貴方は英雄ですか? いえいえ。まだ一般ぴーぽーです   作:カルメンmk2

4 / 37
 爺はこの日、兎に出会ったのである。
 兎はこの日、最強の剣士に出会ったのである。

 これは、まだ世に綴られる前の迷宮英雄譚(ダンジョンオラトリア)の序章である。


爺、兎と出会う

 

 運良く街道――正しくは開けた山道に出た儂は、はるか遠くにそびえ立つ白亜の巨塔へ向かうことにした。

 そもそも、英雄になれと支持されたこと以外、どこに向かえとは聞いていない。必然的に目立つ場所に行くのは全く持って必然的なのだ。大切なことだから二回言いたいと思う。

 

 通行人からすれば、血まみれの男が薄暗い森の方から出てきたのだからたまったものじゃない。全くそのことに気づかない永嗣はガチャガチャと音を鳴らす剣の束を背負って行く。

 すこぶる機嫌の良さそうに歩く血まみれの男。それを避ける通行人。彼らを気にするつもりもない血まみれの男。

 

 山道を歩いていけば、下り道が見えた。ここから下っていくらしい。また興味深いことに、この山道はそのまま向かい側に向かうようにできているのではなく、いろは坂のように畝うねっている道となっていた。ここを開拓した人物は後々のことをよく考えていたらしい。

 真っ直ぐ進むよりも時間がかかり、ものによっては一泊する者も出るだろう。このぶんだと宿場町も何処かに有るのかもしれない。畝る坂道は非常になだらかで荷馬車の負担だって少ない。柵もついている。

 

 

「しかし、ここは異世界なのだな。漫画やファンタジー小説に出てくるようなのがおる」

 

 

 上機嫌に歩いている様に見えて、その実、周囲から情報を仕入れている。思わぬところに真実がある時があると言う。元の世界にはない宗教的な慣習があるのかもしれない。元の世界の原理主義が一般的な考えなのかもしれない。

 幸いにも、言葉も字もわかるため、前から来る馬車やこちらを抜き去っていく馬車の積み荷から、この先で何が必要なのか必要されているのかを自分なりに整理していく。

 

 その中で印象深かったのが人間とは見た目が違う存在だった。

 耳の長い眉目秀麗な男女、短身短足だが丸太のように太い四肢を惜しげもなく見せる小男。獣の尾を振りながら歩く女。

 なるほど、異世界である。

 

 

「尻尾じゃの。もふもふしてそうじゃし、マフラー代わりに切り取ってもええかも」

 

 

 小さな声でぼそり、と呟いたのを聞こえた―――わけでもないらしく、ゾクッとした女は足早に去っていった。獣っぽいから気配に敏感なのかもしれない。長耳の男女は蔑むようにこちらを見ているが、どうでもいいことである。

 

 妙な正義観じこまんぞくで手向かってきたとき、彼らの旅路はそこで終わりを迎えることになる。

 

 

「どこかの町でこいつら捌ければいいが……………無さそうだしなぁ」

 

 

 木々の隙間から見え隠れする範囲で、商業が成り立っていそうな町を発見できていないのが問題だ。あの巨塔の元に向かうにあたり、アレだけの構造物を用意している点から考えてタダでは入れそうな気がしない。血まみれの汚い服を着た人間があっさりと中に入れるようならそれは間抜けというのものだ。

 

 

「服かぁ………………うぅむ――――汚れるからなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――(ざん)ッ、噴醜(ぶしゅう)………………土着(どちゃ)――――

 

 

「ひぃっ!?」

「身の程を知らぬとはこのことよな。理由も見た目も言葉も綺麗じゃが…………それだけだのぅ」

 

 

 案の定、昼間の長耳どもが手向かってきた。

 曰く、オラリオに何をしに行く。目的はなんだ? 犬人族(シアンスロープ)を襲うつもりか?そうであるなら我々は正義の神の名の下、お前を裁くッ!

 実に、実に単純な正義感であろう。

 

 

「口だけは達者じゃい。演劇でもやればええ。そうは思わんか?」

「冒険者じゃないのに…………! どうして…………!?」

「壊れたCDプレイヤーじゃ。まったく」

 

 

 元の世界基準で言えば、それなりに強い分類である。オリンピック選手以上の運動能力もある。

 しかし、アマチュアでの話だ。プロや達人といった者達からすれば、少しは武道を齧ったことがある喧嘩屋でしかない。持っているものは物騒極まりないが…………。

 

 

「じゃあ、後を追うてやれ。二人で旅するぐらいじゃから仲は良いのだろう」

「待って! お願い、殺さないで!!」

 

 

 自分で襲い掛かってきながら、殺されかければ命乞い。裁きを下すが笑えるものだ。

 とはいえ、こうも喧しいとうんざりしてくる。好きなようにしていいとか、抱かれたっていい、有り金も全部渡す。私まで殺せば仲間が見つけ出して報復に来るぞ! などと脅しまで始めおる。全く持って、うんざりしてきた。

 

 女の命乞い―――と言えるかはさておき、永嗣は刀を鞘に収めた。ため息を吐きつつ、まるで哀れな家畜を見るような眼で長耳の女を見下ろす。

 失禁しているのか、旅の疲れのせいでそれはひどい匂いを出していた。もしも冬なら湯気が見えるだろう。麓の森のなかで行われたその自己満足の私刑は、返り討ちという形で終わりつつある。

 

 

 

「―――わかったわかった。なら、口を閉じよ」

 

 

 女は諦めていなかった。冒険者であり、誇り高いエルフである自分がこんな怪しい人間風情に見下され、あまつさえこれまでの人生において最大の恥を見られた、させられた。

 許しがたい。実に許しがたい。

 ゆえに、エルフの女は証拠を隠滅しようとした。この人間を殺すために、股を開いてでも汚辱を流してしまいたい。人間とは下卑た存在だ。エルフを(さら)い、情婦として囲うなどという事例がいくつも存在する。

 

 

「ほ、ほんと?」

「いいから口を閉じよ。出来んではないか」

 

 

 ―――喰いついた。この屈辱を耐え忍び、人間が股に顔を埋めれば、そのまま首をへし折ってやる。挿入(する)なら、抱きつくふりをしてその首を魔法で切り落としてやる。

 

 片割れがいとも容易く、頭を横一閃に斬られ、女は木を背にするまで後ずさっていた。永嗣がゆっくりと近づいていく。すでに刀は鞘に収められ、抜かれる気配はない。

 心の中でほくそ笑むエルフの女。無念を晴らし、屈辱を闇に葬ってやる―――

 

 

「そうそう。そのほうがええぞ。それでええ」

「……………」

 

 

 すでに純潔ではないが、それでも心を許した相手以外に触れられることはエルフにとっては禁忌にも等しい。無残に殺し―――

 

 

「死すらもともに分かち合え、というじゃろうが」

「――――………………?」

 

 

 一閃、二閃、三閃……………永嗣は抜き打ちの居合で首と幹を撥ね斬り、続く切り返しでさらに幹を斬り、最後でもって大人の胴程もある樹に相応しい、生い茂る枝葉でエルフの女の上半身を完全に覆う。

 数瞬遅れ、茂る葉にシャワーで水を当てている水音が静けさ漂う森の中で聞こえた。

 

 

「口を開いたままじゃと、死に顔もみっともないからの。どうせ死ぬなら、綺麗に死にたいじゃろ?」

 

 

 本当は男の方の服を汚したくないからそうしたのだが、死人がそれを知るはずもなし。転がる眉目秀麗な女の顔を一瞥し、男の服を脱がしていく。宿場町とは言え、荷物をそのまま預けるような馬鹿な真似はしなかったようだ。ついでにカバンと使えそうなものを頂き、着替えと選別が終わる頃、枝葉から聞こえていた音も消えた。

 そのまま女の体を弄まさぐり、荷物を取っていく。死体にこんなものは必要ないからだ。

 

 

「南無南無………………………お前さんらの命、決して無駄にはせぬよ」

 

 

 手を合わせ、念仏を唱えて去っていく。下着姿の男と、首を断ち切られた女。宿の人間か、誰かがいずれは見つけるかもしれないし、見つからないかもしれない。

 そんなことは永嗣にとっては関係のないことだ。関係のないことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、永嗣は日が多少登った頃に麓の宿場町をあとにした。金を持たないため、宿の井戸を無断で拝借し、野宿と言ったところだが、昨日のことで服も鞄も手に入った。

 そのまま白亜の巨塔の方へと道なりに進んでいくと、合流地点が見えた。右と左から多くの人や荷馬車が集まってくる。馬車に轢かれぬよう、道の端を歩いているといつの間にやら巨塔の膝下へと到着した。

 

 城壁とも呼べそうな巨壁が白亜の巨塔を中心に囲っている。目の前の街門は大きく、巧緻な意匠を施した―――イタリアかフランス辺りで見られそうだ。いや、ギリシア彫刻のほうだろうか。

 見るからにやる気の無さそうな武器持ちの男女がこちらを睥睨し、ウェイタースタイルの男女が忙しなく荷馬車の中を検閲したり、旅行者に何かしらの質問をしながら手元の板らしきものに書き込んでいる。

 

 

「長くなりそうだの」

 

 

 荷馬車が多すぎる時分に来てしまったか、後者の連中の大半が検閲に向かってしまっている。かれこれ1時間ほどだ。こんなに待たされたら騒ぎが起きそうなものだが、武器持ちが怖いのか、皆黙っていた。それを笑うように、つまらなそうに睥睨する男女。

 

 

「んん…………………(昨晩のエルフ――だったか? アレととんとんじゃ)」

 

 

 実戦主義といえば格好良さげに聞こえるが、修練もしていない輩に逆境に耐えられるような芯ができるものか。大方、暇だから騒ぎの一つでも起こせと思っているのだろう。起こすつもりもないからどうでもええが。

 

 空の流れでも探るかと青い空を見上げようとすると、ふと、こちらを盗み見るような視線を永嗣は感じた。ちらり、ちらりと永嗣自身を見ているというより、腰に携えた刀を見ている。

 その下手人――いや、何も疚しいことはない。憧れのような、格好いいものを見ているような視線に、永嗣は顔を向けた。

 

 

「如何用かの?」

「えっ、あっ…………その………」

 

 

 良し悪しも、どちらにせよ暇つぶしになると思い、その姿を見た。

 白髪に紅い(ルベライト)瞳………兎の印象が強い童顔の小童である。急に話しかけられ、しどろもどろになってしまっている。いいや、きっと永嗣の眼の奥を見てしまっているのだろう。

 

 

「怯えずともええ。暇つぶしになればなおのことよし」

「ほぇ?」

「話し相手になってくれ、ということじゃよ。それとも腰のものが気になるか?」

 

 

 ひょいと、刀を持ち上げてみせれば眼をキラキラさせながら釘付けになっている。この歳の小僧はこういったものに憧れを抱くものだ。

 

 

「見せてやるから話し相手になっておくれ。儂は時雨永嗣という」

「ベル・クラネルです。シグレさん!」

「威勢がよくて結構、結構。元気が一番じゃ」

 

 

 

 




 それでは解説行くぞー。


『時雨永嗣』
 端々に見え隠れする狂気が価値観の相違を助長する。かつての誓い、憧れを頑なに抱いてきた故か壊れている部分があるようだ。ただし、一般的な常識が無いわけではない。無用なことはしないのである。
 また、実力からわかるようにそこらの冒険者では死体を増やすだけである。

『ファンタジーな種族たち』
 毎度おなじみ、犬人族やドワーフ、エルフといった元の世界では決して見ることのできない存在たち。

『原理主義的な考え』
 海外を渡航する際は特に気をつけるべきこと。例えるなら、手で頭を撫でるなど。これは天とつながる頭に手をかざすということは天との繋がりを断つという禁忌を指す。次第によっては殺されてもおかしくはない。

『エルフの男女』
 都市外のファミリア、フォルセティ率いる裁きと保護のファミリアに所属している。彼らはラキアや都市外の人攫い集団に攫われた者たちを保護、件の集団への制裁などを目的として活動していた。ただ、エルフの自尊心の高さからエルフ関係を中心に活動していた。
 あと少しでレベル2に届いたが、喧嘩を売った相手が悪すぎた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。