白髪頭から『内職』という素晴らしい仕組みを教えてもらったのだが、5.6時間目をそのことについて考えてみた結果、次のような新しい問題が浮上してきた。
「けど幻想郷の奴等が協力してくれるのか?」
「「「それな」」」
いつものように放課後は美術室でアホ共と遊ぶ俺。
今日はトレーディングカードゲーム。昨日の夜にSNSで『デッキ持って来いよ!』と連絡が来たので、自分の構築したデッキを持参して挑む。
チェスや将棋では勝つことが多い俺でも、運要素のかなり強い
まぁ、それが面白いのだが。
自分のデッキを手慣れたように切りながら、俺は先ほどの台詞を口にするのだった。
5.6時間目は本当に大変だった。ちょうど日が差し込む時間帯なので、吸血鬼であるフランドールが入っている筆箱にハンカチで日が差し込まないようにしたり。数学の授業の時、認識されないことを良いことに「ねえねえ! あの人禿げてるよ!」と肩に乗ったこいしが叫んだり。教科書の上でさとりが寝てしまい、ちょうど先生から指定された問題の上だったので解くのに苦労したり。
とにかく授業を受けるのが大変だった。
良く言えば刺激的な時間だったな。良く言う必要ないけど。
カードの束を切り終わって向かいの席に座る未来の前に置く俺。
これは不正をしないためにも相手側にも切ってもらうことで、イカサマなしの真剣勝負をするためだ。俺も未来のデッキをシャッフルする。
未来はディールシャッフルを行いながら苦笑いを浮かべた。
「そう、それが欠点なんだよ。紫苑の話を聞く限りだと、友好的な人と非友好的な人の態度がはっきりしてるからねぇ。紫苑の分かる範囲内で手伝ってくれそうな娘ってどのくらいか分かる?」
「えっと……」
と、シャッフルされたデッキから五枚のカードを自分の前に裏返しのまま置きながら考える。
紫は確定だろうし、彼女の式神も参加が見込める。白玉楼の二人と、金髪の魔法使いと人形遣いだろ。あとデッキの横でぴょんぴょん飛び跳ねながら自己主張をする地霊殿の古明地姉妹は期待できそうだ。
「八人くらいか」
「うーん……できないことはないけど少ないかな? もうちょっと増やせないの?」
「無茶言うな」
じゃんけんして俺が勝ち、後攻を選んで互いが手札をめくる。
ふむ……この手札だと……ああして、こうやって……。
「お兄様、勝てそう?」
「相手次第じゃないかなー」
肩に乗って俺の手札を見ていたフランドール・スカーレットが耳元で聞いてくる。
その問いに俺は考えながら答えた。悪くない手札なんだが、このデッキ自体が未来のデッキと相性が悪かったような記憶がある。これは相手次第だろう。
そんな自然な会話をしていると、未来がジト目でカードを伏せる。
「……うわー。幼気な少女に『お兄様』って呼ばせるとか、紫苑変態だわー。三伏せでエンド」
「ドロー。フランドールが呼んでもいいかって言って来たんだよ。無理やりじゃねーし。魔法カード使ってサーチするけどOK?」
「通すよ」
すると俺と未来の会話に不満があったのか、フランドールが頬を膨らませる。
「私のことは『フラン』って呼んでって言ったでしょ! あと未来もお兄様のこと悪く言わないで!」
「わかったわかった。あ、これで攻撃」
「うわ、それ何気に攻撃高いじゃん」
「二伏せでエンド」
モンスターのカードで伏せられたカードを攻撃して破壊。
未来が召喚したモンスターを一掃して、魔法や罠を置くエリアにカードを伏せた。このカードでアホの行動を妨害するわけだ。
「そもそも紫苑の約束は契約が履行されておりません。口約束は契約の内に入らないんですよ? 幻想郷の賢者……でしたっけ? その方と正式な条約を結ばない限り、紫苑の部屋に彼女等が入ってくることは止められないのです」
「テメェなら薄々感づいてるだろうから責めはしねェが……取り決めを早いうちに定めておかねェといいように扱われるだけだぜ? ……オイ、龍慧。高レベルモンスターを一ターンで三枚展開すんじゃねェよ」
「だよなぁ……」
兼定が龍慧のデッキに蹂躙されながらも、何だかんだアドバイスをくれる。
そして二人が言ってたことは俺も悩んでいたことだ。
お堅い言葉で表すならば『自室及び風呂場への進入禁止』の法的能力は皆無に等しい。なんせ俺と紫は正式な取り決めを行っていないからだ。そのことは口約束を一方的に押し付けた金曜日の授業中に思い至ったことなので、不法侵入してきたこいしや幽々子達に罰を与えていない。
けれども明確なルールを決めないといけないのは俺も重々承知している。
あのフリーダムな幻想郷の住人を法で縛らないと何をしでかすか分からない……と、幻想郷代表のスキマ妖怪が言っていたのだ。
俺の今後の生活を左右する重要な案件。
しかし――それを停滞させている原因がある。
「文化の違いがなぁ……」
「ん? どゆこと?」
「ほら、幻想郷と現代日本の文化の違いから、取り決めが中々進まないんだよ」
いまいちよく分かっていない未来が召喚したモンスターを殲滅しながら、俺は新しい幻想郷のルールが決まらない理由を説明した。
まず幻想郷と現代日本の文化・思想が全く違うのは高校生である俺達も知ってる。
さて、ここから分かりやすく説明するならば『生死の考え方』を例に上げたほうが分かりやすいだろう。
現代日本で人を殺すことは法律で禁じられている。道徳云々の話は省くとして、それが日本の法であり、守らないといけないのは小さい子供から年配の方々まで承知の上だ。
じゃあ、幻想郷はどうなのか? これがまた妖怪が人間を襲うことが犯罪である……わけではないらしい。俺も詳しいことまでは説明してもらっていないから分からんが、『スペルカードルール』ができて死人が減ったとはいえ、決して零ではないと紫が言っていた。しかも妖怪が妖怪を殺すのは黙認されているとかなんとか。
ちっさくなって仮の住まいでも『幻想郷』に違いはない。しかし俺の家は『現代日本』の法によって成り立っている。
どっちのルールを適用させるか。
適用させて彼女等が守るのか。
ここら辺で俺と紫の議論が繰り広げられている。
「あー……、そっか。戦国時代の武将に『刀持つな』って言って素直に捨てるのか?ってのと同じ状況なんだ」
「いくら幻想郷側が移民勢だからって、自分の環境をそう簡単に変えられるわけがない。俺も紫と考えながら初めて痛感したぜ」
「普通の学生はそんなこと痛感しないはずだけどネ」
将来役に立ちそうもない経験。
俺だって経験したくなかったわ。
頬杖をつきながら自分の手札を机に置いて気怠そうにしていた兼定は、俺のデッキ横で腰をおろしていた悟り妖怪に話しかける。
「悟り妖怪、どうにかなんねェのか」
「どうにかと申されましても……私は幻想郷でも他勢力との交流が少ない方なんです」
「つっかえねェなオイ」
「えっと……あいたっ」
複雑な表情をしているさとりの頭上に何かが落ちた。よく見たら小さなグミのようなものだった。誰が彼女の頭に落としたなんかなんて説明する必要もないだろう。素直に渡せばいいのにさ。
彼女が何とも言えない表情をしたのは、兼定の言葉と心の中が一致しなかったからと推測する。アイツはツンデレだからな。需要あんのかそれ。
他の幼女たちの頭上にもグミが飛ぶのを眺めていると、龍慧も彼女達を微笑ましそうに眺めているのが見えた。
「……神秘とは意外に身近なところにあるものなんですね」
「俺は身近過ぎて泣けてくるけどな」
「龍慧はもう一方の部活に参加しなくていいの? オカルト目の前にあるけど」
「……あ、そっか。お前って兼部してたんだっけ?」
未来の言葉に俺は思い出す。
よく覚えてないけど、この胡散臭い男は美術部とは違う部活に参加しているはず。休日などはそっちに顔を出したりしているため、休日の龍慧との遭遇率はそう多くない。
俺の疑問に龍慧は「あー……」と思い出したように手札を弄る。
そして俺に己の所属している部について説明を始めた。
「私の所属しているもう一方は『秘封倶楽部』――簡単に申しますとオカルトサークルなんですよ。私含めて三人しか所属していないので、正式な部としては機能しておりませんが」
「それ言ったら美術部も四人しか居ないが……オカルトサークル?」
秘封倶楽部……なんかどっかで聞いたことがある。
数秒考えた後、答が出てきた。
「あ、宇佐見さんと留学生のサークルか。あの学年一位の」
そのオカルトサークル云々は詳しく知らないが、ウチの学年主席の宇佐見蓮子が所属している部の名前がそんな奴だった気がする。あの俺にも気軽に絡んでくることのある破天荒な人。
留学生の方はクラスが違うから何とも言えん。
ただ二人に共通することは頭が良いってことぐらいしか思いつかない。
「えぇ、その破天荒な人です。本当ならば神秘――幻想郷のことを報告するのがサークルのルールみたいなものですけれど、さすがに教えてはマズいですよね?」
「黙ってくれると助かる。また霊夢に怒られかねんし」
あと紫がマジで昇天しかねん。
これ以上胃を刺激するのは可哀そうだ。
完全に尻に敷かれていますな……と言いたげに生暖かい目で憐れむ龍慧に、俺は嘆息しながらも未来とのバトルで蹂躙していく。
そして『霊夢』という言葉に反応したのか、フランが「何かしたの?」と俺の肩の上から聞いてきた。
この前起きたことをかいつまんで金髪幼女に説明すると、同情の視線を送ってきたフラン。俺、幼子にすら憐れまれるのか。泣けてきた。
「霊夢って容赦ないから仕方ないよ。お姉様が異変起こした時も退治しに来たから」
「そりゃ異変解決が霊夢の仕事だろ?」
「うーん……そうじゃなくて、仕事中は立ちふさがる奴に容赦しないし、通りすがりの妖怪も退治するんだよ」
「何それ怖い」
立ちふさがる奴等全員敵かよ。
しかもアイツって幻想郷最強なんだろ?
フランの説明に補足するのはさとり。
グミを少しずつ食べながら『博麗霊夢』という人物について語る。
「人妖に興味を持たず、喜怒哀楽が激しく、一生懸命取り組むことを嫌う天才です。あと本気を出しているところを見たことがありませんね」
「本気出さなくても何でもできるタイプかぁ」
全員が溜息をついた。
学生勢全員が『羨ましい』と思ったのだろう。
まぁ、その手の人間は同世代の人間から疎まれやすいが、それでも「全力でしなくてもできる」なんて言ってみたいわけである。
「はぁ……えっと、何の話だったっけ?」
「中央銀行の金融政策が公開市場操作と支払準備制度って話だった気がする」
「んな小難しい話してねぇよ」
マクロ経済学についてのボケに俺はジト目で対応した。
それ作者のテスト範囲で出てきた奴だし、もうテストは終わってるわ。
「幻想郷の奴等が内職手伝うのかって話。ま、これは紫苑の仕事だろ」
「私達じゃどうにもできません。紫苑が少しづつ信頼を得て、事を成す課題でしょう」
確かにここで議論したところで答えが出るはずもなく、分かり切っていることを悩んだって仕方がない。すぐに解決するようなことじゃねーしな。
ここは『内職』という手段を提示してくれただけでも感謝するべきだろう。
俺は提示してくれた御礼に、未来へ微笑みながら言うのだった。
「はい、トドメ」
「紫苑、それ御礼ちゃう。煽りや」
裏話
龍慧「事前に話を重鎮の面々に通しておいて、後から全体に報告するのがベストですよ。コレをするかしないかで、事業の成功率はかなり変わります」
紫苑「根回しが重要だってことか」
龍慧「……まぁ、幻想郷の賢者殿に確認も取らず、その存在を話した件なんて論外ですが」
紫苑「………」