次回は雑談会となりますが、今回よりは遅くなることはないと思うので安心してください。
というわけで春雪異変の最終話、どうぞ!
「テストお疲れ様ー。つわけで乾杯!」
「「「「「乾杯っ!!」」」」」
それぞれのジョッキを掲げながら、グラスをぶつけて乾いた音を立てる。厳密には音を立てるのは俺と龍慧、早苗のグラスであって、幻想郷民がコップをぶつけても音は鳴らないわけだが。正確には人間の聴覚では聞きとれん。
冷蔵庫で冷やした果汁100%のオレンジジュースが舌と喉に心地良い。一つの山を乗り切ったのだから、その美味しさは格別だろう。
「おにーさんは物理どうだった?」
「………」
思考も冷やすの止めてもらえませんかね、こいしさん。一瞬だけど顔から感情が消えたわ。
その無表情に俺以外の全員が「あっ……」とか察したように、生暖かい視線を向けてくるのが辛い。
今回の二学年になって最初の中間期末考査。
各教科の試験を終える度に、個人的には過去最高の点数を叩きだしたんじゃないかなって自信があり、一時期は有頂天で舞い上がっていたのは否定できない。
国語の長文読解で「これしかない!」と記号を書き込む瞬間、数学の綺麗なまでに数式が答えと当てはまる感覚、社会科系の勉強した部分が出てきたときの高揚感、母国語を読むかのようにスラスラと頭に入ってくる英語の長文。こんなんmeの勝ちじゃないかとフラグを立ててしまうのはしょうがないことだろう。
物理で全力でつまずいたけど。
全力疾走している最中に足元を紐で引っ掛けられて転ぶアレみたいな感覚だった。
あんのクソ教師はテスト範囲ではない部分をテストに出し、後に「まぁ授業でやってるし、皆解けるでしょ?」みたいな戯言を抜かしやがったのだ。
確かに普段から真面目に勉強してる奴からしてみれば、今回の物理は簡単だったのかもしれない。でも、テスト範囲を徹底的に行わないと平均点すら怪しい俺にとって、ハゲチャビンの突発的な範囲外問題は死ぬほど焦った。焦って自爆した。
他の理数系教科なら八割弱、文系科目なら良くて九割いってると自負している俺だが、物理は30取れれば良い方と睨んでいる。平均は低いだろうが……赤点が心配される領域だ。
そんな推測を死んだ魚のような目をしながら話す俺に、魔理沙が興味なさそうに酒を煽るのだった。下のバーから龍慧に取って来てもらったのだろう。
「でも他の教科?は良い点数取ったんだろ? そこまで落ち込むようなことか?」
「問題なのは『赤点を取った』ってことなんだよ。他の点数云々よりも」
奨学生たる俺が赤点なんて取った日には、奨学金が廃止をされることはまずないだろうけど、それでも眉をひそめられるだろうことは目に見えている。出来れば心象良く高校を卒業したいので、出来るだけ赤点を取りたくないというのが本音。
「ふーん……面倒臭いんだなー」
「援助してもらってる身としては当然なんだけどね。むしろ点数取れてない俺が悪い」
「なんとかなるよ、絶対大丈夫だよ!」
「なんともならねぇし、大丈夫でもないけど――うん、ありがとフラン」
某カードキャプターみたいな励まし方をするフランに、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
くっそ関係ないけどフランって魔法少女コスとか似合いそうだな。あの鍵から魔法の杖にするときのキメ台詞とか言わせてみたい。
あ、クリアカード編は面白かったっス。
「とりあえず食べましょう」
「せやな。冷めちまうのも勿体ない」
早苗の勧めにより、俺達は目の前にある大きなステンレス製の鍋に入っている野菜や肉を、それぞれ手持ちのお椀に取っていく。
今晩のご飯はすき焼き。制作者は俺。
近所のスーパーで若干値上がりした野菜や、卵、シラタキなどを購入し、龍慧ん冷蔵庫にあった国産黒毛和牛を一切遠慮せずに使って作り上げたのがコレである。ちなみにだが龍慧がこんな高いものを持っている理由などは知らない。知りたくもない。
テスト最終日が金曜だったので、日曜に俺と早苗は家に帰ることとなった。そして土曜の夜である現在に豪勢な晩飯と洒落込んでいるわけだ。
これは実家に一秒でも居たくない早苗への配慮だったりもする。付け足すのならば『異変起こしちゃった☆』とLINEで幽々子から送られてきたため、俺も家に帰りたくない気持ちがある。なんだよ、小麦粉を大量に使ったとか何起こしたらそうなるんだよ。
小麦粉は油を吸着する効果があるので、IH周りや換気扇の掃除などに重宝するため、再利用できないこともないのだが、さすがに45リットルのゴミ袋を使うレベルの量となると処理が難しい。小麦粉で粘土が作れるって話は聞くけど、どうせ使わんしなぁ。勿体ないが捨てるか。
ついでにLINEにリビングの悲惨が写メで送られてきて、俺は口から魂が飛び出す幻覚を見るくらい意識が曖昧になっていた。これには一般人の感覚を持っている(かもしれない)早苗やアリス、滅多に余裕の表情を崩さない龍慧ですらも顔を引きつらせていたのは言うまでもない。
フランやこいし、魔理沙は楽しそうだったけどな。
「めっちゃ家帰りたくねぇ……紫も泡吹いて倒れてんじゃねぇの、これ」
「そんなこと――ありそうね」
写メの光景を忘れる勢いですき焼きを頬張る俺に、アリスは何とも言い難い反応を示す。あの胃薬がなければ生きていけない体になってしまったスキマ妖怪を慮っているのだろう。ぶっちゃけ「旧・幻想郷では紫の方が色々やらかしていた」と口にする幻想郷民も多いが、今の紫を知っている俺は今一想像がつかないのが本音だ。
幻想郷の賢者、死んでなきゃいいけど。
「ちゃんと家には一度帰って下さいね。月曜から美術部(仮)の部活動は始まるのですから」
「分かってらぁ。で、明日って何するんだっけ?」
「ツイスターですね。未来が持ってくるそうです」
「……あれかぁ」
龍慧の笑顔に俺は渋い表情を浮かべる。
前回遊んだのは相当前のことであり、個人的にはマイナーの部類に入るゲームであるが、諸事情により覚えていたゲームだ。
ツイスターとは、スピナーと呼ばれるルーレットのようなものに示された手や足を、プレイシートのそれぞれ対応する色の丸印の上に置いていき、出来るだけ倒れない様にするゲームだ。シートの上に描かれている色は赤・青・黄・緑の四色。
発祥の地はアメリカで、当初は
前やった時は一対一で勝負した……のだが、途中から『いかにバランスを崩さないで相手のバランスを崩すか』という戦争にまで発展し、何故か本来のツイスターとは異なるハイレベルなパーティーゲームに変化した。挙句の果てには『指定された部位しかシートに置いてはいけない』なんてルールを追加する始末。特に未来などは両手両足を使わないで相手プレイヤーを妨害することに秀でており、バランス感覚も化物レベルだったせいか、ツイスターで無双するという意味の分からん迷言が生まれた。これそういうゲームじゃねぇから。
そして何気に俺が苦手なゲームだったりする。
「未来も兼定も、よくもまぁ片手倒立で直立不動とかできるよな。新体操か何か見てるとか思ったぜ」
「変なルールさえ追加しなければ簡単なゲームだったんですけどねぇ。あの二人が中々リタイアしないから縛りが追加されたようなものですよ」
「つい、すたー?」
例にもよってツイスターを知らない早苗に俺は簡単にルールを説明した。
これは幻想郷民にも向けた説明であったのだが……どうしてこいしは知っていたのだろうか? この幼女(そこまで必要じゃない)現代知識をスポンジのように吸収していくんだけど。
「――って遊び」
「体を動かすタイプのゲームですか。この前のセパタクローと同じようなものですね」
「いや、多分全然違うけど」
ツイスターとセパタクローは全然違うんじゃないかな。
「でも早苗がやっても大丈夫なの?」
「どういう意味だ、こいし」
ふと物凄い勢いですき焼きの肉を喰らっていっているこいしが首を傾げ――ちょっと待てや。牛肉食い過ぎだろうが。わずかな時間でガッツリ減っていることに戦慄しつつ、俺は自分の牛肉を確保しながら幼女の疑問に耳を傾けた。
俺達と幻想郷民では注目する視点が違うのは一緒に住んでいて理解できる。特にスポンジ幼女達は現代知識と幻想郷の常識を照らし合わせて、幻想郷の賢者ですら唖然とするようなことを平気で思いつく。
この無意識幼女は突拍子もないことを聞くことが稀にあるが。
「おにーさん達は普通のルールでツイスターをするんだよね?」
「そりゃ縛りはアホ二人の縛りだからな」
「早苗は紫苑や龍慧と遊ぶんだよね?」
「そうだな」
「つまり早苗のおっぱいとかお尻とか紫苑と触れ合うってコトだよね?」
「「「――っ!?」」」
現代とか幻想郷とか関係なしに、ただ単純に女子としての意見に、俺と龍慧は電撃が走るように固まり、早苗は首筋まで真っ赤になって俯いてしまう。
どうして俺限定なのかは置いておくとして、こうなると早苗にはスピナーを回す役をしてもらわないとな、やるとしてもジャージじゃないと下着とか見えちゃうよな……とか思考を巡らせる。思いっきりツイスターやる思考が去年の野郎共で固定されていたから、異性とやる時のことなど考えてなかった。
これには龍慧も胡散臭い顔を引きつらせている。
「さりげなく早苗の胸を堪能しようと思っていたのか……なんて策士なんだっ」
「誤解を招くようなこと言わないでくれるかな魔理沙!?」
「え、じゃあお兄様は巨乳と貧乳、どっちが好きなの?」
「争いの火種にガソリンぶち込むの好きだよね、君達……」
その論争は『きのこたけのこ戦争』レベルにデリケートな話題だと思う。
ちなみに美術部の面々のすすめで、以前『きのこの山』と『たけのこの里』をリビングに置いてみたところ、紅霧異変が霞む規模の大戦争が新幻想郷で起こったのは言うまでもない。面白半分でやらなきゃよかったと思うくらいに意見が真っ二つに割れ、今でも『きのこ派』と『たけのこ派』に分かれてるとか何とか。
『胃薬派』の紫が倒れたのは当然の結末だろう。
上の例を挙げるからして、幻想郷の住人というのは暇を持て余した神仏妖魔の集団なので、事あるごとに争いの火種を欲している傾向にある。そのため、しわよせが時折……というか頻繁に俺やアホ共に飛び火することがある。自業自得と言えばそうだが。
そして悪ふざけが大好きな魔理沙を筆頭として、悪乗りするこいし、純粋で真に受けやすいアリス、どうしてか危機感を募らせているフランの元、ツイスターからは懸け離れた話題に移っていく。
「紫苑さんってムッツリスケベな人だったのね……!」
「あぁ、純粋無垢な人形遣いに誤解が……」
「で、で、で! どうなのおにーさん! 巨乳と貧乳どっちが好きなの!?」
「ノーコメントで」
「お兄様は貧乳好きだもん!」
「あ、私も控えめな方が好みです」
「てめぇに聞いてねぇよロリ慧」
「おや、心外ですね。あぁ、特に育ち盛りの少女の恥じらいながらも将来性に期待せざるを得ない姿は素晴らしい。涙目で『寄せれば少しはある』と強調する時など心が躍ります。胸を逸らした時には感じられない膨らみも触れてみれば確かな感触があると分かった時などは感動すら覚えますね。ましてや型くずれしている事が少なく男好みのいい形の胸に成長することが多いため最高といっても過言ではありません」
「し、紫苑君はどっちが好みなんで……しょう……か……?」
「早苗さん、これ以上俺の精神を追いつめるのは止めて欲しいんだけどなぁ」
この『おっぱい論争』は、無意識幼女がすき焼きを全滅させるまで続いたそうな。
♦♦♦
「――そっかそっか。とりあえず密封状態にして捨ててくれ」
『えぇ、分かったわ。一部は掃除に使うから取って置くのでしょう?』
「ちょうどヒーター付近の掃除に使いたかったからね」
全員が寝静まった夜中。一人ベランダに抜け出して、スマホを片手に風に当たっていた。
そろそろ梅雨の時期がやってくるだろうか。そんな春と夏の境目に入る手前なのか、若干の肌寒さが俺の眠気を覚まさせる。
「んで? 俺に電話してきた理由は何だ? ゴミの出し方についてってわけじゃないだろう?」
電話の相手――紫が沈黙したのは数分間。
最初は寝落ちたかと心配したのだが、とりあえず家の固定電話には立っているらしく、目を細めながら気長に待ってみたのだった。
「……月」
「月?」
ふとこぼされた一言に、俺は思わず上空を見上げる。
上弦の月、だったか。半分ほど欠けた月が爛々と地上を照らしていた。
「月の連中に特定されたかもしれない」
「……何、月にも何か住んでんの?」
「えぇ、私達妖怪とは仲がよろしくないけどね。まぁ、気をつけて欲しいってことよ。絶対にこちら側に干渉してくるはずだから」
「ふーん」
詳しいことは後日聞くとして、早々にスマホから通話を切った俺は再度月を眺める。
爛々と輝く月に、先ほどとは違った印象を受けた俺は肩をすくめるのだった。
「また面倒事か……」
【裏話】
フラン「アサヒィ↑スゥパァ↓ドゥルァァァァイ」
こいし「アサヒィ↑スゥパァ↓ドゥルァァァァイ」
紫苑「……何やってんの?」
二人「「ポプテピピック見た」」
紫苑「違法薬物は止めろとあれほど……」
【お知らせ】
春雪異変後の雑談会で取り扱う質問や疑問を募集します。
活動報告で募集する予定なので、感想欄に記載せずに投稿するであろう活動報告にドシドシ応募してください! 締め切りは2018年の2/19まで。
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