どうも、アポクリファのアニメを見てジク×ジャン推しになった作者です。
今回はボリュームが三分の一ほど少なめ。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「八幡くんっ!」
金切り声を上げて雪乃が走り寄ってくる。
もう一度スイッチを押して刃を収納し、覚束ない足取りで立ち上がった。
が、右腕という名の重りでバランスを崩して倒れ……る前に、雪乃に抱き留められる。
『怪我はないか』
「馬鹿……怪我をしてるのは貴方じゃないの……!」
俺の胸に顔を埋め、震える声を必死に止めようとしながらそう言う雪乃。
暖かいものでシャツが濡れていく。涙を流しているのだろう……俺なんかのために、また。
ああくそ、こいつを泣かせてしまった。近しい仲になっても結局これか。
『まあ、おかげであれを殺せたし。この程度安いもんだ』
床に転がる奴を見やると、黒い血溜まりを広げて完全に沈黙していた。
再生力が高い類のなら厄介だったが、せいぜい斬り殺せる程度で助かった。
「本当に、馬鹿……!」
『……すまん』
もう一度罵倒してくる雪乃の背中を、俺は優しく撫でた。
するとシャツを握る力が強くなる。それが、こんな時なのに彼女に求められていると俺に実感させた。
「先輩、無事ですか!?」
「無事であるか八幡!」
雪乃のことを宥めていると、荒々しく扉が蹴破られて二人組が侵入してくる。
入ってきたのは、いろはと材木座だった。
それぞれ手には拳銃と、そして俺と同じ武器が握られている。
洗い息を吐いていることからして、おそらく奴と同じものが他にも校舎内に侵入していたのだろう。
所々に傷を負っているのも鑑みるに、どうにか対処できたようだ。
「あなた達……」
『おう、見ての通りだ』
そう答えると、二人はあからさまにほっとした表情を浮かべた。
一方で雪乃は突然入ってきた、しかも武器を持った二人に訝しげな目を向ける……当たり前ですね。
「そうですか……雪ノ下先輩も、無事ですね」
「うむ。さすがは我が相棒である」
『お前らもこれと戦ったのか』
「ええ……先輩でよく倒せましたね?こいつ冗談みたいに強かったですよ?」
一見して侮った言葉であるが、事実だ。
確かに訓練は積んでるし、定期的に戦闘シミュレーションも受けている。そもそも使ってる体が同じだ。
だが、仮に同じ性能の別々の体で、なおかつ全力を出せるとしても俺は確実にオクタには勝てない。
それほどまでに、あいつは強いのだ。
『これがなかったらヤバかったけどな』
マジで、たまたま入れっぱなしにしてなかったら死んでいた……俺も、雪乃も。
次からは眼鏡も鞄に常備しておこう。アレさえあれば、最悪オクタに切り替わることはできる。
「あの、ちょっといいかしら?」
そこで雪乃が会話に入ってきた。三人揃ってそちらを振り向くと、彼女はこめかみを押さえている。
「その武器に戦闘能力。八幡くんも、貴方たちも……もしかして、〝ノスフェラトゥ〟なの?」
鋭い視線で問いかけられたそれは、決して普通の人間では辿り着けない結論であった。
警察の特殊部隊でも、怪しげな組織の一員と疑うでもなく、真っ先に〝ノスフェラトゥ〟の名を上げた。
それはあり得ないことだ。創立以来何百年も我々は存在を抹消され、人々の足元の影となってきた。
たかだか優秀な程度の人間が、ましてや一介の女子高校生に知られるほど俺たちの組織は腑抜けてない。
「……あー、そういえば雪ノ下家の次女って15歳で組織のことを聞かされるんでしたっけ」
『陽乃さんの話だとな』
「うむ、こうもあからさまに見られてしまっては肯定せざるを得まい」
故に、俺たちに驚きはなかった。
以前、かの魔王……今は未来の義姉になるかもしれない人に、雪ノ下のしきたりを聞いていたから。
それは何を意味するかと言えば……端的に言って、最初から雪乃も
「その反応、否定しないことからして本当のようね……八幡くんの体のことからして、そうじゃないかとは疑っていたけれど」
『そのうち話すつもりだったんだが……どうにも決心がつかなくてな』
無意識に目線を斜め下に下げ、弁明するようにそう言う。
小町曰く、これは後ろめたいことがバレそうになった時の俺の悪癖なのだという。今がまさにそれだ。
たとえ最初から彼女が知っていても、そう宿命づけられた家柄だったとしても。
彼女のその美しい手で掴んでくれたこの両手が血濡れているという事実を、俺は知られたくなったのだ。
「八幡くん、こちらを向きなさい」
この居心地の良い関係の終わりも覚悟していると、非常に強い声音で言葉が投げかけられる。
覚悟を決め、我ながら錆びたブリキの玩具のような動きで顔を上げたら──ふわりと甘い香りが鼻先を舞った。
「ん……」
「……!」
「ぬっ!」
「きゃー、大胆」
全身で感じる、華奢ながら柔らかい雪乃の感触。
優しい二度目の抱擁は、あろうことかこんな血生臭い、しかも数少ない友の目の前で行われた。
予想外すぎて固まっていると、雪乃はゆっくりと離れていく。
かと思えば、思い切り俺の両頬を引っ張った。
『おい、痛いぞ』
「こうでもしなければ、あなたの卑屈な思考と目は改善しないでしょう」
いや確かにその通りだけど、目のことは言う必要ないんじゃないですかね?え、むしろ必須?そうですか。
「私はあなたが何をしていようと……たとえ命を奪うことでも、ちゃんと受け止めるわ」
「っ!」
「思うところがないわけではない。けれど、貴方が自分の行いに責任を持つことだけは必ず信じられるし……何より私は、〝あのこと〟を知った上で、貴方を好きでいるのよ」
『……ああ、そうだったな』
彼女は俺の〝罪〟を知った上で、それでも微笑と共に受け止めてくれた。
そのことに俺は満足し、安堵し、安心し、そして雪ノ下雪乃という少女を欲してしまったのだ。
酷い依存だと思う。醜い自己満足だとも、汚い傲慢さだとも。
けれど、彼女がこう言ってくれている間は。
そんな悍しい自分を、俺はきっと許容してしまうのだろう。
「もしもーし、私たちのこと忘れてませーん?」
「おのれ、相棒といえど目の前でイチャコラするとは不遜な……!」
『なんだお前ら、まだいたのか』
「あ、そういうこと言います?雪ノ下先輩に先輩の恥ずかしい内心暴露しちゃってもいいんですかぁ?」
『おいやめろ、やめろください』
とてつもなく無意味なやりとりを交わして、無理やり空気を入れ替える。これ以上は恥ずかしかったとかじゃない、断じて。
『とりあえず、ここを出るぞ。もう処理課には連絡したか?』
「うむ、お主と雪ノ下嬢がベタベタしてる間にな」
おい、わざわざ改まって言うな。思い出して雪乃さんが赤面してるでしょうが。
「さすが先輩、どっかの人と違って頼りになりますね♪ 」
『へいへい。で、生きてる生徒たちは?』
「校庭に避難してるみたいなので、道中逃げ遅れた生徒と……残った個体がいないか探しながら向かいましょう」
そうか、まだいろはたちが見つけていない個体がいるかもしれない。
「……由比ヶ浜さんは、無事かしら」
「それが、私たち以外にも戦ってる誰かがいるみたいなんです」
本当か?と目線で問えば、いろはが自分の目を指し示す。なるほど、それで視たなら間違いない。
『じゃあ、まずは逃げ遅れを第一優先に向かうか』
「「了解」」
「ええ、わかったわ」
ただでさえ一匹でも厄介なものが徘徊しているのを想像し、俺たちは表情を引き締めると奉仕部を後にした。
────
あたしたちは今、校庭を目指して校舎の中を移動していた。
「………………」
「うぅ……」
「みんな、あと少しだ!一階に降りたら、校庭はすぐそこだぞ!」
一番後ろには姫菜が、一番前では隼人くんが時々みんなに励ますように声をかけながら歩き続ける。
途中で生き残った、他のクラスや学年の人たちとも合流して、廊下の中は人でいっぱいだった。
「ひっ!?」
「だ、大丈夫、ただの雷だよ」
雷雨の音が響く廊下は暗くて……でもそんなことが気にならないくらい、もっと酷いものが沢山ある。
それは死体。
バラバラになってたり、お腹に穴が空いてたり、壁に叩きつけられて潰れてたり……頭が、なくなってたり。
そんなものが所狭しと床を埋め尽くし、顔をしかめてしまうような血の匂いを充満させている。
まだ生きている人の中にはそれを見て泣き出す人や、吐いてしまう人や、笑い出してしまう人もいた。
でも、先輩も、後輩も、同い年も、生徒も、教師も、男の子も、女の子も、友達も、知らない子も、そんなのは関係ない。
みんな死んでいた。つい今朝まで普通に笑いあって、挨拶を交わした人も、あの怪物に殺されたんだ。
もちろん床に転がるその中には、あたしが知っている人もいて。
でも私は泣けなかった。
友達の死体を見るたびにお腹から込み上げてくるものを吐き出すことは、許されなかった。
だって、ゆきのんとヒッキーがその中にいないことにホッとしてるあたしが、どうして悲しめるの?
「後ほんの少しでいい、頑張ってくれ……もうすぐだから……」
必死に励ましてる隼人くんも、サッカー部の友達を見てから元気がない。
こういう時頼りになる優美子も、戸部っちも、大岡くんたちも、下を向いて何にも言わない。
私にはそれをどうすることもできなくて。
せめて少しでも何かしたいと、口を押さえて泣く友達の背中をさすった。
「見えた、あそこだ」
そうしているうちにやっと階段が見えてきて、みんなの顔が少し明るくなる。
あれを降りて外に出たら、もうこれ以上死体を見なくていい。あの怪物を怖がらなくてもいい。
そんな希望が、あたしたちに生まれた。ああ、どうかあの二人もこの先で会えたら……
「…………」
「……?」
なんとなく、本当になんとなく後ろを振り返る。
そうして姫菜の顔が険しいことに気がついた。部屋を出た時からずっと、何も言わないであのままだ。
なんとか落ち着いた友達を他の人に任せて、あたしは姫菜に近寄る。
「ねえ、どうしたの?」
「……ああ、結衣か。ごめんね、どうかした?」
話しかけてようやく、姫菜は難しい顔をやめて笑ってこっちを見た。
いつもと同じ笑い方なのに、どうしてもおかしく見えてしまうのは真っ黒なスーツのせい?それともあれを見たから……?
……いいや、考えちゃダメだ。姫菜は姫菜、そう言ってたんだから今はそれを信じなくちゃ。
「? どうしたの?」
「……ううん、なんでもない。それより、ずっと難しい顔してるけど、何か気になることとかあった?」
姫菜はびっくりしたような顔をして、それから困ったように笑った。
「結衣はいつでもお見通しだなぁ……まあ、あるといえばあるかな」
「それって……?」
聞き返すと、姫菜は真剣な顔をする。教室で見た顔に似たそれに、思わずゾクっとした。
「ここに来るまでに、あまりにも敵がいなさすぎる」
「でもそれは、もう姫菜が倒したからなんじゃ……」
「ううん、あれ一体とここまでの被害の数が割に合わない。もし〝彼女たち〟が倒したとしても、それでもまだいるはず」
彼女たち?誰のことだろ?まだ姫菜みたいにすごく強い人がいるのかな?
でも、それよりも。今の姫菜の言葉で、あたしの中に嫌な予感がジワリと広がっていった。
……なぜだろう。このまま進んじゃいけない気がする。
何か、取り返しのつかないことが起こりそうな──
「う、うわぁあああああああああ!!!??」
「っ!!?」
突然、前の方から悲鳴が聞こえた。
びっくりして振り返ると見えたものに……あたしは、心の底から絶望するという意味を知った。
「ぎ、ぁ……!?」
「や、大和ぉ!?」
「クキキキキ!!」
あいつがいた。大和くんのお腹から太い腕が背中まで出てて、宙に浮いてジタバタしている。
嘘だ。まさか本当に、まだいたなんて……あれじゃあもう、大和くんは助からない……
「う、そ……」
「チィッ!!」
立ち尽くすあたしの隣で、舌打ちした姫菜がすごい速さで飛んでいった。
「その手を……離しなさい!」
ぼんやりとした視界の中で、姫菜が怪物を思い切り蹴っ飛ばす。
怪物が宙に浮かんで、その手から大和くんが落ちるのを見たところであたしは尻餅をついた。
まただ。またあたしは何もできずに、友達を失ってしまった。
「なんで、こんな……」
「グゥゥウウ……」
「え?」
後ろを見た。
すると、またあいつがいた。鬼みたいなお面をして、あたしのことを見下ろしてた。
体が震える。涙が溢れる。心が震えて、ガチガチと歯を鳴らす。
目の前でクラスメイトを殺した腕がゆっくりと振り上げられる中で、あたしは一歩も動けなかった。
「二体目!? しまった!」
姫菜の声が聞こえる。でもきっと、もう間に合わない。
「結衣、逃げてッ!!!」
「シ、ネ」
「あ」
あたし、死んだ。
パリィ──────ン!
その時、突然窓が割れた。
少し前まであった死ぬことへの怖さも忘れ、驚いてそっちを振り返る。
誰かが窓を突き破って入ってきた。まるであたしたちを助けにきたように、なんの前触れもなく。
「さ、せ、る、かぁぁああ!」
「ゼァアッ!!」
「ギッ!!?」
その二人組はあたしの目の前で、怪物の上げたままの腕を切り落とし、そして頭を木っ端微塵にした。
頭のなくなった首から噴水みたいに血が溢れ出して、顔や制服にかかる。
どしん、と怪物の体が倒れて、それさえも気に留めずに、私は。
「ふぅ、間一髪。大丈夫ですかー結衣さん?」
「……こういうのを危機一髪、というんだよね。間に合って良かった」
ただ、目の前に立つその二人に見惚れたんだ。
「小町、ちゃん……?」
「はいはーい、小町ですよ。でも今はちょっと可愛くないので、あんまり見ないでほしいなーって」
「あ、うん。それと……」
「……三日ぶりだね、由比ヶ浜さん」
あたしを2度目に助けてくれたのは、初恋の人の妹と……たった数日前に出会ったばかりの男の子だった。
読んでいただき、ありがとうございます。
さて、次回は後半。いよいよマジで収束。
切り方がアレなのは文字数の調整による、読者の方々への配慮と思っていただければ。
コメントをいただけると嬉しいです。