帰りたい、でも帰れない天狗さんの日常   作:monochrome vision

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03 カメラの初陣はビッグイベント

 

 

 

 

 

 あれから数日かけて布団や生活用品を整えていたら、にとりからスマホができたと連絡が来た。新しいワイシャツとズボン、靴に着替えてにとりの家まで飛んで行く。

 やはり着慣れた洋服の方がしっくり来るため気分も良くなるし、人間の頃に近い見慣れた姿になるのでストレスは大きく軽減した気がする。

 

 飛び慣れて尚、空を飛ぶ心地よさに飽くことなく、ブレイクやバレルロールといった空中戦闘機動をして遊びながら空を満喫する。

 汚れたかのような特徴的な翼でも問題なく飛べるのだが、やはり綺麗な方がいいと思うのは俺だけだろうか。他の鴉天狗を見てみても綺麗な翼の方が多く、天魔にでもなれば立派で美しい翼を持っている。まあ、会ったことはないのだが。

 

 にとりの家に近づいてきたので高度を下げて少し手前で降りて歩く。別に勝手に入ってもいいとのことだったのでドアを開け、靴を脱いでからにとりの気配がするところへ向かう。

 

 どうやら居間にいるらしいのでそこへ向かうと……中ではにとりが机に倒れ伏していた。どこからどう見ても事件の匂いがする状況だが、死んではいない。ここでダイイングメッセージでも机に書かれていたら、それはもう探偵が来てしまう事件に発展しそうなまである。仕方ない…俺が眠りながら謎を解いてやろう。ただ、それがちゃんと言葉に聞こえるかは謎。普通の人にはいびきにしか聞こえないかもしれないが、そこは他の探偵に依頼して解いてもらってくれ。

 

 まるで死んでいるかのように静かに眠っているにとりの前に座って、机の上に置いてある依頼していた物を手に取る。そこには細いチェーンの付いたシルバーのスマホがあり、俺が言った通りにタッチ画面にもなっているようで、電源をつけてスライドしながら色々見ていく。

 

 カメラを起動した後に音が出ないようにしてから、こっそりにとりの寝顔を激写。数枚ほど角度を変えて可愛らしい寝顔で寝ているにとりを撮る。

 

 撮れた写真を確認してみるが、本当に高画質であり、待受にも設定できた。いや、本当に河童の技術力というのは侮れんものだ。完璧な光学迷彩を作っている時点でドイツは余裕で超えている。

 

 小さな発電機も充電器も貰い受け、少しばかり弄ってみるがどうやって発電しているのだろうか……もしかしてS2機関でも積んでいるのだろうか。色んな意味で世界が変わるぞ。

 

 さて、このまま机でにとりを寝かせるわけにはいかないので、失礼を承知で担いで部屋に運ばせてもらおう。

 腰をあげ、スマホをポケットに入れてからにとりをお姫様抱っこにて持ち上げる。嬉々として発明をしているのでお姫様って柄じゃないだろうがこれが一番楽な抱き方だ。

 

 少し家の中を彷徨いてにとりの部屋を見つけ、中に入ってみると自室は発明とは関係ない少し可愛らしくもシンプルな雰囲気の部屋だった。そこにある布団ににとりを寝かせて書き置きをしてから出る。

 

 外を出て背伸びをすると軽く息を吐いた。

 

「ふむ、初陣は華々しく行きたいよな……ならば、異変とやらを調査してみますかね」

 

 スマホを取り出し、カメラモードで一枚パシャリと紅い空を撮る。いつの間にか世界は紅い霧で染まりきっていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 まず俺が向かったところは人里であり、靴屋である和真のもとへ飛んでいった。道中は全て紅い霧で覆われて日光は遮られ、視界はそこそこに悪く少し飛びづらかったがなんとか里についた。

 

 里ではほとんど人が出歩いておらず、門番ですら居ない状況である。その代わりと言っては何だが、寺子屋の教師が警戒していたため今入れば俺は妖怪であるために排除されるかもしれない。そのため、能力を使い影に潜り込み、影から影へと移りゆくことで侵入に成功。便利すぎんだろ。

 

 和真の店の前で影から出現してカランとドアを開ける。流石に客はいないようだ。

 

「いらっしゃいませ…って、蒼夜か。こんな日にどうしたんだ?」

「こんな日だからこそだ。この赤い霧、何か知っているか?」

「いや、知らないよ。まあ座りなよ」

 

 椅子を出されるが俺はこの後も動くつもりなので軽く首を振って拒否する。

 

「すぐに出る。何か些細な事でもいいんだが……」

「とは言ってもね……ああ、この霧は体調を悪くするようだ。僕は大丈夫だが、うちの嫁さんが寝込んでいるよ」

「ほぅ…あとは出処が知りたいんだが、どうしたものか」

「もしかして、この異変を新聞に?」

「ああ。カメラを新しく作ってもらったから、初っ端飛ばしていこうと思ってな」

 

 そう言いつつスマホを取り出して揺らすと驚いた顔をした。幻想郷でスマホを見るとは思っても見なかったのだろう。

 

 それにしてもこの霧はどこから出現したのか…異変ということはここ最近で何か変化があったのだろう。しかし、残念なことに俺はそこまで情報通ではなかったのか、その変化がわからない。

 

「なぁ、ここ最近なにか幻想郷で変化はなかったか?」

「変化? ん~……そう言えば霧の湖周辺で妖怪の動きが活発になったとか、そこに吸血鬼が住み着いたとか」

「吸血鬼ね……そこで問題だ、吸血鬼と言ってイメージするものは何だ?」

「えっと、日光に弱い、霧に成れる、蝙蝠に成れる…って、ああそうか」

 

 和真も気づいたらしく、頷いている。そう、この異変は吸血鬼によるものだろう。吸血鬼は魔法にも精通しているし、日光が遮られていることから弱点をどうにかしてることや、幻想郷では新参のために何も知らない吸血鬼が妖怪を煽り、幻想郷を乗っ取ろうとしているなど、色々考える事ができる。

 

「んじゃ、俺は湖にでも行ってみるかね」

「大丈夫なのか…? 相手は吸血鬼、いくら鴉天狗でも妖怪の代名詞とでも言えうような相手に…」

「安心しろ。俺は戦いに行くんじゃないし、能力もある」

 

 それを証明するかのように机の影を虚空にゲートのように広げ、入る前に店の壁に掛かっていた狐面を外して振り返ると、仕方ないという風に笑ってどうぞと許可をくれた。鴉なのに狐とはこれいかに…一度だけ手を挙げて挨拶をして入っていく。繋がっているのは人里の外の木の陰だ。

 

 この影から影へと移動する技は中々に使える。明確な場所への移動範囲は一度行ったことのある場所や近くの認識できる影にだけだが、ランダムでいいのなら幻想郷全ての影を支配して何処にでも行けるだろう。

 

 それはさておき、影から現れた俺は翼にて上空を飛行し湖へ向かう。だが、その途中で二人ほど人が飛んでいるのが見えた。片方は紅白の巫女でもう片方は箒に跨った黒白の魔法使い然とした少女。あの巫女のほうが博麗の巫女だろう。

 

 あれが巫女とは……想像以上に若いな。いや、正月にバイトで巫女になる女性たちなら見たことは有るが、本場の巫女は見たこと無いから知らんが、十代半ばの若い少女が妖怪と戦うのか。なんかこれだと俺がおっさん臭いんだけど…これでも大学生。まだ二十代全然若い。大丈夫。

 

 今や巫女が空飛ぶ時代です。魔法使いも飛んでいるがまさかハリポタのように箒を使って飛んでいるなんて、魔法使いというものをわかっている。だが、今の時代の魔法少女は飛行術式でセットアップしてから生身一つで空を飛んでいるぞ。なんなら育成段階で殺し合ってるまである。まじかるーとかも。

 

 このまま飛び続けていたらあの二人に俺のことがバレてしまうのだろう。だからここからは走っていくことにする。

 

 別にバレても問題ないのだろうが、より多くの情報を得るのであれば自由に動ける身のほうがいいだろう。それに目立ちたくない。謎に溢れた新聞記者とか面白そうだろう? 何が面白いって鴉天狗なのに狐面被っているところだろうか。影で尻尾生やさないと(使命感)

 

 影を纏うことでまさに影のように存在を消し、妖力で身体強化してからかなりの速度で飛ぶ二人を追従する。靴を下駄から変えたことでより走りやすくなり、能力で感覚を強化したことで木にぶつかるなんて事は皆無とし、二人の気配をより強く認知できるようにした。

 

 進むに連れて赤い霧の濃度は強くなり、湖に着くと木々を抜けたことで視界が開ける。湖に出ても二人は上空を飛んでいるので問題ないが、走っている俺は一度止まる。

 

 写真を一枚撮ってから数瞬の思考の後、俺は走ることにした。湖を迂回するように走るのだが、これはもう全力全開だ。身体が壊れないように服と身体の間に影を行き渡らせて強化外骨格のようにし、影を動かすことで人工筋肉のようにパワーも最大限にカバーする。

 妖力で身体強化、足の裏からブーストすることで推進力を生み出して速度を上げる。これだけで速度は飛行速度よりも速くなるだろう。

 

「まぁ、試さないとわからないか……ふぅ……………」

 

 長く息を吐いてから思いっきり吸い込んだ瞬間、全身の筋肉と能力をフルで開放して走り出す。背後で盛大に土が抉れて巻き上がるが既に遥か後方だ。今まで感じたことのない速さについに音速に至ったのか、衝撃波と音が周囲に影響を及ぼす。

 

 流石にこれはまずいと思い一段階速度を落としておく。轟音に気づかれると厄介だ。

 

 ちらりと二人のいるだろう方向を見ると既に紅い館に到着していた…あの紅い館が吸血鬼の住んでいる館だろう。いい趣味をしている。まさに吸血鬼が住んでいそうな色合いと雰囲気だ。

 

 きっとあの中にWRYYYYとか叫ぶ吸血鬼がいるに違いない。あぁ、楽しみだな…ザ・ワールドとか使ってくるのだろうか。

 

 少し楽しみになりながらスマホを取り出して望遠鏡かと思うかのようなズームで門番らしき美女と魔法少女が戦っている姿を撮り、映像にも残しておく。まさかのムービーで録画中に静止画を撮れるというハイスペックさににとりには脱帽ものである。

 

 ようやく俺も館に着き、狐面を付けてから館の側面から中の影へと移りこんで侵入成功。ここからは能力をフルに使って本気で行く。

 

 影に身を落としてまるで泳ぐかのように館を進んでいくのだ。人が見ることのできる物体には常に影が存在する。その影は物体が続いているなら影も繋がっている。だから影から影へ跳ぶのではなく、泳ぐのだ。同様に館全土の影を支配することで館の構造を把握する。

 

 影の中から見ているので角度は制限されるが写真を撮るには問題ない。

 音がする方へと進んでいくと、そこは巨大な図書館だった。この図書館の高い本棚を見れば俺も本を漁って読んでみたいという欲求が生まれてくるが……このまま影の中に戦闘でこぼれた本を収納してもバレないのではないかという考えが浮かんでくる。

 

 まあ流石に片付ける時に分かってしまうだろう。でも一冊だけなら…と手を伸ばしたところで上空から何かが落ちてきた。

 

「おいおい危ないなぁ…本が傷んじまうぞ?」

「貴女が大人しく帰ってくれればそんなことにもならないのだけれど?」

「まあそう言うなって! こんなにも沢山本があるんだ、ちょっとくらい私が持って帰っても問題ないだろう?」

「泥棒に渡す本なんて無いわ」

「違うな、本を死ぬまで借りていくだけだぜ!」

 

 これは…魔法少女のドロワーズか。スラリとした脚とドロワーズが見えるがこれは仕方がない…なにせ俺が居た場所に魔法少女が落ちてきたんだから不可抗力だ。いくらスカートの中を覗けたとしても、ドロワーズには興奮ができない。色気のかけらもないな……。

 

 それにしてもそのセリフはなかなかどうしていいじゃないか。俺も死ぬまで借りていくということで本を持っていってもいいだろうか。

 

 そんなことを思っていると弾幕ごっこによる弾幕が俺の潜っている影に着弾する。魔法少女に向けて撃たれたものだろうが、それを避けたために俺の影に当たったのだ。しかし、中に居る俺には何の害もない。悠々とカメラモードで写真を撮り、メモ帳に出来事を記録し、情報を収集していく。ついでに声も録音しておいた。

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

 魔法少女から放たれる華々しい弾幕。あれがスペルカード……弾幕ごっこは綺麗さも必要なためか、男には興味が持たれておらず、弾幕ごっこをするのは専ら女性が多い。俺としては弾幕ごっことやらをしてみたいし、スペルカードも作ってみたい。カードを持っていないから何もできないのだが、あれ、何処に売ってるんですか? 売ってないの? あ、そう。

 

 それから色々なスペルを見て決着は魔法少女の勝ちで終わった。マスタースパークは弾幕ではなくレーザーだと思いました、まる。

 紫色の美少女も魔法を使っていたし、魔導書みたいなのを開いていたから魔法少女って呼べるが…というか名前も知らないと新聞を書けないということに気がついた。

 

 巫女は博麗霊夢だし、魔法少女も霧雨魔理沙といい巫女とセットで有名なので知っている。ただこの紫色の魔法少女は知らんのだ。

 

 霧雨魔理沙が図書館から消えた後、倒れ伏した紫魔法少女の容態がおかしいことに気づく。苦しそうに息をしており、呼吸音は細く弱い音。満足に呼吸ができないのか咳を辛そうにして涎が垂れている。あれは…喘息だ。

 

 急いで影から飛び出して紫魔法少女を抱きかかえる。喘息は俺も母親も持っていたので幸い対処ができるが、ここまで酷いと病院に担ぎ込みたいが……何らかの薬や対処法を確保しているはずだが、それを探す時間も惜しい。

 

 周りに誰かいないか確認するが、一人の女性が気絶しているだけで俺しか居ない。

 

「ヒュー……ヒュー……」

 

 掠れるような呼吸は今にも消えそうだ。喘息の対処は薬がいいんだが…今できることなんてたかが知れている。喉を温める、喉の湿度を高めるとかぐらいだ。

 

 ちょっと力技になるがやらないよりましだ。まずは服により締め付けられている胸を開放することで胸への圧迫感をなくして胸郭の可動域を確保する。

 

「おい、聞こえているか? 反応はできないだろうが、今からすることに後から文句を言うな。ちょっと服を緩めるぞ」

 

 声をかけると目が薄っすらと開くが反応を伺う前に胸元を開けると紫色の下着に包まれた意外と大きな胸が顕になるが、今はそんなものに反応するほど余裕はない。さらに服の間から背中に手を回してホックを外して緩めると胸が左右に開いて緩んだことがわかり、胸郭が動きやすくなる。別にその後に下着を取るわけでもないので許して欲しい。

 

 ここで呼吸介助をしてもいいが素人がするとどうなるかわかったものではないので止めておく。

 

「少しでいい、飲めるか? 喉を潤しておけ」

 

 次いで影の中から収納しておいた常温の水をゆっくり飲ませた。唇の端から溢れるがそれは逐一拭っていく。

 

 さて、喉を温めるのは妖力を手に纏わせて熱に変換し、首に当てるのだ。

 熱は冷たくなった身体に温かい手で触れられた時のような暖かさだ。それを喉を包むように全面接触になるようにし、圧は一切加えない。更に顎を少し上に向けることで気道を確保する。

 

 後やることは…リラックス肢位を取ることだろうか。リラックスできない姿勢だと無意識に体に力が入って筋緊張を起こし、体を固くする。そのせいで寝たきりの人は身体に拘縮を起こすのだが今は関係ないか。今は呼吸に問題が有るというのに呼吸補助筋が緊張していると呼吸は更に困難となるからな。

 

 影を彼女の下から操って踵、膝裏、背中、腕と隙間が無くなるように柔らかに埋めていく。片腕で上体を抱えるようにしていたが、影で上体も支えることで楽になっただろう。俺は腕を枕代わりにするだけでいい。そしてあとは呼吸方法だ。鼻から吸って口をすぼめて吐く。この口すぼめ呼吸で腹式呼吸も使うと更に呼吸がしやすくなる。これらを指導する。

 

「やれやれ……」

 

 手を喉に当ててたまに額や胸元に浮き出た汗を拭う作業をしながら溜息をつく。戦闘音は聞こえてこない。異変が解決したわけでもないので今はただ戦っていないというだけだろう。

 

 俺が図書館を眺めて居る最中、咳が落ち着いてきたが呼吸は未だ苦しそうな状態になると目を薄っすらと開けて、俺をずっと見ているような視線を受けるが気にしない方がいいだろう。頼むから、主犯格と戦うまでには収まってくれよ……。

 

 

 




経験ない人はわからないかもしれませんが、本気で喘息は辛い…

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