声を失った少年【完結】   作:熊0803

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もし待っていた方がいらっしゃったら、心よりお詫びいたします。
楽しんでいただければ幸いです。


37.声を無くした少年は、怖がらせる。

  これから、小学生達は肝試しをする。俺たちボランティア組はその準備を任された。

 

  とはいえ、肝試しといってもせいぜいが林間学校でのイベント。本格的な特殊メイクやVFXを使用するわけではない。

 

 誰もがなんとなく覚えがあるようにお経を流したりそれっぽいコスプレをしたりして夜影に潜んでるとか、そのくらいだ。

 

  しかし、時に夜の森はそれだけで恐ろしい。普通でもまあまあ怖いが、そこに肝試しというワードが出てきた瞬間一気に恐怖度は跳ね上がるのだ。

 

  そんな何処かこの世ならざるものの声が聞こえてきそうな雰囲気の中、俺たちは肝試しのコースを下見しつつ、夜の予定を立てることにした。

 

  ひと通りコースを確認し、最後に百薬箱を改造して作られた祠のようなものに藁半紙で刷られたお札を束にして置く。これを取ってくるのが小学生達のミッションになるのだ。

 

  ついでに一応整備されているとはいえ、小学生達が混乱して遭難しないように危ないポイントについてはチェックしていく。カラーコーンを置いたりとかな。

 

  ここにお化け役を立てておこうとか諸々のことを話し合いながら歩く。俺もしばしばアイデアを出して会話に参加しておいた。

 

  やがて話がひと段落したところで、おもむろに雪ノ下が口火を切った。

 

「それで比企谷君、どうするの?」

 

  この場合のどうする、とは無論肝試しのことについてではない。もうそちらはあらかた話終わったしな。

 

  では何か。簡単だ、留美をどうやって救うかという問いだ。これには先ほどまで活発に意見を出し合っていた他のメンバーも黙ってしまった。

 

  この手の問題は割と面倒だ。まあ今回の場合は留美を気にかける相手がいるぶん、少し工夫すればいい話だが。

 

  単純に「みんな仲良く」なんてクソみたいなお題目を唱えたところで意味はない。むしろ今ある可能性を潰し、表面上の薄っぺらい関係になってしまうだろう。

 

  てはどうするか。いい方法がある。相手は子供だ。留美は少し大人びているが、それでもまだまだ感情に素直な年頃だろう。

 

  そういう年齢の子供を相手にするなら共通の恐怖の対象……まあ要するに、一致団結して対抗する敵を作ればいい。

 

  この場合の敵とは、あくまで退けられるレベルでなければいけない。そうしなければ俺の考えている作戦は成立しないのだから。

 

  そういうわけで早速、ある程度……今現在で明かしてもいいところまで作戦の内容を明かした。

 

『……というわけだ』

「なるほど…つまり私たちはおどかしてその子達を誘導すればいいのね?」

「で、最後はお義兄ちゃんがなんとかする、と」

「で、でもヒッキー、大丈夫なの?」

「そうだよ、八幡くんにだけ大きなこと任せちゃって…」

『ああ、心配するな』

 

  ふむふむと頷く雪ノ下と小町、こちらを心配するような声音で問いかける由比ヶ浜と戸塚。そんな二人に頷きながらもう一方を見る。葉山グループだ。

 

  葉山達は少し唸っていたものの、それが一番いいと思ったのか少々渋々としながらも頷いた。まあ、この作戦でいくとこいつらは若干脇役になるからな。目立ちたがりの奴らは不満があるだろう。

 

  しかし真剣な問題とわかっているのか、それとも先日の話し合いの時の俺や雪ノ下の剣幕を思い浮かべているのか抗議することはなかった。

 

  作戦について細かいことを詰めると、再び歩き出して各所の点検に回り始めた。少しワイワイと騒ぐメンバー達を見ながら、俺は最後尾で少し考え事をする。

 

  すると、自然に気配を消したように小町が俺の横に来た。そして目で問いかけてくる。本当に大丈夫なのか?と。

 

  ……こいつは俺のやり方を雪ノ下の次に知っているからな。とはいえここまできたんだ、今更やめて新しい作戦を考えるのも面倒臭い。なので、小町の髪をわしゃわしゃと撫で回すと先に行け、と目で指示した。

 

  小町は最後まで不安げな表情をしていたものの、前の一団の中に戻っていく。それを確認して、俺は立ち止まった。

 

  他のメンバーがかなり遠くまで行くと、ポケットから〝仕事〟用の携帯を取り出してとある番号にかける。するとすぐに出た。

 

『もしもし、どうした八幡?』

 

  電話に出たのは義父さんだった。俺は再度覚悟を決めながら、首輪に意思を送り伝えたいことを言葉にさせる。

 

『……義父さん、()()()()()()()の解除システムの操作を許諾してもらいたいのですが』

 

  俺の発した言葉に、しばし義父さんは黙りこくっていた。

 

 当然だろう、俺のこの願いは下手すれば俺が怪物に戻る可能性があるのを示唆しているのだから。定期的なものは、いつもオクタがやっている。

 

  俺を人間にしてくれた義父さんだからこそ、それは……

 

  じっと答えが出るのを待っているとやがて、いつもの優しい声からは考えられない、ひどく厳しい声音で問いかけてくる。

 

『……使うのはオクタか?』

『俺です』

 

  今回に限り、あいつの手は借りない。ただでさえいつも仕事を丸投げしてるんだからな。書類関係はともかく。

 

  それに、これは俺の、比企谷八幡の問題だ。〝ノスフェラトゥナンバーズ〟の出番ではない。

 

  俺がそんなことを考えている間に、再度義父さんは問いかけてきた。

 

『使用目的は?』

『人を救うためです』

『……なら良い。好きに使え。ただし、お前の場合8分以上の抑制剤の鎮静化は許諾できない』

『ありがとうございます』

『なに、これ一度きりだ。それじゃあ俺は仕事に戻るぞ』

 

  そう言ったのを最後に、義父さんから通信が切られ、ツー、ツー、という無機質な音が携帯から鳴る。俺はゆっくりと耳から携帯を離した。

 

  それと同時に、腕にはめられた機械から小さな電子音がした。要望通り、限定的にだが手動操作が許可されたらしい。腕輪を触りながら、空を見上げる。

 

  ヒーローには必ず人を脅かす悪役が必要だ。そうしなければヒーローは成立しない。善と悪があって、初めて舞台は完成する。

 

 そして今回のヒーローは手を伸ばす少女(鶴見留美)でーー

 

 

 

 ーー悪役は手を伸ばせば壊してしまう怪物(比企谷八幡)だ。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

  その後も肝試しの準備を着々と進めていると平塚先生に呼び集められ、俺たちはビジターハウスの一室にいた。

 

  先生曰く、肝試しを盛り上げるために俺たちに怪談話をして欲しいのだそうだ。それが次のミッションならしい。

 

  肝試しといえばつきものなのが怪談話である。この階段で気分を盛り上げてしまえばあとは気持ち次第でお化けが…という寸法だ。

 

  大体の心霊現象は恐怖をはじめとした思い込みや勘違いという感情があるからこそ幻視され、怪奇は生まれる。

 

  ……まあ、これから留美達にの前に現れるのは本物の怪異なのだが。

 

  とまあ、それはともかく。何かとっておきのものがないかと問いかける平塚先生に顔を見合わせる俺たち。

 

  俺の他には戸部が手を挙げた。他には皆無。

 

 まあ、そんなもんだろう。ビジターハウスの一室に移動し、車座に座って雰囲気を出すためにろうそくも用意する。

 

  こちらを見る戸部にどうぞどうぞと手を振ると、おずおずと戸部が語り出した。すでに部屋の照明は消され、光源は数本のロウソクのみ。

 

  わずかに開いた窓から生ぬるい風が吹き込むと灯明が揺らめき、薄い影がぐにゃりと歪む。

 

「これは俺の先輩の話なんだけど。俺の先輩、当たり屋みたいなことをやってたんだけどさ。

  ある日、いつも通り一人で峠を攻めてたんだと。そしたらパトカーに止められちまって、その時はスピード違反もしてなかったらしくて、不思議に思ったんだ。

  で、パトカーから降りてきた婦警さんがいうんだよ。『ノーヘルで二人乗りじゃダメだよ……あれ、後ろに乗ってた女の人は?』って。

  婦警さんの言葉に恐る恐る後ろを見ると……きていたジャケットにべったりと赤い手形が……」

 

  戸部の話に由比ヶ浜が震え上がり、三浦に抱きつく。それに海老名さんが苦笑していた。海老名さん、割と大丈夫そうだなおい。

 

  そして雪ノ下は怖くなさそうなのに俺の服の袖をつかみ、一方小町と戸塚はふるふると震えて俺の両腕をそれぞれがっちり掴んでいる。

 

 ちょ、胸の感触が……嘘です何でもないですだから睨まないでください雪ノ下さん。

 

  そんな女性陣を見て、戸部は怪しく笑い……

 

「そう……先輩は〝不運(ハードラック)〟と〝(ダンス)〟っちまったんだよ……」

 

  全員がずっこけた。

 

 いや、台無しだぞ!せっかくいい感じだったのに、最後ので完全にアウトだろ!

 

  それでもなお戸部は話を続けた。案外心臓強いな。

 

「そんな先輩も今では子持ちの父親。その時の婦警さんと結婚してちゃんと働いているらしい。今はその時のことより奥さんが怖えって」

「誰がほのぼの話をしろと言った……却下だ」

「えーっ!?まじありえないっしょー!」

「では次、比企谷」

 

  平塚先生の言葉に、全員が俺の方を向いた。

  

 その瞬間さっと雪ノ下は袖から手を離し、戸塚と小町も慌てて離れる。ちょっと残念とか思ってないし?いやほんとほんと、ハチマンウソツカナイ。

 

  とまあ、そんなことはおいといて。俺は咳払い……声帯が丸ごとないので少し間抜けた音だったが…して、首輪に言葉を送る。

 

『これは数少ない友人から聞いた話なんだが……あるところに仲のいい、四人の大学生の女の子がいました。

  四人はなにをするのもいつも一緒でした。けれどとある日、一人の女の子が消えてしまいました。

  三人は必死に探しました。そして人伝に聞いたのです、近くの森に、人をさらい喰らう鬼がいると。

  ……四人は一人が消える少し前、その森でキャンプをしました。残った三人は恐れながらもその森に行きます。

  そしてキャンプをしていた場所に行って……そこら一帯に何かが転がっているのが見えました。しかしすでに日は落ち、よく見えません。

  ふと三人は、その場所の真ん中に何かがうずくまっているのに気がつきました。恐る恐る近づいていく三人。

  それは、長い髪を持つ小柄な人に見えました。その髪はまるで、消えた友人のもののようでした。

  一人が恐る恐る問いかけます、『大丈夫ですか?』と。すると人は顔を上げます。

  すると……』

 

  あえて音声を調節して真顔で語る俺に、一同は先ほど以上の恐怖の表情で震えていた。あの雪ノ下でさえも少し顔を青ざめさせている。

 

  あ、ちなみに小町と戸塚はその雪ノ下にひっついていました。小町、お前雪ノ下と仲悪くなかったっけ?まあいいや。

 

『……顔を上げた人は、消えた女の子でした。それも、額にねじれた角が生え、両目は無くなり耳元まで裂け血で濡れた口を持った。そして周りに転がっていたのは……食べかけの人間の死体だったのです。

  さらに……友人の顔をした鬼の足元には顔のない、長い髪を持った死体がありました。そう、友人の亡骸です』

「「「「「ヒッ!?」」」」」

 

  短く悲鳴をあげる雪ノ下、由比ヶ浜、小町、戸塚、戸部。残りの葉山、三浦、海老名さん、平塚先生も震えている。

 

  そんな一同を俺は見渡し、ニタァと笑って続ける。

 

『悲鳴をあげて地面にへたり込む三人に元友人の声と顔をした鬼は言います、『久しぶり……ねえみんな、鬼ごっこしない?』と。恐怖に打ち震えながら首をかしげる三人。

  そんな三人に元友人は笑い……『もし捕まった人は……頭から食べられちゃうよ♪』と言います。もはや何も言えず、失神寸前の三人。

  すると突然、『逃げて!』とどこからか元友人の声が聞こえてきました。その声に弾かれるように三人は走り、必死に森から出ます。鬼は追って来ませんでした。

  逃げ切った三人はその後、数日間家に引きこもり鬼に怯えていました。

  やがて、ようやく恐怖を押さえ込んだ三人が外に出て大学に行くと……いつもと変わらない友人がいました。

  思わず悲鳴をあげながらなぜここにいるのかと叫ぶ三人に困惑しながらも、友人は『母親が突然風邪をひいて父が仕事で面倒を見れないから実家に帰っていた、慌てていて連絡できなくてごめんなさい』と謝りました。

  三人は友人の言うことが本当かどうか友人の母親に電話して聞きました。すると、本当のことでした。

 

  では、三人が見たあの鬼はなんだったのか……それは、誰も本当の真実は知りません』

 

  言い終えると同時にフッ、とろうそくを吹き消す。すると部屋が真っ暗になり、女性陣+戸部が叫んだ。

 

  ドタドタと部屋の中を移動しながら叫ぶ女性陣。金切り声とはこれのことを言うのか。 

 

 それにしても、特に戸部はマジでうるさい。ヤベーヤベーってヤベーくらいにうるさい。

 

  やがて部屋の明かりがつけられると、女子全員が俺の方を睨んだ。

 

『そ、そんな怖かったか、これ? 折本が前に読んだなんかの雑誌に載ってた、って教えてくれた話をしただけなんだが……』

「お、お義兄ちゃん、幾ら何でも怖すぎるよ……」

「ひ、ヒッキー、マジで怖かったんだからね!」

「もう、八幡くん!」

「ヒキオ、限度があるし!」

「あ、あはは、さすがにちょっと怖かったかなー?」

「は…ま……くんの、バカ…」

 

  酷い言われようである。いやお前ら、これ作り話しだからね?とはいえ、雰囲気出すために首輪を調節したし仕方がないか。

 

「比企谷。お前のは怖すぎるからボツだ。と言うかグロテスクすぎて小学生には聞かせられん」

『……はいはい、わかりましたよ』

 

  結局、ビジターハウスにおいてある『学校の怪談』たら言うDVDを上映することに全会一致で決定した。

 

  ううむ、割ととっておきだったのだが……人面猫のほうにすればよかったか? あ、いや、それは多分雪ノ下が失神しちまうから絶対にダメだな。うん、あの話は忘れよう。

 

  とまあ、そういうわけで集められた小学生たちがDVDに夢中になっている中、着々と肝試しの準備に取り掛かっていた。

 

  女性陣が準備をする一方で、俺と戸部、葉山の男性陣も詳細な打ち合わせを行う。留美たちの班だけ最後に順番をいじるとか、その理由付けとか。

 

  メンバーのうちの誰かが本来のゴールへの道を隠して、怖がらせて隣の道……大きな気のあるちょっとひらけた場所に誘導することになった。本命である俺はそこで待機である。

 

  打ち合わせが終わると、それぞれのグループのメンバーに伝えてくると言う二人と別れて俺も雪ノ下たちの方へと向かう。

 

  ジェイソンとか一反木綿のコスプレとかあるのかなと思いながら雪ノ下たちのところへ行って……思わず嘆息してしまった。

 

  というのもあったのは小悪魔衣装に猫耳、尻尾、白い浴衣……魔女帽子とローブにマント、エトセトラエトセトラ……

 

  いや、アトラクション要素強くない?ほとんどハロウィンじゃねえか。平塚先生曰く小学生たちの教師陣が用意したものらしいが……

 

  海老名さんは巫女服、戸塚は魔女っ子、化け猫?の小町、由比ヶ浜は小悪魔……露出度が高いので目をそらした……雪ノ下は白い浴衣。多分雪女か。

 

  にしても、やっぱり雪ノ下には和風な衣装も似合うわ。髪が長いし、清楚だからな。

 

 うん、まさにピッタシだろう。許されるなら写真とか撮っておきたい。あ、そういえばこの首輪小型カメラを内蔵して……

 

  俺がそんなことをしている間に全員が準備を終えて、葉山たちも戻ってきた。

 

  その時に某バッタな技の戦士のコスプレをしている葉山と、脇に被り物を抱えたゴ◯ラの着ぐるみを着ている戸部に全員が抱腹絶倒したのは言うまでもない。

 

 つか、なんでどっちのスーツも無駄に完成度高いんだよ。本物とほぼ変わらないんだけど。

 

  最後の打ち合わせを終わらせると、俺は作戦に使うための子道具一式を持ってひと足先に待機地点へと向かった。〝あの状態〟に……慣れる時間も必要だからな。

 

  歩きながら、最後の覚悟を決めて……俺は、片腕の二の腕についている腕輪に埋め込まれたボタンを押す。

 

『音声認識。一定時間の抑制剤の投与を停止』

《……承諾。血中の抑制剤を鎮静化します》

 

 さあ、肝試し(お遊び)を始めようか。

 

 




次回で千葉村編は終わりです。あと夏祭りをやったら、二章は終わりかな?
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