4年も経ってるのか………
静かな昼下がり、店内にいるのは自分だけ。
今日も閑古鳥が元気に鳴いている。
まぁもう慣れたけどね。
コーヒーを飲みながらページを捲る。
いつも変わらない平穏なひととき。
誰にも邪魔されずに自分の時間を満喫できるこの時は嫌いじゃない。
物語に浸りながら、ゆったりとした時を過ごす。
カランカランッ
あら、お客さんがきたみたいだ。
「いらっしゃい、また珍しい人が来たね」
「お邪魔でしたか?」
「いんや、そんなことないよ。きてくれてありがとう」
地霊殿の主、古明治さとり。
余り地上へくることはないが、くる時はほぼ毎回顔を出してくれる。ここに来てくれる時くらいしか話したことはないけどそれなりに仲は良いと思う。
「ここは基本静かですからね。騒がしいのは余り好きでは無いので、私にとっては如何方の良いお店です」
「僕としてはもう少し人がいてくれると嬉しいんだけどね」
「無い物ねだりをしても仕方ないでしょう?」
「ごもっともなことで」
正直来客に関しては半ば諦めてるんだ。それならば、そのおかげでさとりと静かな空間を楽しめると考える方がよほどいいだろう。
「口説いてますか?」
「そんな甲斐性があるようにみえる?」
「みえないですね」
クスクスと笑いながら応えるさとり。
わかってるならそういうこと言わないで欲しいよね。少し照れ臭くなってくるから。
「で、今日はどうしたの?」
「こちらを返しにきました。あと良さげな物があればそちらを借りて行こうかと」
そういって差し出された紙袋を受け取る。
中には数冊のミステリー小説。
「了解、確かに受け取ったよ」
「今回のも面白かったです。登場人物の感情表現が細かくて、色々と考察することができました。話の締め方も要領を得ていて良かったです」
「それはなにより」
基本的にさとりの読むジャンルはミステリーや推理系が多い。自分と同じジャンルだから結構話が合うんだよね。
「何飲む?」
「では、ジャスミンティーをお願いします」
「ん、了解」
さとりはコーヒーよりも紅茶とかそっち系の方が好きみたい。
大体いつもそのあたりを注文するもんね。僕はコーヒーの方が好きだけど。飲み慣れてるってのもあって落ち着くんだよね。
「で、次はどんなのがいいの?」
用意したカップを出しながら聞いてみる。
「そうですね、特には決まっていませんが、平和な話を読んでみてもいいかなと思っています」
「平和な話?例えばどんな?」
いつもとは違うジャンルだし何か気になる物でもあるのかな?
「いえ、特にこれといったものはありません。ただいつも病んだような話が多いので、偶には精神的に良好な話を読んでみたいと思いまして」
なるほどね。まぁいつも同じジャンルを読んでいれば偶には違った趣向の話を読んでみたくなるのもわかる。自分も最近アリスに勧められて恋愛小説とか読んでるし。
「似合わないですね」
「心読んでツッコミいれないで」
そんなこと自分でも自覚してますよ。けど次アリスがくるまでには感想くらい言えるようにしておかないと。それに読んでみるとこれはこれで案外面白いのよ。
「私にはそのあたりの感覚がわかりませんからね。誰かに好意を抱いたこともありませんし」
「あら、そうなん?」
さとりも妖怪だ。決して短くはない時を生きてきている。一度くらいはそう言った経験があってもおかしくないと思うけど...。
っとここまで考えて気付く。
「お察しの通り。私はさとり妖怪ですからね。他者から悪意を向けられることはあっても、好意を向けられるようなことはありません」
しまった、失言だったなぁ。かといって何かいい回避方法があったかと言われると何もない。心を読まれているとなると基本的に隠し事は不可能だから。
「別に僕は読まれてもそんな気にしないけどね。偶に恥ずかしい時はあるけど」
「あなたはそうでも普通はそうではありませんからね。大半の人は嫌がるものでしょう」
まぁそうだろうね。幻想郷にはあまり裏表のない人が多いからか、僕みたいに気にしない様な人も一定数いるけど、世間的にはやはりそれはかなりの少数派であることは否めない。
「まぁもう慣れましたけどね。大体の人は見られたくない内面を持っているもの。私の様な物が嫌われるのは必然です」
彼女がここまで卑屈になるのも無理はない。その力の所為で今まで多くの迫害を受けてきたのだろう。何か悪い事をした訳でもないのに、色々な悪意を向けられてきた。視てきた。そんな彼女に今更半端な慰めなんていっても何にもならないだろう。それで何かが変わる訳でもないんだから。彼女の苦しみを取り払える訳では無いのだから。
「でもまぁ、僕は別に嫌ってなんかいないし、幻想郷にも君を受け入れてる人は大勢いる。今はそれだけでも充分じゃない?」
無い物ねだりをしても仕方ない。それでも、事実として君を受け入れて接している者達も確かにいる。
だから、今はそれで落とし所にしてもらえませんか?
「ふふ、そうですね。今はそれで充分です。それだけでも、私は救われましたから」
そう言ってさとりは微笑んだ。
うん、それなら良かった。
今はその顔をみれただけで満足。
「では、何かオススメの話はないですか?」
「んー、そうだねぇ...」
今まで読んできた物語を頭の中で辿る。いつもの違うジャンルで、精神的に良好な物語。
「いや、案外恋愛小説ってのもありなんじゃない?」
「いえ、ですから私には理解できない感覚なのですが...」
「だからいいんじゃん」
「どういうことですか?」
今のさとりに足りないもの。それを埋めるにはある意味うってつけのジャンルかも知れない。
「さっきさとりは感情表現を考察できるって言ってたじゃん?つまりは自分の知らない考えについて知ろうとしている。だったら理解できない感情の多い話の方が色々と考察できるんじゃない?」
つまりはさとりの盲点。さとりは常に心を視ている為、相手の外面をみていない。見るまでもなく視えてしまうから。
本来人ってのは内面を表現する為に外面を作る。その過程を全て飛ばして正解がわかってしまうさとりにとって、他者を想い、表現の仕方で四苦八苦する恋愛小説の様な作品は、自分の知らない考えを考察して纏めるにはうってつけな作品だとおもう。
「なるほど、確かに一理ありますね。そう考えみれば、新しい発見があるかも知れないです」
興味を持ってくれたようでなにより。
これですぐに何かが変わるとは思わないけど、そのきっかけくらいにはなってくれればいいな。
「わかりました、一度読んでみます。何かオススメはありますか?」
「オススメねぇ…」
勧めといてなんだけど、自分自身その手の話は余り読んだことがないんだよね。アリスに勧められたのを1〜2冊読んだ程度。これを勧めるしかないかな。
「これはどう?アリスに勧められて読んだ奴だけど、なかなか面白かったよ」
内容はいかにもな王道作品。最初はこれくらいが読みやすいと思う。
「わかりました。ではそちらを借りていきますね。返却はまた地上に来た時でいいですか?」
「それでかまわないよ」
さとりの家からだと流石にここは遠いからね。少しだけ特別待遇。魔理沙とかになら絶対しないそこは仕方ないよね、うん。
「それでは、今日はこの辺りでお暇させて頂きます。ありがとうございました」
「こちらこそ。またよろしくね」
お会計を受け取ってさとりを見送る。
またきて感想の1つでも聞かせてね。
「さてっと...」
特にすることも無いし、本の続きでも読もうかな。
今後また偶に投稿していこうかと思いますので、暇つぶしにも読んでいって頂ければ幸いです。
今回はこの辺りで