狼と少女の物語   作:くらいさおら

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第10話

 そして夜が明けた。

 三人は、眠い目を擦りながらギルドに向かう。

 

 一晩泣いたらすっきりしたのか、ルティとティアの間にギクシャクした雰囲気はない。

 アービィが心配するほど、二人は本気で喧嘩していたわけではない。

 ルティの自虐を含め、それなりに楽しんでいたらしい。おろおろするアービィの様子を楽しんでいた節もあるが。

 

 ギルドが開き、受付カウンターで面接の時間を聞くと、すぐに依頼主もこちらに来るという。

 ギルドのロビーで待っていると、歳の頃は十四、五歳くらいの少女と、執事だろうか五十絡みの紳士が入ってきた。

 ギルド職員の仲介で互いに挨拶を交わし、面接が始まる。

 

「さて、この度はわたくしどもの依頼にご応募いただき、ありがとうございます。わたくしは、ボルビデュス家の執事をしております、クリプトカリオン・イリタンス・ウーディニウムと申します。長い名前では呼び辛かろうと思いますので、わたくしのことはクリプトをお呼びください。こちらはボルビデュス伯爵家の次女、レイテリアス・ヒュデロッティ・ボルビデュス様でございます」

 こちらが若いにもかかわらず礼儀正しい、程よく気さくさも漂わせた紳士が自己紹介する。

 

「あ、ご丁寧にどうもありがとうございます。僕はアービィ・バルテリー、こちらがルティ・バルテリー。その横がティア・バリスネリアです」

 アービィも丁寧に自己紹介する。

 

「ほほう、ファミリーネームが同じということは、アービィ殿とルティ殿は、ご夫婦で?」

 

「はいっ」

「姉弟です」

 ルティが元気よく答え、皆まで言わせずアービィが被せる。

 ちょっと嬉しいアービィだが、恥ずかしさから即否定してしまった。

 ルティの視線がきつくなったことには、殺気と共に気付いていた。

 横ではティアが肩を震わせている。

 

「ご姉弟で冒険者ギルドに登録なさっているのですか。さて、ここからエーンベアまでの道中を護衛していただくわけですが、皆様がどれほどの実力をお持ちかも知らずに依頼するほど、わたくしどもは命知らずではございません。現在までで最強だった相手を教えていただけますか?」

 当然だ。特にギルドメンバーのクラスやレベルが決められているわけではない。

 相手の実力を測ることは、当たり前のことである。

 

「え~っと、そこのカウンターで確認してもらえれば分かることですが、つい先日、ラミアを討伐してきました」

 ティアが言った。ここでピンピンしてるけどね、とこれは声に出さずに呟く。

 クリプトがカウンターに目をやると、ギルドの職員が首肯しラミアのティアラを提示する。

 

「さようでございますか。この辺りの街道沿いであれば、せいぜいゴブリン、リザードマンくらいのものでしょうから、充分すぎるご実績ですな。いかがでございましょう、お嬢様。この方たちにお願いすることにしたいのですが」

 クリプトはレイテリアスに伺いを立てる。

 それまで黙って遣り取りを見ていた少女が口を開く。

 

「はい、わたくしは構いません。クリプトのお墨付きであれば心配することもないでしょう。わたくしも長い名前では呼びづらいでしょうから、レイとお呼びください。アービィさん、ルティさん、ティアさん、短い道中ですがよろしくお願いいたします」

 礼儀正しく挨拶し、頭を下げる。

 貴族が平民に頭を下げるなどという前代未聞の光景は、あまりの衝撃に固まるルティとティアの「ひゃい」という間抜けこの上ない返事により、レイテリアスが噴き出すことで終了した。

 

 報酬の交渉も簡単にまとまり、銀貨五十六枚ということで、アービィたちの取り分は銀貨五十枚と銅貨四十枚だ。取り分が銀貨50枚を切らないように調整してくれたのだろう。

 では、町の外に馬車を用意しますので、昼に町の門までお越しください、というクリプトの言葉に送り出され、アービィたちは宿を引き払うため引き返す。

 ギルドを出た彼らの背中に、食料等はすべてご用意いたしております、というクリプトの声が追いかけてきた。

 

「なんか、話が良すぎて怖いくらい。なんか裏がありそうね」

 

「ま、なんかあったらアービィが全部消し飛ばしちゃうでしょ」

 ルティの言葉にティアが頷きながら返す。

 

「僕は殺戮兵器かいっ」

 物騒なことを言いながら、しばらく世話になった宿を払い、荷物を担いで町の門で馬車を待つ。

 

「あ、あれじゃない?」

 二頭立ての馬車が彼らの前に止まる。

 

「では後ろに荷物を。よろしければ、ルティ殿とティア殿は中に、アービィ殿は御者台へどうぞ」

 それとも、ティア殿が御者台のほうがよろしいですかな、と控えめな笑みで付け加える。

 苦笑いと共に、結構です、と答え、アービィは御者台に座り、がっくりと肩を落とすルティ、笑いを噛み殺すティアとレイが馬車に乗り込む。

 

「では、出発致します」

 鞭をひと当てくれ、馬車はゆったりと走り出した。

 

 御者台ではクリプトとアービィが世間話を、馬車の中でも三人娘が楽しそうにお喋りをしていた。

 

「でね、舞踏会なんか堅苦しくて嫌だって言うのに、お父様に無理やり連れて行かれちゃって。男どもが群がってくるのを、かわしてお料理食べるのが大変だったわ~」

 薄い栗色の髪を揺らし、同色の瞳をくるくるさせて、楽しそうにレイが話す。

 まだ発育途上だが、しっかりと自己主張をしているプロポーションは、ルティに嫉妬を覚えさせていた。

 

「レイ様って、初対面では堅苦しい方かと思っていましたけど……私たちなんかにいいんですか、そんな砕けてしまって?」

 呆気に取られるルティが聞くが、そんなこと気にしなくていいのよ、堅苦しいのはお屋敷の中だけで充分、とレイは手をひらひらさせて答える。

 

「いいの、いいの。あなたたちも畏まらないで欲しいの。みんな、伯爵家ってことで、崇め奉っちゃって下さるけどね~、偉いのはお父様だし。私はどうせ、どこかに嫁ぐから伯爵を相続することもないからね」

 

「すごいわ~レイ、あたしの知ってる貴族は、平民が口をきくなんて絶対許さなかったわ。とんでもなく高飛車で、ふんぞり返ってたもの。レイが言うとおり、偉いのは親なのに、その威を借って威張っちゃうのが多いのよね~。中でも鼻持ちならないのが…アーガストルとセラストリアっていったかしら。兄妹なのかな。いつも一緒にいるみたいだけど、特に女の方ね酷いのは」

 ここぞとばかりにティアが言った。

 

「ティア、それは言いすぎじゃ……? それに、なんで知ってるのよ、そんなこと」

 ルティはヒヤヒヤしながら窘めつつ聞いた。え? 『エサ』探しの途中でいろいろ見たって?

 

「ごめんなさい、それ私の兄と妹……」

 済まなそうにレイが言った。

 やっちゃった、という顔のルティと、一瞬どうしよう、という顔になったが開き直るティア。

 

 

 御者台では、さすがに拙くない? という顔のアービィがクリプトの顔色を伺っている。

 

「良いのです、アービィ殿。貴族たる者、決して全てが高貴なわけではございません。わたくしが申し上げるのは不敬になるやも知れませぬが、民を慮れぬ者は貴族たる資格はないのです」

 はぁ、そんなものなんですか、とアービィは聞いた。まさか身内から批判が出るとは思わなかったからだ。

 

「はい、確かに貴族というものは、庶民から税金を取り立てることができます。しかし、それは決して己が欲望のためではございません。ましてや、贅沢、享楽といったものに費やしていいものではないのです。民を富ませ、領地を富ませ、民を、領地を、ひいては国を守るために使って然るべきものです。わたくしたちは、普段民からいただいた、いえ、お預かりした税金で生かされているのです。お坊ちゃまは、将来のために現在は子爵の爵位を賜り、領地経営を実地でお学びになっておられますが……ご主人様のように、民を想い税を決めるのではなく、他の家に負けたくないという一点のみを思って税を取り立てる。所詮子爵の領地が、公爵様やご主人様の領地と同じ税収を上げられるわけがない。広さ、質共に違うのですからな。お坊ちゃまは、それがお分かりになっていない。戦場での槍働きだけが、民を守るということではございません。戦を起こさないことこそ、重要でございます。それは服従するということでは、決してございませんが。一朝事あれば、この老骨とて剣を取ることに、ためらいはございません。が、そうならないように、政を行う。これこそが為政者として、貴族としての義務と、わたくしは心得ております。民が安心して暮らせる、戦の無い世の中、それを守れぬようであれば……。あれでは、いつか、反乱が起きまする」

 一気に言い切ったクリプトに感嘆の想いを抱くアービィだった。

 

 

「今、聞こえたでしょ、クリプトの演説」

 苦笑しながらレイは馬車の中で続ける。

 

「本当にその通りなのよ。私はこの家を出る身だから、私のために家のお金をあまり使って欲しくないの。 今回の旅は、精霊との契約のためっていうのが名目で、実際には世間を見知るためってことなんだけど、一応、私のお小遣いから出しているわ。もっとも、それだって父様を通して、民からお預かりしてるお金ってことなんだけどね」

 肩を竦めて見せるレイ。

 

「いいんじゃないのかなぁ、それくらい。それに見合うだけのことを、してくれているなら、ね」

 ルティが考えながら、言葉を選んだ。

 

 

 野営の際にもレイはレーションに文句をつけることなく、水で飲み込みにくいパンを流し込みながら言う。

 

「妹なんか甘やかされてるから、天幕付きの馬車に寝台車でしょ、それから料理人付よ。嫌になっちゃう」

 

「一番下ってそういうものよね。でも、あたしも見たことある貴族ってそういうのばかりだったから、あれで当たり前だって思ってたわ。今回の旅は、なんていうか、いろいろと勉強させられるわ」

 ルティは少し考え、続ける。

 

「でもさ、貴族様がぱーっとお金使わないと、そこに溜まっちゃってお金は動かないわよね? あと、他の家の人呼んだときに、みすぼらしい家だとか服、食事とかだとバカにされちゃわない?」

 面子や見栄というものが必要なことは、使う金額のレベルが違うだけでどこにでもある。 

 無駄に金を使うことはよくないが、多少の贅沢、面子や見栄がある程度は大切なことも解る。

 

「それはね、確かにあるわね。でも、普段の食事とか着る物にまでお金は掛けなくていいと思うのよ。お招きした方に不快な思いはさせられないわ。そのために普段は質素でもいいと思うし。あとね、家の造りや装飾品、衣服や食事にいくらお金を掛けても、お金が回るのはそこだけよ。もっとね、道の整備、橋を掛ける、農地の開拓とか、いろいろと使うべきところはあるわ。そのための増税なんて、絶対駄目よ。農地の開拓を民に押し付けて、上がりだけを、それも机の上の勘定で農地の広さだけで決めちゃった税なんて、無意味よ、無意味。ちゃんと自分たちがそこを見て、実際に鍬を振るうのはそこに住む民なんだけど、開墾して、そうじゃなければ、まだ何も作物が採れない土地に税を掛けることになっちゃう。そしたらどうなると思う? 税を払うために……今まで頑張って切り開いた土地や家を手放したり、身売りしたり……。兄様の領地ではそんなことも起きているらしいの」

 そこまで言って、レイはひと息ついた。

 そして、意を決したように続ける。

 

「私は勉強する。今は全収入の六対四で、四を私たちが税としていただいてるけど、もっと良い税の方法があるはずだわ。同じ税収になるにしても、もっとみんなに公平な税の方法があると思うの。関税のせいで物価が高くなるから、民が物を買えないなんておかしいわ。隣の領地に行けば半額で売ってるのよ。安い関税で安くたくさん売れれば、その売り上げからの税が増えるわ。全部が全部じゃないけど、それは関税の収入より多くなるはずだと思うのよ。品物によって税率を変えるべきだと思うわ、私は。これから私は世界を回ってみたい。税のことだけじゃなくて……完璧な方法はないにしても、どこかに絶対今より良い方法があるはずよ」

 力強く言い切ったレイを、感嘆の眼差しで見るルティとティアだった。

 この貴族の娘が女王になる国だったら、住みやすい国になるよね、きっと。

 ついでに、ティアの『エサ』にしちゃえば、そのバカ兄様。

 

 何か、良いヒントが頭の端を掠めた気がするアービィだった。夢で見たような気がするんだけどなぁ。


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