【SAO×AB】相似形の世界   作:鬱蝉

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つづき


二十四話「対応力(レジリエンス・トゥ・ウィン)」

この攻撃を回避できた者は殆ど居なかった。さながら彗星の尾のごとく赫灼と煌めく残光がプレイヤー達の肉体を抉り、喰らう。

惨劇の彗星落下の後、立っていたプレイヤーは僅か半数だった。敵の間合いの外に居たプレイヤーを除き、その圏内にありながら間一髪で四撃目を凌げたのは、俺とゆり、キリト、アスナのたった四名。そして、本来そこに立っていた筈のプレイヤーは皆、強烈なノックバックに晒され壁の近くまで、あるいは壁に叩きつけられ、吹き飛んでいた。

 

俺は素早く後退し、周囲を見渡す。すると、やや遠くに鎧を纏った騎士然の青年の姿を認めた。良かった。指揮官《ディアベル》は健在である。

 

「後衛部隊!負傷者を運んで撤退して!」

 

ディアベルの支持に従い、バックに待機していたプレイヤーがスタンによる行動不能判定を受けたプレイヤーを引き摺るなり、肩を担ぐなり、転がすなりしてボスの間合いから遠ざける。

 

「スイッチ!」

 

間髪入れず、次の指示が飛ぶ。先程まで後衛にいたプレイヤーが前衛へ黒の波涛のように躍り出る。

 

「回復が終わるまでの時間を稼いでくれ!」

 

SAOシステム内における回復は即座に結果の数値が反映されず、時間をかけて徐々に漸増(インクリメント)していくのだ。とりもなおさず、回復の最中であってもHPを全損するようなダメージを負えば死は免れない。先の《マスターフェンサー》の予期せぬ一撃で大半のプレイヤーは最悪、赤。良くても黄色ほどまでHPゲージを削られている。寧ろ、一撃死が出なかったことが幸いとも言えるだろうが。しかし《マスターフェンサー》が、単発当たりの威力だけで前衛を崩壊寸前にまで持っていけるほどの技を有しているとすれば、当然スイッチのサイクル周期も短くなるだろう。現に先の前線は二分と持たなかった。四撃目の存在に気づかなかったこともあるが、今後あのような事前情報と異なる不規則的なアルゴリズムをとるならば、万が一のことも起こりうる。回復システムの特性上、彼らは暫く前線には復帰できないだろう。現前衛部隊の皆がそれまでの時間を確保できなければ連鎖的破滅は必至であろう。

 

「皆!大丈夫か!」

 

俺は辛くも無傷で撤退した後、すぐさま《SSS》のメンバーの元へ駆け寄った。ゆりが負傷した日向、大山、松下五段に回復結晶を使用している。大山は赤、日向は赤に突入しそうな黄、松下五段はタンク故の装甲の厚さからか黄色ゲージで留まっていた。

 

「あ、音無君!無事だったのね」

 

「あぁ……、いち早く気づけて、何とか。お前もよく無事だったな」

 

「私も何となく気づいたのよ。第六感?戦闘勘?本能的というか、まぁそんなところね」

 

「何だそのベテラン感漂う台詞……」

 

しかし、無事な仲間が多いと助かる。万が一の時に立てる者すらいなければボス部屋の撤退すら危うくなる。

おっと――思考がネガティブに傾き始めた。良くないなこれは。

 

「今はキリトとアスナで戦線は持っている――が、どの程度持たせられるかが問題だ」

 

そう言っている最中、《マスターフェンサー》の上部二段のHPバーが削れ落ち、三段目に差し掛かった。

 

「働きアリの理論って言うのかな。全く人間というのはいつも少数の精鋭に依存せざるをえないから情けないものだ……」

 

ディアベルは申し訳なさそうに呟いていた。

 

キリトとアスナ、かの両名の目覚しい活躍によって退避組の回避する猶予を稼ぐことができた。戦いの中でボスのアルゴリズムにおける攻略本との相違点は大体見えてきた頃だろう。今ならば事前に知り得なかったイレギュラーな行動にも柔軟(フレキシブル)に対応できなくはない。結局の所、試行と失敗(トライ・アンド・エラー)。成功を確実にするにはそれしかない。迷路においての左手の理論のような地道な試行回数ということだろう。

 

「四撃目に注意して!」

 

耳に蛸のようなリマインドが飛ぶ。その警告通り《電征》三撃目の後も尚、太刀の輝きは絶えず、間髪入れず四撃目が振るわれる。しかし今回は皆、無難に回避する。ダメージを受けたものは居なさそうだ。

 

「吶喊じゃあ!」

 

プレイヤーの中から威勢よく喊声が上がり、皆が《マスターフェンサー》に殺到し、各々の技を繰り出す。

徐々に三段目、四段目とHPバーが削られていき――遂に五段目、最終段に突入する。

 

「よし皆!最後まで気合入れて!ボスのパターン変化には気を付けるように!」

 

ディアベルが鼓舞する。

攻略組の熱は最高潮だ。このままなら行ける。

その時、《マスターフェンサー》の動きを注視していた俺は、その変化に気づいた。

 

――刀の構えが、変わった……?

先程まで、刀を振りかぶった状態での上段の構えを取っていた《マスターフェンサー》が突如、刀を中段にに構え、切っ先をこちらへ向ける霞の構えへと変えたのだ。

 

これはまさか……。

俺の厭な予感は的中し、刀身が青緑に輝き出した。

ソードスキルだッ、それも未知の。

 

「回避ィィィィィ!」

 

怒号が飛び、プレイヤーはすかさず飛び退くが、敵が一手早い。逃げ遅れた者が数名居るぞッ。

直後、《マスターフェンサー》の手元が霞み、太刀が延伸して見えたかのような速度で突き放たれた。

 

突き技……?ならば現在標的されていたプレイヤーは皆射程距離外だ。しかし。

 

そこには殺人(せつにん)の旋風が吹き荒れた。

あたかも槍のごとくに扱かれた剣が放つ、凝集された風圧の先端が、異常なまでの威力を帯び、プレイヤーに殺到した。

 

カタナ系高位刺突スキル――《烈風》、と。

誰かがその名を告げた。

 

肉眼での捕捉不可の速度で突かれた刀の剣圧は、その射程距離を超えても尚、風となって対象を抹殺する、飛翔する刺突である。

今、不可視の暴力と化した一撃は捕食動物(プレデター)よろしく烏合の衆と成り果てたプレイヤー達を喰い散らかしている。その生命を根こそぎ奪い去り、レッドゾーン突入にまで追い詰めた。そして《マスターフェンサー》は更なる追撃をせんと再び刀を鞘に納めた。抜刀スキル《流星》だ。

他のプレイヤーが間髪入れずフォローへ向かうが、やはり回避で距離を取っていた俺たちより敵の方が速い。鬼めいた剣気を宿し、殺人現場の死体のように地べたに転がるプレイヤー達に残酷な追い打ち――即ち、完殺をもたらさんとする。

 

駄目だ。彼らは死んでしまう。そんな諦念が頭を過ぎったその瞬間、視界横を滑空する燕のような速度で通過する影があった。それは超高速で《マスターフェンサー》に肉薄し、輝きを纏った 細剣(レイピア)を撃ち出し、刀身に当て、器用にも弾いてみせた。

 

パリィ――。

武器へのダメージを最小限に抑えつつ、尚且つ相手の攻撃を逸らすというもの。

それは単なるPC(プレイヤー・キャラクター)の操作ではなく、PL(プレイヤー)自身がPCであるために再現の難易度は高いと言われる技術だ。そう、ステータスではなく技術。例えレベル1の雑魚装備でも再現できる芸当だ。

 

アスナ、というプレイヤーはそれをさも当然の如く、しかもこの一撃を外せないという極限状況下で再現してみせた。マグレ、と言えばそれまでだろう。しかしいずれにせよ、彼女はこのゲームとの親和性が中々高いようだ。

 

そして作られた、この間隙は大きい。

敵の懐に瞬時に飛び込んだのはキリト。まるでアスナと示し合わせたかのような好タイミングだ。放たれるはこの層の段階では中々お目にかかれない四連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》。

得物を弾かれ無防備と化した《マスターフェンサー》の身体に、それはクリティカルダメージを与える。そしてダメージディレイ。

 

この隙を逃さんとばかりに飛び込んだ俺と日向加えて数名のプレイヤー。各々がソードスキルを発動し、武士の身体に幾多の創傷を刻みつけた。

と、ここで《マスターフェンサー》の巨躯が地響きを立てて転倒する。――勝った。

 

「総員、一斉に叩け!」

 

ディアベルの指示で動けるプレイヤーは忽ち《マスターフェンサー》に殺到し、僅か数秒足らずで彼を絶命に追いやった。

 

フロアボスのドロップアイテムは鎧や兜など。LAは《マスターフェンサー》が使っていたものと同様の一振りの太刀――名を《飛燕》。現時点で最高と言っても過言ではない刀剣武器だ。獲得したのはリンド指揮下のパーティーのリーダーのようで、彼はこれから所有権を巡って厄介なことになりそうである。

 

さて、俺らはと言うと《公正な選定方法》に基づき、ドロップアイテムの分配を行っていた。

 

「「「じゃん、けん、ぽい!」」」

 

一斉に出される手。

そう、ギルドリーダー、パーティーリーダー、ソロプレイヤー対抗のじゃんけんである。

 

「「「あいこで、しょ!」」」

 

決着。どうやら団長のゆりは敗北のようだ。

 

「あー……ごめんね皆」

 

申し訳なさそうに謝罪するゆり。

 

「いや、気にしておらんぞ」

 

寛大な心持ちの松下五段。

 

「僕らとしては経験値とコルだけでも儲けものだよ」

 

楽観的(オプティミスティック)な大山。

 

「どうやら十一層への転移門が開いたようだぜ。早く行かないか?」

 

急かす日向。

 

「そうね。もうここには用は無さそうだし……」

 

ゆりが俺の方を向く。

 

「音無君もそれでいい?」

 

「無論だ」

 

「それじゃあ皆行きましょう」

 

このデスゲームにおける最大の難関とも呼ぶべき、β未到達の壁。その第一障壁を一人の犠牲も出さずに突破した。何事も百パーセント絶対というものは存在し得ないが、成功の確率を底上げするのは常に堅実な戦略と理性的な判断と迅速な対応だ。このまま全てのプレイヤーが合理的に協働し、行動すれば、被害最小限での攻略も夢では無い。そう思った。

今思えば、らしからぬ楽観(オプティミズム)だった。解っていたはずだ。集団心理学的に考えて大多数の人間が皆、ただ一つの利害の一致の為だけに手を組むことなど、トンネル理論の実現並に有り得ないということぐらい――。無限の分岐を描く思考のフローチャートの中で数多の人間の思考が全て一つの結果に収斂することなど。況や参加者五万人の、このデスゲームをや、だ。

 

プレイヤーの間に、マリアナ海溝のごとくに厳然たる不快なまでに深い深い溝が顕在化するのはまだ少し先のフロアでのことになる。

 

西暦2022年5月23日午後2時49分、第十層フロアボス《オロチ・ザ・マスターフェンサー》討伐――第十層CLEAR。




第十層完結

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