おかしいと思ったのは家に入ってからだった。
なんか三者面談がどうのこうので昼間に帰ることが出来た俺(とついて来たこいし&フラン)。確か俺の三者面談……いや、二者面談か。それがあるのは明後日辺りだったはずだから、特に伝えることでもないけど紫に教えたほうが良さそうだ。
軽い学生鞄片手に、日光が当たらないように上手く胸ポケットに隠れている二人を気にしながら、歩いて家の前に辿り着く。
そこまでは良かった。
家の外壁に変化があるわけでもなく、周囲に人がいないから幼女二人と何気ない会話をする余裕すらあった。
「……あ、なんか飯買って来れば良かったわ」
「今からでも戻る?」
「いや、日も照ってるし早く家に入ろうぜ。フランにはきついだろ」
「お兄さんは優しいんだね!」
「ありがとう、お兄様!」
無邪気な二人の反応に機嫌が良くなるちょろい俺。
兄弟は当然いない俺にとって、年下の幼女たちは数少ない癒しだ。兄と慕ってくれて嫌なわけがない。もしかして妹ってみんなこうなのだろうか?
身近にいる兼定の妹を参考に思い出してみたが……うん、はい。こいしとフランって稀有な存在だわ。
鍵開けて玄関を開けた時、
「あれ?」
「ん?」
「……んぁ?」
俺達三人は眉をひそめた。
そして同じ行動を取る。つまり『匂いを嗅ぐ』だ。
「焦げ臭いね~」
「だな……」
こいしの言う通り、何か焦がした様な匂いが廊下に充満していた。田舎で見られる庭で松やら焼いたときの咳をするほどの匂いではないが、何かしらを焼いた匂いだ。もちろん家を出るときまでこんな匂いがした覚えはない。
しかも若干視界が悪い。不思議なことに
おそらく煙のせいだ。その煙は若干開いたリビングの扉の奥まで続いている。
嫌な予感がする。
つか嫌な予感しかしない。
幼女二人以外の荷物は玄関に置き、匂いを辿ってリビングの扉まで近づく。
その途中で廊下に落ちている者も発見。
――白目で倒れてる幻想郷の賢者様だった。
「お、おい!? 大丈夫か!?」
返事はない。ただの屍のようだ。
というボケは置いといて、真っ白に燃え尽きた八雲紫は、ピクピクと死にかけの虫のように蠢いていた。表現が汚いとは思うが、他の例えが思いつかん。
何があった?
答えはリビングの扉の向こうにあるのだろう。
正直開けたくないんですが。
「レッツゴー!」
「ごー!」
テンション高い無意識少女につられて吸血鬼幼女も先に行くよう促す。
元気があることは良いことだ。TPOを弁えてくれるともっと嬉しい。
ドアノブに手をかけて、一瞬躊躇しかけた想いを打ち払い、俺は全力で扉を開ける。
そこは。
阿鼻叫喚のオンパレードだった。
リビングからキッチンまで天井を覆う紅い煙。
リビングで繰り広げられる鮮やかな弾幕ごっこ。
霊夢や魔理沙、アリスなどの顔見知りと、メイドと魔女とコウモリの羽の生えた幼女が見栄えの良い光の玉やら、鋭利な武器を用いて激しいバトルが展開されていた。皆が笑っている。視界が悪くなっていても、光る玉――弾幕をとらえるのは簡単だ。とても楽しそうだネ。
そしてリビングの机の上にある館――紅魔館と言ったか。それの前に中国の民族衣装を着た女性と、悪魔っぽい女性が意識を失っている。
まぁ、それはいい。
弾幕ごっこ自体は彼女等が来た初日に見たものだし、幻想郷の住人は好戦的なものが多いと聞いた。家を傷つけないのであれば多少なら目を瞑る。
問題は机の上にある丸型の七輪。
正しい用途は
良く観察してみると、七輪の網に幾何学模様が浮かび上がっていた。あれが俗にいう『魔法』というものなのだろう。初めて見た。あれのせいで煙が赤くなっているのではないかと推測する。炭を使って焼いているあたり、ちゃんと正しい使い方をされているように思われた。
網上の参考書の束が火を吹いてなければの話だったが。
明日が新聞紙やチラシ、冊子のゴミの日だったからと玄関前に置いてあったもの。いらないものだったのが幸いしたが、だからといって七輪で燃やしていいとは一言も言ってない。
めらめらと燃え上がる火から紅い煙を発生させ、部屋を充満しているわけか。
その現実逃避に近い考察から解放された後の行動は反射的なものだった。
リビングのガラス戸を開け放つ。
キッチンの換気扇を作動。
バケツに水を汲む。
バケツをリビングに運ぶ。
七輪に水をぶっかける。
火は消えた。シューっと小さい煙を出しながらも、参考書と炭の鎮火に成功した。カーペットに水をシミを浮かび上がらせるが気にせず、紅魔館と七輪めがけて盛大にぶっかけた。この勢いで紅魔館窓が割れてたり、部屋ん中にも水が入っただろうが知ったこっちゃない。
呆然としている少女達をよそに、バケツを地面に落とす。トボトボと何も考えず歩く俺は、無意識に近くにあった扇風機をつけて煙が外に出るのを助長させる。
最初に声を発したのは紫髪の幼女だ。
声色に含まれるのは怒り。
「はっ! ちょ、人間! 私の館に何してくれてんのよ! 私の考えた計画が――」
「――おい」
「ひっ」
自分でも信じられないくらいに低い声が出た。
これには幼女を始めとする幻想郷の住人の表情は引きつり、反論しそうな雰囲気は消え失せる。
俺には関係のないことだが。
次に出た言葉は――
「そこ直れ」
「はぁ!?」
「霊夢、魔理沙――いや、
「私も!? ただ異変解決して――」
「そ、そうだぜ!?」
「直れっつってんのが聞こえんのか? てめぇ等」
「「「「「……はい」」」」」
顎で机を指す俺はどんな顔をしていたのか。
異変後のレミリア・スカーレットはこう語った。
『……種族とか力の強弱なんて関係ない。
♦♦♦
机の上に正座する紅魔館のメンバーと顔見知り三人。
かれこれ二時間は経過しただろうか。リビングとキッチンに広がる煙は跡形も存在しない。
最初は正座にも抵抗のあった者は多く、魔理沙とアリスは自分の無罪を主張していたが、んなのは関係なかった。チャイナや悪魔っ娘も叩き起こさせて正座させていた。
『そこ、正座』
『私やアリスは関係ないだろ!?』
『魔理沙、私が入ってないんだけど』
『関係ねぇよ。家燃えるかもしれねぇってんのに弾幕ごっこなんざ嗜むとは素晴らしい余裕の表れだな』
『……私、ボコボコにされてたんですが』
有無を言わさず横一列に並べて正座させ、こいしにその監視を命じた。
『わかったよ、お兄さん!』
『もし逃げ出そうなんて考えた日には――コンクリ詰めにして錦江湾に沈ませんぞ?』
近くの海に捨てるという意味であり、幻想郷に海ないから伝わるとは思わなかったけど、声色でヤベーと判断されたのだろう。彼女等は渋々頷いていた。
そっから俺が起こした行動は、近隣住民の皆様の家に回って騒動の謝罪をすることだった。家から紅い煙を出すなんてただ事じゃない。消防車呼ばれたなんて洒落にすらならん。
『俺の火の不始末』という苦しい言い訳で俺は頭を下げたのだが、その時の俺は頭ん中でいろいろと思考を巡らしていたと補足しておこう。もっとマシな言い訳があったんじゃないかと今は思う。
近所のおばさんに心配されて、ママさん方に軽い説教をされて……それだけで俺の疲労は溜まっていく。他にやれる奴もいないし、主犯には挨拶回りは不可能。この後に少女達の説教を考えると脳みそがオーバーヒートしそうだ。そろそろストレスで白髪になりそうだよ。
もう自室に帰りたい。
部屋で寝たい。
いっそのこと土に還りたい。
そう心の中で思ってることを表に出さず、俺は腕を組んで仁王立ちで彼女等と対峙する。
考えてるの分かるなんて悟り幼女以外には今のところ存在せず、彼女はここに居ない。
最初に出てくるのは溜息だった。
「はぁ……。あのさ、少しは考えなかったの? 場合によっては家が全焼するかもしれなかったんだぞ? それとも幻想郷では家の中で炎燃やすのがブームだったの?」
「………」
「別に異変起こすのは構わないんだわ。紫から幻想郷に娯楽は少ないって聞いてたし、異変のことだって説明は受けた。実害がなければ目を瞑るって暗黙の了解みたいなもんを期待した俺にも落ち度があるだろうし、ここでの明確なルールが今のところ定まってない。でもさ、限度ってモンがあるだろ?」
「……」
「別に責めるつもりだけで言ってるわけじゃない。天井についてる円形のアレ。『火災報知器』っていうやつなんだ。これは煙とか火とか察知すると水が出てきてくれる優れもの。……吸血鬼的に大丈夫なん?」
異変の首謀者――レミリア・スカーレットは俯く。
反論できない子供のように黙りこくり、子供を持つ母親の気持ちを少し理解してしまう。怒ってる側はこんな気持ちなのか。どーして男子高校生が覚らんといけないのかは理解できなかったけど。
そして次は三人組に顔を向ける。
「異変解決のプロフェッショナルの方々。どーして弾幕ごっこ始めるよりも先に、七輪の火を消すことをしなかったのか理解できない俺の頭が悪いんかな? ぶっちゃけ火を消してから弾幕ごっこで遊んでも良かったんじゃないかと思うのですが」
「……異変の主犯をぶっ飛ばすのが早いと思ったのよ。何、私の解決方法にケチつけるわけ?」
「なるほど、火をを消すよりもリビングが紅い煙で充満するまで弾幕ごっこを行うことが手っ取り早いと思ったわけか。それは失敬した。七輪を取り上げれば簡単に解決すると個人的には思うけど、博麗の巫女様的にはベストを尽くしたわけね」
昔からの馴染みである兼定との煽り合いのせいか、皮肉なんて腐るほど思いつく。
未来や龍慧のように『皮肉を皮肉と思わない』厄介な連中も確かに居るのだが、幸いにも霊夢は違ったようだ。言葉を詰まらせてバツが悪そうに顔を背ける。俺への当たりは強い
俺は肩をすくめながらも三人組には正座を崩すよう促す。
「しっかりしてくれよ、新しい幻想郷守るために行動したのに家全焼とか本末転倒にも程がある。弾幕ごっこを楽しむのは大いに結構だが、せめて頭を使って行動してくれないかな? 未来みたいに故意に間違って状況を楽しむアホじゃないんだからさ」
「何その迷惑な人……」
アリスは微妙な顔をするが、それは俺にこそふさわしい表情だろう。
真面目なところは真面目にする奴だけど、不山戯るときはとことん不山戯る奴なんだよ、アイツ。
座布団ないところで正座だ。立とうとして足が痺れて愉快な行動を取る彼女等を尻目に、俺は期待に満ちた瞳で見つめてくる中国風の女性――紅美鈴の期待を一蹴する。
「あ、主犯勢はそのままな?」
「ああぁぁぁ……」
どこからか仏壇でチーンと鳴らすあれ(お鈴)の音が聞こえた。あの七輪持ってきたの君でしょ?
つってもルールも正確にはないし、あと一時間正座させればいいだろうと俺は決める。放火紛いの行動は未遂で終わったし、紫は今だに回復しないし。
これで終わると思って内心徒労感で死にそうになる。
魔理沙の痺れた足を無意識で近づいたこいしが突き「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!???」と悲鳴を上げている中、俺はそう思った。
そう思った。
思っていた。
世間一般でこれを『フラグ』と呼ぶらしいが。
死にそうな俺の胸ポケットから顔を出そうとするフラン。
そしてそれはコウモリ幼女――姉に見つかってしまう。
「フラン!?」
「お、お姉様……」
神様、俺はいつになったら休めますか?
後日談
担任「夜刀神、進路は決めてるのか?」
紫苑「いえ、まだ決めてません」
担任「そうだよなぁ。この時期に決めてる奴の方が少ないしなぁ」
紫苑(あの環境で決められるかよ)