「ねぇ、本当に理解しているんでしょうね?」
「何度も五月蝿い。さすがに食料云々は必要だし、頭下げるわよ」
玄関前で紫苑の帰りを待つ間、私は何度も霊夢に注意を促す。この他人に一切興味ない博麗の巫女は、幻想郷の妖怪に負けず劣らず厄介事を引き起こす。
この前の会議だって、幼い(外見の)妖怪や妖精達の面倒を見ていた人里の代表者――上白沢慧音と違い、「行くの怠い」って理由だけで来なかったし。毎日を冷蔵庫の中にある食料を食い潰して寝るだけの生活を見て、毎日頭を抱えている私の身にもなって欲しい。
というか今回の頼み事も霊夢一人でやってほしかった。
こっちは他にやることがある。
「えーと……この後は何するんだっけ? あー? 旧地獄(地下の書庫)の結界調整? 妖怪の山(一階の和室)への訪問? 天界(屋根裏)の環境調整? 他には――」
「……それ藍にも手伝わせたら?」
「手伝わせてコレなの!」
手帳で今日やるべきことを確認しながら、それを覗き込む霊夢に怒鳴る。
この半ニートが。
藍には水道などの設備をスキマを利用させて整えさせているのだ。食糧問題と同じくらい重要なことで、これ以上自分の式に任せたら過労で死ぬだろう。今の藍ですら死んだ魚と同じ目をしている。
水道を夜遅くまで引いて、マヨヒガ(白玉楼の横)で死んだように眠る。それを繰り返して今に至るのだ。
もう少しで終わりそうだから彼女は休めそうだけど。
私はスキマから胃薬の錠剤を取り出してかじり、スキマの中に収納する。申し訳ないけどリビングから4,5錠を拝借させてもらった。最近はコレがないと生きられない体になりつつある。
その光景にはさすがの霊夢も引きつった表情を見せる。
「……ごめん、アンタって胡散臭いことを裏舞台で繰り広げて、厄介事を増やしていくような印象があったわ。苦労してるのね」
「これ以上変なことしたら許さないわよ」
かなり本気の殺気を霊夢に向ける。
居心地が悪くなったのだろう。霊夢は慌てたように話題を変えた。
「そ、そう言えば! あの家主……紫苑だっけ? アイツも私達のような能力を持っているのよね?」
「え?」
霊夢の言葉は私の手帳をめくる手を止めるには十分な発言だった。思わず彼女の顔を凝視する。
彼にも幻想郷の住人と同じように、特殊な能力を持っている?
「ほら、アンタが『夜刀神紫苑がどんな人間か?』って観察してたときに、あの覚妖怪が私に教えてくれたのよ。忙しいから紫は気づかなかったってことね」
確かに学校やら家での生活を、彼と接触する数日前から観察していたが、それは彼の人となりを調べるためのものだったので、そこまでは気づかなかった。
あの小五ロリ、黙ってたのか。
なら彼の能力は?
私は霊夢に尋ねた。
「さとりの話を聞いてみたけど、なんというか……うん、何とも言い難い能力だったわ」
「勿体ぶらずに教えなさい」
「しかもアイツは毎日のように能力を使ってる」
毎日のように!?
私は我が目を疑った。
妖怪などの神秘が失われつつある現代で、その神秘の筆頭である『程度の能力』を毎日のように使用している? それを私が気づかなかったことにも驚いたが、彼は大丈夫なのだろうか?
「けど彼は霊力が少ないわよね?」
「私から見れば『ない』に等しい量よ。でも霊脈の真上で生活していたからなんでしょうね。能力が開花しちゃったってことじゃない?」
「で、肝心の能力は?」
「使用していたのは学校?ってところの、主に夕方辺り。さとり曰く『世が世なら世界に名を轟かせていたであろう』ってさ。将棋や囲碁とかで使ってたらしいんだけど、自分と相手の状況を即座に把握し、相手の行動を無意識に読み、物事を有利に進める能力。言い換えるなら――」
〔戦局を見極める程度の能力〕かしら?
数秒間考えた後、私は感想を口にした。
「必要なくない? それ」
「ぶっちゃけ必要ない」
可哀想ではあるが私と霊夢の意見は重なった。
戦時中の日本なら稀代の名将として名を残したのだろうけど、平和過ぎる現代日本に必要なのかと言われたら、あればマシ程度の能力。
なるほど、思い返してみれば彼が将棋や囲碁、チェスなどで負けるところなど見たことがない。
「私でもやろうと思えば再現出来なくもない能力。盤上で遊ぶときぐらいしか使い道のない能力に意味ってある? 弱い能力だから弾幕すら出せない霊力で使えるんだろうけど」
「しかも得られる情報を生かすも殺すも自分次第。ボードゲームならルールさえ分かれば展開できるけど、自分の知らない領域で生かせる訳もない、と」
「そういうことよ。付け加えるなら、その能力を維持できるのも一日に一時間程度」
つまり彼の能力は、生かせるだけの頭脳がなければ真価を発揮できない制限付きの平凡な能力というわけだ。それを高校生が持っているとなれば、生かせるはずもないのは必然だろう。
永遠亭の医者が持ってたなら話は別だが。
驚異と言えるほどでもない。
心配して損した。てっきり幻想郷の実力者と同じような能力を持っているのだと思った。しかし、〔戦局を見極める程度の能力〕ならば、存在が稀薄となって能力が低下した私達でも対処できる。
「……まぁ、さとりは違う考えなんだろうけど」
「ん? 何か言った?」
「なんでも」
「貴女がわざわざ言い出すから、思わず警戒しちゃったじゃない。胃薬の摂取量を増やすようなこと言わないでちょうだい」
私が溜め息をついた刹那、私の張った結界に反応があった。彼の敷地の入り口に独断で張らせてもらった結界で、侵入者を察知できる結界だ。
他にも霊夢が『悪意ある者を寄せ付けない結界』も張っている。
恐らく外に出掛けていた彼が帰ってきたのだろう。
急いで姿勢を正す。
「どうしよう……胃が急に痛くなってきた。もし断られたら……」
「……アンタ大丈夫?」
霊夢が心配するくらいに顔が青いのだろう。
それでもキリキリと胃が痛む。
そんな私達を他所に、玄関の扉が勢いよく開かれた。
「あ、ちょ!? 惣菜ねーんだけど!?」
「美味しかったわ~」
「私が見張っていたのですが、一瞬にして……!」
「ねーねー、紫苑が御飯を作ってくれるの?」
入ってきたのは人間一人と三人の小人。幽々子と妖夢とこいしだ。
「「え?」」
「「「「あ、ただいま」」」」
私達を見つけた外出組は声を揃えて言うのであった。
♦♦♦
やっぱりピンク色の悪魔は怖い。
俺は空になったプラスチック素材のトレイを眺めながら悟った。惣菜の入っていたはずのトレイには汚れ一つなく、本当に惣菜が入っていたのかさえも疑わしいくらい、綺麗に平らげられていた。
俺の晩飯にしようと思っていただけに、そのショックは計り知れない。豚カツ……。
俺が「ただいま」って言ったの何時以来だっけ?
あのアホ共が泊まりに来るときは「ただいま」なんて言わないし、本当に久しぶりな気がした。それこそ、義理の父母が一緒に住んでた短い期間が最後だったはず。
ただいま、か……。
懐かしいような、感慨深いような。
昔を思い出している間に、紫は幽々子に事情を聞いていた。霊夢は妖夢に、だ。
「幽々子! 貴女どこに!?」
「でぱーと?ってところよ。美味しそうなものが沢山あったわ。今度は紫も一緒に行きましょ」
「外の世界は珍しいものばかりでしたね。このようなものまで買って頂きました」
「え、何これ。美味しそう」
食い物の話だけで姦しくなれるのは、女性のスキルや特性なのだろう。近所のおばちゃん達と姿が重なり、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
まぁ、賑やかなのは悪くはない。
夜に睡眠の邪魔さえしなければ好きなようにって感じ。
「外の人間にバレたら……!」
「大丈夫よ、こいしちゃんが一緒だったし」
俺の肩に乗ってピースサインをする無意識の少女。
なんか彼女のお陰て他の人に露見することはなかったんだよな。幻想郷の妖怪ってすげー。
紫はホッと胸を撫で下ろしたが、話はそれだけではなかった。
幽々子は余計なことまで口にする。
「でも家主さんのお友達は知ってるのよね」
時間が止まったかと錯覚した。
空中に上下するように浮かんでいた紫がピタリと止まり、そこだけ時間の流れがなかったかのようだった。見間違いでなければ、石のように見えるのは気のせいだろうか?
そして壊れた機械のように俺を見る紫。
ぶっちゃけ怖いです。
「どう、いう、こと?」
「『俺の家に小人住んじゃって、どうしたらいい?』って昨日の夕方に相談しました。アイツ等は何の疑いもなく信じて、アドバイスを頂きました。事後報告になっちまうけど……遅かれ早かれバレてたと思う」
「……いや、でも本当に信じるはずが」
「今時の人間は妖怪とか信じないと思ったけど、見えないものを信じてくれる人もいるのね。忘れ去られていくだけの存在にとっては、彼のような人は嬉しいわ」
紫は最後の抵抗を試みたが、幽々子のマイペースな感想の前に崩れ去った。破片くらいなら拾ってやろうと思うけど、原因は俺にある。
反省はしてないけど。一人で抱えるには重すぎる。
泡を吹いて倒れようとする紫を妖夢が支えていると、俺の前まで飛んでくる小人がいた。紅白の巫女服を着た博麗の巫女様だ。
彼女は険しい顔で俺と対峙する。
「どした? 顔怖いぞ」
「アンタ、何したか分かってんの?」
これは怒っているのだろう。
俺は気づきながらも惚けたように首を傾げた。理由を察せないほど馬鹿じゃないさ。
「さぁ? 俺に何か不手際があるのであれば、ぜひともご教示願いたいな」
「そんなことも分からない思考回路してるんなら、アンタの能力も宝の持ち腐れね。幻想郷のことを外部の人間にバラしたことが問題だって言ってんのよ」
「なるほどね、俺が未来や兼定、龍慧に幻想郷のことを言ったのが問題だったのか」
わざと追い打ちをかけるように言った言葉に、紫が灰になって崩れ去る。
そして霊夢も俺の平然とした態度に殺気立つ。
「……ただの偽善者だと思ってたけど、考えなしの大馬鹿者だって理解したわ。アンタのしたことが私達を危険に晒すことだって子供でも分かるわ。所詮は平和ボケした外の人間だってことね」
「霊夢さん、言い過ぎです」
妖夢が諫めるが、霊夢の罵倒は止まらない。
とにかく俺をなじっているのは分かるし、幽々子やこいしも心配そうに俺の顔を伺っている。今後の関係を想ってのことだろうが、罵倒やなじり文句なんてアホ共と散々繰り広げられてきたから耐性がついている俺に死角などないわ。
――だが、言われっぱなしも性に合わないのは事実。
「妖夢、これは幻想郷全体の問題なの。このアホには注意しないとまた――」
「――その考えなしの大馬鹿者に依存しないと生きていけない幻想郷の皆様には頭が上がらないぜ。どうだ? アホに命握られてる気分は?」
未来に言われたことがある。
『紫苑の毒舌と皮肉ってマジで腹立つ』と。
「……は?」
「おっと、気分を害したのなら謝ろう。ここは偽善者らしく土下座して謝罪するべきだったなぁ。まったく、俺も気の利かない人間だって痛感するよ」
ドスの効いた声で顔を歪める霊夢に、俺はおどけたように笑いかける。
正直言おう。俺も怒ってる。
「全然反省してないわね、アンタ」
「一つ質問なんだが、霊夢や紫……この際誰でもいいや。俺に対して『幻想郷の住人のことは外の世界の人間に知られてはいけない』ってことを一言でも口にしたか? もちろん、外部に知られた場合の被害も含めて」
「そんなの言わなくてもわかるでしょ」
「『言わなくてもわかる』のは君の物差しで判断したことであって、希望的観測だってことに気付け。みんながみんな君のように察しの良い奴じゃない。んなことも知らんのか博麗の巫女様」
博麗の巫女は俺を殺気を込めて睨みつける。
その様子を俺は冷めた様子で、買い物袋を床に置きながら見つめていた。
「確かに報告が後手になったのは俺の不手際だ。それは謝ろう。でも、さっき言ったことも踏まえて、俺は協力者が欲しかった」
「まずは私たちに話しを通すのが筋なんじゃないの?」
「協力者の選択肢を君達が提示せるような立場だったんなら、こんな苦労をせずに済んだんだけどね。あと筋を通すって、君の口から聞けるとは思わなかったよ。押しかけ同然で、家主の安全すら保障しない幻想郷側からな」
小さいから怖くないのか?
いやいや、単に理不尽な怒りに反抗したくなっただけだ。
俺だってNOと言うことだってあることを、幻想郷の住人には認識してもらわないと今後の生活が困る。
「怖い怖い、恐怖で人を押さえつけるのが博麗霊夢のやり方か?」
「聞き分けのない子供を叱りつけないといけない時って……あるわよね?」
「弱肉強食の世界で生きてきた人間の言葉は迫力が違うねぇ。でもココは現代日本だぞ? 一昔前の暴力で解決する脳筋共の考え方は時代遅れにも程がある」
「……死にたいの?」
「生きたいに決まってんじゃん。自殺志願者じゃあるまいし」
俺は溜息をつきながら二階に上がろうとする。
それを止めようとした霊夢だが、本当に止まると思ってんなら頭ん中お花畑だろう。
「待ちなさい! 話はまだ――」
「はいはい、また後で聞いてあげるからねー」
もちろん聞くつもりなど更々ない。
俺は二階の自室まで一直線に向かい、扉の鍵を閉めた。
扉に体重を預けるように背をくっつけながら、俺は言い争っていた時のような余裕を崩して頭を抱える。今さらながら自己嫌悪に陥るのだ。
なんて大人げない。
少女にアホ共とするような煽り合いをするなんて。
「霊夢も幻想郷が大切だから怒ってたんだよ? 言い過ぎなのは確かだけど」
「……言われなくても分かる」
肩に乗ってるこいしにすら諭される始末。
俺はずるずると床に腰を下ろす。
「……あぁ、面倒だ」
「だねー」
紫苑「こういう不仲からの関係も面白そうじゃない?」
霊夢「そして回を重ねるごとに絆を深めていく、と」
紫苑「もしもメインヒロインが霊夢になったら、ツンデレの方向かもしれんな。違うとしても流れは面白くなるよ。たぶん」
霊夢「まだ序章だし、焦らなくてもいいんじゃない? 個人的には早く仲直りしたいんだけど」
紫苑「先の話になるんだろうなぁ」
紫苑・霊夢「(´・ω・)(・ω・`)ネー」
妖夢「……なんなんですか、この本編と後書きの空気の差は」