今回、あの二人が登場です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
由比ヶ浜からサブレを預かって、数日たったある日。
俺と小町はうちの最寄駅からしばらく電車に揺られ、稲毛駅の改札にてとある二人の人物を待っていた。
肩には水着やら浮き輪やらを入れたカバンをひっさげ、柱に寄りかかって適当に携帯をいじっている。
ちなみに留守番はいつものごとくいきなりきた材木座に押し付けておいた。よく来てるからか、インラスも材木座の言うことは聞くしな。
八月も中旬を終え、下旬に向かおうかと言うのに未だにジリジリとした熱さが肌を蝕む。太陽さんちょっと休んでくれてもいいんですよ?
それに加えて、改札という人がごった返す場所というのがさらに暑苦しさを助長させている。
どこかへと遊びに行く同世代の男や女、汗水垂らして働く社会人の方などなど、絶え間なしに人が出入りしていた。
「おーい、比企谷ー!」
あっちーなと思いながら麦茶のペットボトルの中身を煽っていると、不意に後ろから名前を呼ばれる。
それに振り返れば、待ち人のうちの一人が改札を抜けて、大きく手を振りながらこちらに近づいてくるところだった。
「いやーごめん、ちょっと遅れちゃった」
『……ちょっととかいうわりには15分も遅れてるけどな』
「それね!まじウケる!」
ケラケラと笑うその女に、俺はいやウケねえよと返そうとしたが、わざわざ機械を使うのも無駄だと思って肩をすくめる。
「かおりさん、こんにちは!」
「おおー、比企谷妹!こんにちは。相変わらず元気だねー」
かおりと呼ばれた女は、そう言って小町の頭をわしゃわしゃと撫で回した。やめてくださいーとかいいながらキャッキャと笑う小町。
小町は誰とでもすぐ仲良くなるが、家族以外に体に触れさせることはほとんどない。それなのに無抵抗なのが、女を信頼してる証だ。
『おい折本、そこらへんにしとけ』
「かおり、そろそろ離したら?」
「はーい」
あいも変わらず楽しそうに笑いながら、ぱっと小町から離れる女。それに俺と注意したもう一人の女は嘆息した。
こいつは折本かおり。中学時代からの女友達で、もうかれこれ五年くらいの付き合いになる。
よく言えばサバサバした、悪く言えば歯に衣着せない、面白いことが好きな性格。材木座レベルにうちに出入りしては、よく漫画とかゲームを借りてく常習犯でもある。
その性格のせいで、随分と中学時代は振り回された。それでも悪いやつではないので、まあ普通に気の置けない友達として仲良くしてる。
「遅れたけど、こんにちは比企谷くん」
『こんにちは仲町さん。相変わらず振り回されてんのか?』
「あはは、そんなとこ」
そしてこちらの女は、折本の親友の仲町千佳。俺以上に折本に振り回されており、唯一コントロールしてる人物といえる。
中学の時はよく二人で、折本のアホみたいな行動力と突然さに愚痴を言い合ってた、ある意味同士みたいな感じだ、
んで、なんでこの二人とこんな場所で待ち合わしたかというと……
「それじゃあ揃ったことだし、行きましょうか」
「そうだね!いざ行かん、プールへ!」
ビシッと前を指差す折本。今日ここにいる理由は、折本が二日前にプールに行かないかと電話どころか直接家に凸して来たからだ。
もはや常習化してるので特に驚くこともなく、予定もなかったので快諾。こうして集まったわけである。
「れっつごー!」
「おー!」
元気な声を上げてバス停に向かう小町と折本に、俺は仲町さんと顔を見合わせて苦笑すると後を追いかけた。
向かうのは稲毛海浜公園プール。乗るバスは海浜交通バスで、終点で降りれば良い。全員乗り込むと、空いてる席に腰を下ろした。
『発車いたしまーす。発車の際揺れますのでご注意くださーい』
気の抜けた運転手の放送とともに、バスは走り始めた。座る順は左端から小町、俺、折本、仲町さんという順番だ。
僅かな揺れに眠気を誘われながら、これから向かうプールについて調べていると、ふと気になることがあって機械を動かす。
『そういや、なんで遅れたんだ?』
「あ、いや、えーとそれは……」
「かおり、今日のことが楽しみで昨日眠れなくて電車の中で爆睡してたんだよね。それで乗り過ごして……」
「ちょ、ちょっと千佳!」
わたわたと慌てて、仲町さんの肩を揺する折本。当の仲町さんは面白そうにクスクス笑うだけだ。
にしても、そんなにプール行きたかったのかこいつ。てっきり他の友達と行きまくってるもんだと思ったが。
『俺じゃなくても友達は沢山いるだろうに、毎回楽しみなのか』
「……あー、うん、そうね。はいはい、そういうことにしといて」
『え、なんだよいきなり』
急にスッと冷めた顔になってシッシッと手を払う折本。仲町さんと小町までないわーって顔してた。訳がわからん。
「ったく、あんたと一緒だからだっての………」
「かおり、ドンマイ」
唇を尖らせて何事かブツブツと呟く折本に、俺は首をかしげるばかりであった。
こうして、夏の1日は始まりを告げる。
ーーー
しばらくして機嫌の直った折本や、他の二人を会話していると、バスが終点に到着した。運賃を払って下車する。
「んー、やっと着いたぁ」
「割と早かったねえ」
「そうですね!」
『ほら、こっちだ』
そしてバス停から歩くこと数分、稲毛海浜公園プールへと到着した。入り口にちらほら人が並んでいる。
「ほらほら比企谷、写真撮ろーよ!」
割と来るの久しぶりだなーとか思いながら突っ立ってると、折本がそう言って肩を叩いてきた。
『別にいいが……』
「ほら、千佳と小町ちゃんも!」
せかす折本に、四人固まってドキがムネムネしながらプールをバックに写真を撮った。そういや前に由比ヶ浜と同じようなことあったな。
写真を撮り終えると列に並び、入場料を払って中に入る。そうすると更衣室の前で別れた。
「じゃあまた後でねー!」
『おーう』
手を振る折本たちを見送り、俺も中に入る。更衣室は案外混んでいた。
まあ、まだ夏も真っ盛り。八月も折り返して少しだけ空くこの期間は家族連れとかには格好の機会だろう。
そんなことを考えながらさっさか着替えて、ロッカーに荷物を押し込むと防水のケースに携帯と幾らかの金を放り込んで更衣室を後にした。
外に出ると、施設内はかなりの賑わいを見せていた。笑いながら子供たちが走り、カップルが腕組みながら歩いている。
「お、いたいたお義兄ちゃん」
ボールに息を吹き入れながら待っていると、小町の声がしたので後ろを振り返る。
すると、千葉村の時と同じ水着を着た小町がいた。どうどう?と自己主張するので、わしゃわしゃと頭を撫で回す。
「んもーお義兄ちゃん、そんなに小町が可愛いの?」
「相変わらず仲良いね、比企谷」
ふにゃっとした顔の小町の後ろから、苦笑い気味の折本が現れる。脇に膨らませ済みの浮き輪を抱えており、やる気満々のようだ。
そしてその体を覆うのは、フリフリとした飾りのついた黒いビキニ。雪ノ下ほどではないが、くびれた腰がよく目立つ。
……千葉村の時の雪ノ下の水着姿、可愛かったな。なんかこの首輪のせいで盛大に自爆したが、そこまで悪い思い出でもなかった。
「ちょっと、そんなに見るとかウケるんだけど」
『まあ、なんだ。似合ってるぞ』
「ふふん、そうでしょ。さすが私」
「かおりったら調子乗っちゃって」
ふんすと胸を張る折本に、やってきた仲町さんが笑いをこぼした。こちらは水着の上にパーカーを羽織っている。
「ていうか、比企谷珍しく上着てないじゃん。去年までずっとパーカー着てたよね?」
俺の体を指差す折本。確かに俺は今、上に何も着ていない。下の水着一枚だけだ。
そして露わになった胸板には、あの無残な傷跡は存在していなかった。むしろそうでなければ上も着ている。
ーーあまり待たせないでね。
脳裏に、またあの時の雪ノ下の声がよぎる。
あの時、あいつの声には切なさと、なにかを待ち焦がれるような感情があった。彼女はずっと待っているのだ、あの時の約束を。
そしてあの夜、一歩歩み寄ってくれた。ならば俺も、いつまでもうじうじとしている訳にはいかない。
人間は生きていくうちに大なり小なり変化していく。だから俺も、彼女にふさわしい人間となれるよう変わるのだ。
そのために、あの傷を〝組織〟の研究班の協力を得て治してもらった。自分が人外だということを証明する、その傷を。
『まあ、ちょっとな』
「ふーん……てか、筋肉すごくない?いつもあんまりそういう風に見えなかったのに、着痩せするとかウケる」
「なにがよ……でも、ホントにすごいね。かなり鍛えてるんだ」
まじまじと俺の体を見て言う仲町さん。まあ鍛えてるには鍛えてるが、勝手に細胞が最善の状態を維持するのもある。
「とにかく、全員揃ったことですし行きましょうか!」
「そうだねー、まずなにから行く?流れるプール?」
『どこ行くか聞きながら自分の行きたいとこ推してんじゃねえか』
「あ、バレた?」
そう言いながらも、割と空いてたので流れるプールに行くことにした。早い時間のうちに来て正解だ。
「あ〜」
「気持ちーですね〜」
準備運動をしてプールに入って早々、折本と小町は浮き輪に乗ってプカプカと浮き始めた。表情が腹撫でてる時のサブレみたいになってる。
そんな二人が浮かぶ流れるプールは、空いてるとはいえそこそこの人で埋まってた。気分はさながら飛行場のトランクである。
あっ今潜って泳いでる子供に頭突きされた。こら、周りの迷惑考えろ。いい大人になれんぞ。
『ほれ』
「わっちょっ!お義兄ちゃん!」
「比企谷揺らすな〜!」
ただベルトコンベアーの上の荷物みたいに動いてるのも暇なので、二人の浮き輪を揺らしてみたりする。割と楽しいわこれ。
「わわっ、千佳、比企谷止めて!」
「えいえい」
「まさかのそっち側!?」
「楽しいねこれ」
『だろ』
「お義兄ちゃん、落ちる落ちる!」
『回転行くぞー』
「あ〜れ〜」
なんだかんだ言って、楽しむ俺たち。川とかだとよっぽど深いところじゃないと、こういうことはできないからな。
そんなことをしてると、目の回った小町に強制的に交代させられた。ギリ無事だった折本と仲町さんに浮き輪に乗せられる。
『おお、これ結構不安定「お返しだこのやろー!」んぶっ』
浮き輪の上でバランスを取ろうとしていると、顔にボールをぶつけられて首輪から変な声が出る。
落ちたボールを拾って振り向けば、折本がしてやったりとドヤ顔で見てたので、その顔にそっくりそのままボールを返してやった。
「あだっ、ちょっと!乙女の顔にボール当てるとかありえないんですけど!」
『乙女はこのやろーなんて言わねえよ。悔しかったら返してこい』
「言ったな!絶対とっちめてやるんだから!」
「あっ、なら私も参加する〜」
「小町も!」
そして始まるボールの投げ合い。周囲のカップル以外の男たちからこのリア充野郎くたばれという視線が飛んで来た。
まあ、小町はもちろんのこと折本も仲町さんも普通に可愛いしな。傍から見たらそう見えるだろうが、あいにくただの友達と義妹だからなんとも言えん。
それ以前に、なんだ……ぶっちゃけ、そういう対象として女性を雪ノ下以外には見れない。俺は一筋なのである。キャーいい男。
「結構回ったねー」
「そろそろ次のとこ行こっか?」
『時間は有限だし、そっちの方が良いな』
しばらくボールを投げあいながら回ること数回、そろそろ飽きてきたということで今度は波のプールへと移動することにした。
「ママー!どこー!?」
そしてプールから上がった瞬間、不意にそんな声が聞こえてきた。
ーーー
声のした方を振り向けば、浮き輪を抱えた五歳くらいの女の子が、今にも泣きそうな顔で波に揺られていた。
どうやら母親とはぐれたらしいが、近くにそれらしき人物はいない。きっと目を離した隙に流されたんだろう。
『……すまん、ちょっと行ってくるわ』
「え、ちょっと比企谷?」
一言断ると、通行人の隙間を縫っていよいよ泣き出してしまっている女の子に近づく。そしてしゃがんで目線を合わせた。
『どうした?』
「ひぐっ……お兄ちゃん、だれ?」
『たまたま通りがかったゾンビみたいな目のおにーさんだよ』
そう言うと、女の子はちょっと笑った。よし、自虐ネタで笑いを誘うの成功。
『で、ママとはぐれたのか?』
「……うん」
『最後、一緒にいた場所わかるか?』
「……お水買う箱のとこ。おにいちゃんが走ってって、ママがおいかけてって、それをおいかけてたら、どっかいっちゃったの」
自動販売機か。とすると、入り口のところだな。てかそいつ兄貴の風上にも置けねえな。兄貴なら妹に迷惑かけんなよ。
『そっか。それじゃあお兄ちゃんと一緒に探すか?』
「……いいの?」
「おーい比企谷、いきなり走ってってどうした……って、なにその子?」
追いかけてきた折本たちが、女の子を見て首をかしげる。俺は顔だけ振り向いて簡潔に説明した。
「そっかー、お母さんとはぐれちゃったのかー。ねえ君、お名前はなんて言うのかな?」
「……香織」
隣にしゃがんで笑いかけた小町に、女の子はぽそりと名前を言った。さすが我が妹、短時間で名前を聞き出すとはコミュ障お化けなだけはある。
「そっかー、香織ちゃんっていうのか。私はね、小町っていうの。この腐った目をしたお兄ちゃんの
『おい、腐った目は余計だろ』
「それで、ママとお兄ちゃんとはぐれちゃったの?」
スルーかよ。お
「うん……どこにいるかわからないの。香織、一人なの」
「それなら、私と後ろのお姉ちゃんたちと、この腐った目のお兄ちゃんが一緒に探してあげるよ」
ねっお義兄ちゃん?とウィンクしてくる小町に、俺は肩をすくめた。ま、手伝ってくれるなら文句は言うまい。
ていうかむしろその方がいいかもしれん。目の腐った首輪つけた男がこんないたいけな女の子を連れてたら、通報までマッハだろうからな。
「やっほー、お姉ちゃんだよ。一緒にお母さんをさがそう!」
「私も手伝うよー」
「……うん!ありがとうお姉ちゃんたち!それと、めのくさったお兄ちゃん!」
『一言余計だぞ、少女よ』
てかこんな幼女にまで言われると、なんか普段自分で言ってたり言われてるよりダメージでかいわ。
そうして俺たちは、香織ちゃんという少女の家族を探し始めた。色々話しかけて元気つけながら、プール内を歩き回る。
「それでね香織ちゃん、実は私もかおりって言うんだ」
「そうなの!?一緒だ!」
「うんうん、一緒だよ〜」
「むっ、なら私も妹で香織ちゃんと一緒だよ〜?」
「なにおう小町ちゃん。お姉さんとやる気?」
「ふっ、望むところです」
「あはは、変なの〜」
中でも特に仲良くなってたのは小町と、意外にも折本だった。あいつは思いつきで生きてるように見えるが、案外優しいやつだ。
「それにしても、相変わらず比企谷くんは優しいね」
『いきなり何を?』
突然の言葉に訳がわからず聞き返すと、仲町さんはくすりと笑った。
「だって比企谷くん、自分が怖がられたりとか、その目で周りの人に怪しまれるとか心配するより先に、あの女の子のところいったじゃん」
『目のことは言うなよ。てか、誰でも同じ状況だったら同じことするだろ。俺もそうだっただけだ』
「普通の人はそんな勇気、なかなかないと思うけどなー」
そんなもんかね?と肩をすくめると、仲町さんはまたくすりと笑って何事か呟いた。
「その普通ができるからこそ、かおりは比企谷くんのことが……」
『何か言ったか?』
「ん、別に何も?それよりほら、近くにいないか呼んでみようよ」
なんかうまい感じにはぐらかされながらも、「香織ちゃんのお母さんいますかー」と声をあげながら移動を続ける。
その甲斐あってか、案外早くに女の子の母親は見つかった。ちょうど波のプールの前で、慌てた様子で誰かを探している女性がいたのだ。
「あっ、ママー!」
「香織!一体どこに行ってたの!」
走っていった女の子を、心の底から安堵したような顔で抱きしめる女性。それに俺たちもほっと安堵の息を吐いた。
ひとしきり女の子の無事を確認した女性は、連れていた例の兄貴らしき、泣きべそかいてる男の子に謝らせている。どうやらこってり絞られたらしい。
「あのね、あのお姉ちゃんたちが一緒にいてくれたの」
「お姉ちゃんたち?」
女の子の言葉に、女性がこちらを振り返る。俺たちは軽く会釈をした。すると、兄妹を連れて近づいてくる女性。
「あの、ありがとうございます。香織を連れてきてくれて……」
『いえ、当然のことをしただけですから。それじゃあこれで……』
「えー、もっとお姉ちゃんたちとお話ししたいー」
「こら、香織!」
「いえいえー、別にいいですよ。それじゃあお姉ちゃんが、もっとお話ししてあげるね」
しゃがんでニコリと笑った小町に、女の子は嬉しそうな顔で「うん!」と大きく頷いた。
それからしばし、小町は時折俺たちも巻き込みながら、女の子が満足するまで話に付き合っていたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
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