まあ、今日も今日とて自分は小説を書きます。皆さん、クリスマスですがお付き合いください。
雪ノ下の、文化祭実行委員会副委員長に就任。
……と、補佐の俺のことが伝達されたのは、依頼を受けてから数日後のことだった。
日を置いたミーティングにおいて、相模が溌剌と……まあ俺のせいか、少し苦い顔ながらも発表した。
元より望まれていたこともあって、大半が雪ノ下のことを肯定的な態度で受け入れられた。
俺?俺は初回の雪ノ下とのやりとりを発端に男子どもの殺意を一身に受け止めてます。
まあ、成績とスポーツ大会の功績で誰も口出しはしなかったけどな。
その後、俺と雪ノ下は委員会の各部署の進行状況を調査・把握し、すぐさま生徒会と提携して効率化に動き出した。
その結果……
「では、これよりミーティングを始めます」
やや硬い相模の宣言により、三回目となる定例ミーティングが開始される。
その右隣に座るのは、副委員長に君臨した雪ノ下。
静かに座る彼女はいるだけで存在感がある。相模の声が強張っているのも、彼女の冷たい雰囲気が一因だろう。
で、その隣に俺。
最初は補佐するだけなら元の場所でよくね?と言ったが、雪ノ下に問答無用で前に引っ張り出された。
ふえぇ、男子たちの目線が怖いよぉ……キモいな、うん。
「じゃあ、宣伝広報。お願いします」
相模が手に持った、少し分厚い資料を見ながら各部署への報告事項の提示を求めた。
呼ばれた部署の担当部長が立ち上がり、現在の進捗状況を報告する。
「提示予定の内容の八割を消化し、ポスター制作も既に終了しています」
八割、か……まあ、想定より多少遅れている程度だな。
文化祭まで残り三週間。客によっては、既に
特に来年受験を考えている中学生や、その保護者は文化祭を見て参考にする傾向もあるため、こまめに情報を集める。
「そうですか。えっと……」
相模はまた、チラリと手元を見やる。そして目的の項目を見つけたのか、たどたどしく続けた。
「学校のホームページには、もう記載しましたか?」
「はい。でも、まだ終わってない部分は今後追加することになっています」
「ぐ、具体的にはどこがまだ消化できていませんか?」
「ええと……交通関係の案内ですね」
「なら、少し急ぎでお願いします」
はい、と答えた宣伝広報部部長は座る。まずは一つ終わり、相模はひそかにほっとした。
次に指名されたのは、有志統制。文化祭を学外に周知する宣伝広報と並んで重要な部署だ。
「どれくらいの団体が集まりましたか?」
「有志参加団体は、現在十団体ほどになっています」
いい参加数だ。最初は三組とかだったか?それに比べたら随分と増えた。
確か、見物客の投票で上位入賞した団体は地域賞を出すことにしたんだったか。それが効いたのだろう。
「えと、そのうち外部からの有志はどれくらいですか?」
「三団体、くらいですかね」
「ええと……」
資料をめくる相模。十秒くらいして、続きを言う。
「去年までの記録を洗い出して、連絡を取ってみてください。地域との繋がりを推しているので、なるべく参加団体は多い方がいいです。それが終わったら、集客の見込みとスタッフの配置、シフトの表を作って提出してください」
「了解しました」
頷いた有志統制のリーダーが座り、保健衛生、会計監査、と他の部署へと移り、確認をしていく。
相模は資料と睨めっこをしながら、その一つ一つをなぁなぁにすることなく、しっかりと指示を出していった。
「じゃあ、最後に記録雑務」
「特にないです」
気づけば、最後の部署……俺も参加する記録雑務になっていた。部長の先輩は簡潔に答えを述べる。
実際、この段階では仕事は多くない。名は体を表すということわざ通り、俺たちは当日の出来事の記録がメインだ。
「あの、記録雑務もタイムスケジュールと機材申請、早めにお願いします。有志団体の撮影とかとかぶるかもしれないんで」
「わかりました」
記録雑務が終われば、一通りの定例ミーティングですべき確認が終了した。
ほっ、とこれで終わりみたいな顔をする相模。おいおい、まだ一つ忘れてるぞ。
俺は雪ノ下に目配せをした。雪ノ下はすぐに察して、相模に言葉を投げかける。
「委員長、来賓対応のことを」
あっ、と小さく声を出す相模。やっぱり忘れてたか。
「あの、せ、生徒会の方々が対応でよろしいですか?」
「うん、大丈夫だよー」
「えっと……」
そこで、相模は言葉に詰まってしまった。
資料で顔の下半分を隠しながら、雪ノ下に助けを求めるように目を向ける。ここら辺が限界だろう。
「そのリストの確認と、当日の受付との情報共有をお願いします」
「りょうかーい」
雪ノ下が淡々とした声で言うと、城廻先輩がピシッと敬礼して答える。あれを天然でやってるんだから恐ろしい。
それから詳細な問題の洗い出し、それへの解決策を話し合った後で、生徒会の人に頷く。
名前も知らない同級生は首肯して、俺の横に積んであったプリントを配布しはじめた。
「今配っている新しいスケジュールをよく確認して、引き続き作業を行なってください。それでは、お疲れ様でした」
全員にプリントが行き渡った所で、相模が号令をかける。
口々に答えた委員たちは席を離れていった。やれ疲れただの、このあと何処かに寄っていくだのと話しながら退室していく。
半数ほどが退室し、部屋全体の空気が弛緩したところで、俺は正していた背筋を脱力させ、深く息を吐いた。
ちらりと相模を見る。
「はー、良かったー……」
「南、頑張ってたねー」
「うんうん、結構堂に入ってたよ」
「えー、ほんとー?」
相模は、いつものお仲間二人とワイワイやってた。しかし、笑うその顔には少々気疲れが見て取れる。
緊張していたのが見るからにわかった。進行をしてる時もあの、とかえっと、とか繰り返し言ってたし。
「無事に成功、のようね」
『ああ』
雪ノ下に相槌を打って、俺は自分の目の前に置かれたプリントを見た。
その紙は、提出や報告必須の案件と行き詰った時のための簡単な解決策、それを収める期限を書いたもの。
部署ごとに細々と違う内容を記載したそれを作ったのは……まあ、心の中で誰に隠す訳でもないので言うが、俺だ。
我ながらそこそこの出来の書類を眺めていると、カツカツとヒールを鳴らしながら平塚先生が近づいてくる。
「まったく、君は大したものだな」
『先生。別に、特別なことはしてないですよ』
俺のしたことは簡単だ。
最初の定例ミーティングでの報告、およびこの会議室での作業の様子を見て、実行委員各人の作業ペースを全員分把握。
そこから割り出した部署自体の進行速度からスケジュールを作成し、一日置きに上がる報告書でその都度調整しているにすぎない。
予想より進んでいるなら、無理のない範囲で予定を早める。
遅れているなら、具体的な解決策を提示して少し期限を伸ばす。
出来ない奴の仕事が進まない所以は、やり方が分からないからだ。また、それを自分で模索するのも面倒くさい。
なら、こっちから解決策を提示してやればいい。そうすればあっちはそれを使って頑張ってくれる、というわけだ。
「いや、それがすごいのだよ。よほど人間観察が得意な人間でなければ、そんな予定の組み方はできない」
『まあ、それが長所みたいなもんですからね』
ともあれ、なんとか実行委員会は順調に回っていた。
このまま、何事もなく進めばいいが。
──
翌日。
「違う違う!ビジネスマンのネクタイの取り方はもっと悩ましく!なんのためのスーツだと思ってるのかな!?」
いや、スーツはただの正装だから。それ以外の用途はないから。
今日も今日とて、海老名さんは台本片手に大暴れしていた。あまりの熱量に、演技指導をされているメンバーは気圧されている。
「あの、そろそろ俺も実演の方を……」
「まだまだダメ!」
「こっからが本番だよ!」
その一方で、メイキングから抜け出せていないメンバーもいる。主に葉山を筆頭にした、劇の主役格たちだ。
それは戸塚も例外ではなく、葉山同様に素材がいいためか三十分くらいヘアメイクやら薄い化粧やらされている。
ちなみに、今劇をしているメンバーはものの五分程度でメイクが終わった組である。扱いの差が非常に顕著だった。
「…………」
俺はといえば、教室の隅っこでパソコンと格闘だ。今は補佐の方の仕事をしている。
今回の相模の依頼において、俺がすべきことは何か。補佐というのだから当然、雪ノ下の負担の軽減だ。
雪ノ下は昔から陽乃さんのようになんでもこなそうとする癖がある。それは彼女の原動力であり、呪いだ。
自分一人で全て進めようとした結果倒れました、なんて事態になったら、俺は自分の至らなさに死にたくなる。
ならば、彼女のすることを最初から縮小してしまえばいい。
では、そのためにすべきことはなにか?
それは、相模にある程度ちゃんと実行委員長をやってもらうこと。そうすれば自然と、雪ノ下の仕事も減る。
そのために必要なものは、相模でもリーダーとして指揮できるだけのわかりやすい資料と、あらゆる事態に備えての解決策だ。
そこで平塚先生にお願いし、昨年度までの文化祭の記録をもらい、開催にこぎつけるまでに必要なものを調査。
予算、機材、人員、書類……ありとあらゆる全ての情報を知り、過去のデータから不測の事態に備えて何重もの対応策を講じた。
あとはそれを、報告書から把握した現状に合わせて小出ししていき、目に見える形にして相模に使わせる。
昨日相模がミーティングの時に使っていた、あの資料がそれである。
「そういや、ポスターどうすんの?」
「そう、ポスター!客引き効果も絶大だし、キャスト情報も出さないとね!」
「うーん、でも衣装どうしようか?」
「貸衣装だと汚しそうだよね」
「主役のイメージはもう固まってるから、そもそも既製の衣装は使えないし……」
「予算もカツカツだしね」
というわけで、クラスのミュージカルの相談をBGMに、今日も委員長様のための資料作りである。
内容は主に、予想外の事態で作業が遅れる事態を加味した、次の定例ミーティングの確認事項と指示内容だ。
部室行って雪ノ下とゲームしたいとか思って作業すること十分、最後の表を挿入して、資料ができた。
『これで終わり、と』
昨日の夜からの力作をしっかり保存すると、コピーしてもらうために平塚先生にファイルをメールに添付して送る。
パソコンを閉じて、んっと伸びをした。背骨のあたりからボキボキッとかすごい音が鳴る。
「じゃあ、作ればよくない?」
お?どうやらクラス展示の方も進展があったみたいだ。そういやさっきからポスターがどうのとか言ってたな。
でも、このクラスの中に裁縫ができるやつっているのだろうか。俺はせいぜい補修とアレンジ程度が限界だが……
「裁縫できる子っているの?」
「授業でくらいしかやったことないけど」
それが普通だよな。
どう解決するのか眺めていると、ふと視界の端っこで青みがかったポニーテールが揺れているのが見えた。
そちらを見ると、川崎が女子たちの会話を聞いてソワソワと体を揺らしていた。ははあ、さてはこいつ加わりたいんだな?
『参加したいなら、言い出せばどうだ?』
「…………はぁ?別に、やりたくたいし」
いや、そんなそっぽ向かれながら言われても。仲良くない俺でも照れ隠しだってわかるぞ?
しかし、それこそ友人でもない俺の言葉など、こいつが聞くとは思えない。ならば少々卑怯な手を使おう。
『おい、由比ヶ浜。川崎が何か言いたいんだってよ』
「ちょっ、あんた!」
「え、なになに?」
海老名さんと予算の相談をしていた由比ヶ浜は、こちらを振り返るとトテトテと駆け寄ってくる。
「それで、川崎さんがどしたの?」
『なんでも、裁縫できるからやってみたいんだと』
「言ってない、言ってないから!それに劇の衣装なんて、そんな立派なもの作れないし!」
川崎はそう言って拒否しようとするが、時すでに遅し。由比ヶ浜の検分がはじまっていた。
由比ヶ浜は腰に手を当て、なにやら難しげな顔で川崎の全身を見る。モジモジと居心地が悪そうに体をゆする。
やがて、由比ヶ浜の視線は一点に終着した。
「そのシュシュ、もしかして手作り?」
「え?うん、そうだけど……」
「ちょっと見せてもらっていい?」
「いいけど……」
シュシュを外し、手渡す川崎。受け取った由比ヶ浜は、ほうほうとか言いながらシュシュを見つめる。
「姫菜、ちょいカモン」
「はーい」
呼ばれて飛び出て海老名さん。由比ヶ浜がシュシュを手渡すと、キランとメガネが光る。
「ふむふむ、手縫いで縫製は綺麗……色使いも可愛いと。ミシンもできる?」
「まあ、一応」
ブレザーのポケットから、もう一つシュシュを取り出した。こっちも結構なクオリティだ。
「なるほど、手縫いもミシンもどっちもいけると……よし、川崎さんに決定!よろしくね!」
「ええっ!!?」
まさかの即決だった。ごく軽いノリで海老名さんに肩を叩かれた川崎は、驚きの声を張り上げる。
「ちょ、そんな適当に……」
「適当じゃないよ。川崎さん、制服もところどころ改造してるでしょ?例えばこのブラウスとか」
「あ、え、うん……」
半ば呆然とした顔で、由比ヶ浜に生返事する川崎。細かなところに気づかれたせいか、ちょっと嬉しそうである。
「大丈夫大丈夫、その既成のものを活用する想像力と技術があるなら。いざという時は私が責任とるから!」
「はあ……」
この調子なら、川崎はなんだかんだで引き受けるだろう。あとを頼んだという意味で、由比ヶ浜の肩を軽く叩く。
相変わらず察しの良い彼女は頷いて、パソコンを押し込んだ鞄を俺が持つと、ふと女子たちの方を見た。
「さがみん、文実いいの?」
「え?あ、うん。クラスの企画申請書も描かなきゃだし、それに最近調子いいっていうか?」
それは俺の資料があるからだけどな。まあ、あんな調子でいてくれればこっちも仕事が楽なので助かる。
どうやらまだ教室にいるつもりらしい相模をほっといて、俺は教室を出るとそっと戸を閉めた。
廊下の方に向き直ると、ぱったりと葉山と鉢合わせる。途端に引きつった顔をされた。
「あー、その。これから文実か?」
片手にメイク落としのペーパーを持った葉山が、そう聞いてくる。トイレででも落としてきたのだろう。
『ああ。で、何?お前も行くの?』
「まあ、有志団体の申し込みに。書類をもらいにさ」
そうか、と端的に返して歩き出す。別に葉山の予定とか知らんし、知りたくもない。
葉山が苦笑して、あとをついてくるのがわかった。
──ー
会議室に向けて、足を進める。
今日は定例ミーティングの日ではないが、記録雑務の仕事が待っているのだ。
なぜ俺側の時までこんな働かなくてはいけないのか。肉体労働に加えて頭脳労働もするとか俺マジ社畜。
「「…………」」
廊下を歩く俺たちの間に、会話はない。
当たり前だ。俺は葉山のことが苦手だし、葉山は俺のことを恐れている。それはあの日から変わらない。
つーかそれ以前にリア充との会話のネタなんか、俺は持ってない。よって話す必要なし、首輪のバッテリーも無駄だしな。
「……君は」
「…………?」
かと思ったのだが、どうやら違うようだ。
超珍しく声をかけてきた葉山に、内心驚きながら隣を振り向く。すると、葉山は前を向いたまま話し出す。
「君は、雪ノ下さんのサポートをしているのかい?」
『ああ。それがどうした』
「いや……やっぱりか、と思ってな」
言葉の意味がよくわからなかった。こいつは俺に何を言いたいんだ?
「君はいつだって、彼女のそばにいる。彼女を支え、守ろうとしている。時には自分を使ってでも……まるでそれが、自分の役目と言わんばかりに」
ぽりぽりと、左の頬を掻きながら言う葉山。
そこはあの日、俺が最初に拳を叩き込んだ場所だ。あの日の気持ちも、拳の感触も、鮮明に思い出せる。
『そんな大層なもんじゃねえよ。単に依頼だから手伝ってるだけだ』
「いや、君はきっと依頼とやらがなくても彼女の隣へ行ったはずだ。違うか?」
…………言い返せないのが悔しい。
確かに俺は、もしも雪ノ下が依頼を受けず、別の形で今の立場にいてもどうにか手伝おうとしただろう。
それはまるで、本能的な習性のように。彼女と出会ったあの時から、俺は何であろうと力になりたいと願うようになった。
そのあり方は番犬に近い。え、俺いつから雪ノ下の犬になったの。躾けられちゃうのん? それも悪くないと思ってる俺ガイル。
まあ、今回はそんな俺の身勝手な願望を押し付けずに、普通に協力できる状況になってよかったと思う。
「そう、君だけだ。彼女の隣で、彼女を笑わせられたのは……」
『結局、何が言いたいんだよ……』
こいつと昔の思い出話に花を咲かせても、全然楽しくないんだが。主に海老名さん的な意味で。
「いや、要するに……まあその、なんだ。頑張れよってことだ」
えっ。
葉山が、が俺のことを応援してきただと?なに、あの日の仕返しでもするための計画とか立ててるの?
……なんて、そんな冗談も口元は笑いながらも、どこか真剣さを帯びた横顔を見れば嘘ではないのはわかる。
『お前に言われなくてもそのつもりだよ』
「はは、そうだな。すまない、変なこと言った、忘れてくれ」
『本当にな』
そう、実におかしなことだ。
葉山隼人が、比企谷八幡を応援するなど。俺は決して人に応援も称賛もされるような存在ではないというのに。
人は簡単には変わらないし、変われない。変化しないことは悪ではないが、しかし時には罪となる。
では、昔と変わらず皆の王子様でい続ける葉山や、人に悪意を感じさせる方法しか取れない俺もまた罪なのか。
少なくとも、昔の俺は葉山のやり方を罪だと思った。雪ノ下に優しくないその笑顔を無意味だと憤った。
しかし、こいつにもこいつなりの苦労があるのだろう。優れたものとして、周りの期待に応えねばならないのだろう。
俺にその重圧はわからない。なぜなら俺は比企谷八幡であり、葉山隼人にはなりえないのだから。
だから、きっと変わらない。
みんなに優しく、一人に優しくないやり方を貫く葉山も。一人のために、みんなを壊す俺のやり方も。
『……まあ、変えなきゃいけないものもあるんだけどな』
「え?なんのことだ?」
『なんでもねえよ』
いつかは変わる時がくる。俺と雪ノ下の、俺と由比ヶ浜の関係が。
そしておそらく……どちらも、その〝いつか〟がもうすぐそこまで迫っているのだ。
「ん?」
そうこうしているうちに、会議室の前に到着する。そこには中を覗き込むように人だかりができていた。
「何かあったの?」
ギャラリーの一人に葉山が話しかけると、面倒臭そうに振り返った女子は葉山と分かった途端ぽっと頬を赤くした。
現金な反応だなとか思いながら返答を待つが、女子はちらりと扉の方を見るだけ。仕方がない、行くか。
人の間をすり抜けて、扉に手をかける。そして開いて──後悔した。
部屋の中には、緊迫した空気が張り詰めていた。数人が隅っこに寄って、その発生源を見ている。
部屋の中央。黒いオーラさえ見えそうなそこにいるのは三人の女性。
雪ノ下雪乃。
城廻めぐり。
そして……雪ノ下陽乃。
「……姉さん。何をしに来たの」
「やだなぁ、有志団体募集の連絡を受けたから来たんだって。管弦楽部のOGとしてね」
「ご、ごめんね。私が呼んだんだ。たまたま街であって、それで色々話して盛り上がってるうちに、有志団体が足りないからどうかなって、ね?」
雪ノ下が睨めつけ、陽乃さんが笑い、城廻先輩が両手を合わせてフォローする。それが一つのセットのような光景だ。
「雪ノ下さんは入学してなかったから知らないと思うけどね、はるさん、三年生の時有志でバンドやったんだよ。それがすごくてねー」
「それは、見てはいたので知ってますけど……」
あー、そういや総武に入学するために下見に文化祭に来た時、陽乃さんやってたな。プロもかくやというクオリティだった。
雪ノ下は奥歯を噛みしめ、俯いてしまう。それによって申し訳なさそうな城廻先輩とは目線が合わず、気まずい空気が流れた。
……はぁ。なんで俺は雪ノ下のああいう顔を見るたびに、自然と足が動き出してしまうのだろうか。
『陽乃さん』
「んー?」
首輪が機械じみた電子音声を発せば、彼女はゆるりとした動きで振り返る。そんな動きさえ様になっていた。
そして、声をかけたのが俺だと認識した途端……ふと、いつもとは違う。けれどいつも通りの、得体の知れない笑顔を浮かべた。
違和感を感じる。確かに今は周りに人がいるが、まさか彼女が俺に対してそんな顔をするなんて。
「あ、比企谷くんだ。ひゃっはろー」
『なんですか、その由比ヶ浜の応用版みたいな挨拶は』
「ふふっ、可愛いでしょ」
あざとくテヘペロする陽乃さん。うん、これが小町なら頭をぐりぐり撫でてるところだ。
あの雪ノ下陽乃と平然と話していることに、周りから驚愕の視線が刺さる。もう雪ノ下の件で慣れました、はい。
「え、あれ。比企谷くん、はるさんと知り合いなの?」
城廻先輩は、俺と陽乃さんの顔を交互に見ながらそういった。ちなみに名前が覚えられてるのは雪ノ下の補佐だからだ。
『まあ、ちょっと』
「そりゃもう、知り合いも知り合いだよー」
だって、と一度言葉を切って。陽乃さんは俺の腕と雪ノ下の手を取り、強引に引き寄せる。
「きゃっ」
「……!?」
他者の手によって強引に接近した俺と雪ノ下は、一瞬見つめあう。
その間に、陽乃さんはトリガーをあっさり引いた。
「比企谷くんは、雪乃ちゃんの未来の旦那さんだし」
衝撃。からの大爆発。
さらりと放たれた陽乃さんの一言は、核弾頭レベルのショックを部屋中に与えた。それはもう盛大に。
野次馬はざわめき、天然な城廻は「えっ!?えって!?」と俺と雪ノ下を交互に見る。視界の端では葉山が唖然としていた。
「ね、姉さん!?一体何を……!」
「えー、だってそうでしょ?雪乃ちゃんの世界の中で、比企谷くんだけが……」
「姉さんっ!」
「あはは、顔真っ赤でかーわいー」
詰め寄る雪ノ下に、陽乃さんはケラケラ笑う。か、完全に遊ばれてやがる。
ああ、どうやら。
平穏無事に終わればいいという俺の願いは、一日で潰えたようだ。
はい、というわけではるのん襲来。前回八幡が作っていたのは相模を働かせるための資料でした。
あの手の人って、自分がそれなりにリーダーとしてやってるって達成感とプライドが感じられればちゃんとやると勝手に思っています。
感想をいただけると励みになります。
あ、初めてアンケートを使ってみます。皆さん、ご意見お願いします。