だが、あの子の純粋な態度を見て思ったよりも湧き上がるものは起こらない。しかし胸にあるのは代わりにぽっかりと空いたような虚無感。
上手く体に力が入らず、戦闘に支障が入りかねない為、暇を出されている現状。
このままではいけないと自分はあえてあの子の担当を申し出た。あの子の世話をして心の
その目論見は決して間違ってなかったと思うが、完全ではなかった。
今朝のベッドを間違えたのもそうだが、何よりも昨日の就寝前のことが強く印象に残る。
あの子が空いたベッドに、大井の使っていたベッドに行こうとしたとき思わず声を荒げてしまったのだ。まるで
すぐにあの子が自分のベッドに潜り込み、怯えの思念が伝わった時、ひどく罪悪感が胸を支配した。
あの子は何も悪くないのに、自分の都合のせいで怖がらせてしまうなんて。
すぐにあやしてあげてその場を
北上は心の整理をつけるため、さらに顔を膝に埋めるのであった。
「れーちゃん!」
「♪ッ!」
鎮守府のロビーで2人の子供が駆け寄る。
そうして近づき、お互いに抱きしめた。
2人は満面の笑顔で再会する。
茶髪に八重歯が特徴であるユウタとの再会だ。
足柄親子は都合が付き、この鎮守府に一泊泊まることになった。元艦娘である足柄の周りにはほかの弟や妹も付いており、随分と賑やかである。
前に一緒に遊んでいたユウタが駆け寄ったのを皮切りに、次々と下の子たちが群がってきた。
「しっぽー!」
「しろーい!」
「
きゃあきゃあと子供特有の甲高い声が響く。うんと小さい子には尻尾があるためか、犬だと思われているようで。
そんな様子を離れているところから司令官代行達の艦娘たちは眺めていた。特に長門はちっちゃな子供たちが
「れーちゃん!今日ね!おとまりするの!ぼくの弟と妹もいっしょだよ!」
保護者は足柄しか見えない。どうやら旦那さんのほうは仕事で来られない模様。
でも、今日一日はとても楽しくなりそうだと胸を躍らせるのであった。
その日の夕食はゆう君のお母さんがおかずを作るそうだ。前と同じくカツ料理。
昼食は
自分より小さい子たちと一緒に食べるごはんはずいぶん賑やかで、こっちも楽しくなる。
そういえば今日自分と一緒にいてくれる北上おねえちゃんはどこに行ったんだろう。どこか泣いてしまいそうな、何かを堪えているような、そんな雰囲気を感じていた。昨日の夜は特にイラついているようでちょっと怖かった。
何か事情があるのかな。
そんな考えを頭の隅に置きながら、自分はゆう君たちと一緒にあのレジャー施設に遊びに行った。
見慣れぬ施設の様相に皆きゃあきゃあと大騒ぎ。一番下の子はまだちゃんと歩けないので、ゆう君のお母さんに抱き上げられて移動だ。
ゆう君のお母さんはどこか目的地があるようで、皆でそこへと向かう。
「あったあった。まだ残ってたのね、お母さんこれ大好きだったのよ!」
見るとそこにあったのは一つの大きなゲーム台。デジタルではなくもぐら叩きみたいに実際に動いて遊ぶゲームだ。
近くについてきたタキザワの部下たちに子供を預けて、さっそくプレイする。
硬貨を入れるとレトロな音楽とともに目標であるキャラクターが右へ左へと動く。
下に用意されている何個かのボールを手に取り、ゆう君のお母さんは動くキャラクターの頭にボールを当てた。
『イッテーナ!』
わぁ・・・・なんだかすごく見覚えがあるような気がする。
主にデパートの屋上とかで。
キャラの頭に当て、『イッテーナ!』と叫ぶたび子供たちがはしゃいちゃってすごい。
「ふう、やっぱりこのゲームは何物にも代えがたい魅力があるわね」
よほどそのゲームが好きだったのだろう。
ゆう君のお母さんの顔には晴れやかな笑みが浮かんでいた。
そんな様子を見て、次は自分、次は自分とゆう君たちもお姉さんたちも自分も次から次へとプレイしていった。
その日、このゲームの稼働率はここ20年の中でトップだったとか。
一番下の子が
ついてきたお姉さんたちもいずれ自分たちも自身の子たち相手に経験するからか、まじめに見ておりちょっとした講習みたいになっていた。
お姉さん方にまじまじ見られるとか一番下の子からすればたまったもんではないだろう。まだ赤ん坊だからわからないだろうが。
おしめも終わり、床のカーペットにあおむけになった赤ん坊の頬をつついてみる。甲高い声ではしゃぎ、自分の指をそのちっちゃな指で掴んできた。
「~~~~~ッ♡!」
ぎゅううううっと胸が締め付けるように高鳴り、途方もなく愛しく感じた。
思わずこの子を抱き上げる。
ゆっくり抱っこしてあげると目が合い、とてもうれしそうに顔をほころばせ、そのもみじのような小さな手で自分の顔に手を触れてきた。
掛け値なしに自分を見てくれると思うと、体の底から湧き出てくる熱い想い。
「ッ・・・・ふっ・・・・っふぅ゛」
「わ、だいじょうぶ?れーちゃん」
込み上げてくる激情に身を任せるとしゃくりあげ、涙があふれてくる。
どんな想いでこうなっているのか自分にも分らない。
この感情がなんなのか、うまく説明できない。
ただ、嫌な感覚じゃない。それだけは分かる。
赤ん坊がこんなにも愛おしいと感じる、これが母性というものなんだろうか。
言葉にできないほどのかわいさ、自分も子供が欲しい。
怪我をして遊んでくれなくなったお父さんの時のように、さびしい思いをさせたくない。
毎日目いっぱい遊んであげるんだ。
赤ん坊を抱いてしゃくりあげている戦艦レ級”モラトリアム”を見て、タキザワの内心はずいぶん穏やかなものになっていた。
下の子の面倒を見るのは、小生意気な妹のおかげで手慣れたものだ。
そうやって子供の相手をしている片手間に、タキザワは彼女を観察していた。
思えば彼女に対する認識が変わり始めたのは昨日の甘味処でのあたりか。
まるで人間の子供みたいにおいしそうに甘いものを食べている様子は、小さいころファミレスでパフェを食う妹にそっくりだ。
それにシノハラ中将が現れたときに駆け寄っていく姿は、かつて小さいころ自身の父が仕事から帰った時、駆け寄っていった自分と重なって見えていた。
そう思うともう後は早いものだ。
この子は人間の子供と大して変わらないんだな、と。
その後、気軽に声を掛けられる自分に少し驚いたものだ。
あんなに胸につっかえていた思いが消えてなくなっていたのだから。
そうして冷静になり、狭くなっていた視野が広がり、一歩下がった見方ができるようになった時、今この状況がどれほど奇跡的な光景なのかを直視することになった。
今、ここに人間と、艦娘と元艦娘、そしてそのハーフに深海棲艦、あらゆる種族の
――――ホウジさんがこの鎮守府に自分を送っていった理由が、分かったような気がした。
この終わりの見えない闘争に、あの子は間違いなく何らかのきっかけになる。
それが、こうして皆が笑いあえている未来だとしたら、どれほど素敵なことだろう。たとえ億単位での人間が犠牲になっている現状であっても、シノハラ中将もきっとそれを夢想しているに違いない。
あんな風に泣いたり笑ったりできるあの子は間違いなく希少な存在だ。
間違っても理不尽な仕打ちを受けちゃいけないんだ。
タキザワの胸中には、どこか守らねばならないという想いが湧きあがりつつあった。
夕飯を終え、しばらくしてからみんなでお風呂。
ゆう君たちはまだ小さいし男の子でも一緒に入っている。
こんなに大きな湯船は家にはないのか、みんな大はしゃぎ。ゆう君のお母さんがたしなめても聞く耳を持っているのか怪しいものだ。
そんなゆう君のお母さんは湯船の
そこでようやく気付く。ゆう君のお母さんの膨らみのあるおなかに。
自分の尻尾にまたがらせ、数人の子供を乗せてゆったりと泳いでいたが、彼女の前まで移動しておなかを見つめた。
「あら、このお腹が気になるの?」
コク、と頷いて自分は恐る恐るおなかに触れる。
触れても中の赤ん坊が動いているかはよくわからない。
ゆう君のお母さんはそんな自分の頭を抱き寄せ、おなかに耳を当ててきた。
目を閉じておなかの中を探る。
トク、トクと音がするような気がする。
「この中にはね、一番小さい子よりもっと小さい子が中にいるの。今のはお腹の中の子がしゃっくりをした音ね」
そっか・・・・生まれたらゆう君は7人兄弟なんだ
ふと思う。
自分が子供を作るとしたら産む側の方だと。
当然相手というか、
振り向き、ゆう君のいる方を見てみる。
見つめているとなんだかもにょもにょしてくる。
顔が熱いのはお風呂に浸かっているせいだけではないだろう。
決して”前”ではそういった経験はがなかったわけではない。
付き合っていた女性がいて、結婚こそしてはいなかったがそういう関係は持っていた。
だがそれは相手が女性でこっちは今とは違う性別であり、以前の経験があまり役に立たなさそうだ。
考えれば考えるほど変な気持ちになり、自分はぶくぶくと顔をお湯に沈めていったのである。
レ級たちが入渠施設に入っている頃、一人の男がシノハラの下へ訪ねていた。
彼はまだ年若い青年で、黒いスーツに手袋を着用している。
どこか気弱そうな顔には右目の方に泣きボクロがあり、分けた髪も相まって頼りなさそうな様相だ。
彼は大本営直属の鎮守府運営の実態調査を行う諜報員である。
そういうと聞こえはよいが、実際は本部からの使い走りという面が強い。
提督や艦娘たちはともかく、軍に関わっている企業などにも関わりがあり、彼らにはその気弱そうな様相も相まって煙たがられている。
今や海軍というのは世界で最も発言力の強い存在だ。
表だって強権を振りかざすようなことこそしないが、軍と関わりがある者達からすればこちらの懐を探ろうとしている軍の犬。彼の評価はそんなところだ。
今回彼がやってきたのは鹵獲された深海棲艦である”モラトリアム”の保護状況を確認するためと、ドイツからの調査団についての
「わざわざ遠くまでご苦労だった。この後はほかに用事はあるかい」
「あぁ、いえ・・・・実は今度、外国にまで
「ああ・・・・それはまた、大変だ。若いうちからずいぶん苦労するね」
「ええ、ですから出る前に一目例の深海棲艦を見ておこうかと思いまして、さすがに間近に近寄るのはちょっと遠慮したく・・・・」
報告を終え、そろそろここを離れることになった彼は、シノハラに例の深海棲艦を一目見ておきたいと
シノハラは彼の伺いに了承し、秘書官の時雨を案内に出した。
「か~ごーめ か~ご~め、か~ごのな~かのとぉりぃは――――」
お風呂も終わり、まだまだ元気な子供たちと戯れる。
幼児の子たちはもうおねむのようで、大鳳さんが歌を歌ってあやしていた。
それにしてもやけに迫力がある歌だなあ。
今ここにはお姉さんたちや子供たちだけでなく、摩訶不思議な存在がいた。
掌に乗っかる程度の小人さんで、妖精さんだそうだ。
妖精さん達は普段、やることがいっぱいで半分ひきこもった状態らしいが、いまはだいぶん暇らしい。
お風呂を上がる頃には北上おねえちゃんも顔を見せるようになり、子供たちと一緒に自分の面倒を見てくれている。よく見ると目が少しだけ赤く腫れているのだが、あまりそこには触れないことにした。
一番下の子はちょくちょく寝ていたみたいでまだお目目はパッチリッぽい。
一緒に横になって大鳳さんの歌を聞いていた自分は、体をひっくり返し赤ん坊のおなかに顔を
おなかに口を当てて、息を吹きぶぶぅぅぅぅとお腹を鳴らす。
きゃっきゃと赤ん坊が笑って身をよじり、一緒に遊んでいるとこちらを訪ねてくる者が1人。
黒い学ランスカートに黒い軍帽、そして
彼女は帽子のつばを持ち上げ、こちらの
「こんばんは、モラトリアム殿。自分、あきつ丸であります」
体を持ち上げ、彼女をまじまじ見つめる。
自分を除けば、肌の色が今まで見た誰よりも白い。おしろいでも使ってるんだろうか。
そうやって見つめていると、相手は口を出した。
「・・・・なにか、自分の顔についているでありますか?」
とにかく確認したいことがあるので、そばにある磁気ボードで返事を書いた。
【あくまよんで】
「ッ・・・・何を言っているのでありますか?」
【あくましょうかんみたい】
「・・・・ふうむ」
掌から光が溢れ、何かランタンのようなものを取り出した。
ランタンのような何かが光り出すと、地面に影でできた絵が出てくる。
どうやらランタンではなく、影絵を投射する
「このように、悪魔を召喚するのはできないでありますよ~」
起きている子供たちは影絵が珍しいのか、あきつ丸さんの近くに寄って
走馬灯を地面に置き、子供たちの注目を逸らしている間に自分の頭に手を伸ばしてきた。
髪が乱れない程度に撫でられ、慈しみの目でこちらを見てくる。
「・・・・きっとこれから大変なこともあるでありましょうが、頑張るでありますよ」
「・・・・」
それだけであります。とあきつ丸さんは走馬灯を回収すると、向こうへ去っていった。
すれ違いざまにトイレに行っていたゆう君がやってきて、自分を呼び出す。
「れーちゃん、ちょっとこっちきて」
そう言って自分の手を取り、皆の目が届かないところまでやってくる。
「さっきね、おしごとで来てたおにいさんにもらったの」
そう言って持っていた黒い高級そうな紙箱を差し出す。
「あげる人がいたけどね、その人がいらないってなっちゃって、ぼくにくれたの」
箱を開けると、中には凝った形をした数々のチョコレート。高級品っぽい。
「ひみつでもってきたから、みんなにはないしょって、れーちゃんといっしょに食べてねっていってたよ」
いっしょに食べよ。と言ってチョコレートを
「♪~~~~」
ゆう君と2人だけのおやつという魅力に抗わず、高級チョコレートを思う存分に2人だけで堪能したのだった。
――――レ級とあきつ丸が邂逅していたころ・・・・
遠目にレ級のことを見やる諜報部の青年。
案内を終え、離れていった時雨を確認するとこめかみに指を
連絡を終えたのか、指を離し周りを見るとこちらにやってくる小さな少年。
レ級たちの所へ行く前に彼は少年を引き留める。
「やあ、
「?、おにいさんだれ?」
彼は少年を引き留めるのに成功すると、屈んで少年と同じ目線に立った。
「こんばんは、今日はお泊りかい?」
少し気弱そうな青年の顔を見て、少年は警戒心を下げる。
「うん、今日ね、れーちゃんといっしょにあそんでるよ」
「そっか、れ-ちゃんってあの白い子かな?」
「うん」
「みんなと遊んでとても楽しそうにしてたね。君はれーちゃんのことが好きなのかな?」
「うん!ぼく、れーちゃんのことだいすき!」
「そっかぁ、じゃあこれからもれーちゃんと仲良くするんだよ?」
「うん!」
青年は少年と打ち解け、お互い気安い雰囲気になる。
「そうだ、君にこれを上げよう」
そういって彼は持っていたアタッシュケースの中から質のよさそうな箱を取り出す。
中身を見せ、高そうなお菓子に少年は遠慮してしまう。
「わ、こんな高いのだいじょうぶ?」
「いいんだよ。ホントはね、僕もれーちゃんみたいに好きな人がいてね、これはその人にあげるつもりだったんだ。でもね、その人はこういうのはあんまり好きじゃなかったみたいでね、それで今もこうやって持ってきちゃったんだよね。せっかく人にあげる物なのに、自分で食べるのもなんだし、これは君とれーちゃんと2人で食べなよ」
「そっかぁ、でもみんなで食べちゃダメ?」
「う~ん、お仕事でお菓子もってきちゃったってばれたら偉い人にばれるからさ、2人でこっそり食べてね」
お願いだよッ?と片目をつむり両手を合わせて少年に頼み込む。
少年はおいしいものを食べるのは皆で分けて食べるのがいいと思っていたが、青年の
少年は会話も終わり、
が、青年と別れる前に少年は彼の名前を尋ねた。
「ぼくね、ユウタ。ねえ、おにいさんの名前ってなに?」
「ああ、僕の名前はね――――
自己紹介を済ませ、今度こそ別れる。
少年と入れ替わるように青年の護衛を務めていた艦娘、あきつ丸がやってきた。
「やあ、もう顔合わせは済んだかい?」
青年はそう優しげに問いかける。
「ええ、とても素直そうで可愛らしい幼子でありました」
「なんだか、浮かない顔だね?」
「・・・・あの子の、これからを考えると、あまりにも不憫でありまして」
自信の表情を見られたくないのか、あきつ丸は軍帽を下げ、目元を隠す。しかし、その口元は苦渋に満ちていた。
「――――せめて、今は、目いっぱい楽しんでいてほしいであります。できるなら、ずっと安寧で・・・・」
「・・・・こればかりはどうしようもないさ、もう行こう」
「・・・・はい」
彼らは行く。
駐車場に止めてあった車のドアを開け、バタンと閉める音が
発進し、鎮守府から離れると助手席のあきつ丸は青年に声をかける。
「・・・・本当に、このままでよろしいのでありましょうか」
「またそれかい?なんであろうとあの子が深海棲艦であることは変わらないんだから」
「しかし、あの子は・・・・あの子は、ただの被害者であります。決して望んで深海棲艦に生まれたわけではない。やはり事情はある程度報告するべきでは?」
「それはダメ」
その言葉を皮切りに、青年の雰囲気が豹変する。
先ほどまでの気弱で頼りなさげな様相から一転して真逆の表情を浮かべた。
「そういう約束でしょぉ~?それにそんなことしたらせっかく手に入れた
その黒い瞳には考えが読み取れず、顔には張り付いたような笑みが浮かんでいた。
「そこんとこ分かってる?
「わかっているで、あります。ですが、やはり・・・・」
「んもぉ~!頭固いな~あきつ丸は、あの子一人の犠牲で世界が平和になる。とかぁ、そういうポジティブなこと考えよーぜッ♪」
「・・・・」
隣のあきつ丸に向かって横ピ-スにウィンクを決め、見事にスベる。しかしそんなことを
その後、青年は誰もいない後部席に向かって声をかける。
「青葉もそう思うでしょ?」
その言葉を皮切りに、先ほどまで誰もいなかった席にスゥ、っと一人の女子が現れた。
ピンクのポニーにセーラー服。下はスカートではなく
手にはデジカメを持っており、先ほどまで撮っていた写真を確認していたようだ。
「そうですねぇ、青葉としてはあの子のいろんな写真撮れてホクホクです!」
あきつ丸とは違い、陽気な雰囲気を持つ彼女は青年とは気が合うようである。
青葉は青年にデジカメの画面に映っている映像を見せる。そこには子供たちを背中と尻尾に乗せて、四つん這いに移動して遊ぶレ級の姿が。映っている皆が笑顔で実に幸せそうだ。
他にもお風呂に入っている写真、湯船の
最後は少年とレ級がおいしそうにチョコレートを食べているところで終わっているようだ。
「ちゃんと食べてるとこもばっちり撮れてますよ~♪」
「オッケー、それだけ幸せそうなの撮れてりゃ、向こうも文句ないでしょ」
「それにしてもあきつ丸さん、あの子にお姉さんのこと聞かれたかと思ってちょー動揺してましたね♪」
この青葉という女子は先ほどのように姿を消したまま、出張先での諜報活動が主任務である。青年が視察に窺うのは囮で、この青葉によるガサいれこそが本命であるのだ。この連携によって彼等は出張先での様々な汚職などを押さえ、軍に貢献してきた。ただ、青年の気弱な演技は他に知れているかは定かではない。
横合いから映像を見ていたあきつ丸は最後の映像を見た途端、動揺を見せる。
「あの、この映像でありますが、隣の子供も一緒に食べているように見えますが」
「ああ、これですか?2人で仲良く食べててかわいいですよね~♡」
「あの子はまだしも、隣の男の子は人の子でありますよ!?あれを口にしてしまったら・・・・」
ただでさえ白いあきつ丸の顔がさらに青ざめる。青年はそんなものはどこ吹く風で、
「ああ、あの子、
「しかし、仮に症状が出て、かの者の存在が露見するようなことは避けたほうがよろしいのでは?」
「全く心配症だな~あきつ丸は」
「え、あのチョコって何か入ってたんですか?」
「まあ、
「あぁ、な~る。んもぉ、ワルイひと!あんまりおいたしちゃだめだゾ☆」
「メーンゴ♪」
2人は嗤う
1人はただ無事を祈るのみ
「さぁて、妹ちゃんのことは確認できたわけだし、一度本部に戻ってまーた出張だ」
「深海棲艦が大人しいせいでお仕事バンバン来てますね~」
「かーっ!つらいわー!使いっぱしりはつらいわー!」
そんなやり取りを繰り出しながら、彼らは行く。
「あきつ丸さんも、覚悟を決めましょうよ。確かにとんでもない裏切りでしょうけど、結果的に人類にとって
「・・・・分かってるであります。今更、後戻りなどできない。毒を食らわば皿までであります」
「最後まで、付いて行くであります」
「――――フルタ殿」
――――その日、ドイツ海軍に衝撃が走った。
人類史上初の深海棲艦の鹵獲。
それもこの世に一体しか存在しない戦艦レ級。
我々への精密検査の依頼。
最初は現実を受け入れがたく、デマだと思った。
しかし、後に入ってきた資料に、あの”悪魔”討伐後にそんなジョークを言えるような余裕があるとは思えず、徐々にその情報は現実味を帯びていく。
ドイツ軍は歓喜した。
我々に生きた深海棲艦を寄越してくれる好機に。
闇しか見通せない現状を打破してくれるだろう存在に。
ドイツでの艦娘運用には初期の段階から
ドイツでは、というよりもヨーロッパ全体では、日本と比べると艦娘を運用するのに必要な人材である霊力の素養を持つ人間が極端に少なかったのだ。
仮に見つかったとしても艦娘を運用するのに必要なだけの能力を持たないものが大半で、遠距離間における思念のやり取りができないまま碌な連携も取れず、艦娘を出撃させた後は座して待つという惨状であった。(初期は人間達も船に乗り近くで連絡を取り合うなどの工夫もあったが、軍事訓練を大して受けていない者は出撃のたび深海棲艦による奇襲を警戒するという精神の擦り切れ、果てには実際に攻撃を受け貴重な霊力持ちの喪失という受け入れがたい点から人間の渡航は断念せざるを得なかった)
なぜそのように霊力を持つ人材が少ないのか。
それはかつての先祖たちが犯した愚かしい行為のツケが、巡り巡って現代へと跳ね返っていった結果だ。
魔女狩り
今でこそ霊力、霊力持ちと呼び名を統合されてはいるが、かつての昔は魔法使いや超能力者、呪術師や聖人などとも呼ばれていたりもした。
当然だがそんなよくわからない異能を持つ存在をただの人間達は恐れを持って認識していた。
欧州ではそんな彼らを悪魔
それが未来の人類にとってどんな結果になるのかも知らずに。
大昔から
恐らく生き延びたかつての霊力持ちは、その異能を以て人里離れた秘境で自給自足のコミュニティを築いているか、国を去り、安住の地へと散っていったかのどちらなのだろう。
発見した欧州での希少な高い霊力持ちの子孫を引き入れようとしたが、極めて強い憎悪を
ふざけるなと激昂された。
今更どの面を下げて我々を受け入れるのだと。
世界が危機に陥っている今になって手のひらを
我々がどのような思いで日々を過ごしていたのかも知らずに――――
彼ら霊力持ちは大昔から異端狩りに
そんな彼らは同じ霊力の祖先同士との強いきずなで結ばれ、自分たちと違う人間達を警戒し、力を合わせて魔の手から逃れ続けてきたのだ。
中には歩み寄ろうとするも、その特異な力を持つ存在に深海棲艦出現以前の研究者にとっては
適当な罪を擦り付け、捕縛しグズグズの肉塊になるまで侵され尽くされた。
そんな非道を石炭とガス灯の時代から受け続けた彼らからすれば、今になって自分たちに真摯に接しようとしてくる人間達を受け入れる気持ちにはなれなかった。
深海棲艦の被害によって余裕をなくした者達が脅しなどの強行に出てくることがあったのも大きい。
今になってその手を取ってどうする?
活躍したところで今までに要らぬ被害を受けた者達は返ってこない。
むしろ被害者たちに対する裏切りにしか思わない。
欧州の軍たちは霊力持ちの子孫との深い
日本から高い霊力持ちの軍人が世界中に派遣されているが、それもわずかな数だ。
徐々に、徐々に欧州は圧迫されていった。
そんな中、ドイツはどうにかして霊力持ちの人材を確保できないかと腐心していた。
艦娘はいても、それを十全に扱える存在がいなければ宝の持ち腐れであるからだ。
今から霊力持ち同士の間に子を
艦娘との間に子を作れば高い霊力の素養を持つ子が生まれるが、そもそも貴重な艦娘をいたずらに解体できず、出生率も最悪で生まれて来た子が成長するのにも時間がかかる。
そこでドイツがとった手段は人工的に霊力の素養を持つ人間を作ること。
後天的に艦娘の運用が可能な人材を作成することであった。
軍の人間に施術するにはあまりにも死のリスクが高く、まずは民間人への臨床実験を人知れず行う必要があった。
幸い、深海棲艦による被害によって身寄りのないものや、暴徒となり収容されている者達で溢れ返っている。
そんな者たちを使い、あらゆる非道に走った結果、実験の数が五
ただし、霊力を持つ代償として肉体は壊死して損壊し、体の大半を機械で補うという現実が待っているが。
それ以降も後天的な霊力持ちを開発し続けたが、失敗のリスクはたいして下がらず、肉体の損壊を減らすのが関の山だ。
そしてとうとう深海棲艦のごたごたから実験の目を欺けなくなり、それ以降霊力持ちの開発は頓挫している。
そうして数少ない人材でやりくりしている現状の中、やってきた鹵獲された戦艦レ級の情報。
行き詰っていた研究者たちは歓喜した。
今まで息が絶え、損壊の激しい深海棲艦の死骸しか調べられなかったのだ。
試したい薬品が山ほどある。あの薬物を投与すればどのような肉体反応を起こすのだろう。どの物質が奴らにとって有効かあらゆるものを試さなくては。
排泄をしない?食べたものはどうなっている?我々とは違う肉体のメカニズムに想像するだけでも舞い上がりそうだ。
肉体の再生が可能なら腑分けしたサンプルは是非欲しい。生きた状態での新鮮な臓器は死骸からのでは全く異なるのだから。
生殖能力はどうなっている?死骸からは卵子を検出できなかったが、人間との交配は可能か?
考えれば考えるほどに湧き上がる知識欲。
そこに善悪の観念など存在しない。
だが、その根底には深海棲艦の根絶がある。
我々に深海棲艦の検査を
深海棲艦の中で極稀に現れる
核を使うことで、国家単位での規模の艦娘を
今後もそんな存在が出現することだろう。
今までは欧州方面にそれらは出てこなかった。
しかし、今後はどうなるか分からない。
我々ドイツは吹けば消し飛ぶような現状なのだ。
必ずこの鹵獲された個体を調べ尽くし、深海棲艦に対する有効的な何かを発見せねば――――
そしてようやくか細い希望という光を掴んでくれた日本に報いるためにも。
わが祖国の安寧の為にも。
細胞の一片まで無駄にせず調べ尽くす所存だ――――
佐世保鎮守府にて――――
夜も更け、子供達は皆寝る時間になった。
自分も
今はベッドの一つに横になってゆう君の隣で寝る準備に入っている。
ゆう君は興奮してるのか、自分に抱きつきながらなかなか寝ようとしない。
「れーちゃん、あったか~い♡」
『うぎゅう・・・・』
ますます抱き締めてきて、うめき声を漏らすが声にはならず、空気の抜ける音が出るだけ。
というか、ゆう君、
自分は今、変に熱っぽくて力が湧かない。
子供たちといっぱい遊んで疲れちゃったのかも。
そんな彼女の苦悶の表情を見抜き、北上はユウタに注意を促す。
「こらこら、そんなんじゃ寝れないでしょ。夜更かしはダメってお母さんに習わなかった?」
「はーい。ごめんね、れーちゃん」
ようやく力を緩めてもらい、一息ついた自分はゆう君と一緒に寝入る。
ちなみにゆう君は抱き着いたままだ。
そのまままどろんでいき、瞼も重くなり開かなくなってゆく。
メェェェェェエエエエエエエ!!
意識が落ちる直前にヤギの鳴き声が聞こえるような気がした。
寝るときってヒツジじゃなかったっけ?
そんな
「――――――――けほっ」
今回は鬱展開を匂わせるお話でした。
北上のような境遇の艦娘は他の鎮守府だともっとたくさんいるのです。
仮に主人公がほかの鎮守府に預けられていたら、今よりもっと息苦しい目に合っていたでしょう。というより高い確率でいじめられているはず。
※なんだかすごく見覚えがあるような気がする< クッパたいじ
※それにしてもやけに迫力がある歌だなあ< 大鳳:Cv
あきつ丸の格好は勝手に自分が考えている改二想像図です。
あの学ランスカートにマントを足せば、立派なデビルサマナーですよ。
そして出てきた気弱そうな青年。
やったね!【V】はいないけど旧多はいるよ!
前話の龍驤の行動が彼が出るフラグだと気付いた人はいたでしょうか?
日本:深海棲艦と争わなくて済む道ができるといいな
ドイツ:日本がようやく掴んでくれたチャンス、深海棲艦根絶に向けて戦艦レ級を細胞一片までしゃぶりつくすように調べ、世界に貢献して見せる。
すれ違いってかなしいなあ
最後のせき込み
お昼のサンドイッチが原因かな?
それともお風呂で変にのぼせてしまったのか?
はたまた夜に食べたチョコが悪かったんだろうか?
そんなお話でした。
しばらくはまだ日常の話が続きます。
感想とかで散々書いておりますが、第三章から鬱展開に入っていきます。
今のうちに思い出をたくさん作らないと、第四章で悪堕ちルートに入ることに。
鬱展開は考えるだけで気が滅入りそうです。
追記
次話10月14日 06時00分投稿です