声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。

今回は八幡の過去の暴露回。

濃厚な厨二病に注意しつつ、楽しんでいただけると嬉しいです。


88.声を無くした少年は、己の過去を語る。

 結局、八兎は午前中いっぱいクラスメイトどもに構われていた。

 

 

 

 休み時間になる度に人だかりができて、誰かから話題が広がったのか何人か他クラスからも見にくる始末。

 

 後なぜか、妙に見覚えがあるような女子3人が俺と八兎を見ては頭を抱えてた。意味がわからん。

 

 しかしまあ、やかましい代わりに俺にもメリットはある。

 

 それは、八兎の存在に俺と雪乃の例の噂が埋もれるということだ。

 

 最近はほとんど鳴りを潜めていたが、新しい大きな話題が生まれるとそちらに興味を示すのが人の性。

 

 数日すれば、いよいよ完全に沈静化するだろう。葉山との共闘もそこで終わりだ。

 

 その為にうるさいのを我慢し、ようやく昼休み。部室に行きがてら飲み物を手にいようとしたのだが……

 

『げ、小銭が足りねえ』

 

 20円足りねえ……札は何枚かあるけど、使うのがもったいなく感じる。

 

「せーんぱい」

 

 ゾク、と悪寒が背筋を走る。

 

 隣を見ると、そこにはいつの間にかあの女が立っていた。

 

 サイドテールを揺らし、ニコリと笑って首をかしげる。あざといと思うより先に恐ろしさを感じた。

 

「こんなところでどうしたんですかぁ?」

『……見ての通りだが』

「……ああ!お金が足りないんですねぇ」

 

 下唇に人差し指を当てていた女は、カーディガンのポケットからファンシーな柄の財布を取り出す。

 

 そうすると自販機に投入し、既にボタンを押していたのでピロリロ言って二つの飲み物を吐き出した。

 

 蓋を開けてマックスコーヒーの缶と紅茶のペットボトルを取り出し、こちらに差し出してくる。

 

「はい、どうぞぉ」

『……助かる』

「いえいえ、この程度なんてことないですよぉ」

 

 なぜか金を貸してくれたそいつは、俺が受け取ったのを見ると横を通り過ぎていく。

 

「あの出来損ないを殺したご褒美ですからぁ」

「!?」

 

 そして振り返った時、やはりそこにはもう誰もいなかった。

 

『……出来損ないを殺したご褒美、か』

 

 やはりあの女は、何かを知っている。

 

 以前の俺の正体を知っているような言葉もしかり、あるいは奴の仲間という可能性も……

 

 そう考えた途端、グゥと腹が空腹を訴える音を出した。

 

『とりあえず飯だな』

 

 飲み物を片手に、昼食にありつくべく奉仕部の部室に行く。

 

 どうやらこの学校では部室で食べる生徒はほとんどいないようで、いつも通り特別棟への廊下はがらんとしてた。

 

 やけに大きな自分の足音を聞きながら、部室前に着いて戸を引く。

 

「来たのね。待っていたわ」

 

 中にはもう雪乃がいた。こいつ昼休みになったら直行してるのだろうか。

 

「遅かったわね」

『おう、ちょっと飲み物をな』

 

 後ろ手にドアを閉めて、机の上に紅茶の方を置く。

 

「自分の分は払うわ」

『いや、このくらい平気だ。あれだ、弁当のお返しくらいに思っとけ』

「……そう。ならありがたく頂いておきましょう」

 

 相変わらず律儀なやつだ。別に飲み物一本くらい、礼の一言でいいのにな。

 

 とはいえ、そういう真面目なところも好意の理由に含まれているのだろう。

 

「はい、あなたの分よ」

『サンキュ』

 

 座って早速、初めての手作り弁当を受け取る。

 

 包みを取り払い、やや慎重な手つきで開くと、中身はいたって普通の内容が出揃っていた。

 

 白米に唐揚げ、ひじきと人参の煮物に卵焼き……実にスタンダードだ。

 

『いただきますっと』

 

 味の心配をするまでもなく、唐揚げに向かって箸を伸ばす。

 

 口に放り込もうとした瞬間、大きな音を立てて扉が開けられたことで驚いて落としてしまった。

 

「はぁ、はぁ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「由比ヶ浜さん?それに平塚くんも……」

 

 幸い白米の上に落ちた唐揚げに安堵しつつ入り口の方を見ると、そこには由比ヶ浜と八兎がいる。

 

 申し訳なさそうな顔の八兎に見られている由比ヶ浜は、何故か息も絶え絶えで膝に手をついていた。

 

『お前ら、一体どうした?』

「えっと、僕がクラスの人間たちに囲まれて困ってたら、由比ヶ浜さんが連れ出してくれたんだよ」

 

 ああ、そういうことか。

 

 にしてもここに連れてくるとは、てっきり葉山のグループに入れると思ったんだがな。

 

「ここなら、ゆきのんとヒッキーしか、いないかなって、思って」

「まずは息を整えなさい由比ヶ浜さん。それで、二人ともここで食べるつもりなのかしら?」

「迷惑でなければ……正直、あまり人間が多いのは苦手で」

 

 相変わらず物腰の低い喋り方で了承を求めてくる。やっと落ち着いた由比ヶ浜もこっちに懇願の目を向けてきた。

 

 どうする?とアイコンタクトを取ると、雪乃は無言で文庫本に目を落とした。気にしないってことか。

 

『まあ、とりあえず入れ』

「ありがとヒッキー。ゆきのんも」

「お邪魔するよ、兄さん」

『……兄さん、ね』

 

 支部の監禁室で話して以降、そう呼んでくる。あっちからすれば兄弟のようなものなのだろう。

 

 厳密には同じ遺伝子を持つクローンというだけなのだが、他人とは口が裂けても言えないのが癪である。

 

 

 とりあえず八兎の分の椅子を出してやり、由比ヶ浜は雪乃の隣に、八兎は俺の隣へ位置を決めた。

 

「いただきまーす」

「いただきます」

 

 元気よく掌を合わせる由比ヶ浜。その表紙にふとその手首にはまっている細いブレスレットに目がいく。

 

 明るめの色でカモフラージュされたそれは、組織が保護した対象に支給されるものだ。

 

『それ、付けてて違和感があったりしないか?』

「へ?ああこれ?うん、別に大丈夫だよ」

 

 ブレスのついた右手をあげ、なんともなさそうな顔で由比ヶ浜は答える。

 

 機密保持のためとはいえ、神経を通じて常に監視されているのはいい気分じゃないだろう。

 

 まあ、関係者の前以外で話題に出そうとしなければただの飾りだ。由比ヶ浜が喋るとも思わない。

 

 それを言ったら手首が焼き切れる仕様になってる八兎のに比べたら、ずっと安全だけどな。

 

「あ、そうだ。ヒッキーにあったら聞きたいことがあったんだ。それとやとっちにも」

『聞きたいこと?』

「僕にも?」

 

 話の流れから察するに、組織のことについて聞きたいんだろう。

 

 どれくらい前から組織にいたのかとかだったら、まあ答えられないことはない。ここには部外者もいないし。

 

「うん……どうして二人は、人外になったの?」

 

 しかし、由比ヶ浜の質問はこちらの予想を大きく超えたものだった。

 

 思わず飲み込みかけていた唐揚げが喉に詰まり、慌てて雪乃が差し出してきた水筒の中身を煽る。

 

「だ、大丈夫?」

『ああ。いきなりド直球な質問ぶち込んできたから驚いただけだ』

 

 いつかは聞かれるとは思っていたが、まさか最初の質問がそれだとは思いもよらなかった。

 

 八兎と目線を交差させる。

 

 俺たちの事情は、常人には到底理解できない内容である。ともすればこの世界に絶望するほどの。

 

「……僕は構わない」

 

 だが、どうやらあちらはもう覚悟を決めていたらしい。穏やかな風のように凪いだ瞳で頷かれる。

 

 ……覚悟が決まってないのは俺だけか。

 

 今度は雪乃を見ると……彼女もまた至極落ち着いた姿勢で俺を見た。

 

「貴方のしたいように。私は貴方の選択を尊重するわ」

『……そうか』

 

 最初に知ってくれた彼女がそう言うのであれば、もう一度知ってほしいと思うのも悪くないのかもな。

 

 何より由比ヶ浜は、2度も踏み出してくれた。それは1度目よりもずっと重く、苦しく、辛かったはずだ。

 

 俺ばかりが逃げているのは、あまりにフェアじゃない。

 

『わかった、話す。ただし昼休憩が終わったらそこで終わりだ。それでもいいか?』

「うん、全然いいよ。私はもっと、二人のこと知りたい」

 

 それも友情ゆえに、か……昔はその感情ほど信用しないものはなかったんだけどな。

 

「どちらが先に話す?」

『あー、じゃあ俺が話すわ』

 

 というか、そちらの方が由比ヶ浜としてもわかりやすいだろう。俺の存在があって八兎がいるのだから。

 

 箸を置いてこほん、と咳払いをする。

 

 そうして気合を入れて、俺は身の上話を語り出した。

 

『俺の両親は、ああ今の両親じゃなくて生みの親の方な』

「ヒッキーの親って里親だったの!?」

『ああ、血は繋がってない。小町とも義理の兄妹だな』

「そうだったんだ……」

『で、両親は互いに違う種族だった』

 

 そう切り出して、俺は話し始める。

 

『父は心理学者で、ある大学で若き教授として有名だったらしい』

「へえ、大学のせんせーなんだね」

『会った事はないけどな』

「へ?」

 

 間抜けな声を出す由比ヶ浜に苦笑いしつつ、話を続ける。

 

 

 

 父に対して母は、言うまでもないが人間ではなかった。

 

 

 

 それどころか人外ですらもない、それ以上のもの……魂の集合体といえばわかりやすいだろうな。

 

 

 

 この世界には、死後の世界がある。

 

 

 

 そして人や人外……地上に生きる意思あるものが死ぬ時には、残留思念のようなものが残る。

 

 

 

 母はそれが寄り集まって生まれた存在。いわば、自我の概念そのもの。

 

 

 

 それ故に並みの化け物より強かった。同時に他人の自我の集合体だからか、自分の意思が薄かった。

 

 

 

 そんな母がどうして父に出会い、興味を抱いて、俺を産んで夫婦になったのかは知らんし聞いたこともない。

 

 

 

 でも少なくとも、俺が見ている限りじゃ仲が良かった。3歳くらいの頃の記憶だから曖昧だけどな。

 

 

 

 無感情な母と不思議と仲のいい父、そんな両親といるのが俺は好きで……でも、幸せな時間なんてのは長くない。

 

 

 

 実は人間と人外の間に子供が生まれるのは珍しいことでな、何百万分の一という確率なんだ。

 

 

 

 だからこそ、奇跡的に生まれた子供は強い。ほら、神と人の間に生まれた人間は大体英雄になるだろ?

 

 

 

 わからない?まああれだ、ヘラクレスとかなら一回くらい聞いたこと……ないか。とにかく強いって事だけ分かっとけ。

 

 

 

 だからこそ、そんな子供は人外の力を悪用しようとする連中にとっては格好の研究材料だった。

 

 

 

 どこからか俺の存在を聞きつけて、そういう奴らがうちにもやってきたんだよ。

 

 

 

 赤ん坊の俺にはどうすることもできず、俺を産んでから力が弱っていた母も対抗できなかった。

 

 

 

 だから、父さんが犠牲になった。父さんは俺たちを逃がすために囮になって、連中に殺されたよ。

 

 

 

 おかげで生き延びた母さんは、俺を連れて逃げ続けた。何年も何年も、しつこく追って来る奴らの追っ手を巻いてな。

 

 

 

 時に人間に裏切られ、時に同じ人外からも売られ……ただただ、連中の魔の手から隠れて生きた。

 

 

 

 その中で俺も成長していき、小学校三年生になったときのことだ。

 

 

 

 ついに奴らに見つかった。安いアパートの隣の部屋に住んでた、一見優しそうな夫婦に売られたよ。

 

 

 

 なす術なく、今度こそ俺たちは奴らに捕まった。母さんは最後まで俺を逃がそうと抵抗して……多分死んだ。

 

 

 

 自我の集合体の母さんに死という概念があるのかは知らないが、母さんに会うことは2度となかった。

 

 

 

 俺みたいな子供や人外を捕まえて売り捌いてたそいつらは、ある違法な研究所に俺を送った。

 

 

 

 その研究所こそが、俺を半分人間から完全に怪物に作り変えた場所。俺がこの世で一番憎んでるとこだ。

 

 

 

 その研究所で俺は、考えうる限りの非道と悪逆の餌食になった。

 

 

 

 新しい麻薬や覚醒剤、毒薬の人体実験、兵器の性能実験に、ああそういえば死んだ他の子供を食わされることもあったな。

 

 

 

 中でも酷かったのはあれだ、研究がうまく進まない研究員どもの憂さ晴らしの為にサンドバッグになった時だな。

 

 

 

 他にも……すまん、今のは不謹慎だった。話が逸れたな、大筋に戻そう。

 

 

 

 とにかく色々やられたさ。思い出すだけで吐き気がするくらいの地獄を見た。

 

 

 

 途中で死ねれば、それはそれで幸せだったんだろうが……俺にもそれなりの生命力の他に力があった。

 

 

 

 俺の力は、壊れない自我。

 

 

 

 他我の集合体の母さんから生まれた俺は、決して自分の意思が壊れない。

 

 

 

 薬でイかれようが、脳みそを弄られようが、指を全部へし折られようが狂えない。

 

 

 

 だが、それよりも地獄だったのは……奴に目をつけられたことだ。

 

 

 

 奴は研究所のトップだった。長持ちする優秀な実験台だった俺を気に入り、道具にした。

 

 

 

 奴こそが俺を人外に変えた張本人。そして今回の事件の首謀者である……津西という男だ。

 

 

 

 奴はとことんイかれてた。自分の作り出したものの優秀さを証明するためにあらゆる残虐を笑いながらやってのけた。

 

 

 

 俺も存分に奴の才能を知らしめるために酷使されたわけだが……ある日、奴はあるものを作った。

 

 

 

 それはウィルスだ。人外の中でもトップクラスに強い鬼の死体を使って、生物兵器を作り出したんだよ。

 

 

 

 奴はそれを、俺で試した。それまでにない強力なものだ、丁度良かったんだろうな。

 

 

 

 ウィルスは体の内側から俺を食い荒らし、遺伝子を書き換え、DNAを変異させた。

 

 

 

 まともな人間や普通の人外なら途中で意識が死んで、ただの生物兵器になったんだろうが……俺の力はそこでも発揮された。

 

 

 

 最後まで死ぬことも、俺という意識が死ぬこともなく、結果的にウィルスは肉体に適合し……

 

 

 

『そして惨めな化け物になりましたとさ……これで俺の話はおしまいだ』

 

 ふう、長く話しすぎて首輪の充電がかなり減った。

 

 ブレザーのポケットから充電器を取り出して繋げながら、沈鬱な空気を纏う由比ヶ浜を見る。

 

『で、なんやかんやあって組織に保護されて、今ではこうやって人間の面して暮らしてる。ウィルスを抑える薬で体を変えてな』

「…………」

『どうだ、幻滅しただろ?俺は正真正銘の化け物、体の中に爆弾抱え込んでる危険物だ』

 

 しかもそれを自分じゃコントロールできないというのだから、いよいよ笑えない。

 

 抑制剤がなければ俺はずっと怪物の姿のままだ。この前のあいつらよりも更にキモい見た目になる。

 

「……ゆきのんは、この話聞いたことあるの?」

「……ええ、小学六年生の時に」

「そっか……そんな昔から知ってたんだ」

 

 雪乃の答えに由比ヶ浜は顔をうつむかせ、沈黙に包まれた部屋にぎゅっと机の下でスカートを握る音が聞こえる。

 

 ……やっぱりこういう反応になるよな。笑い話にもならないこんな話を聞いたら、俺自身でも戸惑う。

 

「由比ヶ浜さん」

「………………」

「あなたはこの話を聞いて、八幡くんをどう思うかしら」

「…………どう、思う?」

「軽蔑する?見下す?疎う?嘲笑う?あるいは恐れて憎むのかしら」

「……それは」

 

 ……そのいずれも、彼女が抱いてしかるべき感情であり、どれも行き着いて当然の帰結だ。

 

 俺は由比ヶ浜の友人を、知り合いを、日常を、その全てを奪っていった奴らと同じ……否、もはやその一部。

 

 たとえどんな選択をしようとも、俺は由比ヶ浜の答えを受け入れよう。

 

 たとえ、たった今朝手に入れたばかりの笑顔を嘲笑に変えて、嗤ってきたとしても。

 

「それとも、八幡くんを哀れんで──」

「違うっ!!!」

 

 声を荒げ、机を両手で叩いて由比ヶ浜は立ち上がった。

 

 その拍子に弁当が飛び跳ねるが、そんなものよりも由比ヶ浜に注目する。

 

「それだけは、絶対にしない!ヒッキーを哀れむことだけはしたくないっ!」

「何故?ごく普通の一般人のあなたからすれば、これは嫌悪して当然の話よ」

「確かに、あたしには全然理解できない話だった!怖かったし、気持ち悪かった!」

 

 ……そうだろうな。

 

 俺のような生き物は、やはり人間にとってはただの害悪なのだろう。

 

「でもそれは、ヒッキーを苦しめた人たち!ヒッキーは被害者で、何にも悪くない!」

「……!」

 

 俺が被害者……?

 

「そんなヒッキーを哀れんだら、今も必死に生きてることを侮辱することになる!自分を怪物って言って、でも優しいヒッキーを否定することになる!」

「由比ヶ浜さん……」

「あたしはヒッキーの友達だ、哀れんだりなんかしない!」

 

 キッと赤くなった目で、雪乃を睨む由比ヶ浜。

 

「それを違うっていうのは、ゆきのんでも許さないから!」

 

 ……何故だ。

 

 何故こんなにも由比ヶ浜結衣という人間は強い。どうして自分の友情をここまで信じられる?

 

 これまで、どんな人間にも裏切られてきた。

 

 あらゆる人間が俺たちの正体を知った途端、迫害し、あるいは我欲に囚われ切って捨てた。

 

 その度に、母さんに言われていた以上に人間がどれだけ信用できない生き物かを思い知らされた。

 

 人間にとって所詮、俺たちは化け物。恐れるか、あるいは私利私欲を満たすための道具に過ぎない。

 

 だというのに。

 

 

 

 なんでただの人間が、()()()()()()()()()()全てを知った上で信じてくれようとする?

 

 

 

 ……その答えは、きっと永遠にわからない証明不能問題なのだろう。

 

『ありがとな、結衣』

「……ヒッキー?」

 

 ただ、これはわかる。

 

 どうやら俺は、知った上で友達でいてくれようとするこの人間がこれ以上ないほど大事らしい。

 

 その納得はまるで、慣れ過ぎて気がつかないようになった痛みをもう一度思い出した、あの夕暮れの日に似ていて。

 

『そんな怪物だが、お前が嫌いになるまでは……あれだ、ここにいてくれ』

「そこで仲良くしれくれと言えないあたり、さすがは貴方ね」

『うっせ』

 

 そんな小っ恥ずかしいことをぽんぽん言えるような主人公キャラじゃないのだ、俺は。

 

「……うん、わかった。これからもあたしは、ヒッキーの友達でいるよ」

『そうしてくれ』

 

 ……俺は由比ヶ浜に嘘をついた。

 

 その言葉を受け入れるにはまだ説明していないことが、人外になった経緯などよりもずっと大事なことがある。

 

 だが今の俺には、それを由比ヶ浜に打ち明けるほどの勇気はなかった。

 

 それを言ってしまえば……今度こそ、由比ヶ浜結衣は比企谷八幡を見限ると確信していた故に。

 

「次は僕の番だね」

 

 俺の話が終わり、次に八兎が語り出す。

 

「僕は……と」

 

 そこでタイミング悪く、予鈴が鳴った。

 

「……お昼休み、終わっちゃったね」

「また今度、ですね」

「仕方がないわね。授業に遅れるわけにはいかないもの」

『だな』

 

 そういや昼飯ろくに食ってねえ。今から食べる時間はもうないだろう。

 

「ご、ごめんね?」

『まあ、全員同じってことで痛み分けだ。そもそも話をしたのは俺だしな。とりあえず教室戻ろうぜ』

 

 幸い今日の午後の授業は聞いてなくてもあんまり問題はない、省エネ重視で眠って……ん?

 

 立ち上がりかけて、ズボンのポケットの中で何かが足に当たった。

 

 何も入れていなかったはずなのに、不思議に思い取り出してみると……

 

『なんだこれ』

「どうしたの八幡くん?」

「兄さん、何かあったの?」

「それって……」

 

 ポケットの中にあったのは……見たこともないUSBだった。

 




読んでいただき、ありがとうございます。
八幡がガハマさんに話さなかったもう半分とはなんなのか。それはまた次回で。

コメントをいただけると嬉しいです。

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