声を失った少年【完結】   作:熊0803

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非常に更新が遅れました、申し訳ありません。
二十九話です。


29.声を無くした少年は、義妹と遊びに行く。

  一週間のうちで最強の曜日は土曜日だ。その圧倒的優位が揺らぐことはないだろう。休日でありながら次の日も休みだなんて、これを最強と言わずしてなんと言おうか。

  …と、以前の俺なら考えるかもしれない。声を無くす前の俺なら。だが、現在の俺にとって土曜日は一週間で最も憂鬱な日である。

  なぜならば、『次の日も休みでゆっくり寝れるなら、雑用系の〝仕事〟を入れてもいいよね☆』というふざけているにも程がある理由があるからだ。

  ちなみに雑用系の〝仕事〟とは、ノスフェラトゥの開発部が作った新兵器の実験台だったり新米の訓練だったり、本当に雑用のようなことばかりである。まあ、もちろんそれも大切なことなんだけどな。

  そんなことを考えながら、一口コーヒーを啜り朝刊を読む。

  一通り一面を読み終え、チラシチェックに移った。安いものを見つけたら赤丸をつけてキッチンに貼り、俺や小町がお買い物メモ帳に書き溜めておいて買いに行く。

  そうしてチラシを流し読んでいると、一つ目を引くものがあった。なのでソファでぐでーっとしていた小町の視界にそれを見せてやる。チラシには〝東京わんにゃんショー〟の文字が。

  それを見た途端がばっと小町は飛び起き、俺に抱きついてきた。

「やたっ、東京わんにゃんショーだ!お義兄ちゃんよくぞ見つけ出した!大好き!」

 はいはい、俺も大好きだよ。

  苦笑いしながらきゃーきゃー騒ぐ小町の頭を撫でていると、不意に寝室のドアが開く。そこから目の下にクマをこさえた眼鏡をかけている女性が出てきた。髪もぼさぼさなので、普通に見れば美女なのに色々と台無しである。

「小町、朝からうるさい。少しは自重しなさい」

「はーい」

  反省してるのかしてないのかわからない小町の返答を聞いて満足そうに頷き、義母さんは寝室へと戻って行く。まだ眠るらしい。…遅くまで書類仕事お疲れ様です。スーツ点検の申請出そうと思ってたけど、この様子だとかなり疲れてそうなのでやめておこう。

  そう考えていると、寝室の扉に手をかけたところで義母さんが振り返った。

「八幡、出かけるのなら車に気をつけるのよ。蒸し暑くて苛立っている運転手が多くて事故が起きやすいから。小町との自転車の二人乗りとかは絶対ダメ」

『わかってます。小町を危険な目に合わせたりはしません』

「…何言ってるの、あなたもよ。大切な息子なんだから」

  俺がメモ帳にそう書くと義母さんは一瞬不満そうな顔をするも、すぐにそう言う。…すみません、いつまでも敬語が抜けなくて。

  それはさておき、義父さんと義母さんの俺たちへの愛情はかなり深いと思ってる。実の娘である小町は二人の宝物のようなものだから当然だとしても、人として色々欠如しているはずの俺も大切にしてくれている。話せないし、目は腐ってるし、面倒臭い奴だろうに、本物の家族のように…いや、ようにではなく家族として接してくれるのだ。

  少しややこしい話になったが、つまり何が言いたいかと言うとこうやって自分の身の心配をしてくれるのはかなり嬉しい。

  内心でいつにも増して家族に感謝していると、俺の首に手を回して背に体を預けていた小町が能天気な声を出す。

「バスで行くからそんな心配いらないよー。あ、そうだバス代ちょうだい!」

「はぁ、まったく…で、何円だったっけ?」

「えっと……」

  小町が指で数え始める。おい、片道百五十円で往復三百円だぞ。指使う必要ないだろ。

『三百円です』

  結局、小町が計算するより早く俺が文字を書き終えて見せる。義母さんははいはいと答えて財布から小銭を出す。

「じゃあ、はい。三百円」

「ありがとー!」

「…はい、八幡も。あとこれ、二人ぶんのお昼代ね」

  義母さんはそう言って俺に紙幣三枚と三百円を渡してくる。自分の貯金を使おうと思ってたので慌てて返そうとするが、ぐいっと押し付けられた。

「たまには親に甘えなさい。もし使わなかったら叱るからね」

  …普通逆に使い過ぎたら怒るんじゃねえの?こういうのって。それにしても、本当にこの人は人格ができている。一生頭が上がる気がしない。

「ありがとお母さん!それじゃお義兄ちゃん、行こ♪」

  こくりと頷いて財布と携帯を持ち、リビングから出ていく。いってらっしゃいという義母さんの優しげな声を背に受け、俺たちは家を出た。

 

 ーーー

 

  家から「東京わんにゃんショー」の会場である幕張メッセまではバスで十五分ほどだ。東京わんにゃんショーなのに千葉でやっているから注意が必要である。間違えて東京ビッ◯サイトとか行きかねない。

  会場はそこそこの数の人が入っていた。なかにはペットを連れてきている人もいる。

  それなりに盛況なので、どちらからともなく手を握る。小町、別に仲良しデートなわけじゃないんだから、そんなに頬を緩ませない。

  小町はぺしっと叩いても顔をにやけさせたまま「えへへ」と小さく笑う。服装のせいかその笑顔はいつもより明るく元気に見えた。

  ボーダーのタンクトップに肩口が大きく開いた薄手でピンクのカットソーを合わせ、ややローライズ気味な腿より上丈のショートパンツ。そして、小さい花のような可愛いらしい笑顔。誰が見ても頰が緩むのは必然だろう。はいそこ、シスコンとか言わない。

  さて。一人語りが長くなったが、この東京わんにゃんショーは犬や猫といったペットの展示即売会だ。その一方でちょっと珍しい動物の展示をあったりしてなかなかたのしい。これが入場無料なのだから、恐るべきイベントだ。やはり千葉は最高。

  会場に入ってすぐに小町がはしゃぎながら指差した。

「わー、お義兄ちゃん!ペンギン!ペンギンがたくさん歩いてるよ!可愛いー!」

  そういえば、ペンギンの語源ってラテン語で肥満って意味だったっけ。そう考えるとメタボサラリーマンが営業で外回りしてるように見えなくもない。

  とはいえこんなことを伝えたら小町がげんなりするのは目に見えてるので、とりあえず微笑みを返した。

「あ、あれなんだろ!」

  小町は俺の手を引っ張って駆け出す。ちょ、急に走るなよ。転ぶぞ。

  どうやら小町が気になったところは鳥ゾーンであるらしく、インコだのオウムだのといった派手派手しい極彩色の世界が広がっていた。黄色に赤に緑に……どれもこれも原色をこれでもかと塗りつけたような出で立ちは毒々しくも鮮やかだ。翼を広げた時に舞い上がった羽がライトに照らされて輝きを放つ。

  だが、その鮮烈な色の洪水の中でもっとも艶やかな光を放っていたのは黒髪だった。東京わんにゃんショーのパンフレットを片手にキョロキョロするたび、二つに分けて結わえた髪が揺れている。

「あれって……雪ノ下さん?」

  小町も気付いたらしい。というか、あれだけ目立つ容姿の奴もそうそういないので結構な注目を集めている。

  軽く羽織った四分丈程度のクリーム色をしたカーディガン、ふんわりとした清楚なワンピースは胸よりやや下あたりがリボンで絞られ、柔らかな印象を与える。歩くたび、素足に履かれたシンプルなストラップサンダルが涼しげで軽やかな音を立てた。

  だが、本人は周りの視線などまるで気にしていないようで、部室にいる時と同じ冷静そうな表情で何かを探している。

  雪ノ下はホールの表示番号を確認し、パンフレットに視線を落とす。さらに周囲を見渡してからまたパンフレットを見る。そして何かを諦めるようにふっと短いため息を吐いた。ああ、そういや昔から方向音痴だったっけ…

  雪ノ下は何かを決心したようにぱたっとパンフレットを閉じると颯爽と歩き始めた。壁に向かって。

  さすがに見ていられなくなり、慌ててその細い背中に近付き肩を叩く。すると、警戒心を剥き出しにして雪ノ下は振り返った。

  が、声をかけたのが俺だとわかると目を見開き、そのまま二秒停止。そしてパシッと自分の口元を押さえて何事か呟き三秒停止。

(えっ、えっ!?な、なんで八幡くんがここにいるの!?いえ、そういえば八幡くんは割と動物が好きだったわ。あそこに義妹さんもいることだし、おそらく兄妹で来たのでしょう。…でも、たとえ偶然でも八幡くんと会えるなんて、今日はいい日ね♪)

  やがて落ち着いたのか、微妙ににやけが隠しきれていない表情で俺を見る。

「こんにちは八ま…んんっ。比企谷くん」

  お前最近名前呼びかけること多くない?もう思い出したの確定でいいんだよね。むしろそうじゃなかったらおかしい。

『なんで壁に向かって歩くなんて奇行してんの?』

「……迷ってしまったの」

  携帯を取り出して聞くと、雪ノ下はすっと目線をそらす。迷うほど広いっけここ……いや、まぁ地図があっても迷うときはあるけど。特に同じようなブロックが続く施設の場所は地図があまり役に立たないことがざらである。コミケの会場とか、新宿駅地下とか。

「…雪ノ下さん、こんにちは」

「ええ、こんにちは小町さん」

  いつの間にか近づいて来ていた小町が雪ノ下に挨拶する。対して雪ノ下は笑顔で返し、なぜかまたしても火花が散った。怖い怖い、なんでお前らそんな仲悪いの。会うの二回目だよね?

『で、何を見に来たんだ?』

「……その、いろいろよ」

  猫か。猫だろうな。猫コーナーにでっかく赤丸つけてるし。

「そう言う比企谷くんたちはどうしてここへ?」

「毎年一緒に来てるんですよ。ええ、毎年一緒に」

「………」

  バチィッ!という音を聞いたのは俺だけだろうか。もうほんと何なの。頼むから仲良くしてくれない?

『ちなみに、うちの猫ともここで出会った』

  ぽちぽちと文字を打ち込んで、ボタンを押す。これで多少は空気が変わってくれればいいなぁ。

「あ、そういえばそうだったねー」

  すぐさま小町が反応する。そう、今しがた言った通り我が比企谷家の飼い猫、カマクラとはここで出会ったのが馴れ初めだ。実はカマクラは血統書付きだったりする。小町が飼いたいと言ったら即決だった。当時は小さかったのに今はあんなにふてぶてしくなっちゃって…。

「…そうだ。比企谷くん、どうせなら一緒に回らないかしら」

  カマクラのふんす!というドヤ顔を思い出していると、唐突に雪ノ下がそう提案してきた。ふむ、雪ノ下と一緒にショーを回る、か……ありだな。

「…お義兄ちゃん、顔。すっごいにやけてるよ」

  どこか面白くなさそうな声音で小町が言う。いかんいかん、一緒に歩くところを想像しただけでテンションが上がってしまった。

(どんだけ雪ノ下さんのこと好きなのよ……)

  賛成、と言う意味で雪ノ下に頷く。すると見るからに目がキラキラしだした。あぁ、明るい雪ノ下を見るだけで心が癒される……さすがにこれはキモいか。

「せっかくだから、普段見れないものを見るのはどうかしら?」

『お前、猫はいいのか?』

「…ええ、最後でいいわ」

  ちょっとだけ不満そうに言う雪ノ下も可愛いなとか完全に危ないことを考えながら鳥ゾーンに向かう。鳥類はわりとレアなのが多いからな。

  金属の手すりで区切られたやけにかっこいいディスプレイが立ち並ぶそこには鋭い嘴、研ぎ澄まされた爪、そして頑強な羽毛を備えた雄々しい姿がある。

  やっぱり鷹とか隼を見ると超かっこいいという感想が真っ先に出てくる。思わず足を止めて手すりに乗り出してしまった。きっと今だったら少しは目の濁りが改善されてるんじゃないかってくらいキラキラした目で猛禽類の鳥たちを見る。

「やっぱり男の子はみんなそういうの好きだよねー」

「そうね、私も女だけれど勇壮で美しいと思うわ」

 おお、わかるのか雪ノ下!

  くるりと振り返り、俺と同じく猛禽類に目線を向けていた雪ノ下の華奢な右手をを握りぶんぶん振る。ついついテンションが上がって雪ノ下の顔が真っ赤なのと小町がすっごい不満そうな顔をしていたのには気がつかなかった。

 

 ーーー

 

  鳥ゾーンを抜けて、今度は小動物ゾーンに入る。

  ここはハムスターとかウサギとかフェレットとかを集めたゾーンだ。いかにも小町が食いつきそうな場所で『ふれあいコーナー』できゃっきゃっと騒いでいる。

  一方の雪ノ下もこりこりもふもふしてみるのだが、ひとしきり触ると首を傾げる。どうやら求めていた質感とは違うらしい。意外にこだわりがあるんだな。

  ちなみに俺は突っ立ってるだけで足元にウサギとかがめっちゃ寄ってくる。何故だ。

(本能的に八幡くんの優しさを感じ取ってるのかしら…)

『小町、そろそろ行こうぜ』

  このままだと俺の両足がラビットで埋め尽くされるので。

「ひゃー、小ちゃくて可愛いー!え、ああ。小町もうちょっとここにいたいから、お義兄ちゃんたちは先行ってていいよ」

  ふわふわした顔で小町がそう言う。お前どんだけ気に入ったんだよ…

  とにかく許可をもらったので先に進む。確かこの先には犬ゾーンがあり、その次が猫ゾーンのはずだ。

  犬ゾーンの文字を見た途端、ぴくっと雪ノ下が反応する。どうかしたか?

「……」

  雪ノ下は歩調を緩めるとそのままゆっくり俺の背後に回り込み、先に立たせる。ーーああ、そういえばこいつ犬あんまり得意じゃないんだっけ。

『子犬とかばっかりだぞ?』

  そのイベントは展示即売会の側面もあるので、犬とか猫などの身近なペットは子供が集められている。悲しいけど、これも商売なんだよな。

  アプリが言葉を吐き終えると雪ノ下は視線を逸らす。

「いえ、子犬の方がちょっと…そ、それより、比企谷くんはどっち派なのかしら」

  露骨に話題をそらしたな…まあ、いいか。指を動かして文字を打ち込む。

『どっちかっていうと猫かな?』

「そう、てっきり犬派かと思ったわ。………あんなに必死だったから」

  最後にポツリと呟かれた言葉で、大体言葉の真意を察する。多分あの事故のことを言ってるのだろう。後日あの人が謝りに来たから俺は知っている。

  そんなことを考えながら、「わんわんゾーン」と書かれたチープなゲートを潜り抜ける。そこはペットショップを二つ三つ混ぜたように大量のゲージが乱立した一角になっていた。

  やはり犬は人気のようで、多くのお客さんがいる。

  チワワやミニチュアダックス、豆柴、コーギーといった人気の小型犬種を筆頭に、ラブラドール、ゴールデンレトリバー、ビーグル、ブルドックなどの定番犬種も揃っていた。

  ここでお披露目されているのはブリーダーが育てた優良種であるらしく、グランドチャンピオンだのフェスティバルノミネートだのモンドセレクションだのグッドデザインだのと、どれくらい優秀なのか一目ではよくわからない肩書きがついている。

  犬ゾーンに入ってからというもの、雪ノ下は口を開かない。あまりに静かでむしろこちらが緊張してくる。周囲も盛況なだけに余計気になった。というか、逆に周りがうるさすぎる。特にキャーキャー言いながら写真ばしばし撮っているあの女の人とか。

  ……よく見るとあれ平塚先生じゃん。見なかったことにしておこう。…先生、せっかくの休日なんだからデートとかしようぜ…。

  まぁ、ここを抜ければ猫ゾーンだし早めに行くか…と、思った時に雪ノ下があ、と小さく息を漏らした。

  視線の先にはトリミングコーナーと書かれた一角がある。

  確か犬の毛並みを整えたり毛艶を出したりする手入れをすることだっけ。要するに犬の美容室だな。

  俺が豆知識を思い出しているうちにちょうど一頭手入れが終わったらしい。ロングコートのミニチュアダックスフントが欠伸混じりにとことこ歩いてくる。おい、飼い主どうした。

「ちょ、ちょっとサブレ!って、首輪ダメになってるし!」

  放し飼い状態のミニチュアダックスフントはその声に一瞬振り返ったが、軽やかに無視した。そして出口の方へ、つまり俺たちの方へ向かって脱兎のごとく駆け出す。犬だけど。

「ひ、比企谷くん、い、ぬが……」

  雪ノ下はどうしていいのかわからずおろおろしている。あっちを見てこっちを見て、手なんてせわしなくあわあわと虚空を彷徨っていた。

  …ちょっと可愛いからもう少し見ていたいが、犬が逃げて騒ぎになっても困るので捕まえるとしますか。

  一歩だけ移動して走ってくる犬の正面に立ち、姿勢を低くする。そして胸の中に突進してきたミニチュアダックスフントを掬うように抱え上げた。昔からなんでか動物に好かれたからな。こういうのは慣れている。

  犬はびっくりしたように硬直していたが、はっと俺の顔を見上げるとくんかくんか服の匂いを嗅いでから、怒涛の勢いで掌をぺろぺろし出す。ちょ、くすぐったい。

  ゆっくりと地面に下ろすと、くぅーんくぅーんと鳴きながらミニチュアダックスは俺の脚に頰を擦り付ける。にしても、こいつどっか見覚えがあるような……?

「この犬……」

  雪ノ下が俺の背中に隠れるようにしてそっと犬を覗き込む。いや、別に噛み付くわけじゃないんだから…。

「サ、サブレ!ごめんなさい!サブレがご迷惑を」

  駆けつけてきた飼い主が犬を抱き上げて、すごい勢いで頭を下げる。するとまとめられたお団子髪がわさっと揺れた。

「あら、由比ヶ浜さん」

  雪ノ下が声を上げると飼い主はほへ?と不思議そうな表情で顔を上げる。その髪型、その声、その態度、間違いなく由比ヶ浜結衣だ。

「へ?ゆ、ゆきのん?と、ヒッキー?」

  由比ヶ浜は俺たちを見て頭に大量のはてなマークを浮かべる。一応立ち上がり右手を上げて挨拶した。

「え、えーっと……」

  由比ヶ浜が困惑した声を上げると、追随するように胸に抱いていた犬がひゃんと鳴く。それに反応した雪ノ下は俺の影に隠れた。気持ち少し距離が近づいた気がする。

  それを見て由比ヶ浜は犬の頭を優しく撫でながら俺たちの距離感を測るような目をした。

「…こんなところで奇遇ね」

  頭だけ出して雪ノ下が話しかけると、由比ヶ浜はびくっと体を揺らす。

「そ、そだね。ゆきのんと……ヒッキーはなんで一緒なの?あ、いや、その……二人で一緒ってことは、やっぱりそういうこと、だよね…」

  心なしか沈んだテンションで由比ヶ浜はそう言う。?何を……あっ。

  ちょっ、待て!それは誤解だ!まだ違う!いや、なれるなら今すぐなりたいけど色々はっきりしてないから…ああ何変なこと考えてんだ俺は!どんだけ動揺してんだよ!

  勝手に一人で赤面してわたわたしていると、そんな俺を見て犬がくぅん?と不思議そうに鳴く。ちなみに由比ヶ浜の言葉の意味がようやくわかったのか、雪ノ下は耳まで真っ赤になって俯いていた。

「じゃ、じゃあ、私もう行くから……」

  俺たちをこんなにした元凶はこちらの様子に気づかず、顔を伏せて足元を見たまま歩き出そうとする。それを慌てた様子で雪ノ下が「待って由比ヶ浜さん!」と止める。

  その雪ノ下の声は喧騒に紛れず由比ヶ浜の耳に届いたようで、彼女はゆっくりと振り返った。雪ノ下は数度深呼吸をし、口を開く。

「月曜日、やりたい事があるから部室に来てくれないかしら」

「…へ?月曜日?なんで…あっ」

  由比ヶ浜は一瞬不思議そうな顔をするが、すぐに何か思い当たる事があったのか声を上げる。そしてすぐに嬉しそうな顔をした。

「うっ、うん!絶対行くよ!じゃあヒッキー、ゆきのん、ばいばい!」

  先ほどまでの暗い表情はどこへやら、スキップでもしそうな勢いで去っていった。え、一体どういう事?

  上機嫌そうな由比ヶ浜の背中を見て呆然としていると、雪ノ下がんんっ、と咳払いする。それによって俺は我に帰り、湧いて来た疑問を解消すべくすぐに携帯を取り出した。

『なあ、月曜日にやりたいことって何なんだ?』

「月曜日…六月十八日が何の日か知ってる?」

 祝日、ではないよな。

  俺がわからないというジェスチャーをすると、雪ノ下は自慢げに胸を張って答えを発表する。

「由比ヶ浜さんの誕生日よ。……たぶん」

  多分って…あ、そういえば由比ヶ浜のメールアドレスに0618って入ってたっけ。自分の誕生日をメアドにするっていうのは割とする奴が多いと思う。由比ヶ浜もその類だろう。

「だから、誕生日パーティーをしてあげたいの。私の初めての…大切な友人だから」

「……!」

  恥ずかしそうに最後のセリフを言う雪ノ下を見て、俺は少し感動を覚えた。昔その高いスペックと容姿であれだけ周囲と隔絶していたのに、由比ヶ浜を友人って…やばい、なんか泣きそう。俺は雪ノ下の父さんか。

「だ、だから、その……」

「?」

  雪ノ下は仄かに頰を染めて、自分の胸元でキュッと手を握り締める。緊張しているのかこくっと喉を鳴らし、潤んだ瞳で上目遣いに俺を見た。

 ドクンッと心臓が強く跳ねる。

  何かを絞り出すように、雪ノ下は小さくか細い声で囁く。

「…由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントを買うの、付き合ってくれないかしら?」

「!」

  少し目を見開いた後、俺は満面の笑みで雪ノ下に向かって頷いた。

 




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