狼と少女の物語   作:くらいさおら

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第25話

 「アービィ、起きて。ねぇ……起きてってば……」

 朝、まだ薄暗いうちからアービィは揺り起こされた。

 

「……!!」

 寝ぼけているのか、ルティがダブって見える。

 焦点が合わないにしては、二つの像の距離が離れすぎだ。

 

 けらけら笑うルティと、口元を押さえて笑うルティ。

 目を擦ってよく見る……見る……胸元を……

 

「こっちがルティ~――ぷぎゃぺっ!!」

 少々残念な胸元の方を指さした瞬間に、目から火花が飛び散った。

 

 

「それにしても、聞いてはいたけどさ……すごいね。ティア」

 変身を解いたティアに、正座させられているアービィが言った。

 

 ラミアのティアラを手に入れたティアは、妖術を使う能力と獣化の能力を取り戻していた。

 昨夜、ティアはルティに、その変身能力を見せていた。

 

 レイやセラス、ファティインディやボルビデュス家の使用人たち、果ては宿の女将まで、見たことのある人に片端から変身していた。

 さすがに口元だけは変えられないので、顔全体を見ると違和感が大きい。

 だが、口元さえ隠してしまえば、本当に見分けがつかない。

 声と体型も変えられないので、化けきることは無理だが。

 

「本当の顔って、口元だけなんでしょ? いつもの顔のモデルとかって、いるの?」

 ルティが訊ねる。

 

「本当の顔は、こうよ。モデルはいないの。なんかいろいろ作ってるうちにこれに落ち着いたって言うか、ね」

 いきなり目と鼻を消し、口だけにする。

 

「!!」

 聞いてはいても、やはり驚いてしまう。

 すぐに元に戻し、大笑いするティア。

 朝っぱらから、他の部屋には大迷惑だ。

 

 

 ティアラを渡した翌日から、以前とは打って変わって仕事を真面目に探すアービィだった。

 護衛の仕事があればいいのだが、駅馬車が発達しているラシアスでは、あまり護衛の需要がないらしい。

 ラシアスの国軍が、訓練を兼ねて駅馬車の護衛についているためだ。

 ほとんどの駅馬車路線が国営の交通機関であるため、国の威信に賭けてこれを護衛している。

 民間路線もあるが、こちらも同じように護衛していた。

 駅馬車路線は、物流、人的交流の大動脈だ。

 

 路線の維持には膨大な予算を必要とするため、全てを国が賄うには無理がある。

 ある程度税を優遇することで、民間資本の呼び込みをしていた。

 しかし、道路だけ用意して後は任せた、というわけにも行かず、安全性に差が出ては民間路線の占有率が下がる。

 そうなれば国庫の負担が増えるばかりなので、多少の無理は承知で両者を平等に護衛しているのだった。

 

 一部の高級貴族がチャーター便を利用することはあるが、ほとんどの貴族と平民は一般路線を利用している。

 貴族と平民が同じ馬車に乗り合わせ移動しているためか、両者の距離は他の三国に比べ親しいといえる。

 

 実は、この両者の距離感が、国難に対し一丸となれる国民性を育てたと言えるし、国難が両者の距離を縮めているともいえるだろう。

 最近では北の民の圧力が増し、護衛に割ける人数も減ってしまっている。

 だが、駅馬車の便数を減らす代わりに、一度に運行する台数を増やして輸送能力は確保した上で、護衛に必要な人員を三分の二まで削減することに成功している。

 訓練を積んでいない兵は戦場で役に立たない、と考える高級将校の意向も大きく影響していた。

 

 

 ベルテロイでの仕事探しを早々に諦め、アービィたちはベルテロイから半日の行程の、ラシアスの玄関口の町フロローに移動することにした。

 フロローの町の中心には駅馬車のターミナルがあり、人々の活気に賑わっていた。

 駅馬車は、どこの町へ行くにも朝出発する。

 以前は、昼出発の便もあったのだが、現在は中止されていた。

 

 窓口で値段を尋ねると、グラザナイまでは一人銀貨一枚だと言われた。

 翌日発のチケットを三人分購入し、ギルドの場所を聞く。

 

 ギルドに着いて三人は依頼リストを眺めるが、これといって効率の良い仕事が見つからない。

 仕方なく宿を取り、翌日の出発に備え早く寝ることにした。

 

 宿で仕入れたラシアスに関する情報の中で、ルティを喜ばせたものは温泉に関することだった。

 ビースマックほど峻険な山岳地帯はないが、ラシアス全体にいくつかの山脈が走っている。

 造山活動が活発な地域のせいか、国全体に火山が多く、温泉が点在していた。

 

 駅馬車の駅の多くが、この温泉地に設置されているのだ。

 それは過酷な仕事に就く御者や護衛の保養にもなり、温泉目的の客も呼べるという戦略でそうされているのだが、普通に移動する客にとっても良い息抜きになっている。

 

 駅馬車は、出発すると昼食休憩までは走りっぱなしになり、昼食を駅で摂ったらまた夕方到着する次の駅まで止まらない。

 もちろん、用を足す場合は随時停車するが、一日中馬車に揺られ続けることは、かなりの疲労を伴う。

 

 まだサスペンションなどというものは発明されておらず、木の板に薄いクッションを敷くのが精々だ。

 ほとんど身動きもできず、一日揺られた身体に、温泉の疲労回復効果は何よりもありがたいだろう。

 

 早朝、馬車はフロローの駅を出発し、グラザナイを目指し走り出した。

 グラザナイまでの道のりは、二十八駅あり、十四泊の行程だ。

 直線距離だけで見れば、ふつうに歩いて十日程の行程に見えるが、途中に山脈が走り、高低差が大きいうえに、ゆるやかな遠回りを余儀なくされる。

 水の確保の点からも川筋を辿らねばならず、長期間の行程にならざるを得ない。

 

 

 馬車の中には、老若男女様々な人が乗っている。

 巡礼者が最も多いが、路線を乗り継ぎや、王都を飛ばして先を急ぐ商人など、目的も様々だ。

 

 穏やかな目つき、敏い目つき、暗い目つき、鋭い目つきと、人柄も多様だ。

 不思議な連帯感が、日常生活ではまず親しくならないであろう性格の者同士に、親近感を抱かせていた。

 私生活では荒事を生業としている雰囲気を纏った者であっても、多数の兵士に囲まれている馬車の中で狼藉を働く気になるわけもなく、気怠い雰囲気の中に身を委ねている。

 

 馬車に同乗した何人かとは、すぐに親しくなり、何泊かする内には全員と言葉を交わすようになっていた。

 それでも長い間同じ狭い空間、同じ宿に泊まっている内、話す内容がなくなってしまったことは仕方がない。

 

 馬車の中は沈黙が支配し、駅ごとに交代する御者は最初のうちこそ雰囲気を変えようと努力するが、それでもすぐに誰も話さなくなってしまう。

 御者にとってみれば、それはいつものことなので別に気にすることではないし、雰囲気が重いわけでもない。

 珍しい光景や美しい風景に行き合えば、御者に限らず誰彼なく気付いた者が皆に教え、それについて知識のある者が語ってみたりと、それなりに楽しんでいる。

 

 アービィとルティは、長い付き合いの内にお互いの沈黙との付き合い方も身に付けていた。

 なにしろ相手がいればそれで満足なのだ。

 一日何も話さずいても、何の不満もない。

 当初ティアは喧嘩でもしたのかと心配したが、二人にとっては当たり前のことだと気付き、不思議な感覚にとらわれていた。

 それでも今は沈黙が人間関係の潤滑油になるということに、馬車の旅の途中で理解できた。

 

 

 平均的な駅がある集落は、駅の設置に伴って維持整備のために必要なものを集めた結果できあがった所が多い。

 駅を中心に宿や商店が設置され、厩舎や馬車の整備施設、駐車場、駐屯する兵のための兵舎や、いくつかおきに設置された大きな駅であれば慰安施設が並ぶ。

 兵士用の施設であっても、機密事項に関わる場所でなければ、一般客の利用も可能だ。

 

 何れのほとんどが国営であり、営利を目的としないため、安価に利用することができる。

 もちろん、アービィには慰安所への接近禁止令が、ルティより厳しく申し渡されていた。言うまでもなく彼に行く気はないし、彼女も心配などしていないが。

 

 

 馬車の中での会話はなくとも、一日の終わりに宿の浴場や酒場で行き合えば、その日の出来事や見た光景などについての会話が行われる。

 火山が生み出す温泉が売りの駅馬車であるから、宿の作りに比べ浴場が立派である。

 アービィたちも凝り固まった筋肉を解すため、温泉を楽しみにしていた。

 

 十泊目の宿の浴場で、穏やかな目つきの締まった身体を持つ男がアービィに話しかけてきたことがあった。

 アービィは、以前レイに話したように、巡礼に合わせて両親と故郷を探している、といったことを話した。

 

 男はレイと同じように、痣が手掛かりになるやもしれぬ、と言った。

 その際の男の視線が鋭くなったことは、背を向けていたアービィが気付くはずもなかった。

 

 翌朝、アービィたちが乗る馬車が駅を出発する前に、アルギールに向けて早馬が走り去っていた。

 そしてフロローに到着する前日、宿の裏の用水路で、酒の匂いをたっぷり纏った男の死体が発見された。

 駐屯する軍医の検視により、酒によって用水路に落ちた挙句の溺死と判断され、近くの無縁墓地に葬られた。

 グラナザイまでの間にあったトラブルはこの死亡事故だけで、この世界においては比較的穏やかな旅だった。

 

 

 老境の始めに足を踏み入れた男が三人と、うら若い気品漂う女性が一人、ラシアス王宮の一室に集まっていた。

 

「ヘルフェリー、もう十年の月日が無為に流れています。そろそろ、見切り時ではないのですか? いつまでも、希望的観測だけで民の税や軍を割くわけには行かなくなっているのです」

 白髪の男の一人に女性が問う。

 

「ニムファ様、未だ勇者をこの手にできぬことは、この宮廷魔術師の責任にございます。いい加減我が騎士団も、成果の宛てのない憲兵の真似事を続けるにも限界がございます。そろそろ、この男に責任を取らせるべきかと」

 その問いにはヘルフェリーと呼ばれた男とは別の、栗色の髪をした男が、彼を指さして問いで返す。

 

「騎士団長殿、それはつまり、摂政殿下に責任があるとおっしゃりたいか?」

 摂政ニムファ・ミクランサ・ミリオフィラム・ネツォフ・グランデュローサ第一王女が答える前に、もう一人の白髪混じりの男が口を挟む。

 騎士団長と呼ばれた男は、慌てて首を横に振る。

 

「コリンボーサ宰相殿、滅相もない。摂政殿下になんの責任がございましょうか。ただ、私は騎士団にも限界がございますと申し上げたいだけで……」

 言い争いになろうとしたとき、ニムファが口を開いた。

 

「いいえ、私の責任でもあります。しかし、この国難を救い、ラシアスを南大陸一の地位に引き上げるためには……いえ、南大陸を統一し、かつての大帝国の後を継ぐためには、必要不可欠なのです。もう少し、捜索を続けましょう。これは国是として行っていただきます」

 一度は自ら見切り時と言ったにも拘らず、勇者を求める心は揺れ動いていた。

 

「このドーントレッド、宮廷魔術師の名に賭けて、命に代えましても、勇者を見つけ出しましょう。つきましては、暫くのお暇をいただきたいと存じます」

 最高権力者の一言に、逆らえる者はいない。

 王女の期待を一身に受け、膨大な国家予算をつぎ込んで敢行した勇者召喚の責任者、宮廷魔術師ヘルフェリー・ラトナギリ・は、決意を述べた。

 彼は、この十年の間、針の筵に座るような毎日を過ごしてきた。

 

 北の大地の奥深く、北の民すら住まない秘境に、世界を滅ぼす大魔王が降臨したとの神託を受けた当時十歳の王女に相談された。

 彼は、北の大地で使われている呪文を研究し、異世界より勇者を召喚するための方法を探求し、三年の月日の後に、勇者召喚の呪法を敢行したのだった。

 

 が、異世界とこの世界をつなぐ闇の道の中が開き、その中に勇者と思しき男の影が見えた瞬間、闇の道は閉ざされ、男の影は消滅した。

 しかし、王宮の魔術の間の床に刻み込んだ魔法陣の中心には、男がいた国の略称と思われる文字のような記号が浮き上がり、それから発した光は確かに男を捕らえていた。

 

 闇の道が消えた後も記号からの光は衰えず、天井の板にはその記号が焼き付けられていた。

 記号からの光は、木材を焼くほどの熱エネルギーを発していたのだ。

 

 このことから、男の身体のどこかに同じ文字が焼印として残っているはずと考えた彼は、闇の中に垣間見えた男の特徴、つまり黒髪に黒い瞳をした十代後半から二十代前半の男を捜すように、王女に縋りついた。

 各国に回された依頼書には、文字という確信がなかったため、天井に焼き付けられた記号を模写した絵が添付されていた。

 その絵は、漢字の「日」という文字とよく似ていた。

 彼は自室に戻り、身の回りの世話をする小姓を一人伴った後、いずこへともなく姿を消した。

 

 

 ドーンレッドが決死の思いで旅立ちを決意した日の前日、宰相マクランド・シアメンス・コリンボーサは二通の報告書に目を通していた。

 一通は各地に散らしていた間諜からの報告書。

 もう一通は、グラザナイから一日の行程にある名もない馬車駅に駐屯する軍医が書いた、その間諜の死亡診断書だった。

 

 間諜からの報告書には、「日」の刻印のある男を発見した、との報告があった。

 しかし、年代は十代後半、髪と瞳の色は灰色と記されていた。

 軍医からの死亡診断書には、酒に酔った上で用水路に落ちての溺死、という表向きの報告と、頚骨を折られての即死で肺から水は検出されず、という宰相向けの報告が記されている。

 

 刻印の確認が遅くなったのは構わない。狙っていたわけではないからだ。

 早馬が王宮に到着し、折り返しの指示は馬車に追いつかないため、グラザナイでその男の確保を命ずる予定であった。

 その命令が届く前、ギリギリのところで間諜は消された。

 男の風貌は、十代後半、灰色の髪と瞳というだけで、これに該当する人物は掃いて捨てるほどいる。

 

 当人が消したのか、それともどこかの国が気付き、男を確保するために消したのかは不明だ。

 しかし、この男を手中にしておけば、摂政への忠誠心をアピールし、国内で自らの立場を強くするにはいい道具になるだろう。

 他の二人を出し抜き、権力を一身に集めるには欠かせない道具だ。

 

 いかに王家の血筋とはいえ、彼から見れば二十三歳の王女など、まだ小娘でしかない。

 せいぜい権力の後ろ盾になってもらい、思い通りにやらせてもらおう。

 

 彼は、再度グラザナイにいる間諜への男の確保、他国の間諜の排除を記した命令書を書き始めた。

 うっかり手荒な真似をされて敵に回しても後が面倒なので、限りなく紳士的に、と付け加えた。

 

 

 騎士団長クレナルト・エキナ・ラルンクルスは、焦燥感にさいなまれていた。

 無能が服を着て歩いているような軍務卿カルダミ・アラグアイア・ディテイプリスと、摂政殿下に振り回された毎日。

 権力欲だけで生きているような軍務卿は、ラシアス国軍を私兵のように扱い、気分次第で命令を出していた。

 

 先代の軍務卿、エキノドルス・ホレマニー・ディテイプリス卿は、息子と違い有能で、クレナルトは人に仕える喜びを感じるほどだった。

 貴族政治の欠点である世襲制の弊害が、見事な形で具現化した現在では、クレナルトは摂政から直接命令を受けるようになっている。

 

 誰がどう見ても理屈に合わない命令の連発で、ウジェチ・スグタ要塞を壊滅の危機に陥れたカルダミ軍務卿は、責任を現地で戦死した歴戦の勇将リルバーシー・サンタレッデに押し付け保身を図った。

 しかし、サンタレッデ共々討ち死にしたと思われていた副将の帰還により、彼の保身は崩れ、現在は名前だけの軍務卿として、蟄居させられていた。

 

 このため、軍の実権は騎士団長のクレナルトに集中し、彼はウジェチ・スグタ要塞の建て直しに全力を挙げていた。

 今回の他国への兵力供出の依頼は、この建て直しの一環として行われたものであった。

 

 現在指揮官不在の要塞に、新たに指揮官も送り込まねばならない。

 もしサンタレッデ将軍が存命ならば、彼は侯爵でもあったので、他国からどのような現場指揮官が来ても問題はなかっただろう。

 国政の中枢を担う公爵や侯爵が出てくるはずはなく、精々子爵程度なはずだからだ。

 

 しかし、サンタレッデ侯爵亡き今、これに代わる将軍は騎士階級にしかおらず、誰が行っても連合軍の指揮権は他国に移ってしまう。

 伯爵クラスまでは、そうそう持ち場を離れるわけも行かず、子爵クラスを出すか、誰か現場を放り出させてまで行かせるか、その人選が難航している。

 

 ディテイプリス卿の息子、カラディリア子爵が、この指揮官の座を狙っているとの噂もある。

 祖父に似ていない父親にさらに輪をかけた無能者。

 権力欲だけに目が眩んだ俗物。

 ろくな噂を聞かないこの人物は、父親の失脚を自らの好機と捉え、その先にある軍務卿の座までも狙っていた。

 

 もう間もなく各国から派遣軍が来てしまうので、この仕事は愁眉の急だ。

 今にも北の民が攻め込んでくるかもしれないのだ。彼は、焦っていた。

 

 その最中に、摂政殿下は、まだ勇者などと夢を見ておられる。

 現実に『力』を有する彼には、勇者などという幻想に国運を賭けるほどの夢想主義者ではなかった。

 この機会に目を覚ましていただきたい。

 彼はそう願わずに入られなかった。

 

 

 グラナザイに入ったアービィたちは、火の神殿で精霊と契約し、それぞれがレベル1の火の黒魔法『火球』とレベル2の『大炎』、レベル1の火の白魔法『解毒』とレベル2の『解痺』が使用可能になった。

 ギルトに入り仕事を探すが、産業はほぼ商業のみで軍が経済まで握っている国では、討伐や護衛の効率のいい仕事は見つからない。

 

「これはウジェチ・スグタ要塞や、アルギールにいっても同じかなぁ?」

 やたらと甲冑が目立つ町の酒場で、アービィは二人に愚痴をこぼす。

 

「そうねぇ…、この国の用事も済んだし、ビースマックに行こうか?」

 ルティが同意した。

 

「ギルドにある仕事って、義勇軍の募集ばっかりで、他にあるかと思うと諸侯軍だもん」

 ティアも首肯する。

 

「とりあえずさ、明日もう一度見て、それで何もなかったら、ビースマックに行こうか。で、大回りでアルギールを通っていくか、ベルテロイに戻ってビースマック街道を通っていくか、なんだけどさ、どっちがいい?」

 アービィは、今のこの国に見切りを付けた。

 北の民の脅威が大きいこの地に、安住の地が見つかるとも思えない。

 

 連合軍の遠征の成果を見てから、もう一度この国に来ても遅くはないと思う。

 ティアにとっても、それは同じようなことなので、早々に出立することに同意した。

 

 答えが出ないまま馬車のターミナルに行くと、アルギール周りでビースマックの国境までは、銀貨二枚らしい。

 散々悩んで、アルギール周りで行くことにする。

 もしかしたら、途中で生活費の足しになるような仕事が、あるかもしれないからだ。

 

 翌朝、馬車に乗り込むと、フロローから一緒だった商人と、まだ同行することになった。

 

「おや、奇遇ですね、またよろしくお願いしますよ」

 物腰も柔らかく挨拶する商人。

 話すようになったのは、グラナザイ到着寸前だったので、名前を聞きそびれていた。

 なぜか宿も同じだったのだが、いつも忙しそうに荷物の整理をしていたため、声を掛ける機会も少なかった。

 

「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします。そういえば、お名前も伺ってませんでしたよね? あたしは、ルティ。こっちがアービィで、こちらがティアです」

 フルネームを言うと、またティアにからかわれそうなので、やめておく。

 

「ご丁寧にありがとうございます。私はハイスティとお呼びください。しかし、この国は商売のやりづらいところですな。なかなか日用品や装飾品が売れない。王都へ行けば、少しはましかと思いましてな、こうしているわけです」

 こちらも名乗り、以前よりは話しやすい雰囲気になってきた。

 

 長い道中だ、楽しいほうがいいですよ、とハイスティが言い、馬車の旅がまた始まろうとしていた。


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