ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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約半年ぶりの更新。
一応日常回です……ムシウタのな(ボソ


料理

 ――どうしてだ、どうしてこうなった……?

 

 彼の胸中にはその疑問が根付いていた。

 此処二、三日に及ぶ逃亡生活により心身は共に磨り減っていた、しかし思考はそれを唾棄することを許さなかった。

 何人に追われているのか皆目見当もつかない、だが見つかればそこから更に人が増えるはず。

 そう思い、身を低く屈め橋の下で僅かな休息を取る。全身に酸素を供給するように大きく深呼吸を数回。ポケットに入れれる程度の小さく、数もない菓子を口に含み栄養源を補給する。

 息を潜め、まるでドブネズミのように縮こまり外の様子を窺うことも忘れない。

 数人程度なら問題はないが、十人以上に囲まれたら厳しいだろう。こちらは一人しかいない上、相手はほぼ際限なく数を投入できる。最悪、一人で数十人並みの力を持つものが来るかもしれない。先程逃げる際に聞こえた「これ以上行ったらアイツの管轄だぞ!」という言葉、それにより追撃を辞めた者達。言葉を聞く限りその「アイツ」というのは相当恐れられているのだろう。彼らの口振りからしても自分よりも強いと見ていい。

 

 ――何故自分がこんな目に合わなければいけないのか? 自分はただあの老人に望んだだけだ。

 

 自分を取り巻く理不尽さに苛立ちを覚えた。

 彼は“ただ”あの古びた教会に招かれ、問われ、そして“ただ”応えただけだ。あのローブを羽織った老人に。それだけのはずだった……。

 しかし気付けば虫憑きだ、捕獲対象だと瞬く間に日常は一変してしまい、そうして逃げ続ける日々が始まったのだ。

 

「なんで……!」

 

 不条理に(いきどお)りを感じ歯を食いしばる。

 どうしてこんな目に合わなければいけない、どうして自分だけが、どうして……どうして……。

 数分間の答えのない自問を終えた彼は腰を上げた。まだ少年と呼べる歳の彼が背負うには重すぎる不条理と理不尽。逃走中何度も先と同じように嘆いたが、そうしても結果が好転するわけでもないことを悟り――思い出し、けれども諦めたくない彼は再び歩き出す。

 この先待ち受けている運命など知らず、静かに……ゆっくりと……。

 

 

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「は・じ・めー!」

 

 放課後のHR(ホームルーム)が終わり、それを告げるチャイムが鳴る。

 担任はそそくさと出て行き、生徒達も各々帰り支度や部活の準備に勤しむ中、自分を呼ぶを声を聞いた少年……三野元は、身の危険を察し回避行動を取る。

 しかしそれは大きく開かれた(かいな)と予想を上回るスピードによって無為に帰してしまう。

 べったりとまるで恋人のように引っ付く少女、水無月満は満面の笑みを浮かべ「今日は何処に行こっか?」と訊いてくる。

 あれから二週間が経過していた。満は毎日のようにアピールという名のアタックを繰り返し、元はそれに付き合っていた。任務ということもあるが、単純に一緒にいて楽しいという気持ちもあった為断る理由はない。

 

「構わないけど、何処に行くつもり?」

 

 ただしこの過剰なスキンシップだけは止めて欲しいと願っている。

 逃げない代わりに満の拘束を解き質問すると一瞬悩むもののすぐに「じゃ、商店街の方に行こう」と応え、元の返答を待たずに手を掴むとそのまま引き摺るように連れていく。

 嵐のような一連だったが此処二週間で既に見慣れてしまったクラスメイトは茶化すこともせず、ただ今まで行っていた作業を続行した。

 唯一、満と旧い付き合いであるつぐみだけはその姿に微笑ましく見送っていた。

 

 

「うーん……元は何か欲しいものある?」

 

 クリーム増し増しのクレープを頬張りながら満は訊いてきた。

 その大雑把な食べ方をしている所為か頬にはクリームがいくつも付いており、それを見かねた元がハンカチを手渡す。

 

「いや、大体は買い揃えたかな」

 

 ハンカチを貰いクリームを取ると「そっか、なら……」と何処に行こうかと満は思考を巡らせる。

 

 二週間という期間は長いような気もするが短くもある、しかし絆を強めるには十分な期間だ。

 元々印象は悪くなかったが、それでもこんなに早く名前呼びをされるとは思っていなかった。往来誰とでもすぐに打ち解けてしまう満故だろう。それにこうして毎日の様に--否、休みの日を含め毎日買い物に付き合っている成果でもある。

 ただし、それ故に生活用品は既に充実しており、現在では逆に買うべき物を探すのに苦労する程だ。既に予備とかも買い足しているので実質最近はお菓子等の嗜好品を買ったり、ウィンドウショッピングが主になっている。

 それはそれでデートらしくはあるが、だからこそ免疫のない元は『口実』が欲しいのだ。流石に真っ向からデートをするにはまだ経験が足りないらしく、そのことは満も察しているらしい。だからこそ彼女は何かしらの理由を付けて連れ出すことにしているのだ。

 しかしそれもそろそろネタ切れ。毎日買い物をしているために元の部屋は充実している。このままでは連れ出す口実がなくなり彼とは学校くらいでしか会えなくなる。いや、普通ならそれでも構わないかもしれないが満は彼に「自分を好きになってもらう」と言ったのだ、やると言った以上妥協と自重はしない。

 ならばどうするか?

 会う為の口実、物資が充実している現状。無理に買い足すよりは寧ろ逆に……。

 

「……よし」

 

 思考の海にどっぷりと浸かっているとふと名案が思いついた。

 そうだ、これなら現状でも何も問題ない。寧ろ現状だからこそ使える手だ。

 我ながら良いアイディアではないか。口の端を吊り上げながら、満は自賛した。

 そして、だからこそ満はすぐに行動に移した。

 

「じゃあいこ、元」

 

 元の手を取るとある場所へと向かった。その場所とは……。

 

 

 先人曰く「惚れさせるには胃袋を掴め」とのこと。

 その言葉は何処で覚えたか定かではないが、しかし言ってることは尤もだと思う。容姿だけでなくそういった細かい所もアピールするのが恋愛の駆け引きなのだろう。

 如何に告白をしているとは言え、やはりそういうことを怠ってはいけない。脈はあれど、正式に付き合ってはいない以上いつ何時誰かに横から掻っ攫われるか分かったものではない。幸いにして料理には多少の覚えはある、小さい頃よりよく母の手伝いをしていた為、メジャーなものなら粗方作れる。自らの女子力を見せつけるにはこれ以上の機会はない。

 着々と予定調和の如く惚れさせて見せる。

 --そうして意気込み、張り切って向かった先はよく通うスーパー……ではなく、元の住んでいるアパートだった。

 元々此処半月は買い足す必要がないほど充実している、冷蔵庫を開ければ溢れそうなほどあるので食材を調達する手間はなかった。正直、面倒臭がりな元の場合こんなにあっても全てを使いきれる保証はなく、腐らせてしまう可能性もあるだろう。故に満が来たことは元的にも食材的にもありがたかった。

 

「………………」

 

 だがしかし、いくら潜伏先とはいえ自分の家に年頃の少女を招くことなどなかった元は落ち着かない気持ちで一杯だった。

 何せ急な来訪だ。一人暮らしでないことを知られない為に予め「共働きで外泊の多い両親」という設定を学校の方に告げており、結果クラス内にもその情報は浸透している。だから両親のことで怪しまれる心配はない。

 しかし実体は男の一人暮らし。言ってはなんだが清潔感はあまりない、テレビで見るゴミ屋敷ほど酷くはないが、それでも折り目正しく綺麗に整っているわけではなかった。

 その為部屋に入った際僅かばかりに満の眉が動いたのが分かったし、「料理している内に少しは片したらどうか?」と遠巻きに言われる始末。

 元々派手に散らかっていたわけでもなかったのでそれ自体は十分もせずに終わり、今は細かい箇所の塵などを取っている最中だ。

 

「……はぁ……」

 

 そんな自分の姿に元は大きなため息を漏らした。今この時だけは監視者としてでなく、一人の男として不甲斐無く思ったからだ。

 先の満の挙動が気になる、嫌われたか? もしくは幻滅されたか?

 そんなマイナス方面の思考が頭を巡り、結果更に気落ちする。

 実際の所、確かに少しばかり評価は下がっている。しかしちゃんと現実を見ようと決めていた満にとってこの程度のことで嫌いになるはずがない。寧ろ、世話が掛かるなと苦笑を浮かべるほどの余裕すらある。彼女はあくまでも元自身が好きなのであり、彼を構成する要素が一つでも気に入らなかったからといって嫌いになるようなことはない。惚れた弱み……いや、この場合は強みとも言えるか。

 ともあれ元のそれはただの杞憂でしかないのだが、無論分かるはずもなく、一人頭を悩ませ続けていると満が盆を持ってきた。その上には本日の晩餐がある、オーソドックスというかベターというか、肉じゃがと味噌汁が乗っている。

 

「はい! 定番ので悪いけど味は保証するよ」

 

 そうしてテーブルの上に自信作を置くと満は胸を張る。数少ないレパートリーの中でも人様に出しても恥ずかしくはないと自負している。元から見ても見た目も匂いも問題はなく、寧ろ美味しそうだ。

 しかしそうも堂々としていると逆に不安にもなる。しかも扉を隔てていた為台所での作業工程が分からなかった所為か、変な隠し味とかがされていないかと勘繰ってしまう。

 少し気後れをしている元に満は箸を渡し、早く感想を聞かせてくれと目をキラキラさせている。

 その後押しを受け覚悟を決めた元は器を持ち箸を片手に、落とさないように慎重に摘み、口に含む。

 

「……美味い」

 

 意外、と言うほどではないがその自信に見合うほどにその肉じゃがはよく出来ていた。

 味は染み込んでおり、食感も硬くない。何度も作った、手馴れた感じが分かる一品だった。

 その元の言葉に気を良くした満は、「ふふーん」と鼻を高くする。

 ……実のことを言うと、いくら作り慣れているといっても身内以外に振舞ったことがなかったので心配していたのだ。特にそれが惚れた相手なら尚更だ。しかもわざわざ相手の家にまで上がり込んで失敗したとなっては明日からまともに顔向けできない。いや、下手をしたら自殺物だ。

 それほどまでに緊張し、細心の注意を払いながら頑張ったのだ。ここで報われなければ世の中の全てを呪っていただろう。

 

「まだまだいっぱいあるからね!」

 

 それが報われた今彼女は満面の笑みを浮かべ、幸せそうにそういった。

 

 

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 完全に日が落ちた街道を満は一人歩いていた。

 元に夕食を作ったことによりこうなるのは始めから分かっていたことであり、だからこそ事前に帰りが遅くなることは両親に伝えてあった。

 そんな彼女の足取りはとても軽い。なんと言っても好きな人が自分の手料理を食べて、その上美味しいとまで言ってくれたのだ。しかもそれが社交辞令ではなく本心からだったことも拍車を掛けていた。

 遅くなってしまい、お礼も兼ねて送っていくと言われたが、それは断った。本来なら彼と共にいられる時間が増えるためそのようなことはないのだが、今回は急遽別件が入った為仕方ない。

 暗い夜道。その一点を照らす街灯の真下に着くと彼女はポケットからケータイを取り出しメールの受信ボックスの中から新しく入った一件を取り出して再度目を通した。

 そこにはこの町に見たこともない虫憑きが入り込んだことを伝える旨が記されている。しかもこの虫憑き特環の猛威から逃げ切れる実力者らしく、敵か味方かも定かでない今無用な接触は避けるよう警告も為されていた。何処から拾った情報かは詳しくは分からない為信憑性は正直低いが用心には越したことはないだろう。

 だから満は元の申し出を断った。もし万が一接触してしまった場合虫の力を使うかもしれない。そうなったら虫憑きであることがバレ今まで通りにいかなくなる。最悪嫌われる……いや、恐れられてしまう。

 そうなったら自分はきっと耐えられない。故に多少強引でも「一人で帰る」と言ったのだ。

 

「……よし」

 

 虫憑き関連の不安要素こそあれど、今の自分は恋に生きる者。そして今日の感触は決して悪くはなかった。綱渡りではあるものの、このままいけば順風満帆な青春ライフが待っているはず。将来的には虫憑きであることも明かし、いつか互いに隠し事のない関係になりたい。

 その為にも、今は着実にアピールしていこう。きっと報われる、そう信じて。

 意気込み、新たに気合を入れなおした満は、頭上で光る月を見上げながら決意を改めた。

 

 その瞬間だった。ガサゴソと音を発て一人の少年が脇道から現れた。

 何処かの制服と思わしき制服は所々が破け、穴も空いている。覚束ない足取りで数歩進むと彼は力尽きたように地べたに倒れる。

 

「大丈夫?」

 

 誰の目から見ても『不審者』にしか映らない少年を前に、しかし満は事もあろうに近付き手を差し伸べてしまった。

 意識が朦朧とし、焦点の定まらない目で満を見つめる少年。虫の息ほどのか細い声で彼は懇願するかのように言った。

 

「たす、け……て……」

 

 糸が切れたように意識を失った少年。

 既に聞こえないであろうが満は嫌な顔せず笑顔を浮かべて応えた。

 

「いいよ」

 

 --キミにも夢をあげる。

 

 自身の夢を思い返し、少女は助けることを決めた。




徐々に本編に繋がっていきます。
泡沫編の元は色々な意味で駄目人間です。どちらかというと満が主人公のような気がする、行動力とか。

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