9話 四人寄れば何とやら
月曜日ってのは一週間の中で一番憂鬱になる日だと思うのだが、皆様はどう思うだろうか?
二連休が終わっての朝から学校。たいして交流のないクラスメイトと再会しなければならない面倒臭さ。課題提出日と重なることで、自分の机で他人の課題を全速力で写す者達。この気怠い日常を楽しむ者もいるだろうけど、俺は苦痛と感じるタイプである。
高校入学して長い月日が経過したとは言い難いが、この風景が日常となるのに時間はかからなかった。中学から高校に上がったところで、あんまりやることに変わりはない。
そして、いつも通りの一限。
この時間は基本的に国語の教師が壇上に上がって授業を行う。外見40代くらいの女性教諭が、重い足取りで来るのを見て、クラスメイト達は教科書やらノートやらを取りだして準備を行う。
今日は物理がないのが救いだが、あんまり好きじゃない教科が今後並ぶ。
教室の窓際最後尾に座る俺はペンケースを開けずに、教科書とノートを机の上に開いた状態で、空を眺めながら昨日のことを思い出す。白い雲がゆっくり動いていくのがぼんやりと視界に映っているが、俺は別のことを考えている。
日曜の宴会のことだ。
楽しくなかったか?と問われるならば「まぁ、悪くはなかった」と答えられるくらいには楽しかった。大人数で何かをする経験が乏しかった俺は、面倒と呟きながらもそれなりにエンジョイしていたわけだ。
幽々子に食事を食われたり、紫が胃痛で倒れたりもしたが、特にアクシデントもなく終わったのは幸いだった。お酒の方は幻想郷の住人達が用意していたし、俺は買えないから地下のワイン倉庫を開けずに済んだのも含めて。義父母のものだけれど、使っても問題のない酒だけどさ。
幻想郷に住む『鬼』という種族は、水さえあれば酒を作れると紫から聞いたのだ。
鬼って凄い。
霊夢のことは……ちょっと相互理解するのに時間はかかるだろう。
あれから「霊夢と俺は似ている」という言葉について真剣に考えてみたが、答えが出ることはなかった。思いつかないし、心当たりもない。幽々子は知ってる雰囲気だけれど、教えてくれないんだよな。
飯で釣ろうとしても、これだけは教えてくれんかった。
飯だけ集られたけど。
つか支出がヤバいなぁ。
通帳の記入された金額と今回の支出を計算してみた結果、貯蓄があるとはいえ、俺が就職するまでの間には尽きる可能性が浮上してきた。彼女等が居座り続けるのが前提の話だけど、就活前に貯金ゼロは少々厳しいのだ。
ぶっちゃけ彼女等が自分で稼げる手段があれば良いのだけれど、んなことできるんなら俺が頭を悩ます必要はない。一高校生が考えられる範疇越えとるわ。
なんて考えていると、女性教諭がチョークを動かす音が聞こえる。
っと、先生が板書し始めたな。
この先生の授業は細かいところまで黒板に書いてるから、予想だけど写しとかないと大変なことになるだろう。こっからテストに出てきそう。
俺は布製のペンケースを開――
「Zzz……」
誰、この幼女。
ペンケースの中で筆記用具を押し退けるように眠る金髪の美幼女に、俺は言葉を発することができなかった。決して授業中に声を出すことが周りの迷惑を考慮したわけじゃないことを言っておく。
宝石のような不思議な羽を持つ彼女は、気持ち良さそうに寝息をかいていたのだ。ここまで鞄に入れて公共交通機関の車両に揺られながら来たにも関わらず、まだ寝ていることにも驚いたが、どうして彼女がここに寝てるのだろうか?
……あ、そっか。これ夢か。
とうとうストレスで幻覚を見るようになったのか。あーあ、幻覚ヤバいなぁ。
「ところがどっこい!
「……すみません」
「………」
制服の胸ポケットから無意識幼女、右ポケットから悟り幼女が顔を覗く。無意識はニコニコ無邪気に笑いながら俺の微かな想いを打ち砕く。
無意識が働いてあるから、クラスメイトに見つかる恐れはないだろうが、俺が言いたいのはそんなことじゃない。見えなきゃいいってもんじゃない。
そして俺の涙は授業に感動してるわけじゃないぜ。
普通じゃなくなりつつある男子生徒は机に突っ伏した。
何でお前ら
「……紫苑さん、本当にすみません」
♦♦♦
「……Zzz……んん……ん?」
「お、やっと起きたか」
金髪幼女が起きたことによる安堵で俺は項垂れる。
昼休み辺りに目を覚ます予測が見事に的中したわけだ。これが授業中に目を覚ましたとかなら、今よりもっと面倒なことが起きるに違いない。
なんて言ったって今の教室に人は限りなく少ない。
みんなは食堂行ったり、外で飯食ったり……そもそも弁当勢が少ないからである。俺はコンビニで買ったものを持参しているわけだが、教室の端っこで机を四つ合わせて座ってるだけだ。移動するのが面倒だし、容易に移動できない理由がある。
ん? どうして机四つ合わせてるのかって?
そりゃあ――
「おー、起きた起きた」
「電池入ってねェ……マジもンか」
「まさに神秘ですな」
コイツ等いるし。
この教室にいるのは、離れたところで馬鹿騒ぎする女子数人と、物理的に小さい幼女を囲む俺と不愉快な仲間達だけである。
いつも通り彼等が飯食いに教室へ入ってきて、食堂へ誘われたのだが、俺の「幼女がまだ起きない」の一言で急遽ここで食うことになった。物珍しそうに眠っている幼女を横目に見ながら持参した飯を食う怪しげな連中だが、彼女が起きたことによって全員が箸を止める。
彼女が起きたことでこいしとさとりもポケットから出てきた。
前者は伸びをしながら元気いっぱい、後者は恐る恐るといった感じで。
それを見て呆れるのは兼定だ。
「おいおい……まだ出てくンのかよ」
「これで全員だから安心しろ。……全員だよな?」
「初めまして! こいしだよっ!」
俺の結構重要な疑問をスルーする無意識の妖怪。
白髪頭は「よろしくね~」と、不良は「……おう」と、年長者は「自己紹介ありがとうございます」と、それぞれの反応を示す。
彼女は特に未来と馬が合うらしく、二人で「うぇ~い」と互いの指と拳を合わせて変なことを言っていた。
「そんで、この娘が姉の古明地さとり」
「よ、よろしくお願いします……」
「姉妹なのですか」
龍慧が興味深そうに彼女を見つめるため、さとりは俺の腕の死角となる空間に隠れてしまう。ひょっこり周囲を伺うために顔を出しているため、それがまた可愛らしい。
「あ、さとりは『悟り妖怪』だからな」
「え!?」
「「「悟り……妖怪……」」」
さとりは何でバラした!?という目を向けるが、俺は微笑みを返すだけだ。
男共の視線を集めるさとりは、不意に変な悲鳴を上げて服をギュッと掴む。
「なん……え……!?」
「どした?」
「か、彼等が私を悟り妖怪と認識した瞬間に、心の中で同時に『ふぁみちきください』って考えたんです! ふぁみちきって何ですか!? 魔法の呪文ですか!?」
「あー……うん」
俺はジト目で男連中を睨む。
気持ちは分かるけどさ……ちょっと安直すぎじゃね? 男共が同時に視線を逸らす。
まったく……幼女怯えさせるとか男としてどーなのさ。
「話を変えましょう、この可愛らしい少女のことは紫苑も御存じないのでしょう? まずは彼女の身元確認、現状把握が先決なのでは?」
「おっと、そうだった」
俺はペンケースの中で不思議そうに首をかしげる幼女に優しく声をかけるのだった。
「ちょっといいかな?」
「ここ……どこ?」
「学校だよ」
「……どうして私はここにいるの?」
俺が聞きてぇわ。
「君の名前は?」
「……フランドール・スカーレット」
何の警戒もなく答える幼女に、横文字かー、と苦笑いを浮かべる未来。
アリスという前例があるとしても、金髪だろうが桃髪だろうが和名が多かったから、横文字が出てきたことに少々驚く俺。外見からして何の妖怪か判別がつかない。
俺の思考を読んだのだろう。隠れていたさとりが警戒するように俺へ教えてくれる。
警戒しているのは男共――ではなく、金髪幼女。
「彼女はフランドール・スカーレット。紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹で、吸血鬼です」
「吸血鬼……」
「見た目に惑わされないでください。彼女の能力は〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕――幻想郷にいたときは、目に見えるありとあらゆる物質を破壊する、凶悪な力だったそうです」
今はどうか分かりませんが……と悟り妖怪は言葉を続けるのだが、俺にとってはそれだけの情報で警戒するに値する人物だと判断した。
未来は若干だが目を細め、兼定は興味なさそうに気怠げに彼女を眺め、龍慧は軽く口笛を吹きながら苦笑いを浮かべる。態度は異なれど、昔からの付き合いでフランドール・スカーレットに注意を払っているのは伝わった。
それを知ってか知らずかは定かではない。
フランドールは目前にいた俺に質問してくる。
「貴方は誰?」
「俺の名前は紫苑だ」
苗字は省かせてもらった。どうせ幻想郷の住人に名乗ったところで呼んでもらえるわけじゃないのだから。
「じゃあ、次は俺からの質問。どうしてこの中に入っていたの?」
俺が指したのはペンケース。
昨日の夜に鞄の中に入れたのだから、おそらくは夜に侵入したのは明白。
彼女の思惑を計りかねていると、吸血鬼の幼女は何かを思い出したのか、頬を膨らませて不機嫌に言う。
「だってお姉様が屋敷から出ちゃいけないって……危険だからって言うの! 私は子供じゃないのに!」
「お、おぅ」
さとりの「彼女、500歳超えてます」の囁きに、引きつった表情を戻すことは叶わなかった。
さすが伝説上の生き物と言うべきか。5世紀生きてるとか洒落にならんわ。
それにしては言動が歳と一致しないように見える。
「つまり家出して寝床がなくなったから俺のペンケースの中で寝てたと?」
「うん!」
家出なんて大層な響きだが、正確には家の中にいるわけで。よほどのことがない限り死ぬことはないからな。家の中で家出とはカオスな響きだ。
急に眩暈を覚えて突っ伏す俺に、未来がニヤニヤしながら尋ねてくる。
「あれ? でも紫苑の自室って幻想郷の人って入らないんじゃないの?」
「こいしを見てくれ」
男共は緑髪の幼女に視線を集める。
当の本人は俺がコンビニで買ってきたチーズパンのチーズの部分だけを捥ぎ取って嬉しそうに食べている。
何食べとんねん。
「これみたいなのが大量に居るんやぞ? 『自室進入禁止』なんて言ったところで、素直に聞くと思ってんのか?」
「無理だねぇ」
「だなァ」
「ですね」
あっさり論破してしまった。現実見たくないから少し反論も期待してたんだけど。
突っ伏しながら勝手に開けられたチーズパンにくっついてるブロック状のチーズを取り、机にちょこんと座る姉の方に渡す。小動物のように少しずつ頬張る彼女に癒されていると、金髪幼女も物欲しそうに見つめていたので、彼女にもブロックを贈呈。
「可愛らしいですね。食べる量も少ないのならば、食費も少ないのでしょうか?」
「この3,4日で諭吉が消えた」
「……晩御飯、ファミレス行きません? 紫苑の分は私が奢りますから」
ポーカーフェイスが売りの紳士の表情が崩れるのは珍しいね。
その優しさに涙が出てくるわ。
細かい金額の用途を説明するが、俺等の表情は曇るばかり。
「このままだと貯蓄が消える……マジでどうしよう……」
「ほ、本当にすみません!」
「……その様子じゃマジで死活問題らしいなァ。つっても俺様等じゃ賄えることにも限度があるぜ?」
「その話なんだけどさ……」
新しい話題を切りだしてくるのは白髪頭。
「案外簡単に解決するかもしれないよ?」
「「「「え?」」」」
「もちろん幻想郷の子に協力してもらわないと難しいけど、紫苑の計算を考えると食費に関しては零になるかもしれない」
「マジか!」
思わず立ち上がって大声を出したため、遠くにいる女子勢が怪訝な表情を向けてきた。
しかしそんなのどうでもいい!
「んで、その方法は!?」
「――内職って知ってる?」
『三人寄れば文殊の知恵』なんてことわざがあるけれど、四人もいれば文殊の知恵なんて簡単に出てしまう。そう錯覚してしまうくらい、未来の言葉から解決策が現れる。
「モニターとかライターとかは厳しいかもしれないけど、制作系なら簡単にできるんじゃないかな? 幻想郷出身の人数も多いって話だから、紫苑が受け取りとか送るのとか仲介役をこなすだけで金銭面は解決すると思うよ。制作系もそんな難しくないだろうし、ほとんどが出来高制だからさ」
コイツ神なんじゃないかって思った。
裏話
龍慧「500年前、ですか……」
紫苑「日本だと室町時代真っ只中だな」
未来「そう考えるとめっちゃ古く感じるよね」
フラン「……?」
兼定「巻物に書かれてる爺共と同じ年ってことかァ?」
♦♦♦
紫苑「さて、アンケート発表!」
全員「「「「「いえーい!!」」」」」
紫苑「これは去年12/23から序章終わりまで開催されたアンケートの結果発表です。アンケート内容は『メインヒロインを誰にするか?』」
未来「あくまでメインヒロインが誰なのかを決めるだけだから、ハーレムタグついてるし他幻想郷メンバーとの恋愛要素がないわけじゃないよ?」
龍慧「主導権を誰が握るか……という話ですね」
紫苑「んじゃ、さっそく結果発表」
1.霊夢 6票
2.紫 17票
3.幽々子 1票
4.アリス 6票
5.ランダム 9票
紫苑「というわけでメインヒロインは『紫』に決定」
兼定「胃痛仲間になるのかァ?w」
紫苑「うっさい」
龍慧「他にも『○○をメインヒロインにして下さい!』という案もありましたので、全てあげておきますね」
咲夜(3票)、こいし(4票)、霖之助(2票)、こころ、影狼、サグメ、フラン、天子、神奈子、早苗
紫苑「おい、男混じってんぞ」
未来「全員に恋愛フラグ立てるのは難しいけど、以上のキャラでは出てきたらハーレム要因に加えようと思うよ!」
紫苑「いや、だから男が――」
兼定「作者の処女作が『東方神殺伝~八雲紫の師~』だから紫のイメージが強かったンだろうな。この結果で話を進めるわけだが、これからも読んでほしいってわけだ。ンじゃ」
紫苑「ちょ、待――」