注意:この短編には本編ではまだ公開していない設定、キャラクターが登場します。ご注意ください。
番外編 声を無くした少年たちのバレンタイン 前編
2月14日。
日本の世間一般ではバレンタインデーと呼ばれ、恋人や仲の良い友人間で盛り上がるイベントとして人気を博する日。
その主旨は、女性がチョコレートを渡すことで相手への親愛や友愛。あるいは、恋愛を伝えることにある。
また、世の中にはそれの有無で男としての差があると錯覚し、ひけらかす輩もいるようだけど……まあ関係ないね。
かくいう彼、比企谷八幡も決してチョコレートをもらえない男というわけでもない。
彼女たちからなら、彼はチョコレートを貰う可能性は大いにあるだろう。無論、親愛の印として。
しかし、これまでと比べ最たる変化といえば……やはり、意中の女性が側にいることだろうね。
雪ノ下雪乃。
長年組織の頂点に君臨してきた雪ノ下家の次女であり、小町ちゃんら家族以外に初めて彼が気を許した人間。
彼がずっと恋い焦がれてきた彼女は、今やその心を射止めることに成功した。
僕は悪意の限りを受け、怪物に作り変えられて、叔母を失い、人に絶望しきった彼の自己防衛本能が生み出した人格。
あの研究所から付き合いの長いこの僕からすれば、彼女の存在はとても喜ばしいことで。
だからこそ、日常においての幸せな非日常の中で、彼にも幸福が届けられれば良いと期待している。
「こ、このバケモンがぁ!」
「撃て、撃てぇ!」
「ぶっ殺せ!」
まあ、その前日にしていることといえば、ゴミ掃除なのだけれどね。
「死ねェ!」
荒々しい叫びとともに引かれた引き金、狭い通路の中を一直線に突き進む鈍色の弾丸。
それは極限まで解放した視認能力の前では亀の歩みに等しく、刀を振るうまでもなく避けられる。
「ふん!」
そうでなくとも、僕には頼りになる相棒がいた。
ウッドの刀が12発の弾丸全てを切り裂き、地に落とす。その剣閃はまさしく光のごとく。
呆気にとられる虫の懐に地を這うような低姿勢で潜り込み、慈悲なく首元めがけて刃を振るう。
ノスフェラトゥ製の特殊合金刀はたやすく皮膚を切り裂き、神経と首の骨ごと頭を刈り取った。
それは一度に留まらず、一回転することで逆側についている刃をもってさらに一つの首ともう一方の腹を搔っ捌く。
「がっ!?」
溢れる臓物、飛び出す鮮血。手からこぼれ落ちる拳銃を掠め取り、口の中に押し込んで引き金を引いた。
「ぁぼっ……」
「ぐわっ!?」
衝撃とともに脳髄と鮮血が飛び出し、後ろにいた男の目にかかって視界を塞ぐ。混乱した男は手当たり次第に発砲した。
二発は見当はずれの方向に、一発は隣にいた仲間の脇腹に当たる。
腹を抑えてうずくまるその男は、しかし次の瞬間響いた銃声に頭を破裂させて血の花を咲かせた。
「な、なんだってんだこいつら!」
「怯むな!このままだと全滅するぞ!」
そう言っているうちに逃げた方が、頭の良くない僕でもまだ賢明だと思うね。
まあ僕か、背後で暴れているウッドか、あるいは300メートル先のビルにいるオンリーに狩られるけれど。
「死ねやオラァ!」
おっと、どうやら無駄なことを考えているのもここまでのようだ。
ボタンを押し込むと、刃が鋭い音を立ててどちらとも持ち手の中へと吸い込まれていく。
長物が消えて少し身軽になった僕は、つま先を地面で叩いて踵から刃を出し、後ろから突き出されたナイフを弾く。
「なっ!?」
体勢を崩す男、瘦せぎすなその胸に持っていたままの黒い棒の先端を押し当てて、ボタンを押した。
途端に青いラインが走り、刃が飛び出す。それは男の心臓を貫き、背中の皮膚まで真っ直ぐに食い破った。
「が、ぁ……この…………化け物、め……」
最後に呟き、男の体から力が抜ける。
刀を引き抜き、少し前に力を加えると倒れる死体。事切れた体から、赤い染みがコンクリートの地面に広がった。
手の中で得物を回転させ、血振りをして刀身を収納する。それから気配を探り、問題がないと確認して通信を入れた。
『増援はなし。任務完了』
「うむ、こちらもである」
『──こちらでも確認しました。お疲れ様でした♪』
その通信を最後に、耳元から手を離す。
そうして深く息を吐いた。集中により忘却された疲労を感じ、今日も今日とて酷使した肩を回す。
腰のアタッチメントに武器を取り付けていると、片付けた目標を担いでウッドが歩み寄って来た。
「今宵もご苦労だったな、相棒」
『君もね。それにしても……』
苦労をねぎらうのもそこそこに、ふとそれを見る。
乱闘の末にひっくり返ったいくつもの段ボール。中身は散乱し、中にはひしゃげているものもあった。
拾い上げれば、それはリボンでラッピングされた煌びやかな赤い箱。中身は外装通りハート型のチョコだ。
試しに一つ割ってみると、中から出て来たのは錠剤の入った小袋。言うまでもなく、違法な薬物である。
『次から次へと、よく思いつくものだと感心するよ』
「連中の悪知恵には際限があるまい。考えるだけ無駄だろうて」
『もっともだね』
ともあれ、これが最後だ。他の保管場所も徹底的に潰した以上、これが街に出回ることはない。
路地の奥にあったものまで全てをかき集めると、死体と一緒にする。出来上がった小山は、はっきり言って悍ましい。
『組織に許可は?』
「すでに受理した。処分してしまおう」
頷いて、太ももから懐中電灯ほどの大きさがある道具を取り外してスイッチを入れる。
それを小山に放り投げれば、カラコロと転がり落ちていき、死体の間に挟まった所で点滅していた光が消えた。
その瞬間、一気に小山が燃え上がる。それはみるみるうちに死体を黒炭に変え、無に返していく。
『ところで材木座くん』
「む?」
周囲に警戒を張りながら、本名で彼のことを呼ぶ。
『今年はチョコレートをもらえそうかい?』
「もはは、当然よ。我クラスともなれば、チョコの一つや二つ簡単に……」
『またまた見栄を。それよりも、君も今は……本命がいるだろう?』
「……むぅ」
挑発するように言ってみる。途端に高笑いしていた材木座君は黙り込んでしまった。
彼が雪ノ下さんと付き合うことになった以外にもう一つ、僕にとっての朗報があった。
それは……チームを組んで早四年、ようやく材木座くんといろはさんがそういう関係になったこと。
きっかけは彼と雪ノ下さんが結ばれた二年生の時の文化祭だったか。それを見届けたいろはさんは本格的にアプローチを始めた。
元より良さげな間柄ではあったものの、命の恩人たる彼が幸せを掴む前にそうなるのは遠慮していたようで。
だが、今やその気兼ねなく日常においても青春を謳歌しているという。これはとても喜ばしいことだ。
「……我、もらえると思う?」
『さて、僕からはなんとも。とりあえず彼女の機嫌を損ねるようなことは考えないほうがいいよ、見抜かれるから』
文字通りそのさとりの瞳で、ね。
「で、あるか……不安だなぁ」
素が出ている相棒にクスリと笑いながら、僕たちはいろはさんが来るまで炎が消えていくのを見守った。
さて、明日はどうなるかな?
読んでいただき、ありがとうございます。
はい、最初は少し少なめ。
すぐに中編もあげます。後編は…ギリギリ今日中に間に合うかな?
感想をいただけると嬉しいです。