ユー君
アイちゃん
後輩ちゃん
先輩
7.5ということでユー君視点ではありません。
前半アイ視点、後半先輩視点となります。
読んでいた文庫本から視線を外し、ベッドの上で眠るユー君を見つめる。
朝ここに来た時よりも楽そうに呼吸を繰り返す姿に私は安堵の息を吐いた。本来なら私はここにおらず学校にいるはずの時間、でも私はユー君から風邪を引き学校を休むとメッセージが届いたとき、居ても立ってもいられずお母さんに学校を休む旨の連絡をして真っ直ぐにユー君の家に向かった。
お姉さんが仕事に出ているのは分かっていたので挨拶そこそこにお邪魔させてもらい、ユー君の部屋に入ったら――眠ってはいたけど荒く息を吐きながら苦しそうにしているユー君の姿が目に入ったのだ。
『ユー君! ……あっつ、えっと……まずはタオルを新しく冷やして、それから――』
ユー君の額に手を当てると思った以上に熱くて驚いた。
そこからは新しく水にタオルを浸して冷たくし改めてユー君の額に置き、乱れていた布団を正し、首元などといった簡単な部分の汗を拭く。ユー君と声を掛けながら汗を拭いたがそれでも目を覚まさず、どうやら深く眠り込んでしまっていたみたいだ。
そこからはお昼が近づいたから少しでも食べてもらおうとおかゆを作り、ちょっと恥ずかしかったけどユー君に食べさせてあげた。熱があるからなのかやけに素直に応じてくれた姿が少し可愛くて、本人の前では決して言えないけどユー君におかゆを食べさせてあげている間ずっとそんなことを考えていた。
そして……うぅ、あれはちょっと不意打ちというか。
『お前がいてくれてよかったよ。本当に』
そういわれた時の表情はきっと見られてないはず、だってユー君はベッドの上にいて私は床に座っていたから。きっと見られていたら笑われたと思う。だってその時の私の表情はきっと、だらしなくにやけてしまっていたと思うから。その時の光景を思い出すだけでまだ熱が引くことはない、胸に手を当てるとドクンドクンと大きな鼓動が聞こえるほど。
座っていた座布団から動き、ユー君が寝ているベッドのすぐ傍まで近づいてみる。
「すぅ~すぅ~」
規則正しい寝息が聞こえる。うん、大分良くなったみたい。
ユー君の寝顔を眺めていると少しだけツンツンとかしたい気持ちが溢れたけど時と場合を考えてぐっと我慢。代わりに私はユー君の寝顔をこれでもかと眺めることにした。
こうしているとずっと昔、ユー君と出会ってからのことを思い出す。
幼稚園、小学校、中学校、そして高校まで一緒に過ごしている。
思えばユー君はいつでも私の傍にいてくれて、助けてくれて守ってくれる。小学校高学年の時に胸が大きくて男子にからかわれていた時助けてくれたり、街で男の人に声を掛けられた時にそっと手を握って守ってくれたり、近い記憶では電車の中で痴漢から守ってくれたり……楽しい時も、辛い時もいつも傍にはユー君がいてくれた。
「……ふふ、ユー君」
名前を呼ぶたびに幸せが溢れる私はきっと、ずっと前からユー君を想っている。
ユー君と一緒にいると楽しくなる。
名前を呼んでもらうと嬉しくなる。
寄り添い触れ合っていると幸せになる。
ユー君が女の子と仲良くしていると黒い感情が溢れてくる。
そんな多くの感情がユー君といる私をいつも包んでいる。
ユー君に時々私は喜怒哀楽が激しいとか言われるけど、それはユー君の前だけなんだよ? 本当の私、それを見せられるのはいつだってユー君だけだ。
「……………」
ユー君ともっと触れ合いたい、もっと想ってもらいたい、もっと深く……繋がりたい。
少し前にユー君に追い被さられたことがあった。あの時の私はどうにかしていて思わずいいよと囁いたけど、あの言葉に嘘は絶対なかった。ユー君が求めてくれるなら……ううん、求めて欲しいといつも思っている。こう考える私はエッチな子なのだろうか、でもそれはしょうがないだろう。だってこういうことを考える、誰かに対してそう想うこの気持ちは間違いなく恋、私がユー君のことを好きだと断言できる確かな感情なのだから。
「……本当にどうしようもないな私」
ぼそっと呟く私、行き場のない気持ちの発散に困る今という瞬間。
けれども、そんな私の頭を優しい手が撫でる。
「?」
「どうしたよ。そんなに近くにいたら寝ずらいんだがな」
私の頭を撫でているのは紛れもなくユー君だった。
いつから目が覚めていたのか分からないが、ユー君の様子からもう心配はしなくていいかと思えるくらいには回復しているように見える。油断は禁物だがほぼほぼ大丈夫だろう、でもそう考えると今の状況がとても恥ずかしく思えてきて少し頬に熱が溜まる。
「いつから起きてたの?」
「ついさっき、大分楽になったみたい」
「そっか、良かった」
こうして言葉を交わす間でもユー君は私の頭を撫でてくれている。
さっき私は自身の抱える欲求を心の中で吐露したけどそれは今忘れることにしよう。だって、今こうしているこの瞬間がどうしようもなく――。
「どうした? そんな笑顔になって」
「ううん。何でもないよユー君♪」
幸せなのだから。
☆★☆★
「大丈夫かなぁユー君」
隣で後輩がそう呟いた。
今日1日何やら仕事に身が入ってないなと思っていたら、どうやら弟のユー君が風邪を引いて寝込んでいるらしい。この弟を人一倍想う後輩のことだから気になって仕方ないのだろう。仕事の中で重大なミスをするわけではないが軽いミスを連発するのは勘弁してほしい。退社するまでこの調子だというのなら、こいつの先輩であり教育係のような立ち位置の俺は少しも目を離すことができない。
「……はぁ」
重い溜息が出たが、まあ今日だけは大目に見ることにしよう。
少しばかり天然で俺を困らせることが少なくない後輩だが、家族のことを大切に想うその気持ちは大事にして欲しいと思っているから。
「……あっ!」
隣でそう声を上げた後輩は口元に手を当ててやっちゃったと言わんばかりの表情だ。
チラッと見た俺に気づいたのか後輩は気まずそうに視線を逸らし、必死に直そうとパソコンにかじりつく。その様子からこれ以上ミスの直しを俺にやらせまいと考えて自力でどうにかしようと考えたのだろう。俺はそんな後輩にいつもの緩い感じはどうしたのかと言いそうになったがその言葉を呑み込み、苦笑を零して後輩のデスクに椅子を滑らしパソコンを覗き込んだ。
「ちょ、先輩?」
「見せてみろ」
そういってパソコンの画面を見ると、やはり大きくはない小さなミスをやらかしていた。
「……ごめんなさい」
本当に申し訳ない、そんな表情で謝ってくる後輩に気にするなと言う。すると後輩は目を点にして俺に視線を向けてきた。大方いつもの嫌味を言わないのを何故と思っているのだろう、後輩の中で俺がどういう存在なのか今分かった気がする。
「今日は特別だ」
「え?」
「ユー君が心配なんだろ?」
「……はい」
「家庭の事情を持ち込んで仕事に影響するのは決していいことじゃない。こう言っちゃ冷たい言い方かもしれないが、会社からすれば家庭の事情なんざどうでもいい……は言い過ぎかもしれないけど似たようなもんだ」
「……そうですよね」
「でも……」
「はい?」
「俺はそういうお前を否定はしない。その優しさはお前の良さであり美点ってやつだ。まだお前と知り合ってそんなに長いわけじゃないけど、お前が優しいやつで良い人間なのはこの会社で誰よりも分かっているつもりだ俺は」
後輩に目を向けずパソコンの操作をする。
そんな中後輩がやけに静かだなと思って目を向けてみると、後輩は口を開けて俺を見つめていた。その顔がどこか間抜けに見えて思わず笑ってしまう。
「……っ! す、すみません。もう大丈夫ですから。先輩は自分のお仕事続けてください」
「ん? そうか」
少し顔を伏せて作業に取り掛かる後輩の様子に首を傾げ俺も自分の作業を開始した。
お互い言葉を交わさずに淡々と作業を続ける中、後輩が口を開いた。
「ありがとうございます先輩。もう大丈夫です」
ただ一言、短く笑顔で後輩が俺に告げた。
何だかスッキリしたような後輩の表情を見て、俺はもう大丈夫だなと安心するのだった。
「……?……?」
しばらくすると何か戸惑うような声が後輩から聞こえそちらを見ると、クエスチョンマークが実際に見えるのではないかと思えるほどに戸惑う後輩の姿があった。
なんだ、またミスでもしたのか?
そう思っていると。
「先輩! このパソコン壊れてます! ずっと下にカーソルが行き続けるんですけど!」
「はあ?」
そう言われ画面を見てみると確かにカーソルが下に向かって動き続けている。
これは本当に故障か? そう思った俺だったがとあることに気づいて溜息を吐いた。
「先輩! 直りますか!?」
「……あぁ、えっとだな」
別にパソコンが壊れているわけじゃない。
単純に後輩の豊かな胸がその重さで下へ移動させるキーを押しているだけだった。
前のめりに画面を覗き込んでいるからこそそういう現象が起きているわけだが……はてさてどうやって伝えるのが正解か。俺はある意味でこんなしょうもないことに頭を悩ませるのだった。
後輩ちゃんと先輩の恋も何卒。
海ネタ、バレー部試合ネタ、身体測定ネタ、マラソンネタ、コンビニネタ、歯医者ネタなど投稿されているイラストから書ける物は多そうですが……難しい。
おそらくアイちゃんと海に行く話は確実に書きます。