声を失った少年【完結】   作:熊0803

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こんばんは、作者です。ブラボ楽しい(渦巻く目
遅ればせながら、温かいコメントと評価をありがとうございました。
皆さんFGOはやってますか?自分は2020の福袋をランサーにするかエクストラにするか迷ってます。邪ンヌ欲しい。
さて、今回から独自路線を突っ走ります。
投票してくれた皆さんの期待に応える為、そして少しでも良かったと思い完結させる為、頑張ります。
楽しんでいただけると嬉しいです。


57.声を無くした少年は、限界を迎える。

 文化祭まであと三週間。

 

 有志の処理に葉山がちょくちょく加わり、全体の開催までに必要な業務にも終わりが見えてきた。

 

 しかし、そこでまたしても問題が起こった。文化祭のスローガンにいちゃもんがついたのだ。

 

 

『面白い! 面白すぎる! 〜波の音が聞こえます 総武高校文化祭〜』

 

 

 ……うん、どっかで使っているものを思いっきり流用していた。

 

 流石にそりゃどうなんだと言う話になり、最終的に協議の結果NGになった。そして対策に急遽実行委員を招集した。

 

「それでは委員会を始めます。本日の議題ですが、城廻会長から連絡があった通り、文化祭のスローガンについてです」

 

 雪ノ下が簡潔に目的を述べると、にわかに室内がざわつく。それが壁に当たって反響し、嫌に耳の奥に響いた。

 

 ……ここ数日、なんだかおかしい。頻繁に意識が途切れるような気がするし、あまり食事も喉を通らない。

 

 こんなこと、人外になってから初めてだ。

 

「あ、スローガン決めの前に、最初にちょっといいですかー?」

 

 直後、相模がキャピキャピした声音でそう言って立ち上がる。

 

 それに俺と雪ノ下は訝しげな顔をした。スローガン決めより優先するような議題は、今日はないはずだが。

 

 今一度、もはや相模がちゃんと読んでいるかもわからん資料を見るが、やはり特筆したことは何もない。

 

 何か嫌な予感を感じながらも、相模に目線を戻して耳を傾ける。

 

 

 

 

 

「えーっとぉー、改めて言っておくんですけど。このメンバーで劇をやることになりました」

 

 

 

 

 

 …………………………………………はっ?

 

 その発表に、俺は心臓を撃ち抜かれたような感覚を覚えた。

 

 この時期に演劇だと? そんなことをするとは一回も聞いていない。この女は何を言ってるんだ?

 

「待ちなさい、相模さん。聞いていないのだけれど」

「えー?決済したの話してなかったっけ?ごめんごめん、連絡ミスだったよー」

 

 あまりのショックに放心状態になりながらも、雪ノ下の咎めるような声に返す相模の言葉が嘘だと分かった。

 

 あまりに悪びれない様子に、さしもの雪ノ下も驚いて何も言えないでいる間に、相模は勝手に話を進める。

 

「台本と本格的な練習のスケジュールが決まったので、配布しまーす」

 

 今日で五徹を突破した頭はフリーズしており、半ば思考停止しながら配布された台本を見る。

 

 公演時間は二十分。あらすじを読むと、幼なじみ三人の三角関係を主軸にしたシンデレラストーリーだ。

 

 概要プリントの方を読めば、体育館の使用時間や使用する小道具や機材の手配、果ては配役まで全て決まっていた。

 

 なんだこれは……一度も見たことがない。全ての書類を管理していた俺の目を掻い潜って、いつこんなものを?

 

「いやー、みんなのおかげで順調に文化祭も開催できそうだし?有志の方も盛り上ってるし、うちらも頑張りましょう!」

 

 相模の言っていることが欠片もわからない。ここにいる人間の八割は何もやってないだろうが。

 

 しかし、渋い顔をしているのは執行部と例の女子軍団、あとは俺と雪ノ下くらいで、他の大勢はやる気に満ちた顔をしていた。

 

 そこに、違和感を感じる。その顔は、まるで()()()()()()()かのような……

 

「いやー、いいね!これで文実も結束が強まるね♪」

 

 相模を褒め称えるような、明るい声。

 

 声の主に、ゆっくりと概要プリントから目線を移す。OG兼アドバイザーの席に座っている、その女性を。

 

「ふふっ♪」

 

 雪ノ下陽乃。文実の危機的状況を作り出したその人は、俺の視線に気がつくとウィンクを送ってきた。

 

「……ッ!」

 

 それで悟った、陽乃さんの仕業だと。

 

 いよいよ終わりが見えてきたこのタイミングで、あの人はまた邪魔を……いいや、もはや妨害の域だろう。

 

 しかし、これで合点がいった。俺と雪ノ下が会議室で身動きが取れないうちに、陽乃さんが根回しを進めたに違いない。

 

 おそらく、最初は相模。

 

 最終的な決定権を持っているあいつを〝自分が主導で進め、成功した実績〟ができると釣ったのだろう。

 

 次に、文実にろくに顔を出していない実行委員たち。

 

 彼らは、報告書と定期的に出すスケジュール表でしか現状を知らない。故に、なんの問題もなく業務が進んでいると思ったに違いない。

 

 自分がいなくても平気なのだから、わざわざ来る気も起きない。だからこっちもどうしているか知れなかった。

 

 その裏で、自分たちの代わりに必死に遅れさせまいと頑張っているものたちの苦労など知りもしないで。

 

 そんな彼らの無知を、陽乃さんは利用して手中に収めた。くそ、こっちからも書類提出しか繋がりがなかったからな。

 

「………………」

 

 大勢の意見、そして名ばかりのリーダーである相模が乗り気な以上、俺たち数人が何を言っても意味はないだろう。

 

 しかも、残りの三週間という短期間でもなんとかなりものにそうな内容の濃さと時間なところが非常にいやらしい。

 

 ……ともかく、これは陽乃さんが一度で終わらせる訳がないと、そんなことさえ気がつかなかった俺の落ち度だ。

 

『ちょっといいか』

 

 首輪から声を出して、両手を机について立ち上がらんとする。

 

 この際、劇をすること自体はもう止められないだろう。とにかく今いるメンバーの為に、何かを言わなければ。

 

 必要なのは、一人でも多くの人員。劇の練習でどうしても落ちるだろう作業効率をカバーする手立てがなくてはいけない。

 

 その為にすべきこと。それは文実の現状を伝えることだ。

 

 仮にもその一端を預かるものとして──

 

『……あ、れ?』

 

 体から、力が抜けていく。

 

 足首から膝、腰から背筋と、次々と筋力が失われ、麻痺したように全身を支えられなくなる。

 

 それが極限の疲労とショックによる気絶だと悟ったのは、両手が机から離れ、仰向けに倒れる最中だった。

 

「比企谷くん!?」

「比企谷!」

 

 

 

 誰かが、叫ぶのが聞こえる。

 

 

 

 

 

 だめ……だ……意識、が……とお………………の…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──やれやれ。そろそろ僕が無理やり意識を奪おうと思っていたよ、この頑固者め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、意識が途切れた。

 

 

 

 ────

 

 

 

 ……また夢を見た。

 

 

 

 

 

 ぼんやりとした意識の中で、誰かに両腕を掴まれて吊るされながら運ばれているのがわかる。

 

 時間が経って思考がはっきりとしてきて、うっすらと目を開いた。

 

 すると、白塗りの床が見える。どうやら部屋に運ばれているようだ。

 

「ぅ、あ…………」

「おっ、お目覚めみたいだぞ」

 

 のろのろと頭を上げたところで、右腕を持っていた研究員がそう言った。その声には若干の驚きが混じっている。

 

「驚いたな、まさかこんな短時間で目を覚ますとは」

「最近のは特にきついらしいからなぁ。なんでも、()()()()()()()()()()()()()()の実験だとか」

「ああ、この前完成した試作品の実験だな。博士が最高傑作だって騒いでいたな」

「上が大枚叩いて手に入れた絶滅危惧指定のサンプルのDNAから作ったんだ、そりゃ狂喜乱舞もするだろうよ」

 

 人が動けないのをいいことに、結構重要そうなことをくっちゃべる研究員達。

 

 まあ、俺が知ったところでどうにもならない。もし世間が知ったとしてもせいぜい子供の戯言、そう認識されて終わりだ。

 

 無抵抗で引きずられていくこと数分、もはや見慣れすぎて愛着さえ感じる『No.88』の部屋にたどり着いた。

 

 扉が開くと、部屋の中に放り込まれる。かろうじて動く両手で、顔を床への激突から守った。

 

「じゃあな、明日も頑張れよ」

「せいぜい、俺たちの役に立ってくれ」

 

 ははは、と嫌みったらしく笑う研究員達の声は、扉が閉まると聞こえなくなった。

 

 しばらく床にうずくまっていたが、やがてのっそりと起き上がる。

 そしてベッドに思い切り大の字に寝転がった。

 

「今日も……きつかったな」

 

 最近、あいつが俺で試しているのは一つの薬剤。

 

 一日にいつくも実験されるよりマシか、なんて思ったが……全然そんなことなかった。むしろもっときつい。

 

 打たれた所をはじめとして、そこからじわじわと燃えるように全身が痛み出し、すぐに体が裂けるような激痛に変わった。

 

「ったく、いつもいつも俺が苦しむとこ見て笑いやがって。人が嫌がることしちゃいけませんって教わらなかったのかよ」

 

 いや、あいつに良心なんてものないか。いろんな人間の薄汚い部分を見てきたけど、あれはとびきりだ。

 

 皮肉な話だが、ここで一番偉いらしいあいつの専用実験体みたいになっているから、まだ他のように廃棄されてない。

 

 周りの部屋の全員が入れ替わったのは、一週間前か、それとも一ヶ月前だったか。

 

「……でも、もうすぐ終わり、だよな」

 

 ふと、右腕を目の前に掲げる。

 

 二の腕に、腕に黒い筋が浮き出ていた。今もジンジンと痛むそれは、注射の痕から広がっている。

 

 これが出たのは三日前。どうやら、俺の体を蝕む何からしいことだけは(聞いてもないのに)あいつに教えられた。

 

 今までの実験のせいで、薬剤全般に耐性がついたおかげでまだ生きているらしいが……結末は、二つに一つ。

 

「適合するか、死ぬか。どっちにしろお先真っ暗か……」

 

 死ねばそこで終わり、俺と言う存在は消えて無くなる。生き延びても、俺は()()になって人殺しの兵器にされる。

 

 それならいっそ、死んだほうがまだマシかもしれない。最近そう考えるようになった。

 

「……誰か殺してくれればいいのに」

「あら、若いのに随分な人生の嘆きようね」

「うわっ!?」

 

 びっくりしてベッドから転げ落ちた。独り言に返事があるなんて思わなかったのだ。

 

「ってえ……」

「ふふっ、ドッキリ大成功♪」

 

 打ち付けた尻をさすりながら声の主を見ると、いつの間にか部屋の中に人が入っている。

 

 トレイを持っているその女は、自分への自信があるのか、スタイルが丸わかりな服の上に白衣を着ていた。

 

「……なんだ、あんたかよ」

「あら、こんな綺麗なお姉さんに向かってあんたとは失礼ね。ちゃんとここに名前は書いてあるわよ?」

 

 ほらほら、と片方の手で首から下げたカードを見せびらかす。

 

「いやそれ偽名だろ」

「あ、バレた?」

「そのくらい、二年もいれば知ってるわ」

「そうね、あなたはそういう意味じゃあ私より先輩だったわね」

 

 また楽しそうに笑うケラケラさん(仮称)は、ひとしきり俺をいじって満足したのか近寄ってくる。

 

 そそくさとベッドに座ると、俺の前までやってきた女はずいっとトレイを上に乗った飯ごと差し出してきた。

 

「はいこれ、食べなさい。朝から何も栄養を摂取してないでしょ?」

「いらな「はいはい、あーん」んぐっ!」

 

 最後まで言い切る前に、口の中にいつの間にか一口ぶんフォークに巻かれたパスタを突っ込まれた。

 

 抗議の目線を送るも、女はこてんと首をかしげるだけ。くそ、その動きちょっと可愛いな。

 

 仕方がないので、咀嚼して飲み込む。そこでやっと女は俺の口からフォークを抜いた。

 

「……んぐっ。なにすんだよ」

「ふふん、もうあなたの行動パターンはこの一ヶ月で把握済みよ。研究者を舐めないで頂戴♪」

「へーへー、そうですか」

 

 ……でも、そうか。

 

 こいつがこの部屋に来るようになってから、もう一ヶ月も経過したのか。

 

 あの野郎の新しい助手だかなんだか知らないが、なんで毎日頼んでもないのに雑談とか飯食わせにきたりすんのかね。

 

 ま、どうでもいいか。最初からこいつを、いや人間という生き物を信用しないと決まっている。

 

 ()()()()()()()()()()()()人間なんて、絶対に信じるものか。

 

「それで、お味はどうかしら?」

「あんたが作ったわけじゃないだろ」

「そういう細かいことはいいの」

「いやよくねえよ……」

「で、どうなの?」

 

 強引だな……

 

「……別に、いつも通り生ゴミでも食ってる気分だよ」

 

 一週間くらい前から、なにを食べても腐った生卵でも食ってるようにしか感じない。

 

 いよいよ変化が始まっているのだろう。それにある種の怖さと、やっと苦悩から解放されるという安心がある。

 

「……ふーん、そう。それは辛いわねぇ」

「ああ辛いね、なんなら今すぐ死にたいところだ」

 

 いくら頑丈なメンタルでも、確実に少しずつすり減っていたせいか、無意識に母さんにそうしていたような皮肉を返す。

 

 すると、女は困ったように笑う。なんだよ、お前らみたいな人間なんかがそんな顔すんじゃねえよ。

 

「そういうことばかり言わないの。じゃないとこの先辛いだけよ?」

「はんっ、どうせ俺に先なんてねえよ。真っ暗もいいとこだ……そう思うと、俺たちをおもちゃにして楽しく過ごしてるあんたらはいいよな。さぞ面白いだろう?」

 

 俺の言葉に、女はあいつのように満面の笑顔で頷く……のではなく。

 

「……まあ、そう思われても仕方ないわよね」

 

 曖昧な答えに、何故だかイラッとする。何を食ってもマズいせいだろうか。

 

「じゃあ何か?あんたらにも辛いことがあるってのか。はは、そりゃ傑作だな」

「……私も苦労してるのよ。家族を守る為にね」

「…………え?」

 

 こいつ、家族なんていたのか?てっきり両親も実験台にしてそうな冷酷な人間かと思ってたのに。

 

「な、なんでもないわ!さあ、そろそろ戻りましょうか」

 

 すると、女は聞かせるつもりのないことだったのか、慌てた様子で両手を振ると立ち上がった。

 

「お、おい」

「それじゃ、また明日ね。おやすみなさい坊や」

 

 何かを言う暇もなく、女は部屋を出て行った。いつも通り、ポツンと白い部屋の中で俺だけが残る。

 

 しばらく出口の埋まった壁を見つめてたが、やがて諦めてまたベッドに倒れ込んだ。

 

「あーくそ、調子狂う」

 

 なんだよ、あの苦しそうな横顔。人のこと散々苦しめてるくせに。

 

 ふと、横を向く。そこにはあいつの置いていった食べかけのパスタが残っていた。

 

「……別に、あいつの言いなりになったわけじゃないし」

 

 なんとなく気になって、一口分巻いてみる。

 

「…………マズい」

 

 意気込んで口に押し込んだパスタは、やっぱり腐った生卵みたいだった。

 

 

 

 ────

 

 

 

 ……ん。

 

 

 

 目を開けると、薄ぼんやりとした暗い天井が見える。

 

 穴があくほどしばらくの間天井を見つめ、それが自分の部屋の天井だとようやく寝ぼけた理解した。

 

 両手を支えにして、ベッドから起き上がる。そうすると何度か頭を振って眠気を払い、部屋の中を見渡す。

 

 電気のついていない部屋は薄暗く、俺以外には誰の気配も感じられない。

 

「……?」

 

 俺、なんで家に帰ってきてるんだ? 確か、学校の会議室でスローガン決めの会議中に倒れて……

 

 そのあとのことは覚えていない。意識がブラックアウトする直前、オクタの声が聞こえたような気がするが……

 

 枕元の時計を見ると、午後九時。会議が始まったのが三時半だから、相当な時間寝ていたことになる。

 

「?」

 

 なんか時計の下に挟まってる。リビングのコピー機の用紙か?

 

 何か文字が書かれている紙を抜き取って、ポケットを探って携帯を取り出すと画面の光で照らす。

 

 

『君が倒れたから、僕が代わりに体を使って帰ったよ。

 

 真面目で責任感が強いのは君の美徳だが、次は怒るからな。

 

 もう一人の君より』

 

 

 ……どうやら気絶したあと、オクタが入れ替わっていたらしい。

 

 心の中で話しかけてみるが、うんともすんとも言わない。おそらく眠っているのだろう。

 

 そう結論づけて、ふとスマホの画面を見ると……メールの受信履歴がものすっごい数になっていた。

 

「……」

 

 嫌な予感がしつつ受信トレイを開くと、スパムメールみたいな名前の送り主……由比ヶ浜からのメールががわんさかあった。

 

 

『ヒッキー、体調どう?なんかあったら連絡してね、お見舞い行くから!』

 

 

 十分おきに送られているそれを一つ開いてみると、書いてあったのは心配の言葉。不謹慎にも少し心が温かくなる。

 

 他のメールもだいたい同じ内容だったので、適当にスルーしてスクロールする。すると、平塚先生のを見つけた。

 

 

『比企谷、今日は大変だったようだな。職員会議で行くのが遅れたのが悔やまれるよ。親御さんと連絡を取って明日は欠席することになったから、ゆっくり休みなさい』

 

 

 内容を要約すると、そんな感じ。かしこまった文調ながらもこちらを慮っているのがよくわかる。

 

 平塚先生、本当にいい人だな。いつも茶化してるけど、なんで結婚できないのか真面目に不思議だ。

 

 ともかく、どうやら何かしらの措置が取られたことはわかった。とりあえず喉が渇いたし、部屋を出よう。

 

「っ」

 

 首輪の充電が切れていたので、よっと心の中で言って布団の中から這い出る。

 

 長い時間眠っていたためか、立ち上がっても何ら違和感は感じない。寝てる間に不調は治ったらしい。

 

 ドアを開けると、廊下の光が目にしみる。うっ、この腐った目まで浄化されそうだ。

 

「……?」

 

 扉を閉めたところで、ふわりと下の階からいい匂いが漂ってきた。

 

 小町か?と思いながら下へ降りて、リビングに入ると──

 

「ンゴーッ……」

 

 そこには材木座がいた。

 

 ……目をこすってもう一回見るが、そこには材木座がいた。リビングの机に突っ伏して爆睡している。

 

 えっ、こいつなんでうちにいるの? いやいること自体は変じゃないが。ちょくちょく週末遊びに来るし。

 

「ふふーん……あ」

 

 まさかの材木座を見ていると、鼻歌まじりに誰かがキッチンから出てきた。

 

「先輩、起きたんですか。もう大丈夫なんですか?」

 

 そこにいたのは一色……いろはね、いろは。わかったからそんな睨むな、病み上がりにはきつい。

 

「毎回間違える先輩が悪いんですよーだ」

 

 はいはい、ごめんごめん。

 

 で、なんでお前ここにいるの? あとついでに材木座も。

 

「何って、先輩の看病ですけど」

 

 看病?といろはの全身を見る。

 

 自前と思しきピンク色のエプロン、ミトンをつけた手には小さな蓋つき鍋。良い香りの発生源はそれだ。

 

「ちょ、そんな見つめられると照れます……それより先輩、ご飯食べれますか?」

 

 まあ、今なら。

 

「なら良かったです。諸々説明するんで、まずはお腹に入れてください」

 

 そういったいろはは、テキパキと机の上に散乱していた何かの書類を材木座ごと端っこに押しやる。

 

 鍋と食器が用意され、いつもの席に座るといろはが蓋を取り払った。

 

「ジャジャーン、いろは特製卵おかゆでーす♪」

 

 おお、うまそう。ここ何日かロクに食ってなかったから腹の虫が鳴りまくっている。

 

 手を合わせて茶碗によそい、スプーンで一口すくって息を吹きかける。十分に冷ましたところで口に含んだ。

 

「どうですかー?」

 

 ああ、見かけに負けず劣らずのうまさだ。女子力高いのは知ってたけど、なかなかの腕だな。

 

「それは良かったです♪」

 

 それから俺は、空腹のままにどんどんおかゆを食った。ここ数日何の栄養もとっていない体だ、エネルギーはいくらでも取り込めた。

 

 たった十五分ほどで、鍋一杯分食べ尽くしてしまった。しっかりと手を合わせて、口パクでご馳走様という。

 

「お気に召したようで何よりです……さて。それじゃあ本題に入りましょうか」

 

 正面に座って俺を見ていたいろはは、おもむろに真剣な表情になって説明を始めた。

 

 自然とこちらも居住まいを正し、話を聞く体制に入る。

 

「私たちがここにいる理由、説明しちゃいます♪」

 

 

 

 

 

 そして、俺が倒れた後に文実で何があったのかを知った。

 




八幡が倒れた後、何があったのか。
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