帰りたい、でも帰れない天狗さんの日常   作:monochrome vision

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07 まずは家に帰りたい、でも帰れないかもしれない天狗さん

 

 

 

 

 

 シャツとズボンというラフな格好で靴を眺めながらお茶を飲む。

 翌日、和真の店で新聞を渡して読んでいる間に俺はのんびりお茶を飲んでいた。

 

 和真は外来人である。故にこいつは外の新聞を知っているし、文庫本なんてものも読んだことがあればイラストも目にしていただろう。そんな和真に読んでもらって感想を貰うのだ。

 

「おぉ…本当に新聞になってるね。ゴシップ記事なんかじゃない、正確な情報。懐かしいな……」

「そうか?」

「うん。真面目なネタには真面目な文章を…ここらへんはしっかりとした新聞になってるよ。何気ない日常の…それでも話題になりそうなネタは読みやすくなってるけど…これは文章が苦手だったり若い人向け?」

「そんなところだ。一応、異変の記事のところも簡潔にだがわかりやく書いておいた」

「ほうほう。詰め込んだねぇ……このイラストは?」

「文章だけだと味気ないから描いてみた。幻想郷にこういった風景がありますよ…的な? 今日の風景みたいな感じで」

 

 まあ新聞は毎日書くわけではない。一ヶ月に数度か、一週間に一度。別に天狗の間で行われている新聞の大会みたいなのに出すつもりはない。情報収集ついでにあとで読んで振り返ることができ、面白く読み返そうと思ったら新聞が良かっただけだ。写真も載せれるしな。

 

 それをついでに読んで貰おうと思っただけだ。読んで貰うのであれば相手にも読みやすく、俺も読みやすいようにする必要があった。 

 

「上手すぎだ。それに写真もよく撮れてるし……この四コマなんてクオリティが高い。子供向けかい?」

「子供がせがめば親は断りにくいだろう。マネキンのバイトで学びましたっと。しかもただで貰える新聞だ。どうせなら…と、取り始めると、より多くの人に読まれるようになる」

「考えてるね。この小説もだよね? 恋愛小説に持っていくつもりだろう?」

「女性も男性も……全体的に見て人間界の新聞とは違うから、オリジナルの新聞だな」

「いいと思うよ。書けたら僕にも配ってくれないかな?」

「了解。感想きかせてくれ。良ければ数部置いていく…知り合いにでも配って、暇つぶしがてら読んでもらってくれ」

「いいね。早速渡しに行こうかな。異変のこと、気になってたし」

 

 それまで取っていて、今日も朝から配られたらしい『文々。新聞』をパサリと棚に置いてから和真は立ち上がる。この新聞はゴシップ記事のような雑誌感がある新聞なので娯楽気分で読めるだろう。俺のは娯楽的なところもあれば、しっかり読みたい人も読めるものにしている。長くなっても幾つかの記事に分け、写真を乗せれば飽きないと思われる…多分な。

 

 店を出る時、和真の奥さんに「小説と絵と漫画、楽しみにしてますね」と言われた。笑顔でこう言われて少し気分を良くして外に出た。

 

 狐面をつけ、記者『狐鴉』として呉服屋に行く。予め呉服屋の主人と和真達には新聞は狐鴉が書いていると言ってある。それで、呉服屋は店に人が居たから新聞だけ放り投げておいた。新聞のことは言っているからな。

 

 さて、次は……と人里から抜け出て空を飛ぶ。にとりにちょっと読んでもらってからフランのところに行こうか。たった二日程度だが、今の紅魔館がどうなっているのかわからない。スカーレット姉ことレミリアは妹の実態を知って正気でいられるのか。

 

 今まで笑顔で元気よく対応してきれくれた妹が実はああだったと知ったら、絶望に堕ちるだろうか。それでもフランがバレないあの演技で笑顔を見せれば大丈夫なのだろうか。全てが俺のせいだと責任を押し付けられて殺しに来るとかはマジで嫌だ。フランの姉だろう? あれより強いとか死ねるぞ。

 

 まあいざとなれば感覚を支配して動けなくし、影で悠々と逃げればいいだけの話。予めドッペルゲンガーで行くか?とそんなことを考えながらにとりの家の前に降り立つと、丁度にとりが何処かから帰ってきたところだった。

 

「あれ、蒼夜…だよね? なんで鴉天狗なのに狐面被ってるの?」

「にとりには言ってなかったな…俺は『狐鴉』として新聞を書いているんだよ。狐鴉の正体は秘密ということで……それで、今日は新聞でも読んで貰おうと思ってな。感想を頼む」

「新聞! いいよいいよ、読ませてよ! 蒼夜が書いたのかぁ…楽しみだ」

 

 にとりに家に入れてもらい、居間でお茶と菓子を貰って代わりに新聞を手渡す。

 嬉々として受け取った新聞を読み始めたにとりに少し新聞が大丈夫か、気に入られるかと不安になるが…外来人だった和真に褒められるくらいだ。大丈夫だろう。

 

 仮面を外してお茶を飲み、ボーッとにとりを眺めながら時間を消費する。

 

 それにしても…まだ少人数しか見ていないが、幻想郷の女性の顔面偏差値は高すぎる。スタイルもよく太っているやつを見ていない。太ったおっさんなら人里でみかけたのだが。

 

 紅魔館組はそうだが、椛も目の前のにとりも綺麗な子だ。むしろ俺に不細工な奴を見せて欲しいものだ。鏡を見ろ? 女顔だが大丈夫…だと思いたい。誰も何も批評してこないし、安心してもいい……と思っておこう。

 

 そう言えばと思ってスマホも取り出しておく。昨日椛と川で遊んだ時に完全に水没しているため、念のためににとりにメンテナンスでも頼んでおこう。河童が作っているのだから防水性能は抜群だと思うが、一応だ。

 

「うん、いいじゃん。しっかり伝えたいことを丁寧に伝えてるし、面白いところもあれば続きが気になる内容も書かれてて……文句なし! これなら幻想郷でも楽しんでもらえると思うよ」

「そうか? それならよかった」

「ぶっちゃけ文の新聞より内容はしっかりしてたし、読み応えがあったけど……名前とか色々、この情報ってどうしたの?」

「その内容は紅魔館に住んでいるメイドの十六夜咲夜に直接教えてもらった。寧ろ俺はいつその天狗が取材して新聞にしたのかの方が気になるんだが…」

「あはは。文ってば速さだけは凄いからね」

 

 異変の翌日に新聞が出来上がって配られていたとか……なんだその速さへのこだわり。島風か。

 

「ああ、それとな、スマホが完全に水に浸かったから大丈夫なのか気になるんだが……」

「それなら大丈夫! 河童は水の中によく潜るから防水面だけは天下一品だよ! 現に問題なく使えてるんでしょ?」

「確かに異常はないが……それなら良かった。流石にとりだな」

「えへへ~。あ、スマホ取りに来たとき、布団まで運んでくれてありがとね。何日も徹夜してて限界だったんだけど、蒼夜を待ってる間に寝ちゃってさ」

「別にいいさ。勝手に部屋に入ってしまったのも悪かったが……なにより可愛らしい寝顔が見れたしな」

 

 ほら。と言うように撮ったにとりの寝顔を選択して画面に映し、にとりに見せた。瞬間、真っ赤になって「消してよ~!」と叫びながら突撃してくるにとりに、立ち上がって上に上げて取れないようにする。ぴょんぴょんとジャンプするにとりの胸が跳ねて、時に俺の胸にあたる。本人は気づいていないようだし…なにこれ天国か。

 

 ついに転けて俺の方向に倒れてくるにとりを受け止め、離してから落ち着かせる。もう無駄だとわかったのだろう、頬を膨らませて睨んでくるだけだが何も怖くない。

 

「それよりも新しく作って欲しいものなんだが………」

「ッ! へぇ、何かな? また楽しませてくれるの?」

「似たようなのがあれば悪いが…掃除を自動で行ってくれるものだ」

「ほうほう。また面白いアイデアを持ってきたね…」

 

 興味津々のにとりに話したのは、そう…皆ご存知の掃除をしてくれる丸いあれ。ル○バだ。畳でも問題なく掃除してくれるようであれば尚良し。そうだ、家に時計がなかったし、ついでにデジタル時計でも作ってもらおう。流石に電波時計は無理だろうけどな。電波無いし。

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 にとりと話し込んでいたら昼になってしまったので、にとりの家で昼食を食べてから紅魔館へ向かう。

 

 狐面を付けて今度は霧の湖を堂々と飛んでいく。少し遠くで妖精らしき子達が遊んでいたが、遠いため此方に気づいてから向かってきても俺は既に更に遠くへ行っているだろう。

 

 夏の日差しを反射してキラキラ光る水面に、飛びながら手を付けたり翼の端で水を切るようにする。これも一度でいいからしてみたかったんだよな…冷たくて気持ちがいい。

 

 湖が終わる頃に飛ぶのを止めて歩き、紅魔館へ向かう。見えてきた門には門番である紅美鈴が立っており、暑そうにしている。そして近づく俺に気づくと、敵意はないものの睨みとともに出迎えられた。

 

「狐鴉さんですね……咲夜さんから来たら通すように言われています。どうぞ、お通り下さい」

 

 そう言われてちらりと門番を見てから無言で横を通り過ぎるが……その間もそれからもずっと睨まれていたのか、視線は途切れることがなかった。

 

 門から正面扉までを歩いて扉を勝手に開かせてもらうと、異変の際にナイフだらけだったホールとメイド服で綺麗に佇んでいる十六夜が出迎えてくれた。流石に二日やそこらで直っているわけでもなく、ボロボロだ。

 

「お待ちしておりました、狐鴉様。早速ですが、話し合いのための部屋へと案内させて頂きます」

 

 綺麗なお辞儀をしてから踵を返して進んでいくので、その背中に着いていくようにして俺も進む。長い廊下は戦闘が特になかったのか綺麗なままだが、途中で俺とフランが戦った場所を通る。

 

 壁に穴が空いて他のところも崩壊しているが、床の瓦礫や粉塵は撤去されていて歩きやすくなっていた。未だ掃除が継続されているのか、メイド姿の妖精が箒と塵取りを持っているが、俺達が近づくと慌てて礼をして通り過ぎるまで頭を上げなかった。

 

 そして俺が案内されたところは応接間のような部屋。中には少し豪華な作りのソファーとイス、テーブルがあり、暖炉の上などは陶器類が飾られている。あの戦闘の揺れで落ちなかったのか…気合の入った壷だな。

 

「ソファーに座ってお待ち下さい。他の方々を呼んで参ります」

 

 そう言って十六夜は一瞬で紅茶と茶菓子を用意して机に置き、一礼とともに消え去った。用意された場所のソファーに座る。

 

 瞬間移動……にしては物を用意するには早すぎる。気づいたときには既に置かれた状態だったことから……時間を止めたという方が適切か。あのメイドも十分チートじみているが、何より思ったのは、吸血鬼のレミリアが止めるのではなく、メイドのお前が時間を止めるのかということ。ザ・ワールドもお前がするのかよ…ちょっと残念だ。

 

 上手すぎる十六夜の淹れた紅茶を堪能していると、ドアが開いて続々とこの館のメンバーが入ってくる。そこには知らない顔もあれば、先程見た門番の姿もある。

 

 無表情のフランが俺に気づくとわずかに表情を変化させ、心なしか雰囲気を嬉しそうにして近づいてきた。そのまま俺の隣に座って腕に抱き着いてくる。そんな変化したフランを見て各面々は微妙そうな顔をした。

 

 座るメンツを見るが……レミリアが居ないな。そんな俺の疑問に気づいてかどうかは知らんが、紫色の魔法少女、パチュリー・ノーレッジが口を開く。

 

「今、レミィはちょっと……あれなのよ」

 

 そこで俺は一つ頷く。フランが無表情でいた事から結局、あれ以来バレたのだから演技の必要がなくなって意味が無いと判断したのか、フランは何も反応を示さなくなったのだろう。そんなフランにレミリアは撃沈。情緒不安定とかそこら辺かもしれん。そりゃ他の奴らが睨んでくるわけだ。

 

 この中で睨んでいないのなんて、ノーレッジと十六夜くらい。いや、残りなんて二人しかいないけどな? 門番と翼を生やした悪魔チックな女性だけだ。

 

「さて、まずは十六夜との約束通り新聞を渡す。これは既に知人に読ませたが…構成的にも内容的にも問題なかったらしい」

「へぇ…新聞なんて書いてたのね」

「まぁな。とは言え、これが第一版だ」

 

 影の中から取り出した新聞を十六夜に手渡すと、持っている十六夜だけが読み始めた。あと…俺の横から袖を引っ張られる感覚があった。

 

「…どうした。お前も読みたいのか?」

「……ん」

 

 新聞に興味があるらしい……いや、俺が作ったから興味があるのか。感情の一切見えないフランは服装にすら今更どうでも良くなったのか、ミニスカートに白い半袖シャツ、それと金髪を適当なゴムで後ろでまとめているだけのラフな姿だ。あの着飾った姿が嘘のようだな。

 

 新聞を渡してからノーレッジに色々聞くことにした。あとフランの頭が丁度いい位置にありすぎて肘置きにできる。何も言わないしいいか。

 

「そう言えばノーレッジ、喘息はもう大丈夫なのか?」

「パチュリーでいいわ。ええ、今は大丈夫よ。あの時は本当に助かったわ……こぁも…小悪魔も気絶してて、貴方が来なかったらあのままだったらどうなっていたか考えるだけで恐ろしいわ。ある意味、命の恩人ね。ありがとう」

「いや、いいさ。俺も喘息を持っていて偶々対処法を知っていただけだからな。それよりあの時に服を脱がせたり下着を外したりと……あっちの方が悪かった」

「ふぇ!? あ、あれは仕方がないからいいわよっ!! それより忘れてちょうだい!」

「いやいや、あの扇情的な姿は中々忘れられないだろう。男に抱きかかえられて? 首や額とは言え触られ? 服も脱がされて胸を見せる……凄い場面だな?」

「わーーーッ!!!」

 

 炎が出るんじゃないかというくらい顔を赤くしたパチュリーは皿の上のクッキーを叫びながら投げつけてくる。それを仮面の下でくつくつと笑いながら全てキャッチしていく。そんなに興奮するとまた喘息が出るぞー。

 

 いきなりのパリュリーのご乱心に俺を睨んでいた二人は困惑し、十六夜すら一度顔を上げて此方を見ていた。フランは一切反応しなかったが。

 レミリアを塞ぎ込ませ、今の紅魔館をこんな風にし、フランを無感情にしたと思い込んでいる二人にとっては、なぜパチュリーがこんなにも敵と仲がいいのかに困惑しているのだろう。

 

「そんなに興奮すると喘息が出るぞ」

「狐鴉のせいでしょうが!」

「え、わ、私ですか!?」

「は? あぁ…貴女じゃないわ。あいつが狐鴉って言うのよ。大方、狐に鴉と書いてこあと読むんでしょう」

「当たりだ。新聞記者『狐鴉』で行こうと思っている」

 

 どうやら先程反応した女性が小悪魔であり、俺と同じ呼び方をされているようだ。

 

「ああそうだ。あのあとフランはどうだった?」

 

 俺の聞いたフランがどうだったと言うのはフランがどのような対応をしたかということだ。それがわかったのか、パチュリーは顔を顰めて答えてくれる。

 

「……貴方の言った通りよ。本当に何にも興味を示さず、何にも反応しなくて、ハイライトオフの無表情。与えられた新しい自室でずっとベッドに座ってどこかを眺めているだけ。今までのが嘘のようにね。さっき貴方が来たと言われて私達の前では初めて動いたわ」

「ふむ…やはりか。もう機械的に対応しなくてもいいと分かったからだろう。お前らが馬鹿みたいに騒いでいた狂気は?」

「わかってて言ってるわよね? 無感情のフランに狂気なんて存在するわけないじゃない。どうせ目も魔法でどうにかしてたんじゃないかしら?」

「そうか。なら……レミリア・スカーレットは?」

 

 そう聞いた瞬間、門番が一番反応して勢い良く立ち上がり、俺に向かって叫び出す。

 

「貴方が妹様を変えたせいでこうなったんですよ! あのあと、貴方が消えてからお嬢様はずっと妹様に話しかけたけど……一度も見ることなく、答えることもなかった! それこそどうでもいいとすら思うことなく、初めからなにも無いように振る舞って! 貴方が来なければ! お嬢様は、お嬢様は…………」

 

 泣きながらそう叫んでくる門番だが、正直俺に言われても仕方がない。俺がいなかったとしても、いずれは気付かされたはずだ。幻想郷に来るまで何も変わらない日常を過ごしてきた…しかし、ここに来て異変をしたことで必然的に動き始めた。

 

 おそらく、本当に俺が何もしなくてもレミリア自身がなんとかしようとして……違和感に気づくだろう。他にも再びやってきた巫女や魔法使いによりきっかけが生まれるかもしれない。俺が来なければ今まで通り……そんなこと、幻想郷に来た時点で、異変を起こした時点でありはしないのだ。

 

 なによりレミリア自身がフランのことをどうにかしようとしてきたんじゃないか? 異変を起こした理由の一つに含まれているとメモには書いてあったぞ。

 

 俺が十六夜に帰り際に渡したメモについて、パチュリーと十六夜はしっかり話し合ったのだろう。正直、俺はこの二人しか知らなかったから、この二人で話し合えとしか言えなかったんだが、まあいいか。

 

「狐鴉のせいじゃないわ…狐鴉が来なくても、遅かれ早かれここに来たことでいずれはわかったことよ。その時、狐鴉のようなフランの心に残る存在なんて有ると思う? 私は無いと思うわ。そのまま空っぽのままでこの状態になって反応すら見せなくなったら、きっとそれは生きてるだけの人形。その点、狐鴉が来てフランと接触してくれたのは奇跡のようなもの…狐鴉が居てくれるだけで、まだフランに希望は残っているの。偶然に偶然が重なっただけかもしれないけど……私はそんな彼を憎むなんてできない。それに、命の恩人だしね」

「初めての相手だし?」

「それはもういいでしょ!」

 

 再び真っ赤になるパチュリー。

 まぁ、本当に俺の能力が勝手に干渉していたせいだから、奇跡に近いものなんだろう。妖怪の賢者のような能力であればどうにでもできたかもしれないが、果たして頼み込んで応えてくれるかどうか……まるでわからない。

 

「……よく思い返せば、私は一度たりとも名前を呼ばれたことはありませんでした。それに、しっかりと目を合わせたことも」

 

 新聞から顔を上げた十六夜がそう言う。そう言われれば確かに、記憶にない人物のことをフランが名前で呼ぶはずもないか。

 

「そう考えると、気づくべき点は沢山あったのかもしれませんね。一緒にいて気づかない私達と、今の状態を壊したけれど一度で看破した狐鴉様…………」

 

 十六夜の言いたいことはわかる。一体どちらが悪かったか……気づいたところで十六夜がどうにかできたとは思えない。ずっと一緒に居た姉ですらなにも知らなかったのだ。

 

 心という空っぽの容器に俺という水を一杯まで入れると空き容量はない。俺が行動するきっかけになり、俺が話しかけて反応し、俺が何かを言うことで遂行し、俺のために何かをしたいと考えるだけ……フランは強く俺に依存していると思っていい。今も、受け止めたことでズボンにこぼれていたクッキーのカスを、フランが取り除いて拭いてくれている。床の欠片には何もしていない。

 

 そんなフランに別の人物の情報を入れようとなると……まぁ、隙間を作らないといけないわな。その作るのも俺だろうけど。長い時間がかかるだろう……能力でゴリ押してもいいかも。ただ、俺という情報に染まりきったフランにもう影はないかもしれない。むむむ……どうしようか。

 

「まぁ、今答えが出ることはない。今は俺のせいでフランが壊れたなんて言う間違いを正し、責任を転嫁されなければそれでいい。幸い、パチュリーと十六夜は分かってくれたようだし……それだけでいいさ。納得出来ないならそれでいいだろう。それより先にレミリアのことだ。俺がフランを連れてアクションをかける」

「そうですね……私も全面的に全力で協力させて頂きます。この館にいる間は狐鴉様のお世話をさせて頂きますので……なんなりとお申し付け下さい」

「……主より俺に世話をするということは、お前じゃ手がつけられないほどか?」

「ええ、今のお嬢様は……」

「今のレミィは心は壊れきってないけど、フランに近いわ。それでも絶望があるだけ思考はできる。それだけフランのことを常に想っていたから……」

「それなのに他人の俺が気づいてしまうとは……皮肉なことだ」

「ハッピーエンドで終わったとしましょう。それでも、最悪……レミィにも依存される可能性は高いことだけは考えておいて」

 

 …………絶望からすくい上げた俺に依存してくるか。そういう状況もありえなくはない。いや、可能性としては高いだろう。

 ここで第三者を持ってきても、フランをどうにかすることなんてできなから、レミリアが救われることはない。フランが自力で治るなんてこともありえない。うわ、俺がするしかないじゃん。鴉天狗なのに吸血鬼の館の当主になるなんて未来だけは回避しよう。俺の能力のバカ野郎。

 

 溜息をつく俺に、表情を変えずに光のない目で心配そうに見てくる、新聞を読み終わったフラン。そのフランに腕に抱きつかれ、手を細いながらも柔らかな太ももに挟まれてびっくりし、小さな胸に腕を挟まれて更に吃驚。つい頭を小突くと腕を離すが、嫌われたと思って絶望したかのようなフランへ……正直、面倒くさくなってきた。絶対に時間かかるだろ。今度は家に帰れないかもしれん……。

 

 

 

 




感情のままに叫んでもらう役目は美鈴に頑張ってもらいました。正直、誰でも良かったんですけどねー。

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