声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。あと少しで連休(?)も終わり。

楽しんでいただけると嬉しいです。


94.声を無くした少年の、最後の戦い 2

 放電の音が小さくなり、目を開ける。

 

 

 

 最初に見えたのは、大量のコンテナ。中には空いているものもあり、中には木箱が詰まっている。

 

 制限が解除された視力で注視すると、それは食料。察するに備蓄倉庫といったところか。

 

『無事到着、かな?』

「そのようであるな」

 

 隣から声がする。

 

 振り向くと、材木座くんが腕組みをして立っていた。

 

 他にも腐姫さん、鮮やかな紫色のスーツを纏った陽乃さん、そして普段の僕に似た灰色のスーツの八兎くん。

 

 どうやら僕を含め、全員が無事に転送されたようだ。

 

「初めて使ったが、変な感覚であったな」

『そうかい? 案外一瞬のようだった気がするけどね』

「研究所で、成長促進装置に入っていた時を思い出しました」

「はいはい男子組、盛り上がってるところ悪いけどそろそろ仕事をするわよ」

 

 陽乃さんの一声で短い軽口の応酬は終わり、各々気を引き締めてミッションに望んだ。

 

 まずは耳につけた通信機をオンラインにして、あらかじめ設定された月面支部経由のチャンネルに繋ぐ。

 

『こちらオクタ。司令室、応答を願う』

 

 しばしのノイズ。やがて回線が安定してくるにつれ、雑音は人の声に変わっていく。

 

 そして聞こえてきたのは、ドクター津西の声。意外にも司令室の指揮者は彼女だった。

 

《あー、テステス。こちら司令室、全員聞こえてるかい?》

『はい』

 

 四人に目配せすると、首肯が帰ってくる。どうやら無事に通信がつながったようだ。

 

《ではこれより、任務を遂行する。各自タイマーをセット》

 

 指示に従い、ガントレットの機能の一つであるタイマーを五人同時にセットした。

 

 ホログラムで表示された時計が、二時間から一時間と59分59秒に変化して秒読みを始めた。

 

『セット完了』

《こちらでも確認した。では、作戦通りに進めたまえ》

『了解。定期的に報告を送ります』

《うむ。では、健闘を祈る》

 

 一旦通信を切り、互いに仮面越しにアイコンタクトを交わすと動き始めた。

 

「〝急急如律令〟」

 

 陽乃さんが大量の折り紙を取り出し、床に設置して神通力を行使する。

 

 積み重なった白紙はひとりでに動き出し、三枚一組になって変形すると蜘蛛の形をとった。

 

「周囲の探索、および情報の常時共有を」

 

 全部で30匹の蜘蛛の式神たちは指示に従い、文字通り蜘蛛の子を散らすように散開する。

 

 それを見届け、次に僕たちもガントレットを操作してステルス機能を起動。

 

 透明になると、僕と材木座くん、腐姫さんと八兎くん、陽乃さんのメンバーに別れて動き出す。

 

 コンテナの上を飛び移りながら観察すると、この空間は半円状になっており、ちょっとした大公園規模はあるようだ。

 

 そしてコンテナの間を、警備が徘徊している。黒ずくめの装備と近未来的な銃器を携帯していた。

 

《こちら〝狐姫(こき)〟、式神の取得した情報を共有する》

 

 ある程度の順序でコンテナの上を移動していると、仮面に情報が送られてきた。

 

 それは警備員の移動ルート。肉眼で確認したものと照らし合わせても、齟齬はない。 

 

 

 カチ。

 

 

 歯を鳴らして対面のコンテナ上にいる材木座くんに合図する。

 

 スーツの機能とリンクしている仮面越しに姿を見られる材木座くんは、小さく頷いて速度を上げた。

 

 それに追随し、狙った位置に警備がやってきたところで攻撃する。

 

「──ッ!」

「シッ!」

 

 不意打ちは最初の一瞬が好機。

 

 前から僕が飛びかかり、着地の音で気づくまでの一瞬で銃器を手の中から蹴り飛ばす。

 

「!?」

 

 続いて後ろから這い寄った材木座くんが口元を押さえ、弾かれた両手を片手で掴んで力のままにへし折った。

 

 悲鳴をあげる前に、腰から素早くナノブレードを取り出すと顎にあてがってスイッチを押した。

 

 静かな音とともに刀身が飛び出して警備の脳髄を貫く。一度体が激しく震え、だらんと脱力した。

 

 崩れ落ちる警備員の体を静かに床に寝かせ、コンテナの陰に隠すと次の標的のルートに向かう。

 

 それから2分ほどで、僕たちが確認したルートの警備員は全て排除した。

 

「ふっ」

「ッ──」

 

 材木座くんが首を捻り、最後の警備員が死ぬ。

 

 冷たくなっていく死体を隠し終えたところで、陽乃さんたちに連絡を取った。

 

『こちらチームa、警備を掃討。そちらの状況は?』

《こちらチームβ、同じく掃討完了。また、アクセスができる可能性のある端末を発見》

『了解。そちらに向かう』

《こちら狐姫。こちらも移動を開始するわ》

 

 通信終了とともに送られてきた情報に従い、腐姫さんたちの所へ向かった。

 

「あ、やっと来た」

 

 腐姫さんの報告した端末は、備蓄倉庫の西であるそこにあった。

 

「もー、遅いよ二人とも」

『僕たちが最後だったか』

「むう、出遅れたな」

「そんなことありませんよ、僕たちもつい数十秒前に到着しました」

「あはは、〝エイビット〟は正直だねー」

 

 先に集まっていた三人に軽くいじられた。

 

 ちなみにエイビットというのは八兎くんのコードネームである。エイトとラビットを掛け合わせたそうだ。

 

 名付け親たるドクターのドヤ顔を思い出しつつ、件の端末を見る。

 

 この部屋の管理用なのだろうその端末に、材木座くんがガントレットを外しながら歩み寄る。

 

「逆ハッキングの可能性は?」

「先に解除したよ」

「ふむ、助かる。では我の仕事をしよう」

 

 擬似スキンを外して機械の腕を晒した材木座くんは、指先を端子に変形させた。

 

 それをこじ開けた端末に差し込み、ハッキングを仕掛ける。

 

「む、この高度なプロテクト。システムの作成者は相当なプロであるな」

『いけそうかい?』

「なんの、我が腕にかかれば容易いことよ」

 

 点滅する端末の画面を前に、材木座くんが仮面の下で不適に笑むのがわかった。

 

 それから約五分、無音の時が続く。ハッキングをする材木座くんを守る為、僕たちは周囲の警戒に努めた。

 

「……よし、これで良い」

 

 どうやら情報収集は終わったようだ。

 

 端末から指を引き抜く材木座くんは、手をもとに戻すと僕たちを手招きする。

 

 周囲への警戒は怠らずに集合すると、材木座くんはこめかみを指で押さえ、義眼からホログラムを出した。

 

「施設内のネットワークにアクセスしたところ、どうやらこの研究所は5段階の構造に分かれているようだ」

 

 円盤型のホログラムが分解し、五つに分かれる。

 

「一番上が〝生活区画〟。二段目が操縦室がある〝制御フロア〟。そして三段目は……A.D.S.の〝生産プラント〟である」

「やっぱりここにあったわね。私の式神でも見つけられないんだもの、別の場所ではないと踏んでいたわ」

「うむ。で、四段目であるが……」

「……覚えています。僕はこの〝研究フロア〟で〝飼育〟されていました」

 

 上から4つ目のホログラムを指差し、八兎くんは苦々しげな合成音声で呟いた。

 

「そこから逃げ出して、僕たちが今いるこの〝貨物フロア〟の一角にある場所から潜水艇に乗ったんです」

「うむ、此奴の言う通り〝貨物フロア〟は大きく分けて二つになっており、一つがこの貨物室。そしてもう半分は、今は潜水艇ではなく脱出ポッドの保管庫になっているようだ」

「じゃあ、いざという時はそれを使って脱出するわけだね」 

「良い案ね腐姫ちゃん」

 

 〝いざという時〟、それは作戦遂行の限界である1時間を超えた場合である。つまりは最悪の状況だ。

 

 自然と空気がさらに引き締まる。なんとしても成功させなくてはいけない。

 

「それでウッド君、動力源のある場所は?」

「制御フロアの中心部に部屋がある。入るにはパスワードがいるが、すでに解除済みだ」

「おお、流石だね♪」

「う、うむ」

 

 この反応は照れているのだろう。あとでいろはさんに報告でもしておこうかな、なんてね。

 

 そんな空気もそこそこに、一番重要なことについて切り込む。

 

『それで……肝心の〝彼〟は?』

 

 材木座くんは、少しだけ緩んだ空気を元通りに引き締めて、別のホログラムを映し出した。

 

 監視カメラの映像だろうか、そこに映り込んでいるのは……悠々と廊下を歩く、白衣を着た一人の男。

 

 男は監視カメラが捉える範囲の中で立ち止まると、こちらを振り向いて……酷く見覚えのある顔で醜悪に笑った。

 

「これは〝研究フロア〟の、五分前の映像だ」

「やっぱり気付いている、か」

『そりゃあ《重力場発生粒子砲》なんてもので縛り付けているんだ、気付くだろうね』

「ハッキングに抵抗しなかったのも、わざとだろうねー」

 

 こちらの侵入に気付くことなど、最初から織り込み済み。

 

 彼の用意周到さと用心深さはよく知っている。あとはどれだけ素早く確保できるかだ。

 

「幸い、研究フロアだけに絞った結果監視カメラを全て乗っ取れた。それで奴の動きを監視しつつ、狐姫殿達は上へ向かってほしい」

「それは可能なの?」

「今、目的地へのルートを提示する」

 

 全員のガントレットが点滅し、情報が送られてくる。

 

 それを仮面にリンクして見てみると、いくつかのウィンドウが裏側に表示された。

 

「侵入ルートは二つ。各フロアの外側に螺旋状に設置された階段と、エレベーターだ」

「じゃあ私たちは、階段の方を通れば良いのね」

「然り」

「結構遠いなー」

 

 あえて軽い口調でぼやく腐姫さんに軽く笑いつつ、「そして」と前置きをする材木座くんの話にもう一度耳を傾ける。

 

「奴に気付かれていることの他に、いつくか悪い知らせがある。まず、この階より上は妨害電波が張られており、内部の通信のみ可能となる」

「あー、まあ想定内だねー」

 

 こちらに転送された瞬間に司令室と通信できなくなることも想定していたので、そう驚きはない。

 

 むしろこのメンバーの間で通信ができるだけまだマシだろう。互いの状況を知れるかどうかは大きい。

 

「次の悪い知らせだが……研究フロアより上の警備は、全てA.D.S.だ」

「あちゃー、悪い想定ってのは続けて当たるものだね」

「うーん、数によっては無視することも視野に入れておくべきかな?」

「時間も、あまりないですしね」

『そうだね、戦闘は避けるべきだろう』

 

 能無しとはいえ、戦闘力だけなら一体だけでも相当厄介な相手だ。

 

 多数を相手にすればするだけ、その分時間をロスする。極力最低限の戦闘が良いだろう。

 

「そして、これが最後の悪い知らせだ……監視カメラの映像を見た限りでは、他のA.D.S.と明らかに違う個体も配置されていることがわかった」

『〝特化型〟、か』

「……ほんと、とことん厄介なものばかり作るわね」

 

 呆れたように、あるいは珍しくも怒りをにじませるように、陽乃さんは呟く。

 

 彼を最初に、そして唯一殺した彼女にとって、A.D.S.はいわばあの日の焼き直しのようなもの。

 

 それをさらに厄介なものにしたのがいるというのだから、さしもの彼女も気が滅入るだろう。

 

「まあ、なんとか処理しましょう。あの時より、お姉さんも強くなってるんだから」

「サポートしますよ、リーダー」

「お願いね腐姫ちゃん♪」

 

 あちらのやる気が持ち直されたところで、最終確認を行った。

 

『では、狐姫と腐姫さんは制御フロアへ。ウッドくんは生産フロア。僕とエイビットくんは研究フロアで津西影弘を捕縛する。それでいいね?』

「はい」

「うむ、任せたぞ」

「了解♪」

『では解散。残りは一時間と20分だ、迅速に行動しよう』

 

 作戦会議を終了し、タイマーを見ながら早速動き始める。

 

《陽炎》の二人は脱出用ポッドの保管エリアにある階段に向かい、僕たちは貨物エレベーターに乗り込んだ。

 

 あらゆる物資を届けるためだろう、床も壁も鋼鉄でできた強靭なエレベーターは轟音を立てて昇っていく。

 

「…………」

『僕の仮面に何かついているかな?』

 

 研究フロアへ着くのを待っていると、ふと横から視線を感じたので話しかけてみた。

 

「あ、いや、そういうわけじゃなくて」

『あまり集中力を乱さないほうがいいよ。まあ、これが初めての任務の君には難しいかもしれないけど』

「適度なリラックスも大事であるぞ。いざという時全力を発揮するには、何事にも動じない柔軟な心が必要よ」

「ありがとう、ございます。でも、本当にそういうことじゃなくて……」

 

 おや、別に緊張しているわけではないのか。

 

 彼を見ると、なるほど確かにその兆候は見られない。それよりもむしろ、何かを聞きたそうな表情だ。

 

 これでも人間観察力は彼に負けてはいない。いや、共有しているというべきか。顔を見ればある程度は察することができる。

 

『では、僕に質問でもあるのかな』

「……はい」

 

 正解のようだ。到着するまであと数十秒はある。聞いてあげよう。

 

「あなたは、オクタさんは、自分の存在意義がなんだと思いますか?」

『ふむ……それは君の、君自身への疑問ではないのかい?』

「そう、とも言える……僕はまだ、僕が生きる理由を見つけていない。だからここにやってきた」

「ふむん?」

『なるほど、ね』

 

 データ収集のために学習能力も高く調整されたと聞いたけれど、まさか自我が芽生えて数週間でそのようなことを考えるとは。

 

 僕は数ヶ月かけて彼の自我の中から分離したけれど、彼は最初から自己を学習の中で発展させた。

 

 それ故に僕は最初から自身の存在意義を理解していたが、それすら彼は自分で見つける必要がある。

 

 それは、僕には知り得ない苦悩であり探求だ。

 

 故に、迷う。

 

『どう答えたものかな……』

「この状況で、随分と哲学的なことを言うものよ」

「ご、ごめんなさい。そんな場合ではないのはわかっているんだけど」

『……いや、むしろ今がいいのかもね』

「え?」

 

 呆けた声を漏らす彼に仮面の下で笑い、ほらと人差し指を立てる。

 

『もしかしたら死ぬかもしれないわけだし、まだ口がきける間に話した方がいいとも思ってね』

「それは、そうとも言えますけど……」

「相変わらず極端な思考であるな……」

『そうかな?』

 

 正直、僕は頭があまり良くないのでわからない。

 

 頭脳担当は基本的に彼で、八幡くんに言わせれば僕は〝脳筋〟だ。若干自覚もある。

 

『まあ、僕から言えることはそこまで多くはない。同じ彼から生まれたものだが、根本的に僕と君は違う』

「根本的に、違う……」

『僕は最初から、この体をコントロールできるという願望から生まれたものだ。故に殺戮と怪物性で自己が完結している。それ以外の自分などあり得ないし、なりたくもない』

 

 僕の唯一の自我とも言うべき願望は、彼の望み通り異常な力を自在に使える存在であること。

 

 そこに自分について悩む余地はないし、今後も絶対に変わることはあり得ない。

 

 それこそ、彼が()()()()()()()使()()()()()()()するのをやめて、自らそうあることを望まない限りは。

 

『だから君にこうあればいいという、そういったアドバイスはできないが……』

「できないけど……?」

『とりあえず、走ってみればいいんじゃないかな』

「へ?」

『眼の前を向いてがむしゃらに走って、血反吐を吐いてでも進んで、邪魔するものがあれば殴り壊して、その果てを目指せばいい。そのゴールが君の存在定義なのか、人生の終わりなのかはともかくね』

「先を、目指す……」

 

 考え込む八兎くん。

 

 材木座くんから呆れた目で見られる。だから言っただろう、僕は脳筋だって。

 

 黙って考えている八兎くんを見ていると、エレベーターの速度がだんだん落ちてきた。

 

『さあ、悩むのもほどほどにして。今は任務が優先だよ』

「……はい」

 

 現実に戻ってきた八兎くんから目線を写し、ちょうど最後まで減速したエレベーターの扉を見る。

 

 ガタン、と大きく揺れて停止したエレベーターは、少しずつその厚い鉛の扉を開けていった。

 

 さて、いよいよ仕事の時間だ。張り切っていこう。




読んでいただき、ありがとうございます。

次回からは各キャラの視点で戦いを描きます。

コメントをいただけると嬉しいです。

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