声を失った少年【完結】   作:熊0803

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今日街をぶらぶらしてたらマッ缶があったので飲みました。甘くて美味しい。
楽しんでいただけると嬉しいです。


45.声を無くした少年は、相談に乗る。

 

「それでは、今日はここまで」

 

  予鈴が鳴るのと同時に、講師がチョークを黒板に滑らせる手を止める。その瞬間、今日室内の空気が弛緩した。

 

  講師が教材をまとめ始めると、それに倣うように生徒たちもペンをペンケースにしまい、ノートを片付け始める。

 

  かくいう俺も、板書を書き終えるとシャーペンの芯を中に入れ、ペンケースに放り込んだ。そして軽く伸びをする。

 

  流石に90分も座りっぱなしでは、この体でも多少は疲れを感じる。視力など下がりようがないため、気分でつけている伊達眼鏡を外した。

 

  今更だが、ここは予備校である。場所は津田沼であり、今年に入ってから通い始めた。来年は受験だからな。

 

  といっても、俺の将来はもう決まっている。義父さんの会社に入社し、その傍らで〝組織〟のメンバーとして活動するのだ。

 

  義父さんは別に高卒で会社に入るのでも良い、と言ってくれているが、俺としてはできるだけ外面を良くしておきたい。だから大学に行かせてくれるように頼んだ。

 

「ねえ」

 

  さて、帰りにゲーセンか本屋に寄っていくかと荷物をまとめていると、不意にコツコツと机を叩かれた。

 

  一体誰だと顔を上げれば……そこにいたのは一見不良にも見える鋭い目つきの女。青みがかった長髪をシュシュでポニーテールにしている。

 

  二つの意味で見知った人物で会った。一つは時々同じ講義を取っているから見かけるから。そしてもう一つは……

 

『川崎か』

 

  女……クラスメイトの川崎沙希にそう言えば、川崎は「それ以外の誰に見えんの」と答えた。もっともだ。

 

『で、何の用だ?』

「このあと暇?」

 

  予定はあるか、と聞いてくる川崎にふむと考える。特段何かやらなければいけないことがあるわけではない。

 

  別に平気だぞ。とジェスチャーすれば、川崎はじゃあ付いてきてと言い残して教室を出て行った。

 

  勝手なその後ろ姿に思わず苦笑しながら、まとめた荷物をカバンに入れて後を追いかける。

 

  階段を降り、エントランスを出ると、道路にはムワッとした熱気が立ち込めていた。風もなく、遠くの道に蜃気楼が見える。

 

  川崎はエントランスの柱に背を預けて待っていた。俺が来たのをちらりと見ると歩き始め、俺は横に並ぶ。

 

『で、結局何の用だ』

「弟があんたに話聞きたいらしくてさ。ちょうど津田沼に来ているっていうから」

 

  ははぁ、なるほど。そういえばこいつ、今日の講義の前の休み時間、携帯見て優しい微笑みをしてたな。

 

  たしか……大志くんって言ったっけか?あいつとのメールでも見てたんだろう。前から思ってたけどブラコンだよな川崎って。

 

「ああ、そういやあんたの妹も一緒だとか」

『ほほう』

 

  話をするというのなら残量を残しておこうと、首輪から携帯のアプリに切り替えて答える。なんだ、デートでもしてるのか。

 

『仲良いんだな、あいつら』

「……休みに二人でいることにはなんか思わないの?」

『よっぽどダメなやつならぶん殴るが、見たとこ悪いやつじゃなさそうだしな。別に文句はねえよ』

 

  むしろそのまま付き合ってほしいまである。自分で言うのもなんだけど、あいつもブラコンだから。

 

「何さらっと人の弟に手を出す宣言してんのよ。そんなことしたら私があんたを張り倒すから」

『へいへい、りょーかいです』

 

  ボタンを押しながら肩をすくめれば、川崎もそれならいいけど、と鼻を鳴らした。あっさりしてて案外付き合いやすいかもしれない。

 

  そうして川崎とともに向かったのは、近くのサイゼリアだった。千葉の学生の昼飯を食う場所といえばサイゼリアだろう。

 

「そういえばさ」

「?」

「この前、雪ノ下も夏期講習受けてたよ」

 

  その言葉に一瞬、足が止まりかけた。しかしすぐに足を踏みだし、歩き続ける。

 

  以前聞いたところによると、雪ノ下の志望は国立文理系だと言っていた。おそらく川崎もそのコースを受講しているのだろう。

 

『で、雪ノ下がどうしたんだ?』

「その、さ。お礼言っといてくんない?」

 

  遠慮がちに言う川崎。自分でいえばいいだろ、といえば渋い顔をする。

 

「なんていうか、ちょっと近づきにくくて」

 

  まあ、色々言っちまってたしな。それに加えて、普段の雪ノ下の周囲を近づけさせない空気もあるのだろう。

 

  優秀すぎるゆえの孤独。あまりに優れすぎていた雪ノ下はそれだけで理不尽に妬まれ、傷つけられた。

 

  そして雪ノ下はそれに屈さなかった。たとえどれだけの悪意が襲いかかろうと、真正面から向かい合い叩き潰してきた。

 

  それは俺にはできなかったこと。全てを奪われ、人でなくなり、あまりに多すぎる悪意に心を捨て一度は怪物になった。

 

  だからこそ、俺は雪ノ下に憧れた。そしてあんな彼女にさえ弱さがあると知ったからそばに居て支えたいと思った。

 

  ……まあ要するに何を言いたいのかっていうと、雪ノ下はすごすぎて凡人だと近寄り難いって話だ。俺だってこの体でなかったらろくに及ばないだろう。

 

『まあわかった。川崎が感謝してるって言っとくわ』

「助かるよ」

 

  そうこうしているうちに、件のサイゼリアへと到着した。

 

  自動ドアが開いてすぐ、ドリンクバーの近くの席に小町と大志くんが座っているのに気がつく。

 

  ピロリロという独特の間延びした音に小町たちは振り返り、俺たちだとわかるとパッと笑顔を浮かべて手を振った。

 

「お義兄ちゃん、川崎さん、こっちこっち」

 

  小町の呼ぶ声に歩いていき、席に荷物を下ろす。場所は当然、小町の隣だ。川崎も大志くんの隣に肩にかけていたカバンを置いた。

 

  近寄ってきた店員にドリンクバーの追加を二つ、そして丁度昼時だったのでミラノ風ドリアを、川崎がハンバーグを注文する。

 

  それから飲み物を取ってきて、ひと段落ついたところで話を切り出した。

 

「こんにちはっす、お兄さん」

『おう。で、うちの学校について聞きたいことがあるんだって?』

「はい、お願いするっす」

『つっても、川崎に聞けばいいと思うがな』

 

  言うまでもないが、川崎も俺と同じく総武高の生徒。それならそっちの方が手っ取り早い気がするが……

 

「やっぱり同じ男子の視点からの意見が聞きたいんですよ!」

 

  拳をぐっと握り、身を乗り出す大志くん。その剣幕に押され、思わず身を引く。

 

『……まあ、そこまでいうならある程度は教える。つってもそこらの高校とそんなに変わんないぞ。違いがあるとすれば部活の強弱とか行事とかくらいだ』

 

  実際受験する際に他の学校の特性も調べてみたが、ほとんど変わりがなかった。当たり前だ、漫画の世界じゃないのだから。

 

  勉強するのなんてどこでもできるという言葉があるが、それはあながち間違いではない。どこの高校だってやることはほとんど同じだ。

 

  そこに何か特別性を感じるとすれば、それは人との交流が主だろう。つまりそれ以外のことを聞いても意味がない。

 

「んー、でも偏差値とかで校風が変わるとかはあるんじゃない?」

「おお、比企谷さんいい質問っす!」

『一理ある。でもそれだって不良みたいなやつの数が多いか少ないかくらいだ』

 

  仮にもうちは進学校。つまりそれなりに将来を見据えないといけないわけで、そうそうバカをやるやつはいない。

 

  まあ馬鹿騒ぎをするやつはいるが、普通の高校生の範疇だろう。例えば戸部とか戸部とか戸部とか。

 

  それを説明すれば、少し難しそうな顔をするものの納得する大志くん。それに一つ頷き、話を続ける。

 

『あとまあ強いていうなら、いろんなところから人間が集まってくるから人種が増えるってくらいか』

「な、なるほど……」

『でもな、そういうやつらは一概に〝高校生らしく〟あろうとする』

「高校生らしく、ですか?」

 

  首をかしげる大志くんに頷き、説明を始めた。

 

  高校生になったやつらは男女関係なく、皆一様に世間一般的な〝高校生らしい高校生〟らしくなろうとするのだ。

 

  すなわち、異性とキャッキャウフフしたり、意味もなく大勢でワイワイ騒いだり、そんな風にいかにもな青春を謳歌しようとする。

 

  高校生デビューなんていい例だ。むしろあれこそが〝高校生らしく〟の頂点と言っていいだろう。本当の自分を隠し、〝高校生らしい高校生〟の仮面をかぶる。

 

  それまでの社会的に弱い自分を変える、そういえば聞こえはいいがそれは自己の投棄、強引な変革に他ならない。

 

  そうやって無理に自分を押し込めれば、いつかボロが出る。そして〝そんなやつだと思わなかった〟とハブられるようになる。

 

  強引に変えられた俺からすれば、そんなものクソッタレにもほどがある。俺と違って、別にそんなことしなくても生きれるくせに。

 

  周りからチヤホヤされるために変わる?馬鹿らしい。そんなものは所詮、一時的な栄光に過ぎないのに。

 

  ただ一つ言っておきたいのは、俺は変わることを否定したいのではない。長い人生のうち一瞬輝きたいがために自己変革をするのは無駄だと言いたいのだ。

 

  自分にとって何より重要なもの……そう、それこそ人生をかけられるくらい大切なもののために変わるのなら、それは正しいだろう。

 

  だから俺は変わる。雪ノ下を一生幸せにできるように、涙を流させないように、笑顔でいられるように

 

  ……と、今はそれは関係ないな。それらを一部を抜いて話せば、うーんと大志くんは唸った。

 

「難しいもんっすねえ……」

『まあな。だからまあ、そう言うことを考えるなら本音を言い合えるようなやつを見つけれられればいいな、程度に考えとけ』

「わかったっす、ありがとうございますお兄さん」

『おう』

「お義兄ちゃんすごいね……っと、飲み物切れてますね。小町持ってきます」

「私もいくよ。一人で四つ持つのは大変でしょ」

 

  小町が自分と俺のコップを持って席を立つと、川崎も自分のと大志くんのを持って立ち上がる。そしてドリンクバーコーナーに行った。

 

  それを見送っていると、不意に大志くんに呼ばれる。振り返れば、そこにはやけにかしこまった様子の大志くんが。

 

『なんだ?まだ何か聞きたいことがあるのか?』

「は、はい……ぶっちゃけ、女子のレベルってどうなんすか!?」

 

  ……ははあ、なるほど。こいつ、最初からこっちがメインだったな。いや、男だから仕方のないことかもしれんが。

 

  実際、高校生活で記憶に残ることなんて半分以上女子のことである。前は違ったが今は雪ノ下が学校行く理由の半分になってる俺が言うんだから間違いない。

 

『まあ、可愛い女子が多いのは否定しない』

「おお!」

『特に国際教養科ってところは九割女子だ。従って美少女率も高い』

 

  特にその中でも雪ノ下はダントツで一番だろう。むしろ世の女性の中で一番可愛いまである。

 

「おおっ!」

『だがな、大志くん。一つ覚えておけ』

「なんすか!」

 

  そこで俺は一拍置いて、できる限り優しい顔で機械に意思を送った。

 

『お前が可愛い子を好きだからって、相手が好きになってくれるわけではない』

「っ!?」

 

  なん……だと……!?と言わんばかりの顔をする大志くん。先ほどまでの浮かれた顔は何処へやら、正気に返ったような顔をしている。

 

  俺はどうかって?いやほら、俺は雪ノ下との例の約束があるから。

 

『よく覚えておけ、人生諦めが肝心だ。はい復唱』

「じ、人生諦めが肝心っす」

『よろしい』

 

  偉そうに腕を組み、頷く俺。がっくりとうなだれる大志くん。そこで小町たちが戻ってきた。

 

「?大志、あんたどうしたの?」

「なんでもないよ姉ちゃん……ただ現実を知っただけだよ……」

「はあ?」

 

  訳がわからないと言う顔をする川崎。わかるまい、この教訓は男にしかわからないのだ。ソースは雪ノ下に出会う前の俺。

 

『というかそれ以前に、ちゃんと受かるのか?』

「うっ……」

 

  息を詰まらせる大志くん。どうやら図星らしい。ちゃんと勉強しないとダメだぞー。

 

「そ、そこはこれから頑張るっす!」

「大丈夫だよ大志くん、小町はたとえ落ちてもずっと友達だからね!」

「ず、ずっと友達……そ、そうっすか」

 

  またしてもうなだれる大志くん。親しい女の子にズッ友だよと言われた時の絶望ほどの高ダメージは他にはありはしないだろう。

 

『小町、そういうお前もちゃんと勉強しろよ。この前英語の問題集で唸ってたろ』

「そ、それを今いうのはポイント低いよお義兄ちゃん!」

 

 アワアワと手を振り乱す小町。可愛い。

 

『あと一つ何か言うとすれば、その高校に行きたい理由をちゃんと持つことだな』

「理由っすか?」

『ああ、ただ漠然と高校生活を送っても意味がないしな』

 

  ちなみに俺の場合、少しでも義父さんたちが誇りに思えるような息子でありたいと思ったからである。

 

 

 

 

 

  それから総武高にいく理由のアドバイスをしていると注文したものが来たので、それを食ってから解散した。




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