帰りたい、でも帰れない天狗さんの日常   作:monochrome vision

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駄文でしょうが、よろしくお願いします。
多分、長続きはしないでしょう。そんな予感がします。


01 帰りたい…

 

 

 

「知らない天井だ……」

 

 実にテンプレなセリフを言ってみたい言ってみたいとは思っていたが、まさか本当に、しかも無意識のうちに言葉が出てくるとは思わなかった。訳の分からない事実に心臓が鼓動を早め、視界と身体が揺れる感じがするほどの焦り。

 この不安はちょっとやそっとじゃ消せやしないだろう。只の大学生で一般人だった奴が急に別の場所に拉致されたとして、落ち着いていられるだろうか。例え冷静だとしても、これからの事を予想し、その出来事によるデメリットを考えるだけで泣きそうになる。

 

 行方不明ならば捜索願が出されて、見つからなければ全国的に報道されるだろう。家族に迷惑をかけ、大学にいけなくなることで将来の道は限られる。中退と顔割れは就職に響くに違いない。

 

 いや、家に帰れる距離で何事もなければ問題はないのだが……あり得ない()()が更なる混乱へと導き、不安が消えないのだ。

 

 幻想郷? 妖怪? 烏天狗? なんだこれは! そう叫びたくなるが口は動揺で動くことはない。数百年の記憶とカラスのときの記憶がある人間なんているか? 居ないだろうさ。居たら只のキチガイだ。

 

 本当に自分自身を取り戻すのに時間を要した。具体的には朝から昼になるぐらいまでだろうか。記憶に持って行かれて人間である俺の記憶が飲み込まれる…それは俺が俺自身を否定するということだろう。俺が今まで生きてきた人生を殺すということなのだろう。だから数百年分の記憶をたった二十年分ぽっちの記憶で塗りつぶし、自我を保つ。長い時間をのんびり過ごすのと、短い時間に強く多くの経験と記憶を持つ方が印象が強いからな。

 

 それともう一つ思ったこと…この身体の持ち主の自我は何処に行ったのだろうかということだ。まさか俺の体に行った? そ、それはそれで困るものだ…絶対に人間の生活に馴染めないだろうよ。もしくは消えたか…消えてもおかしくないような、機械のように日々を作業として過ごしていたらしいし、俺が入った瞬間に塗りつぶされてもおかしくはない。

 

 一つ、大きく息を吐いて起き上がる。妙に長い髪が視界を遮り、背中に今まで感じなかった感覚を知覚する。ぎこちなく動かしてみると、それは烏天狗の持つ黒い翼のようだ。

 

 折り曲げて見えるようにすると、その黒はくすんでいるように見えて輝きが全くない、まるで油に汚れた汚い翼に見える。本当に油で汚れているわけではないから洗っても無駄だろうが…いや、今はいい。

 

 取り敢えずの目標は帰ることだ。だが、博麗大結界とやらが有るのに帰れるのか? 方法としては博麗の巫女に送ってもらうか、妖怪の賢者にどうにかしてもらうか……ふむ、無理だな。

 

 数時間も掛けて落ち着かせた、いつも通りの思考から導き出される答えは無理という簡潔な一言。巫女は外界から来た人間に対してしか送らないし、俺が行ったところで何を言っても天狗にしか見えない俺は相手にされないだろう。なんなら下っ端も下っ端、居ても居なくてもいい存在の天狗の中では雑魚妖怪な俺だ…無視されるわ。妖怪の賢者? 同じだろ。

 

 あ~……どうするか……。駄目だ、段々自棄になってきてどうでもいいやって感じになってきている。例え戻れたとしてもその体は生きているのか? 部屋で倒れたままなら一週間もすればもう致命的だろう。それに、人間界に俺がいるとは限らない。異世界からこの身体に憑依したのなら、もう帰れない……寝て起きたら元通りにならないかね? 

 いや、もうこのことは後回しにしよう。幸い、この体になったことで時間は有り余るほどあるのだ。考えることくらい、いつでも出来る。

 

 改めて小さな自分の部屋をぐるりと見渡す。部屋は古いが掃除はされていて問題ない。あとはこの身体の人物が作っていた新聞が隅に積まれている。

 どうも天狗は新聞を作っているようだ。この身体のやつも何に感化されたのかは知らんが、作り始め、最下位をキープしている。読んでいるやつなんて居ないだろう。

 

 傍らにある机の上から新聞を取り、少し読んでみる。

 

「なんだこれ……小学生の作文か」

 

 今日はなになにがありました。そして感想……作文か。長く生きているくせに何もわからない状態で書き始めた頃から書き方を変えていないから、これで定着してしまったのだろう。

 

「これは酷いな…」

 

 パサリと新聞とも言えない作文を投げ捨ててため息をつく。別に俺が新聞を書く義理もないのでこのまま止めてしまってもいいのだが、情報を収集する良い理由付けになるので、俺の思う新聞でも書いてみるか?

 

 そのためにもまずは情報収集とこの身体に慣れることだろう。まずは外に出て人気のないところで自分の身体の情報収集。善は急げと立ち上がるが、やる気はそこまでない。気楽に行こう。

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 天狗の里を出て妖怪の山の特別人が居ない所にやってきた。まずやるべきこととして部屋から持ってきた小太刀で前髪を斬ることだろう。視界が暗くて狭いと危ない。

 

 バッサリと前髪を切り落とし、ついでとばかりに後ろの髪も適当に掴んで斬り捨てる。髪を切らないから何に対しても厄介払いされるのだ。この身体の持ち主は幼いころに自分の女顔にコンプレックスを持って隠していたようだが…見ていないからわからないが、想像としては今は少女とは言えないと思う。子供は男か女かわからないような可愛らしい姿をするものだ。

 

 視界は開け、後ろの髪も肩甲骨にかかるくらいになった。適当に掴んで、切った場所が悪かったのだろう…これ以上はいいようにする自信がないので手はつけないがな。

 

 さて、まずは何をするか…無難なものでは身体能力だろう。記憶はあるし経験も身体に残っているが、新しい俺の記憶に残っている人間の頃の身体能力とは差がかなりあるだろうから戸惑うことになる。

 

「よっと!」

 

 手刀を作り、近くの太い木に横薙ぎに打ち込むがうんともすんとも言わん。普通に痛かったでござるよ……。

 もういい、俺が特別弱いのかどうかも気になるが、腕力がこれくらいだと分かったらもう他もだいたい予想がつく。しかし、足の速さは別だろう。百メートルを全力で測るとして…時間は頭の中で数えることにした。

 木にぶつからないような直線上の場所を見つけ出し、クラウチングスタートの格好で深呼吸をし…走り出す。一、二、三…と数える中、もう一つの思考ではかなりの速さに驚き、加速に身体が持っていかれそうになり、前傾姿勢にする。

 

 結果。純粋な身体能力ではボルトを余裕で超えた。五秒程度だろう。これを妖力で強化すると二秒までは縮まりそうである。流石速さに定評の有る天狗…足の速さも天下一品ですな。

 

 そして妖力についてだが、体内での循環の仕方は体が覚えていたので問題はない。手のひらの上で妖力球を作り出してくるくる回転させながら感動に浸る。

 まさか、小説やアニメの中でしか見ることのできなかった超常の現象が自らの手で操れるとは……これで魔力だったら魔法とか使えたのだろうか。妖術なら簡単なものが使えるようだが、そちらにも今後期待だ。

 

 妖力を丸から四角、三角や糸に変えたりとサブカル好きの日本人男子として想像力を膨らませて様々な形に変え、手裏剣にして投げるとトスッと木に刺さってしまった。

 

「おお…これは良いな。色んな形に出来るから応用が利きそうじゃないか」

 

 あと興奮する出来事と言えば…能力だ。この身体の持ち主だったやつは能力を持っていたらしい。いいな。能力と聞くだけで少し興奮する。

 

 少しばかりワクワクしながら己の内を見るように集中すると能力の名前が浮かんできた。それを自然と口にして言葉として表現する。

 

「『感覚を司る程度の能力』……程度とはなんぞや」

 

 主人公が持つような派手な能力ではないが、感覚を司る能力は誰かと対峙した時に役に立つだろう。もし…殺し合いなんてことがあれば、相手が幻想殺しのような能力でも持っていない限り、俺の一方的な攻撃ができてしまう。

 

 ただ、この身体の奴は使う相手も居ないのか、特に使用したこともなく、せいぜい自分の聴覚を乱して雑音を消しているくらいだ。後料理できないらしく、まずい料理を味覚を乱して食べるとか。あれ? 割りと役立ってない? 普段から使ってるじゃん。

 

「ん? もう一つ…?」

 

 もう一つ、俺の頭の中に浮かんできた能力名がある。もしかしたら俺がこの身体に入ったことにより、俺自信の能力が発現したのかもしれない。

 

「『影を司る程度の能力』……影のように存在でも薄くしろってか?」

 

 とは言うが、これは二次元的な意味で捉えるのであれば、かなり最強の部類に入るし、応用が効くものだ。あらゆる影を支配出来るのだからもう何も言えない…これで収納に困らんな。まずこれを思いついたのはどうなのだろうか…。

 

 少し使用してみることにした。能力を発動させることだけに意識するのではなく、自然な感じで思った通りに影が動いていく。広範囲で動けと念じた瞬間、ゾワリとあらゆる物質の作り出している影が蠢き、まるで炎のようにゆらゆらと上へと揺らめき、やがては木を超えてしまう。

 

 なんだろうな…アニメとかでありそうなこの光景。山全体ではないが、俺を中心として広範囲に影が揺らめき立ち、言い方があれだが海藻のように木々の間から天へと伸びている。ハガレンの黒い手が揺らめいているのを思い出した。

 

 少しの間眺めていたが、ハッとして意識を清明にする。これだけのことをしてしまえば目立つに決まっている…故に逃げるに限るが、ここで影を消してしまえば隠れ蓑として機能しない。俺が逃げ切ってから消すのが良いだろう。

 

 妖力を全身に巡らせ、脚に多めに溜めたところで全力のダッシュによりこの場を離脱する。ぶつかりそうになる木を懸命に避けて山を下りきり、再び別の山へと一つ跳躍して中腹辺りに着地する。まさに人外の高速機動…ジャンプ一つで山の半分ほどまで届き、着地して地面をクレーターのように抉るが身体には問題がない。暇さえあれば走ってしまいそうな疾走感だった。

 

「ただの一般人だったのにな…記憶のせいか?」

 

 慣れるのが異様に早い。まだ一日も経っていないんだぞ? それなのにここまで動けるなど…やはり混ざってしまったからだろうか。

 未だ使っていない翼を畳みながら影を消すと、ゴムが縮むようにして影は収縮し、消え去った。

 

 やれやれ…目立つ行動はしないように注意しないとな。強化した視力では未だ周囲を烏天狗が飛び回り、白狼天狗が木々の間を彷徨いている。千里眼で見られても厄介だし、本当に影のように忍んで行かないと。

 

 暫くは妖怪の山に帰らずに飛行練習でもしようかと考え、その場を離れて反対へと行く。妖怪だからなのか疲れもなく、草も小太刀で切り払ったのでそこまで苦ではなかった。

 

 文句があるとすれば……服装くらいだろうか。どうせ出歩かないからといって下駄は止めよう。よく走れたな俺。拍手三回。そして服も和服ではなくラフな格好にしよう。これは何処に売っているのだろうか…人里まで行けば流石にあるか?

 

 これも今後の課題の一つとし、今は飛ぶことに集中する。跳ぶことはできたが飛ぶことが出来るようになればそちらのほうが断然良い。木を避けながら山を跳躍して進むより、飛んだ方が速い。

 

 まずは鳥が飛ぶときのようにイメージして翼を動かす……と、既に空まで舞い上がっていた。やはり身体はしっかり覚えているようで勝手に動き出す。これはもう無意識の領域に入っている。歩く時、何かを掴む時、物を噛む時…様々な場合で一々股関節を屈曲させて脚を動かして、足を背屈させて踵を着けてなどと一つ一つの肯定を考えながら動かしているか? していないだろう。それは当たり前の行動で、脳が無意識的に動かしているのだから。 

 

 この翼も同じだ。カラスから天狗になったのだから翼を動かすなんて当たり前のことだから無意識で行われている。これはもはや手や足と同じだ。

 

 今はそんなことよりもこの空を飛んでいるというシチュエーションを存分に味わうべきだ。人間だった頃では考えられない、生身一つでの自由な飛行。まさに人類の夢が叶った瞬間(妖怪だが)。

 

 空を飛び、風を切る感触が実に心地よく、一定速度で飛びながら下を見れば美しい光景が目に入る。

 この幻想郷は本当に美しい世界だ。コンクリートジャングルと汚れた空気では味わえない絶景。海外に行って自然を堪能すればいいが、今の状況と比べると天と地の差。

 

 大空を飛び、眼下の絶景に見惚れる。何処を見ても現代のような背の高いビルなんかも見えず、自然を感じさせる光景だ。湖、山、森、草原、川…人間の手が一切加えられていない大自然は見ていて飽きない。カメラを持ち、様々な場所を巡って幻想的な写真を撮るのもいいかもしれない。新聞の他に写真集でも出すか?なんてことを考えながら。

 

 この光景と飛ぶ感覚に酔いしれながらも人里の場所や博麗神社、その他の重要そうな場所の位置情報もしっかりと記憶に留めておく。

 

 気づけば影を操ってから時間が経ち、太陽が下がり始めていた。もういいだろうと思いながら妖怪の山へと飛び、里の手前で降りて自分の家へと帰る。誰もいない小さな家に入り、畳に倒れると同時にあることに気がつく。

 

 今日、食べるものが一切無いと。

 

 

 

 

 




これからもこれくらい適当…だと思います。

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