俺達はまさに偶然の偏差の奇跡的な一致によって、かつての旧友・仲村ゆり、大山との再開を果たし、現在、宿で彼らが借りている部屋にお邪魔していた。
オーク材に似た木から作られた落ち着きのあるインテリア。それは戦いに疲弊した冒険者達の癒しと憩いの場となるのは確実。照明やベッド、一日二食の食事がついて尚、目を見張る程のリーズナブルさ。無論、第十層が解放されるやいなやどこぞの目敏いプレイヤーが見つけたのか、忽ちプレイヤーが殺到し、一瞬で部屋は全て埋まり、現在一ヶ月先まで予約待ち状態だ。おまけにこの2人のように部屋を借りっぱなしで常駐するプレイヤーが殆どなので一度取り逃せば次の層が解放されるまで部屋が空くことはないだろう。そんな希少な宿の一室を独占し、実際勝ち組状態の2人は優雅にベッドの上に腰掛け、俺達は味わい深い木製チェアに座している。
「どう?いいとこでしょ?私も情報を入手してからすぐ様ブッキングに行ったけど、それでも予約の9割近くは埋まってたわ。まさに滑り込みセーフ。とんだ競争率ね」
「なぁ……ゆり。お前達がここを押さえた努力には、俺らもその恩恵に肖っている訳だし、惜しみない賞賛を送るにやぶさかではないが……、本題はそれではないだろう?」
「なによぉ、ただの前座じゃない」
ゆりは頬を膨らませて言った。
「そうね、アンタ達をここに呼んだのは、もう一人の仲間と合わせるためよ」
「もう一人の仲間……それはさっき言ってた《タンク》のことか?」
「そう!正解。さすが音無君、相変わらず物覚えが良いわね。で、今からその《タンク》を紹介しようと思うのだけど、ちょっと待ってて。もう少しでここに着くってメッセ入ったから」
ゆりがそう言うので暫し部屋で待っていると木のドアが独特の軋みを上げながら開く音を聞いた。
現れたのは、目方の大きく、恰幅の良い、あたかも格闘家を想像させるような体格の男であった。彼はその巨躯に重厚な鎧を纏い、まさに《タンク》というなりである。俺達は彼に見覚えがあった。
「「松下五段!」」
俺達の声が重なって、その名を叫んだ。
そう、死後の世界での旧友・松下護騨である。
「やぁ、皆。久しぶりだな」
彼は落ち着いた口調で言った。
「本当だせコラ!元気やってたか、松下五段!」
日向は松下五段の巨体に真正面から組み付いた。
「松下五段、久しぶり」
俺も松下五段と固い握手を交わした。
「ハイハイほらほら、感動の再開もそれくらいにして……全く、男子ってなんでこんなにむさくるしいのかしら」
テンプレートな女子の台詞をぼやきながらゆりは続けた。
「松下五段、紹介するまでもないわよね。今日から音無君と日向には私達のパーティに入ってもらうわ。異存はないわよね」
「うむ。当然だ」
松下五段は首肯した。俺達は内々の熱が昂るのを覚えたが、松下五段は落ち着き払っている。予めメッセージで知らされていたのかもしれない。それを抜きにしても俺達は、彼が情熱的ながらも冷静な男だと知っている。
「私ね、これだけメンバーが集まれば、一度下層へ下りてギルド登録を行ってもいいと思うの。実は結構貯金あるし。アンタらのも掻き集めたら創設には充分だわ」
サラッと俺らの金を使う宣言しつつゆりは言った。
「まぁ、悪くないと思うぜ?」
俺としても異論はない。
「それでゆりっぺ、ギルドの名前とかもう決まってんのか?」
日向が問うた。
「当たり前よ。ていうか大体察しが付くでしょ?」
ゆりは大仰に声を張り、耳に懐かしいその名前を告げた。
「《死んだ世界戦線》よ!」
今ここに、SSSが復活した瞬間だった。
……とはいえ、今まさに本当に多くの人命が失われているデスゲームのまっさ中である。ギルド名に「死んだ」という修飾語が入るのは、いささか体裁が悪いのではないかという大山の提案でしばらくは略称である、《SSS》にしておこうという結論に落ち着いた。(勿論、《死んだ世界戦線》の"死んだ"という語に周囲を煽るような意味合いがないことは百も承知だ。しかし、我々の中だけでの符牒が世間一般に通用するとはいえないし、説明したとて理解してもらえるとも限らない。仮想現実とはいえ"現実"なのだから角が立たないように摺り合わせをするのは大事だ。)
そうこうして、俺と日向は一も二もなくギルド加入を決め、かくしてパーティ《SSS》は、リーダー・ゆり、副リーダーは大山から日向に委譲され、以下メンバーは大山、松下五段、俺と相成った。
「それでは!旧友との再会と、新たなメンバーの加入を祝して乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
俺達は所謂、新歓パーティのような物を開いていた。
「ンゴ……クゴク……ぷはっ、うめ」
初っ端、日向はドリンクを一気呑みしていた。日向の顔は早速天狗のように赤い。どうやらこのゲーム内の飲料のモチーフは基本的に酒のようで、アルコールを再現するために飲んだ後は多少の酩酊と赤ら顔になるらしい。俺達は備え付けの丸テーブルを五人で車座になって囲んでいる。テーブルの上には安物だが、パンやスープ、野菜、肉などが並ぶ。俺と日向が《マーダー・サーペント》の討伐報酬の殆どを費やして揃えたものだ。
「しかし、この仮想世界に来てから死後の世界での仲間に恐ろしい程頻繁に遭遇する。最早、運命がどうだとか、そういう次元の話じゃないな」
俺がそう切り出した。
「でもロマンチックな話じゃない。生まれ変わりからの再会ストーリー。一昔前のお涙頂戴映画みたいな展開ね」
ゆりが率直な感想を述べる
「まるで何かの軛に囚われているみたいだ。金庫のロックのように何重もの鍵穴が偶々一直線上に並んだという程度の事象ではあるまい」
松下五段も冷静に現状を精査した。
「さあな。分かったこっちゃねぇや」
日向は思考を放棄した。
「まぁ実際そうだろう。神様の考えてることなんてわかりゃしないな。向こうからすればゲームの二周目感覚なのかもしれないさ」
「確かにこれが神様の悪戯だとしたら手に負えないわ。『ひかれあう運命』みたいなのの方がまだ可愛いわね。仮にも《神への反逆者》を掲げてたのに、情けない限りだけど」
ゆりでさえ自分達の手に余ることだと思ったようだ。
「あぁもうどうだっていいさ。こんな分かりもしないことも言い争ったって水だけ論だろ?そんなことよりも近い未来のことについて話し合おうぜ」
日向が話題転換を申し出た。
「近い未来のこと、というと?あと『水掛け論』な」
日向の誤謬を指摘しつつ、その提案を掘り下げる俺。
「う、うっせ、ちょっと間違っただけだ――だからさ、第十層のフロアボスのことだよ。フィールドボスや主要クエストはあらかた終えたし、そろそろ声が掛かり始める頃だ。……そういえば、俺と音無は攻略組に混ざってフロアボス攻略に参加していたが、お前達の姿を見かけたことはないよな」
「えぇ、今までレベリングばかりやっていたものね」
「そうだねぇ。最前線での攻略とか、念頭にすら無かったよ」
ゆりの言葉に大山が同意した。
「俺達は今回もフロアボス攻略に参加するつもりだが、お前達はどうするんだ?」
「そうねぇ……、正直ここで不参加を表明してしまったらSSSリーダーの名折れな気がするわ」
「別に参加しないからどうだということはねぇよ。命に勝るものはないからな」
「ねぇ、現時点で攻略への参加を表明してるプレイヤーってどのくらいいるの?」
ゆりがそう聞くと、俺達二人はやや面を伏せた。
「実はそれほど芳しくない」
俺が口を挟んだ。
「β時代の攻略最前線は第十層までだったが、道中Mobが余りに強力でついぞフロアボスにすら到達することが叶わなかったという。明確な討伐のメソッドが確立してない分、安全に攻略できる可能性はその分落ちる。第九層で攻略に参加していたギルドが一つ抜けてしまってな。十数人単位の欠員がある状況だ」
「それってマズイんじゃない?」
「あぁ、だから今ディアベルさん――攻略組のトップだが、彼が自分のギルドからギリギリマージン取れそうなプレイヤーを寄せ集めて即席のパーティを組ませようとしている。だが、それでも埋まるのは一パーティ分だ。それでも残り一パーティ分の空きはなかなか大きい」
それを聞くと、ゆりの瞳は決意のそれに変じた。
「なるほどアインクラッド解放のピンチって訳ね。なら私達、正義のSSSが立ち上がらずして誰が立つ!私達も参加を表明するわ。三人程度じゃ足りないかもだけど……。皆、異論はないッ?」
「おお」
松下五段は粛々と従った。
大山は若干乗り気では無かったが、ゆりの気迫に押されてなくなく「う、うん」と応じた。
会合を終え、皆が各々の自室に戻ろうと解散する中、松下五段がゆりに声をかけていた。
「ゆりっぺ。確かに神は俺達からしたら手に負えないスケールの大きすぎる存在かもしれない。だがな、『この世界』の
「ふふ、そうかもね。……ええ、きっとそうね」
次、第10層のボス戦です。
第10層のボスの名前は劇場版で出てきたらしいんですけどボス戦だけ劇場版公開前に書いてたので名前が違ってます。(2017年…)