声を失った少年【完結】   作:熊0803

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かなり久しぶりの投稿です。もしかしたら文章が少し拙いかもしれません。また、別のキャラクターが原作で言っていたセリフを別の人物が言っていることがあります。楽しんでいただければ幸いです。


31.声を無くした少年は、友人の誕生日を祝う。

  雪ノ下との由比ヶ浜の誕生日プレゼント選びに行った翌日の月曜日。俺はいつもと変わらず教室であくびをしていた。特に何をするでもなく、ただぼーっとしているだけ。

  そんな俺の周りにはいくつものコロニーが形成されており、男女混合一軍リア充、女子にちょっかいかけたい二軍リア充、部活やってるけど別にレギュラーじゃないスポルツメン、オタク集団、中堅どころ女子、おとなしめ女子、そして、ぼっちがぽつぽつ数名。その中で一番近くにいるのは由比ヶ浜の所属する一軍リア充とオタク集団だ。

  集団になると何かと騒がしい彼らだが、早く来過ぎてしまった時なんかは「ぼくの仲間はまだかな……」とそわそわ携帯をいじっていたり髪を搔き上げるふりをして教室の扉をチラッと見たりする姿はちょっと可愛げがある。

  彼らの仲間意識というのは相当なもので、自分の群れ以外とはあまり話さない。単独行動時に他の群れに混じろうとはしない。それを考えると結構排他的であり、差別的だ。

  つまり、逆説的にぼっちはマジで博愛主義者。何にも属さず、特定のものに固執しないということは全てのことを受け入れられるということである(暴論)。

  そんなくだらないことを考えながら、俺は次の授業が始まるまでの時間を潰した。

 

  そうこうしているうちに一日が終わり、俺はさくっと帰り支度をして立ち上がる。

  今日も普通の一日だった。何も変わらない、孤独な日々。…まあ、時々由比ヶ浜がこっそり話しかけてきたけど。

  のろのろと奉仕部の部室へ行くと、既に俺より先に由比ヶ浜がいた。と言っても中にいたわけではなく、扉の前に立ってすーはーと深呼吸をしている。何やってんだこいつ。

  ちょんちょんと肩をつつくと、びくっと体を震わせた後おそるおそる由比ヶ浜は振り返る。そして俺だとわかるとほっとしたような顔をした。

「な、なんだ、ヒッキーか。もう、びっくりさせないでよ」

 へいへい、そりゃあ悪うござんした。

  由比ヶ浜に向かって一度肩をすくめると、部室の扉を開ける。するといつも通りの場所で、いつも通り読書をしている雪ノ下がいた。

「あら。こんにちは比企谷くん、由比ヶ浜さん」

「ゆきのん、やっほー」

「ー」

  本から顔を上げて挨拶をする雪ノ下に頭を下げて、雪ノ下の対面に腰掛ける。由比ヶ浜も雪の下の隣の椅子を引いて座った。

  いつもなら携帯電話を弄っている由比ヶ浜はやや浅く腰掛け、両手は膝の上でせわしなく動いている。はたから見ても何かを期待してそわそわしているのが丸わかりである。

  ダラダラとした心地よい静寂の中に、少しだけ緊張感がある。ちらりと前を見れば、雪ノ下もそわそわしながらどうやって話を切り出そうか迷っているようだった。その目線は机の下の紙袋と本の間を行ったり来たりしている。

  それから10秒、20秒、と時間が流れるが、唐突に雪ノ下がぱたりと本を閉じた。

「その、由比ヶ浜さん」

「う、うんっ、何かな?」

「えっと、その…」

  口を開いたはいいが、雪ノ下はまだ緊張しているらしい。普段思ったことを素直に言うのに、こういう時に限って気恥ずかしくなるタイプか。

  由比ヶ浜はわずかに頰を染めて言い淀んでいる雪の下を根気強く待つ。心なしか、その目にはキラキラと期待の光が見えた。

「…由比ヶ浜さん」

「うん」

「誕生日、おめでとう」

  そこからさらに1分ほど経過したのち、ようやく雪ノ下はそれを口にする。すると由比ヶ浜の顔はみるみる満面の笑みになり、感極まったのか雪ノ下に抱きついた。

「ゆきのーん!ありがと!あたしめっちゃ嬉しい!」

「ゆ、由比ヶ浜さん、暑苦しいから少し離れてちょうだい」

  雪ノ下はぐいぐいと由比ヶ浜を引き剥がそうとするが、えへへとアホっぽい笑みを浮かべるだけで離れようとはしない。まあ、俺からも言っとくか。

『由比ヶ浜、誕生日おめでとう』

「うんっ、ヒッキーもありがと!」

  アプリを使ってそう言うと、由比ヶ浜はこちらにも笑顔を向けてくる。その子供っぽい笑顔は童顔の由比ヶ浜によく似合っていた。

「それで、ケーキとプレゼントを持ってきたのだけど…」

「ホ、ホント!?」

  雪ノ下に抱きついたまま、由比ヶ浜は更に目を輝かせる。

  それを見て苦笑しながら、俺は鞄の中から包みを取り出して由比ヶ浜に見せた。

『どうする?先にプレゼントを受け取るか?それともケーキを食うか?』

「あっ…えへへ、ヒッキーもプレゼントくれるんだ」

 そりゃあ、友達だしな。当然だろう。

  ほれ、と机に白い紙袋と小さな正方形の箱を置く。その隣に雪ノ下も紙袋を置いた。由比ヶ浜はそれらをおそるおそる取り、胸の前で大事そうに抱える。

「ありがと、ヒッキー、ゆきのん」

  彼女は今日何度目かになる感謝をしながら、また笑った。その様子に俺と雪ノ下も柔らかい笑みを浮かべる。

「開けてもいい?」

  こくりと頷く。由比ヶ浜はまず俺のプレゼントである小さな箱を開ける。中には犬用の首輪が入っていた。黒のレザーを数本に分けて編み込み、中央には丸いシルバーのタグ。茶色の毛にはよく映えるはずだ。店員さんに色々聞いて選んだ一品である。

「わぁっ…」

『それ、できればお前の犬につけてやってくれ』

「うん、わかった!大切にするね!」

  その後も由比ヶ浜はとんどん包みを開けていき、机の上には首輪、カーディガン、猫印のエプロンが並ぶ。その全てを見ながら彼女は満足そうに微笑んだ。それを見て俺はある決意をする。

 …言うなら、このタイミングで言っとくか。

『由比ヶ浜』

「ん?何かなヒッキー」

『その、なんだ。それは誕生日プレゼントでもあるんだけど、もう一つ意味があるんだ』

「もう一つ?」

  こてんと不思議そうに由比ヶ浜が首をかしげる。…ぐあぁぁっ!恥ずかしい!恥ずかしいしこんなん俺の柄じゃねえけど、それでも伝えなきゃいけない。俺は指を画面の上で滑らせる。

『これからも友達としてよろしく、みたいな 』

  そうアプリが言うと由比ヶ浜は一瞬目を見開き、すぐにじわじわと笑みを浮かべ始める。

「…!そ、そういうことね!…うん!あたしとヒッキーはずっと友達だよ!」

『…そうか』

  ボタンを押しながら、恥ずかしさが極限に達して由比ヶ浜の屈託のない笑顔から顔を右に背ける。しかし、今度はすっごい優しげな目をした雪ノ下の顔とご対面することになった。な、なんだよ。

「ふふっ」

 ぐっ…

  これ以上その目で見られるとまた羞恥がぶり返してきそうなので、話題を転換することにする。アプリを立ち上げて文字を打ち込み始めた。

『それより、昨日の夜店を予約しておいたから誕生日会はそこでやろうぜ』

「あら、気が利くのね」

「それじゃあ、今日はもう部活は終わりかな?」

「そうね。どうせ今日も依頼人は来ないでしょうし…」

『じゃあ、五時に駅前のカラオケ前で集合な』

  俺の携帯からそう言葉が吐き出されると、ぴくっと二人は反応する。そして俺に訝しげな目線を送ってきた。

「あなた、声が出ないのにカラオケにしたの?」

「ヒッキー、どうして…」

『俺はお前らが歌ってるのを見てるだけでいいんだよ。それに、なんかカラオケで誕生日会って友達っぽいだろ?』

  それに、カラオケだったらある程度までなら騒いでも何も言われないし、飲み物も飲み放題だ。あそこの店は事前に言えばケーキが持ち込み可だったしな。

  少し時間をかけてそう言うと、二人は若干納得してなさそうな顔をするも頷いた。

  そういうわけで、俺たちはカラオケに向かうことにした。

 

 

 

  俺たちは部室を出て、てくてくと廊下を歩く。一階まで来てから、小町からメールを受け取っていたことを思い出した。

『小町が来たがってたんだけど、呼んでもいいか?』

  携帯を取り出して聞くと、少し考えるそぶりをしたあと雪ノ下は答える。

「べつに問題ないわ」

「むしろ人数が多い方が楽しそうだしね!」

  二人の了承を得られたので、俺は小町にメールを送った。あいつ、雪ノ下と仲が悪そうだが嫌いというわけではないらしい。こうやって誕生日会にも参加したいって言ってるしな。

  …少し自分勝手な考えになるが、おそらく小町が雪ノ下とあんな感じなのは俺があの時雪ノ下のせいで傷付いたとでも思ってるからではないだろうか。あいつはこんな俺を兄として慕ってくれる優しい子だ。だから俺が傷付くのが許せない。何度もそれは勘違いと話したから頭では納得していても、まだ心では納得していないのだろう。何せまだ中学生だ。いつか二人が仲良くなってくれるといいな。

  そんなことを考えながら昇降口のあたりまで来たとき、不意に聞き覚えのある高笑いが響いた。

「ふっはっははははっ!八幡っ!」

「………」

  俺は前方で謎のポーズをとっている男に近づいていき、とりあえず全力で腹パンをお見舞いした。その材木座とかいう男は床に崩れ落ちる。

  振り返って雪ノ下達のところに戻ると、二人とも引き攣った顔をしていた。

「…相変わらず容赦がないのね」

「確かにウザいけど、なんか中二が可哀想になってきた…」

  いいんだよ。どうせ何回殴ってもゴキブリみたいに復活するんだから。ていうか、中二って材木座のあだ名か?どストレートすぎだろ。お前はお前で容赦ねえな。

  そう思っていると聞こえていたのか、にゅるっと気持ち悪い動きで材木座が立ち上がって近づいてくる。

「八幡、毎回殴るのは流石にひどくないだろうか?」

『じゃあウザい登場の仕方すんな』

「無理だ!これがデフォルトなのでな!」

 くっそこいつ、もう一発殴りてぇ…

「それで、いったい何の用かしら?」

「ゴラムゴラム!新作のラノベのプロットが出来上がったのでな!お主達に見せてやろうと思って探していたのだ!」

「なんで上から目線だし…」

「悪いけれど、これから大切な用事があるの。また明日にしてもらえるかしら?」

  それを聞くと材木座はどこからか取り出していた原稿をしまい、ふむと頷いた。

「む、奉仕部全員でいく大事な用事とは。これは失礼をした。…時に、それは一体どんなものだろうか?」

『由比ヶ浜の誕生日会するんだよ』

「何!?誕生日会だと!?そ、それはもしや英語で言うとバースデーというやつか!?」

 別に英語で言う必要ないけどな。

  こくりと頷くと、材木座はわなわなと感動に打ち震えるように口を開く。

「おお、古き言い伝えは真じゃったか…その者、十七歳の誕生日を迎えるとき、剣豪将軍も寿ぎに駆けつけるであろう……」

「なんか反応が怖い……」

  由比ヶ浜が勢いよく引き、俺の背中に隠れる。おい、盾にすんな。

『千葉県民は誕生日の話題に敏感だから混乱してるんだろ』

  アプリを使ってそう言うと、雪ノ下は不思議そうに首をかしげる。

「そうかしら?あまり気にしたことはないけど」

『小中学校は出席番号が誕生日順だったじゃんか』

「あーっ!確かにそうだった!高校になったらいきなりあいうえお順になって驚いたよね」

「そうね。生年月日順というのは全国的には珍しいそうね」

「いかにもいかにも。それゆえ、悲劇も起こりうるのだ……」

 いきなりどうした。

  訳知り顔の材木座の表情が突如として暗くなる。

「……一昨日は前の席の奴がみんなに祝われ、3日後は後ろの席の奴が祝われる……」

「…華麗にスルーされたわけね」

  確かに、学校がある時期に誕生日を迎えてしまうとそういうこともあるだろう。俺は誕生日が夏休み中にあるが、折本とか一色たちが毎年祝ってくれたのでわりとそういう経験がなかったりする。

「まあ、代わりに八幡や学校外の友人が祝ってくれたので完全にぼっちではなかったのだが…」

「…やっぱなんだかんだ言ってヒッキーって優しいよね」

「ふふっ、そうね」

  おいやめろ、お前らそんな優しい目で俺を見るな。マジで恥ずかしいからやめてくださいお願いします。

  俺が顔を背けていると、材木座がいいことを思いついた!とでもいうように手を叩く。

「そうだ。せっかくならばその誕生日会、我も参加しようではないか。いつも祝ってもらっているのだ、こういうときくらい他人に逆のことをしても良いだろう?」

 …まあ、そういうことならいいか。

「あ、八幡くん!」

  材木座に了承の意味を込めて頷いていると、廊下の向こうからまた新しい声が聞こえてきた。

  全員で振り向けば、そこには制服姿の戸塚がいる。

  戸塚はほわほわとどこか癒されるような笑顔を浮かべながらこちらに近づいてきた。

「みんな、こんにちは。どうしたのこんなところで?」

「うむ、これから由比ヶ浜嬢の誕生日会をするという話をしていたのだ」

  いや、なんでお前が答えてんだ。さっき参加したばっかだろ。

  腕を組んで偉そうに踏ん反り返っている材木座にため息をつきながら、俺は戸塚に向かって頷く。

  すると戸塚も頷き返し、途端どこかそわそわした様子で俺を見る。

「そうなんだ…それ、ぼくも行っちゃダメ、かな?ちょうど由比ヶ浜さんに誕生日プレゼント渡しに行こうと思ってたから、さ」

  俺の方が背が高いので、自然戸塚は上目遣いのようになった。くっ、天然物の上目遣いは威力高すぎだろ!

『いいぞ。それに、人数は多い方が楽しいだろうしな』

  アプリに書き込んでそう言うと、戸塚はみるみる嬉しそうな表情になり、うん!と元気よく頷く。

  こうして、材木座に加え戸塚もメンバーに加わった。

 

 ーーー

 

  夕暮れの駅前は車や人が行き交い、喧噪に満ちている。その雑踏を俺たち五人は歩く。

「えへへ、さいちゃんにまでプレゼント貰えるなんて嬉しいなぁ」

  由比ヶ浜はさっきからずっと上機嫌な様子だった。背中越しでもにこにこと笑っているのがなんとなくわかる。

  誕生日を祝ってもらうだけでここまで喜ぶことのできる純粋な友人に思わず笑いをこぼしていると、いつの間にか目の前には目的地であるカラオケのビルが鎮座していた。

  カラオケは高校生の遊びとしてメジャーなものの一つだ。そもそも学生と歌は切っても切れない縁がある。

  例えば合唱コンクール。ていうか、なんでリア充の皆さんは合唱コンクールの練習で喧嘩すんのかね?

  「男子がちゃんと歌ってくれない!」っていって女子が必ず泣く。で、教室を出ていった女子をクラス全員が追いかけるんだよな。わかりやすいテンプレ青春イベントである。

  しかし、実際その裏ではその女子を心配して追いかけるのではなく、追いかける私たち青春しててかっこいい的な会話が繰り広げられているのだろう。いやー、青春を謳歌するという言葉はよくできてるな。

  そんなバカなことを考えている間に自動ドアが開き、店内に入るとざわついた空気が流れてきた。

「あ、お義兄ちゃん」

  先に着いていたのであろう、ソファに座っていた小町が俺たちを発見して駆け寄ってくる。

「こんにちは、小町さん」

「…こんにちは、雪ノ下さん」

  雪ノ下と小町が挨拶をした瞬間、またしても二人の間で火花が散った。もう何回目だこれ。

「ま、まあまあ二人とも」

  由比ヶ浜が間に入り、何処か緊張した空気をとりなす。

「あ、こんにちは由比ヶ浜さん。お誕生日会、呼んでくれてありがとうございます!」

  するとようやく小町は雪ノ下との睨み合い?をやめ、いつもの屈託のない笑顔で明るく答えた。やだこの子、切り替えの早さが半端ないわ…キモいな。

  雪ノ下に対しての態度とは正反対に、小町は楽しげに由比ヶ浜と話している。

  しかしいつまでも入り口で談笑しているわけにもいかないので、女子たちが話しているうちに俺と材木座で受付に行く。そして予約したことを伝え、マイクなどを受け取った。

  ちょいちょいと会話に話を咲かせていたメンバーを呼び寄せ、階段を登って部屋に向かう。

  やがて部屋に着くと荷物を置き、一度ドリンクコーナーで飲み物を確保してから戻った。

  そして全員座り、それぞれのグラスを持つ。

「えっと……それじゃあ、由比ヶ浜さん。誕生日、おめでとう!」

  戸塚の声に合わせてみんなが乾杯し、グラスを合わせた。

「改めて、おめでとう」

「おめでとうございますー!」

「ふむ、おめでとう由比ヶ浜嬢」

  雪ノ下、小町、材木座と祝辞が続き、本日の主役、由比ヶ浜が手を挙げてそれに答える。

「みんなありがとーっ!じゃあロウソク消すね。ふーっ!」

「「イェーイ!」」

  由比ヶ浜が机の上にあったケーキのロウソクを消すと再び乾杯。そしてパチパチと拍手。うん、誕生日会っぽい。

「「「「「「………」」」」」」

  そして、しばし沈黙。…いや、なんでやねん。

「え!?な、なにこの空気!?」

  由比ヶ浜も同じことを思ったのか驚きつつも周囲を見渡し、俺に助けて的な視線を送ってくる。無理です。

「ごめんなさい、あまりこういうのに慣れていなくて」

「うむ、我も少し緊張してしまった。申し訳ない」

「あ、あはは…」

「じゃ、じゃあ何か楽しい話しよう!せっかくの誕生日会なんだし、ね?」

  あんまりにもアレな俺たちを見かねたのか、戸塚がそう切り出してくれた。こ、この子ええ子や。…なんで俺さっきからエセ関西弁なんだろ。

「あ、あたしは現在進行形で結構楽しいよ?今まで誕生日会とかってあんまりしてもらったことなかったから嬉しいな…なんて」

  実際、由比ヶ浜は嬉しいのだろう。じんわりと喜びが滲み出てくるような穏やかな微笑みを浮かべている。

  意外だな、由比ヶ浜なら毎年リア充(笑)どもが祝ってくれてそうだが。

『三浦たちとかには祝ってもらってないのか?』

  俺が携帯を取り出してそう尋ねると、由比ヶ浜は少しだけ考える仕草を見せる。

「んー。そういう機会がないわけじゃないけど、あたし祝う側ばっかりっていうか裏方が多いっていうか、料理取り分けたりして気づいたら終わってるっていうか……」

 あー、そういうことね。

  いや、なんかこれ聞いたらまずかったかも。どこか気まずい空気になってしまった。

「それじゃあ、今日はめいいっぱい由比ヶ浜さんを祝ってあげましょう」

「そうですね」

  珍しく雪ノ下と小町の意見が一致する。が、本人たちは何かあるのか、がるるっと目で威嚇しあっていた。ほんと、なんでお前らそんな仲悪いの?

  右隣にいる材木座と思わず苦笑いを見せ合いながら、俺たちもこくりと頷く。すると由比ヶ浜は何かを堪えるような仕草をした。

「ううっ…ありがとーみんな!」

  おいおい、泣いたりしないよな?誕生日会で嬉し泣きってのもそれはそれで良いかもしれないけどよ。

「それじゃあケーキ切ろっか」

  由比ヶ浜がそう言って立ち上がるが、主役にそんな重労働をさせるわけにはいかない。そういうのは祝う側の仕事だ。

  中腰の由比ヶ浜を手で制し、代わりに切るために立ち上がる。

「では我が…」

「私が手伝うわ」

  材木座が手伝おうと腰をあげるが、その前に雪ノ下が名乗り出た。

  俺は頷き、ナチュラルにケーキを切ろうとする。しかし包丁を雪ノ下に渡そうとしたところでピタリと止まった。あれ?これ、雪ノ下との共同作業的なアレにならない?

  いや、昔一緒にいた時これくらいのことをしてた記憶はあるがそれは子供の時の話。いろいろと成長とした今ではその時とは意識が違う。思わず余計なことを考えてしまうのだ。ほら、例えば雪ノ下のウェディング姿とか…いやいや、ダメだろそれは。まだ早い。

「どうしたのかしら?」

  突然固まった俺を見て、雪ノ下が懐疑的な目で見てくる。しかし、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。

「…!」

  こいつ確信犯だ!絶対わかっててやってやがる!

  横から感じる小町の凄まじい威圧感のようなものに冷や汗をかきながら、しかしケーキがダメになってしまうので観念して包丁を渡す。そして皿を押さえた。その時の俺の顔が若干赤かったのは言うまでもないだろう。

  雪ノ下は上機嫌で、手際よくケーキを六等分にする。すげぇ、全部綺麗に分かれてる。

「ゆきのんすごいね!あたしなんか時々失敗しちゃうのに…」

「別に、たいしたことではないわ」

「でも、ほんとにすごいよ?ゆきのんってA型?」

「? 何故かしら?」

「や、だって几帳面だし」

  なるほど、血液型占いか。確かに一見したら雪ノ下は完璧主義というか、いろいろきっちりしてる感じがする。

「あ、ぼくもA型だよ。確かに、結構細かいところは気になっちゃうなぁ…」

  ふーん。ふわふわしてそうだが、見た目とは裏腹にそういう性格のやつもいるか。

「たしかに、あながち血液型占いは的外れでもなかろう。AB型は裏表が激しいという俗説があるが、言い得て妙だな。かくいう我もふとした瞬間にもう一人の自分が…」

「あ、そこまででいいです」

  右手を押さえてわざとらしいことをし始めた材木座を小町がばっさりと切り捨てた。初対面じゃなく、顔見知りであるが故の容赦のなさだ。

「そういう由比ヶ浜さんは何型なの?」

「あたし?あたしはO型」

  由比ヶ浜が答えると、何かを納得したように小町がぽんと手を打った。

「おーざっぱのO型ですね!」

「確かに…由比ヶ浜さんがO型だとすると血液型占いに信憑性が出て来たわ」

「え、ちょっ!あたし、そんな大雑把なの!?」

  どこか戦慄したような表情でそういう雪ノ下に由比ヶ浜があわあわとする。

「由比ヶ浜さん、大丈夫ですよー。小町もO型ですから」

『何をもってして大丈夫って言ってんだ、お前』

  アプリでそう聞くと、小町はうーんと悩ましげな声をあげた。

「……もしもの時輸血できる、とか?」

  大雑把の波状攻撃に、今度は俺が戦慄をした。やばい、どんどん信憑性が高くなっていくぞ。

「で、結局ゆきのんは何型なの?」

「B型よ」

「へー、そう聞くと確かにゆきのんはマイペースかも」

「あ、八幡くんは何型なの?」

  戸塚が純粋な疑問を込めた瞳で俺に問いかけて来た。戸塚の呼び方に雪ノ下がぴくっと反応する。

  対して俺は複雑そうな、それでいて曖昧な苦笑いを浮かべながら携帯を操作した。

『わからない』

「えっ?」

『ごめんな』

「あ、ううん!別にいいよ!」

  正確にはわからないというより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。昔、組織の研究班の人に俺の血液を直接誰かが飲んだら拒絶反応を起こして最悪死ぬとも言われた。物騒すぎんだろ。

  俺の表情を見て何かまずいと思ったのか、戸塚はすぐに謝ってくる。俺は気にするなと手でジェスチャーをした。

  …隣で、材木座が一瞬だけ無表情になったのが視界の端に映る。しかし悪意がないとわかるとすぐに元に戻った。

  そんなこんなで盛り上がってきたところで、それぞれの皿にケーキを小分けして食べ始める。

「んん〜、ゆきのんの手作りケーキおいしー!」

「そう、喜んでもらえて良かったわ」

「もしかして、これって桃が入ってるの?」

「ええ、いいのが出回っていたから」

  由比ヶ浜の反応通り、雪ノ下の作ってきたケーキは新鮮な桃がふんだんに使われた上品な味わいのものだった。

「桃は古代中国では不老長寿の秘薬として重宝されていたものだ。誕生日にぴったりの実にめでたい食べ物であるな」

 そのおいしいケーキに舌鼓を打っていると、材木座がおもむろに語り出す。へぇ、そんな雑学があったのか。たまには材木座の話も聞いてみるものだ。

「それにしても、雪ノ下さんって料理上手なんだね」

  戸塚が感心した様子で言うが、雪ノ下は胸を張るでもなくただ意味ありげな微笑みを浮かべた。

「ええ、食べてもらいたい人がいてね。練習したの」

「へぇ!家族とかかな?」

「……そうかもしれないわね」

 ちらっ。

「………」

  一瞬こちらに向いた雪ノ下の目を、俺はあえて気付かなかったふりをした。なんか、前に比べて遠慮がなくなってきてないか?

「あ、そういえば由比ヶ浜さん」

「ん?」

  戸塚はふと思い出したような顔をし、ごそごそと鞄を探る。

「はい。由比ヶ浜さん、いつも髪をまとめてるでしょ?だから、髪留め」

「さいちゃん、ありがとー!うわ、これ本当に可愛い…大事に使うね!」

「では小町からはこれを」

  小町もきちんと用意してきていたようで、鞄から丁寧にラッピングが施されたプレゼントを手渡した。

「はい、写真立てですよ」

「小町ちゃんもありがと!」

「はい!大事な写真とかを入れてもらえると嬉しいです」

「ほう、丁度良い。ならば我はこれを進呈しよう」

  一連の流れを黙って見ていた材木座がキラリを目を光らせ、コートの内側から一枚の写真を取り出す。

「由比ヶ浜嬢、これを」

「なにこれ…うわっ!すっごい綺麗!」

  一体どんなものかと覗き込めば、夕日に照らされて輝く海の写真が視界に入ってきた。おお、すげえ感動的。

「最近、我が小説の資料集めのために写真を撮ることにはまっていてな。たまたまいいのがあったのでお主にやろうではないか」

「なんで上から目線だし…まあ、一応中二もありがと!」

「…八幡、お礼を言われてるのにあだ名のせいで嬉しさ半減なのだが…」

 諦めろ、お前の自業自得だ。

 

 ーーー

 

  それから俺以外の奴が歌って騒いだりして三十分ほどたった。ちなみに俺以外の全員がそれぞれの得意な歌を楽しそうに歌っていたのを携帯でこっそりと撮っていたのは少し恥ずかしいから内緒だ。…まあ、高校での初めての友達記念ってことでバレても許されるだろ。多分。

 

「いやー、みんなほんとありがとー!今までで一番嬉しい誕生日かもしんない」

  由比ヶ浜がプレゼントの山を見ながらいうと、俺と雪ノ下が肩を竦める。

『大袈裟だな』

「そんなことないよ!本当に嬉しいもん。今までパパとママに誕生日祝ってもらえるのも嬉しかったんだけどさ……やっぱり、今年は特別。…ゆきのん、ヒッキー、ありがとね」

「……ゆ、友人の誕生日を祝うのは当たり前よ」

  恥ずかしそうにそっぽを向く雪ノ下に由比ヶ浜は相変わらずにっこりとした笑顔を向けた。確かに、いい誕生日なのかもな。

『でもあれだな、由比ヶ浜の家は仲良いな』

「ヒッキーの家もそうじゃないの?」

  由比ヶ浜がそう疑問を返してきた途端、俺はさっと顔を背けた。俺の反応に由比ヶ浜は頭の上にはてなマークを浮かべる。

「…あー、そのだな。八幡の誕生日は、毎年しっかりと祝われているのだ」

「え?そうなの?だったらなんでそんな反応?」

「…それがな。実は、それがあまりにも盛大すぎるのだ」

「盛大?」

「八幡の父親が会社をやっているのは知っているだろう?」

 材木座の問いに全員がこくこくと頷く。

「それでだな。八幡の誕生日は会社の一番大きな会議室を貸し切って、毎年社員や仕事仲間、都合のついた友人のほぼ全員で祝っている」

「逆に仲が良すぎて気後れしちゃう、とか?」

「うむ、そういうことである」

  由比ヶ浜があー、という顔をして俺に同情的な視線を向けてくる。

  いや、ほんとマジで。あの人たち俺のこと好きすぎだろ。なんで夏休み休暇とってる人までわざわざ出勤してるわけ?そんなことしてる暇あったら家族サービスすればいいのに。

  まあ、祝ってくれること自体はすごい嬉しいんだけどさ。

「あ、ちなみに八幡の名前は誕生日が八月八日だったことと、八幡大菩薩にちなんで仏のご加護があるようにという意味である」

「なんかすごい壮大だ…」

「ふふっ、比企谷くんは家族に愛されてるのね」

  やめて、なんで今日はみんなそんなに微笑みを向けてくるの?恥ずか死ぬから勘弁してください。

  つーか、材木座は余計なこと喋りすぎなんだよ!

  恨めしげな目を向けると、この空気の元凶はしてやったりという顔をしている。うわぁ、殴りてえ。

「ぼくは確か、人生が彩りを加えたものになりますようにって意味で彩加だったかなぁ」

「私は生まれた日に雪が降っていたから、だったかしら」

「我はじいちゃんがつけた」

  そしていつのまにか名前の由来暴露大会が始まっていた。

「由比ヶ浜さんは?」

「うーん…聞いたことないなぁ。帰ったら親に聞いてみようかな…あ」

「? どうしたの?」

  ぽつりと声を漏らした由比ヶ浜に、戸塚が不思議そうに声をかける。

「今気づいたんだけどさ、あたしだけあだ名がないなーとか」

『いや、そのあだ名お前が勝手につけてるだけだからな?』

  携帯を使ってそういうと、由比ヶ浜はうっという顔をする。俺のヒッキーとか最初引きこもりだからヒッキーだと思ってたからね。後で比企谷だからだってわかったけど。

「私も初めは拒否したのだけれど、結局直らなそうだったから諦めたわ…」

「うむ、我も中二呼ばわりはちょっと傷ついたな」

「「「『いや、それはお前(中二、あなた、材木座さん)が悪い』」」」

「この我の扱いの雑さは一体…」

  全員の言葉がハモった。材木座はしょんぼりとする。

「ではこうしましょう。みんなで由比ヶ浜さんに素敵なあだ名をつけるというのは」

「なるほど、賛成です」

「それじゃあ、ゆいっちは?」

  ぴっと人差し指を立てながら戸塚が例を挙げる。最後に〜っちか、定番の一つだな。

「んー、ゆいお姉ちゃんというのはどうでしょう?」

『いや、お前以外全員同い年だから』

「むふん…『千葉の黒き白虎』」

「却下ね」

 つーか黒いのか白いのかはっきりしろよ。

「……では、ゆいのん、というのは?」

「えー?なんか語呂悪いし…」

『自分のセンスを棚に上げておいて何言ってんだお前』

「そ、そこまでネーミングセンス悪くないし!ていうか、それをいうヒッキーはどうなのよ!」

 ふむ…。

  由比ヶ浜にそう言われ、俺はしばし考え込む。そして出た答えは…

『ゆいゆい?』

「「「「「ぶっ!!!」」」」」

  全員が吹き出しました。くそ、どうやら俺のネーミングセンスもはずれならしい。

「ぷっ、くくっ、は、八幡がゆいゆいとか、似合わなすぎて爆笑もんでおじゃる!」

「ま、まあ可愛いからいいんじゃないかしら?ふ、ふふっ」

「お義兄ちゃん、ある意味ナイス!」

『うるせっ』

  戸塚でさえも苦笑いして俺に面白げな目を向けてきた。しかし由比ヶ浜は違うようで、ふむふむと頷いている。

「でも、ゆいゆいかぁ。…うん、ちょっと可愛いかも。ね、ねえゆきのん、ちょっと呼んでみて?」

「えっ!?」

  唐突に話を振られた雪ノ下はおろおろと慌てふためき、しかし由比ヶ浜の頼みを無下にできないのか視線を彷徨わせる。

「……ゆ、ゆいゆい」

「「!!!」」

  やがてそっぽを向きながら、きゅっと胸元で手を握り締め、ほんのりと赤く染まった顔で小さくそう呟いた。その恥ずかしげな姿に、思わず俺は戦慄を覚える。

  なんだこれ。なんていうかこう具体的に言葉にできないけど、なんか、あれだ!とにかくすげぇ可愛い。

  ふと見てみれば、対面にいる由比ヶ浜も雪ノ下と似たような表情をしていた。そして手をわたわたと振り回し、こちらもまた恥ずかしそうにまくしたてる。

「やっ、やっぱり恥ずかしいから普段は苗字で!」

 

 そういうことになった。

 

 ーーー

 

  それからさらに一時間後、出口の自動ドアが開いて由比ヶ浜が伸びをしながら一歩外に出た。

「んー!楽しんだ楽しんだー!久しぶりにカラオケ来たけど良かったなー。ゆきのん、ヒッキー、また来ようね!」

「…ええ、今度は誰の誕生日会になるのかしら?」

「一番近い誕生日の人は誰だろうねー」

  そんな風にわいわいと騒ぐ二人を見ながら、俺はふっと柔らかい笑みを浮かべる。すると隣に材木座が並んできて、どこか満足そうに頷いた。

「良かったではないか八幡。これが、今のお主にとって大切なものなのだろう?」

  材木座の問いに、俺はこくりと顔を傾ける。材木座は頷き返し、ではまたな、と言って帰っていった。…ったく、最後にカッコつけやがって。

「じゃあ八幡くん、また学校でね!」

  戸塚もニコニコと笑顔で手を振りながら駅の方向に向かっていく。小町は当然俺と一緒に帰るので残った。

「それじゃあ、私たちも帰りましょうか」

「うん、そうだね。二人とも、また学校でねー!」

  プレゼントをまとめた大きな紙袋を片手に持ちながら、由比ヶ浜はぶんぶんと手を振って彼女もまた駅方面に消えていった。

「では比企谷くん、小町さん、さようなら」

「ー」

「はい、さようなら」

  雪ノ下はくるりと体を翻し、帰り道を歩いていこうとする。

「ーーああ、そうだ」

  しかしふと何かを思い出したように、雪ノ下はこちらに向かって近づいてくる。そして俺の耳元に顔を寄せてきた。やばいやばい近い近いいい匂い!

 

「いつか手料理、食べてね?」

「…!」

 

  それだけ言うと雪ノ下はぱっと離れ、硬直している俺を見ていたずらの成功した子供のような笑みを浮かべて帰っていった。

  隣で小町が般若の如き顔をしているが、俺は呆然としたまま微かに吐息の感触が残る耳を手で触る。そして一つのことを心の中で思い浮かべた。

 

  …まあ、なんだ。最後にこんなことがあったが、やはり俺の青春ラブコメは悪くない。

 




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