声を失った少年【完結】   作:熊0803

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夏休み編第2弾です。ルミルミ登場。


33.声を無くした少年は、ボランティア活動を楽しむ。

  オリエンテーリングは、フィールド上に設置されたポイントを指定された順序で通過し、ゴールまでの所要時間を競うスポーツ。そう、スポーツなのだそうだ。

  本来は地図とコンパスを駆使し全力疾走するというわりとガチな競技らしい。

  が、小学生たちがやるのは当然そんなガチ競技ではなく、レクリエーションとしてのオリエンテーリングだ。数人のグループで山の中を歩いて回り、地図上に書かれたチェックポイントのクイズに答え、その正解数とタイムを競う。

  そんなことを考えている俺を含めたボランティア組は別に参加してるわけではないので、涼しい高原の風に吹かれ葉鳴りをさせる山の中をひたすらゴール地点に向かって歩く。途中の道道で看板を探し回ったり、小さな紙にひたいを突っつき合わせてなぞなぞを解いている小学生たちが見受けられた。

 楽しんでいるようで何より。

  葉山や三浦も小学生を見かけるたびに、「頑張れー」とか「ゴールで待ってるからー」などと声をかけ、しっかりとボランティア活動のお兄さんお姉さんをやっていた。葉山がそうするのは実に自然に見えるのだが、三浦は葉山に向かって「あーし意外と子供好きなんだよねー」とか可愛いって言ってる私可愛いアピールしてたりしてる。細々と葉山のポイントを稼ごうとしてるのかね。

  葉山たちが声をかけるようになると、戸部や海老名さん、戸塚、由比ヶ浜たちもそれとなく小学生に話しかけるようになってきた。

  気さくなお兄さん、お姉さん。しかも皆見栄えがいいとくれば子供達はすぐさま懐いてくるようで。

  たびたび小学生の集団に出くわすのだが、中には二回、三回会う子たちもいた。眼鏡パワーか俺にも話しかけてくる子がいるので、適度に相手をしながらゴールに向かって進んでいく。

  と、横に折れていく道で、女子五人のグループに出くわした。

  これまたとりわけ元気のよい、活発そうな集団だ。女の子たちはそれなりにお洒落をしており、会話も実にかしましく女の子という雰囲気である。こういう子たちが中学に上がって学年の中心的な人物になるんだろうなーなんてことを考えた。

  そういう子供達にとって高校生、特に葉山や三浦といった派手派手しい連中は憧れの対象であるらしく、積極的に話しかけていた。ほとんどマンツーマン態勢で小学生たちが話しかける。そうなると当然、俺や雪ノ下には一人も寄ってこない。いや、楽だからいいんだけどね。

  こっそり話を聞いていると、まず挨拶に始まり、ファッションの話やらスポーツの話やら中学の話やら……一緒に歩いてるうちに、いつの間にか話の流れで一緒にここらのチェックポイントを探すことになってしまっていた。おい、ゴールに向かわなくていいのか。

「じゃあ、ここのだけ手伝うよ。でも、他のみんなには内緒な?」

  葉山が言うと、小学生たちは元気よく返事をする。

  秘密の共有。これも人とうまくやるためのテクニックなんだろうなぁ。

  そんなことを考えて元気溌剌な小学生たちを見ていると、ふと一つだけ違和感を覚えた。

  だいたいの班が一つにまとまっている、あるいは半分ずつ二つに分かれながらも緩やかに連結して一つになっているのだが、その班だけは歪に見えたのだ。

  五人班で、一人の女子だけが二歩ほど遅れて歩いている。

  すらりと健康的に伸びた手足、紫がかったストレートの黒髪、小さいながらも整った容姿、フェミニンな服装は周囲より垢抜けており、他の子たちに比べて幾分大人びた印象の………って、あれ?

  そこで俺はもう一つあることに気がつき、目を見開いた。

  …おいおい、マジかよ。こんな偶然ってあるもんかね?

「……?どうしたの比企谷くん?」

  思わず立ち止まった俺を見て、雪ノ下が訝しげな声を出す。するとその子の肩がピクリと少しはね、ちらりとこちらを目を向けてきた。

「……!」

  そして雪ノ下が呼んだ「比企谷くん」が俺だとわかると、なぜだかとても嬉しそうな顔をする。

  少女は歓喜の混じった顔のまま俺の方へとてとてと近付いてきて、じーっと顔を見つめてきた。

「…やっぱり、八幡だ」

  そして一言、小さな声でぽそりと呟く。それに苦笑いしながら、脳内で言葉を思い浮かべてから機械に意識を向ける。

『…よう、留美。こんなところで会うなんて、奇遇だな』

「…? 八幡、今どうやって喋ったの?」

  機械で声を発すると、案の定少女ーー鶴見留美は、首を傾げて聞いてくる。俺はあまり立ち止まっているのもよくないと思い、手短に説明した。

「ふうん……ねえ」

  説明されたことを自分の中で反芻するように数度頷いた後、留美は俺に期待の入り混じった目線を向けてきた。

『なんだ?』

「…今年も、遊んでくれる?」

  先ほどの大人びた雰囲気はどこへ行ったのか、小学生らしい可愛げのある仕草でされたお願いに俺は今一度苦笑いし、ぽんと頭に手を置いた。そのままサラサラの髪を撫でる。

『おう。一応暇だしな』

「…わかった」

  機械の声を聞き届けると、留美は自分の頭に乗せられた俺の手を数秒自分の小さな手で包み込んだのち、そっと外すと満足そうな顔でまたグループの二歩後ろのポジションに戻っていった。

「…ねえ、ヒッキー。あの子は?」

  留美の後ろ姿を見て腰に手を当てうんうんと頷いていると、今まで蚊帳の外でぽかーんとしていた由比ヶ浜が恐る恐るといった様子で聞いてくる。俺は振り返り、ぽりぽりと頰をかきながら携帯を取り出した。

  携帯を立ち上げるとアプリを起動し、いつも通り文字を打ち込んでボタンを押す。

『上司の娘さんでな。小さい頃からたまに遊んでるんだよ』

「あっ、そういえばヒッキー、一応働いてたんだっけ」

  俺の言葉に由比ヶ浜は納得すると、自分同様に俺の方を見て呆気にとられていた葉山たちのグループの方へ戻っていく。すると今度は、入れ替わるように雪ノ下がそばに寄ってきた。

「…比企谷くん、気づいてるかしら」

  周りに聞こえないよう、少し顔を寄せて放たれた言葉に俺は小さく顔を下に振る。それは肯定の意味を示していた。

  視線を小学生たちに移してみれば、あえて遅れてついてきている留美に、前にいる女子たちがどこか話しかけづらそうな顔をしている。しかし、すぐにその表情は消して元の顔に戻ってしまった。

  彼女たちの距離は一メートルも離れてはいまい。傍目には同じグループと映ってもなんら不自然ではない。

  だが俺には、彼女たちの間に目に見えない壁があるような気がした。歴とした断絶が。

  悪意があるわけではない。女子たちはくすくすと嘲笑をしているわけでも、ひそひそと陰口を叩いているわけでも、苛立たしげに小石を蹴るわけでもない。ただ、関わりづらそうにしてるだけ。そうだとしても、決して良いとはいえなかった。

  しかし、そんなこと気にせず留美は上機嫌な様子で首に下げているデジカメを時折触っている。

「………」

  それを見て、俺は思わず小さくため息をついた。

  まさか、俺と同じように孤独気質が出てきたんじゃないだろうな。いや、でも子供は身近な人の言動を見て学習しながら成長するっていうし…

  なんにせよ、今の留美の様子はあまり関心はできない。もちろん人生には一度や二度、孤独と向き合うべき時は必要だろう。そうすることで、人と一緒にいるときには学べないことも学べたりする。

  誰かと触れ合って学ぶことと、一人になって初めて学べること。この二つは、いつだって同価値だと俺は考える。

 

  だからまぁ…本格的におかしいことになってきたら、手助けすることにしよう。もしかしたら、俺の考えている留美の現状は俺の責任でもあるかもしれないしな。

 

  そんなことを考えている間にいつのまにか小学生たちと葉山たちは移動しており、少し早足で追いかける。

  地図によると、ここらへんにポイントである立て看板があるみたいだ。

  これだけの人数がいれば、当然そのうち見つかる。程なくして、木陰に刺さった薄汚れた看板が見つかった。

  もとは白かったのだろうが、長年の風雨で茶色く変色した看板に真っ白な新しいプリントが画鋲で留められている。

  あとはあそこに記されているであろうクイズを小学生たちが解けばいいだけだ。

「ありがとうございます!」

  小学生たちはまた次のチェックポイントを探しに行くようだ。俺たちは一足先にゴール地点へと向かう。

 

  ふと振り返ると、ちょうど留美が木陰に消えて行くところだった。

 

 ーーー

 

  しばらく歩き、木立の間を抜けて行くと開けた場所に出た。山の中腹に位置するその地点がゴールであるらしい。

  広場、なのだろう。俺たちはこれからここで生徒たちを出迎える準備をしなければならない。

「おお、遅かったな。早速だが、これを下ろして配膳の準備を頼めるか」

  平塚先生がワンボックスカーから降りてくる。オリエンテーリングのコースとは別に、山の車道がここにつながっているのだろう。

  後ろのトランクを開けると、弁当とドリンク類が折り込みコンテナの中に山のように積まれている。漏れ出てくる車内の冷えた空気が、軽く汗ばんだ体に心地よい。

  男手でえっさほいさと折り込みコンテナを運び出した。

「それと、デザートに梨が冷やしてある」

  そう言って平塚先生が後方をくいと親指で指し示した。

  ちょろちょろと小川のせせらぎが聞こえてくる。どうやら流水に浸かっているらしい。

「包丁類もあるから、皮むきとカット、よろしく頼む」

  ぽんとカゴを叩く先生。それには果物ナイフにミニまな板いくつかと、紙皿に爪楊枝と果物取り分け用セットが詰まっていた。

  しかし、一学年分の梨を剥くとなると結構な重労働だ。加えて、弁当類の配膳の準備もある。

「手分けしたほうがよさそうだな」

  ででんと積まれた仕事の山を見て葉山が言うと、三浦が自分のネイルをしげしげと見つめながら口を開いた。

「あーし、料理パス」

「俺も料理は無理だわー」

「私はどっちでもいいかなー」

  戸部、海老名さんと続き、葉山はしばし考えるそぶりをする。

「んー…配膳はそこまで人いらないだろうし…じゃあ、俺たち四人で配膳やるか」

「んじゃ、あたしたちで梨やるよ」

 由比ヶ浜が答え、二手に分かれる。

『じゃあ、由比ヶ浜はカットした梨の仕上げをやってくれ』

  由比ヶ浜にやらせると確実に梨が無駄になるだろうから事前に指示を出す。

「うん、わかった」

  由比ヶ浜が頷くのを確認すると梨を運び、包丁類を準備すると早速取りかかる。皮むきは雪ノ下と俺でやり、由比ヶ浜と戸塚と小町は皿に並べて爪楊枝を刺していくことにした。

  手際よく梨を剥いていく。その横では雪ノ下も手馴れた様子で梨を扱っていた。

  包丁を水平に固定し、手の熱が移らないうちに素早く梨を回転させてゆく。すると、しゅるしゅるしゅるるーと綺麗に皮がむけていく。

「ほわー…すごい」

「ほんとだ。八幡くん上手だね」

  梨を五つほど裸にしたところで、由比ヶ浜が手を止めてこちらを見ていた。戸塚もキラキラした瞳で俺の手元を覗いている。

  気を良くした俺は手を動かすスピードを上げ、どんどんウサギ型にしていく。数分もすると、俺の目の前には梨のうさぎさんの群れが出来上がっていた。もちろん食べやすいように皮も半分くらいにスライスしておいた。

「ヒッキーすごっ!?」

「普段からお義兄ちゃんはご飯を作ってくれてますからねー」

  驚く由比ヶ浜に、小町がふんすと自慢げに答える。なんでお前が言ってるんだとも思うが、悪い気はしないので黙っておくことにする。

  ちらりと隣に目を向けてみれば、雪ノ下の前にも梨うさぎさん軍団が陳列していた。視線を上げ、ふと雪ノ下と目が合うとどちらからともなくふっと笑いをこぼす。

「上手ね、比企谷くん」

『お前もな』

 

  それからちらほらと雑談しながらさくさく仕事を終わらせ、十分少々もすると小学生たちが広場に到着し、しばらく俺たちは空腹で飢えた彼ら彼女らに弁当と梨を配布し続けた。

 

 ーーー

 

  キャンプのご飯の定番といえば、カレーである。当然、このキャンプの夕食もカレーだ。

  まず、小学生たちにお手本として炭に火をつけるところから始まる。デモンストレーションとして平塚先生が教師たち用の火をつけることになっているらしい。

「まず最初に私が手本を見せよう」

  言うが早いか、平塚先生は炭を積み上げる。その下には着火剤とくしゃくしゃになった新聞紙が置いてあった。着火剤に火をつけると、新聞紙が燃え上がる。その炎を炭に移そうとしばらくうちわで適当に仰いでいたかと思うと、まだるっこしくなったらしく、いきなりサラダ油をぶっかけた。

  たちまち、火柱が上がる。危険なので良い子は絶対に真似しないでください。本当に危険です。

  小学生たちの歓声とも悲鳴ともつかない声が湧き起こる。しかし平塚先生は動じることなく、それどころか口に煙草をくわえ、ニヒルな笑みを浮かべた。くわえたままのタバコを顔ごと火に近づけ、すうっと息を吸う。

「ざっとこんなところだな」

  顔を離し、満足げな顔ですぱーっと一息吐いた。

『手馴れてますね』

  俺は近づいて機械で平塚先生に話しかける。動きが機敏な上、しかもサラダ油という裏技まで使うとは。

 平塚先生は少し遠い目をして語り出す。

「ふっ、これでも大学時代はよくサークルでバーベキューをしたものさ。私が火をつけている間、カップルたちがイチャコライチャコラ……チッ、気分が悪くなった」

  嫌なことでも思い出したのか、舌打ちしながら先生は火から離れる。

「男子は火の準備、女子は食材を取りにきたまえ」

  言いながら女子たちを引き連れて行ってしまった。ここで引き離すのはなんか過去の恨みが入ってないだろうか。大丈夫っすか?

  その後に残されたのは、俺と戸塚と葉山と戸部。

「じゃ、準備するか」

  軍手をきゅっとはめながら言われた葉山の言葉にこくりと頷き、戸塚と着火剤と新聞紙を用意する。

  準備はさくさく進み、残された過程はひたすらうちわで扇ぎ続けるという単純作業だけだ。

  俺は炭の前にしゃがみこみ、以前やった鰻の蒲焼きを思い出しながらぱたぱたと風を送り込み続ける。

「熱そうだね……」

  戸塚が近づいてきて、俺を気遣うように声をかけてくる。俺は肩をすくめながら作業を続けた。いかに高原といえど真夏、火のすぐそばで動いていれば汗が流れてくるもので、額から流れ落ちてきた汗を拭う。

「何か飲み物取ってくるよ。みんなの分も」

  そう言って戸塚がその場を離れると、「みんなの分なら俺も手伝うわー」と戸部がついていく。女子一人にやらせないという気遣いは見上げたものだな。

 後には俺と葉山だけが残される。

「…………」

 パタパタパタパタ。

「…………」

 パタパタパタパタ。

 

 ……あ、そうだ。

 

  俺はしばらく心のスイッチを切ってひたすら無心で扇ぎ続けていたが、徐々に赤みを帯びていく炭を見てとあることを思いつき、うちわを地面に置く。そして近くに落ちていた手頃な大きさの石を二つ持ち、握り潰さないギリギリの力で思いっきり打ち付けあった。

 

 ガチンッ!

 

  甲高い音とともに、大きな火花が飛び散る。すると火花を食らった炭の赤みが増し、少し炎が吹き上がった。

 よし、時間短縮成功。

  炎が安定したのを見計らうと石を地面に落とし、うちわを持ってもう一度扇ぎ出す。そんな俺を見て、対面の葉山は苦笑いを浮かべていた。

「お待たせ、八幡くん」

  また数分間うちわ扇ぎマシンになっていると、不意に可愛らしい声とともに頰に冷たい感触が当てられる。少しぴくっと肩が震えた。

  紙コップであろうそれを片手で受け取りながら見上げると、いたずらが成功したのを喜んでいるような純真無垢な戸塚の笑顔が。急いで戻ってきたのか、彼女は少し息が上がっている。上気した頰が愛らしい。戸塚の天使度も上がった。

  そんなアホな考えを打ち払い、ぐっと親指を立てて感謝の意を送る。すると、戸塚もぐっと親指を立ててきた。なにこの子本当に可愛すぎるんですけど。

「ヒキタニくん、俺代わろっか?」

  数本のペットボトルを抱えてやって来た戸部の言葉に甘え、うちわを渡して代わりにペットボトルを受け取る。つか、ヒキタニじゃなくて比企谷な。

  そのまま近くのベンチに移動し、座って戸塚にもらった麦茶をぐびっと飲み干す。うむ、疲れが取れて行く感じがするな。

「隼人すごーい♪」

  するとそこへ女子たちが戻ってきた。すっかり準備の整った炭火を見て三浦が感動の声を上げる。

「あ、ほんとだ。隼人くんアウトドア似合うねー」

 海老名さんも揃って絶賛。

  そしてちらりと俺の方を見られた。でも、「なんでヒキタニはサボってんの?」的な感じではない。むしろ「あ、休憩中か」と納得したような顔をする。

「比企谷がショートカットしてくれたからな」

  苦笑しながら葉山が俺のフォローをする。珍しい。まあ、それを聞いた三浦には「かばってあげる隼人優しい…きゅん」と言う風に捉えられたようだが。

 …ま、そんなもんだよな。

「ヒッキーお疲れ。はい」

  三浦たちと一緒に戻ってきていた由比ヶ浜が洗顔ペーパーを差し出してきた。俺はそれを受け取り、顔の汗を拭く。

「八幡くんも沢山頑張ってたよー。ねっ?」

  戸塚がぐっと拳を握って力説してくれる。それを見た由比ヶ浜は曖昧な笑みを浮かべた。

「わかってるって。ヒッキー何かやるときは真面目だし」

  由比ヶ浜がそう言ってからからと笑っていると、その後ろで雪ノ下もくすくすと笑っている。

「そうね。それに、見ればわかるわ。軍手で顔を拭うのはやめなさい。汚れるから」

  雪ノ下の言葉にふと視線を落とせば、洗顔ペーパーは黒くなっていた。あ、顔が汚れてたのか。

『…サンキュ、由比ヶ浜』

  数秒かけて機械に言葉を送り、由比ヶ浜に感謝を述べる。すると彼女は元気よく頷いた。

「それでですねーー」

「ふむーー」

  そこへ、小町と平塚先生が野菜が盛られたカゴを手にやけに楽しそうに談笑しながら歩いてきた。二人はくすくすと笑い合いながら何事か話し合っている。

  小町のやつ、一体なんの話してるんだ?まさか俺のことじゃないだろうな。…自意識過剰ですねはい。

  平塚先生に何言ってるのかなーと考えて少し気を飛ばしていると、近くに来た平塚先生に首を傾げられる。

「おや比企谷、元気がないな。そんなにアウトドアが嫌いかね?」

 いえ、そういうわけじゃ…

 まあ、それはともかく。

『小町、一体なんの話をしてたんだ?』

  軍手を外し、携帯を取り出して聞くと小町はうーんと唸る。

「えーっと、お義兄ちゃんは普段から優しい良い兄ですよっていう話。あ、これ小町ポイント高いでしょ?」

  小町はどうよっ!と胸を張りながらドヤ顔で言う。

  オーケー、だいたい把握した。小町ちゃん、あとで少し話をしようか。

  早速デコピンの一つでもかましてやろうかと小町と揉み合っていると、平塚先生が苦笑しながら止めに入ってきた。

「まあまあ、その辺にしておいてやれ。実際、半分以上は君とののろけ話みたいなものだったよ。小さい頃の思い出から何から聞かされ、いつどんなだったとかーー」

「わーわー!ちょ、それを言うのは反則っていうか…小町的にポイント低いというか…」

  見る見るうちにかーっと小町の顔が赤くなる。その朱色に染まった頰を誤魔化すようにこほんとわざとらしく咳払いすると、こちらにちらりと視線を向けてきた。

「な、なーんて……い、今のリアクション、小町的にポイント高かった、でしょ?」

 バカだろ、お前……

  もう怒る気も失せてしまった。呆れと可愛すぎるのとちょっとの恥ずかしさで。

  じゃれ合いをしているといつまでたってもカレーを作れないので、小町の手からひょいとカゴを取り上げると炊事場に向かって歩いて行く。

  やがて炊事場に行きつくが、でかい流し台が一つあるだけだった。ここで米を研いだり、下ごしらえをしたりするわけである。

  食材のバラエティはさほど充実してるわけではない。とはいえ、豚の三枚肉、にんじん、たまねぎ、じゃがいも。スタンダードな日本家庭のカレーライスを想起させるような食材はしっかり揃っている。これに、あらかじめ荷物から抜き出して持ってきた俺のキャンプ用調味料とかも合わせればそれなりに良いものが作れるだろう。

「ふむ…小学六年生の野外炊飯であることを考えれば、妥当なところかしら」

  隣にいる雪ノ下が顎に指を当てながら感想を漏らす。代わり映えはしないが、大きく失敗するようなこともない無難なチョイス、ということだろう。

「でもあれだよね、お家によっていろんなもの入ってるよね、カレーって」

「あるある、ちくわとか入ってるべ、あれ」

  後ろで戸部と戸塚が楽しそうに話している。ふむ、確かうちは唐揚げだっただろうか。

「でもママカレーってそういうのあるよね。こないだも変な葉っぱ入っててさ。うちのママ、結構ぼーっとしてるとこあるからなー」

  鼻歌交じりにピーラーでジャガイモの皮を剥いていた由比ヶ浜も会話に参加してくる。包丁がそばに放り出されているあたり、一度挑戦して諦めたのだろう。

  でも一つ言うと由比ヶ浜、お前も結構ぼーっとしてるぞ。間違いなく遺伝してる。お願いだから芽は取ってくれよ。俺はともかく、他の奴らが食ったらソラニンで腹壊すから。

「あ、ほらほら、ちょうどこんな感じの葉っぱ」

  そう言って皮むきもそこそこに由比ヶ浜はとててっと小枝に走り寄って葉を一枚むしり取ってみせた。……ああ、もしかして、月桂樹のことを言いたいのだろうか。わりとポピュラーなスパイスだと思うが。

「その入っていた葉っぱって、ローリエだったんじゃないかしら……」

「なに?ロリエ?」

  雪ノ下の発した単語が、由比ヶ浜によって美少女じみた名前に早変わりした。雪ノ下はため息をつく。

「ローリエは月桂樹のことよ…」

  それを聞いた由比ヶ浜は、衝撃を受けたように一歩後ずさる。そして戦慄したような顔で言葉を発した。

「ローリエって……ティッシュのことじゃ、ないんだ……」

  遺伝じゃなかった。むしろ進化してた。それもワープ進化レベル。

 

  どうやら、由比ヶ浜の天然加減は相変わらずならしい。

 

 

 

 




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