ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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『蟲毒』--5

「きひっ!」

 

 顔が歪み、口が引き裂けんばかりにつり上がる。

 自らに逆らった者の末路もそうだが、真に嬉々とする理由は黒い蜘蛛にある。

 特異な虫だとは睨んでいたが、まさか他の虫を食らうとは思いもしなかった。それでは“アイツ”と同じではないか、ならばこそ最後まで生き残った蠱毒には相応しい。

 宿主である元は未だ虫の息だが、そんな事は関係ない。生を渇望するアキラにとっては正に金の蚕に見えたのだろう。自身の周りにハリガネムシを出現させ「行け」と命じる。

 その言葉に従い、ハリガネムシは細い躯を撓(しな)らせ蛇の如き奇怪な軌道で大蜘蛛に接近した。

 未だ瀕死の元、手当てで動くことのできないラナ達、虫を酷使され倒れた早条、ただ恐ろしく見ていることしか出来ない“まいまい”。

 邪魔する者はなく、阻害する物もない。自在に空を滑り、風となった勢いそのままに大蜘蛛の間接部からその内部へと浸入する。現状、普通の虫より少し大きい程度の躯の大蜘蛛だが、構わず身をくねらせ自身よりも小さい虫の中に入っていった。

 物質として入り込むのではなく、取り憑くという形で大蜘蛛の内部に潜り込んだハリガネムシ。浸入さえすればそれだけで宿主の夢を特定できるはずだが、大蜘蛛の内部は思った以上に広いらしく見つける事が出来ずにいた。

 元の夢を探る為更に奥へ……。

 深海の様な暗闇、一寸先すら見えない中を蛇の様に躯をくねらせて進む。果てがあるのかと思える程広いそこは本当に虫の体内か疑うくらいだ。

 光がない中、幾つかの気泡が沸き上がる。

 何故そんなものが虫の内部で出来るのか疑問だが、ハリガネムシの能力に視覚の共有はない為アキラはこの事を知りもしない。

 故に、唯一この場にいるハリガネムシだけはその正体を知ることができた。

 それは泡で包まれた虫の死骸だった。貫かれ、砕かれたりしてはいるが皆原型を留めている。時が止まったように動かない所を見ても既に絶命しているのが分かる。何故そんなものを体内に取り入れているのかは不明だ、皆目検討も付かない。だからハリガネムシはそれらを避け進む。

 暗闇の中、距離も時間も分からないまま奥に潜ると輝く光を見つけた。近寄ってみると、それは先程も見た気泡だった。ただし先のとは異なり淡い光を放ち中が見えない。

 海底の様な空間の奥底にあったのだ、何か重要なものかもしれない。

 そう思い、慎重に近寄る……。

 

 瞬間、白く輝いていた泡の中に紅い双玉が突如現れた。

 

 

「かぁッ--ぁぁぁああああ!!」

 

 気味の悪い笑みを浮かべていたアキラが突如苦悶の表情を浮かべ叫んだ。

 驚き、一点に視線を集中させる者達の目に映ったのは身体から白い泡が溢れ苦しみ悶えるアキラの姿だった。

苦しみから逃れるように地面に倒れるものたうち回る。効果の是非は分からないが、それによって泡自体を振り落とすことは出来た。

 

「が、ぁ……ク、ソが……!」

 

 しかし多大に夢が削られたのか、いくら力を入れようと起き上がることができない。十中八九虫はやられたと見ていいだろう、だがそれにしてはおかしいほどの消耗だ。

 一体あの虫の中で何があったのか? 忌々しげに睨むアキラの口元は歪んでいた。

 正真正銘の規格外の存在。ただ強いだけではない「特別な虫」、追い求めていたそれにようやく巡り合えたことが心の底から嬉しいのだ。

 --欲しい。

 胸の内に燻るのは彼にとって原点というべきもの。

 --力が、金が、人が、物が、愛が。

 今まで覗いてきた人の願望、それを押し退けて姿を表したのは彼が虫憑きになった際に抱いた夢。

 --生きたい。

「そうだ……死ねない。死ねないんだよ……オレはぁ!!」

 

 未だかつて聞いたことのない大声を発し、痛む体に鞭を打って立ち上がる。

 元とは違い怪我は負っていないが、満身創痍なのが分かる。それは著しい夢の消費の所為だろう。幽鬼のようにおぼろげに稀薄。しかし故に恐ろしくもあった。

 

「よこせ」

 

 力なく差し出される手。だが、今はそれにすら恐怖を感じる。それほど今のアキラは浮世絵離れしていたのだ。

 一瞬の躊躇い、戸惑い、怖れ。そこを見逃すほどアキラは甘くない、ハリガネムシを出現させると再度大蜘蛛に侵入しようと試みる。それも今度は一体だけでなく十数体もの群団で。

 先のこなたの全身全霊を掛けた一撃は確かにアキラの戦力を大きく削ることに成功した。しかしそれは同時に新たに洗脳できる数を増やしたということでもある。

 今出せる全ての虫、如何に“規格外”とはいえこれだけの数だ、必ず手に入れることができるはずだ。

 

「よこせ! 貴様の全てを!!」

 

 アキラの周囲を漂っていたハリガネムシは一瞬にして離散し、一秒にも満たない時間で大蜘蛛を捉えた。

 

「がぁっ!?」

 

 十数体ものハリガネムシが虫に入り込む、自分の心に踏み込まれるような嫌悪感と激痛が宿主である元を襲う。

 その様子にラナ達は狼狽し、四季は怒りを込めた視線をアキラにぶつける。

 しかしアキラはそんな外野には目も向けずどうしようもない高揚感と達成感に体を支配されていた。

 

「きひっ! きははは! これで手に入る! 生き続けられる! オレだけが……!?」

 

 歓喜に酔い痴れ、狂ったように笑い続けるアキラの顔に一点の陰りが落ちた。

 上を向いた瞬間それはあった。

 大きさにしておおよそ二m。歪な形は自然に剥がれ落ちたためだろう。質量は軽く十キロを超え、更にそこに重力加速度が追加されたことにより脆弱な人を押し潰すには十分な塊。

 天井の破片が、その塊がアキラ目掛けて落ちてきたのだ。それに気づいたのはほんの三秒前、本来なら危機回避が働き即座に体が反応し難を逃れることができたはずだ。しかし今のアキラは傷こそ負っていないが満身創痍な状態、おまけに体を支配している高揚感と達成感の所為で反応が遅れている。

 つまり……。

 

「――――」

 

 言葉を発するよりも早くアキラはコンクリートの塊に押し潰された。

 一瞬、笑い声の代わりに肉が潰れる音と血が噴き出す音が広いコロッセオに響き渡る。それからは長い沈黙が続いていた。

 殺したいほど憎い相手のあっけない最期に四季は呆然としている。気づけば苦しんでいたはずの元も苦痛から解放され今では穏やかな表情を浮かべている。

 しかしそれも今の四季には素直に喜べるものではなかった。あれだけ倒す殺すなどと言っていた相手の呆気なさに四季は虚ろなまま天井を見た。

 

「あ……」

 

 そこにはアキラを死においやった破片が落ちたと思われる箇所、空洞部分があるはずだった。しかし四季の視線の先にあったものは……。

 

「は、はは……」

 

 あまりに現実離れした、だが納得がいく光景についぞ笑みが零れた。

 そこにあったのは大きく、何か鋭利なもので切り裂かれたかのような痕跡と、そこから生じた亀裂……それによって出来てたと思わしき壊れた跡だった。

 その大元である痕跡に四季は心当たりがあった。四季が友人と呼ぶ少女、こなたが最後の力で放った一撃。その際に出来たものだった、あのコロッセオを引き裂くような一閃の破壊跡に間違いない。

 地下空間であったこと、かなり激しい戦闘が行われたこと、条件は様々あれどこの光景を見た時四季は彼女が助けてくれたのではないかと思った。

 オカルト的ではあるし、もし彼女の意志が反映しているのならば止めを刺したかったからだろうが、それでも思うのは勝手だと判断した四季は彼女に感謝することにした。

 治療を終え、安定期に入った元をラナ達に任せ、四季はこなたに近寄る。

 欠落者となり、糸が切れた人形のように倒れている体を優しく抱きかかえて起こす。もう二度と光を映すことのない瞳が四季を捉え、その光景を目の当たりにした四季は一瞬息が詰まる。

 

「ッ……ありがとう、小那多」

 

 溢れそうになる涙を必死に抑え、既に聞こえてはいない友人に向け最後になるであろう言葉を送った--。

 

 

 

「くだらん」

 

 一連の結末をコロッセオの一角で見ていた少年は吐き捨てるようにそう呟いた。

 スーツを着込み色違いのサングラスをかけた少年はおもむろにタバコを取り出すと、火を付け、そして一本丸々吸い込むとため息をつくように吐いた。

 

「所詮奴も“不死”足りうる存在ではなかったということか。態々泳がせてやったというのにとんだ無駄骨だ」

 

 未だ火が残っている吸い殻を手で握り潰した後、新たにタバコに火を付ける。

 かなり特殊な虫であったこと、夢も相まってかその可能性を考慮し、態々出向いてやったというのに結果はご覧の有り様だ。貴重な情報も与えたというのに最期はあまりに呆気ない。

 そして何より、少年が一番許せないのは……。

 

「奴め、笑ってやがった」

 

 あの瞬間、瓦礫に押し潰されるほんの刹那、アキラは確かに笑っていた。それが狂気によるものなら少年も腹を立てることもなかったのだろうが、あの時のアキラは穏やかな表情を浮かべていた。死が間際に迫っていたというのに心の底から笑っていたのだ。

 それが少年の癪に触り、苛立たしさを表すように二本目も一瞬で吸い切った。

 

「まあいい、あの女への土産話くらいにはなった」

 

 それも握り潰し、三本目を口に銜える。

 異なる色のサングラスの視線の先には、未だ介抱を受けている元の姿がある。

 逆境の中、結果はどうあれ生き延びた。一号指定には程遠い力、一見すると有象無象の一つ。今回の件もただ運が良かっただけに過ぎないだろう……。

 しかしあの女ならこれをどう見る?

 無茶苦茶な解釈を付けるか、それとも「ただ運が良かった」と唾棄するか。見方一つでこれからの運命は大きく変化する。

 --さて、どうなる。

 珍しく愉快な気分になった少年は口を歪ませてから火を付けた。

 その瞬間、複数の足音が聞こえた。それは真っすぐこちらに向かっているようだったが、少年は焦った様子もなくタバコを吸い続けている。

 そして足音は止まった、少年を取り囲むように。

 見ると少年と大差ない年齢の少年少女数名がいる。全員特環の……東中央支部のコートを着用している。

 

「お前らが何故此処に来たのか当ててやろう。“お仕事お疲れ様です、お迎えに上がりました”だ」

 

 囲まれているのにも関わらず不遜な態度を取る少年に、特環の局員達は眉を顰め困惑している。

 しかしそんな中一人の局員が声を上げた。

 

「ここにいる者は全員がこの事件の重要参考人だ、例外はない、捕らえろ」

 

 この言葉に頷き、局員達は各々虫を出現させた。脅しと万が一のために出したのだ。

 しかし、その瞬間何かを貫く音がしたと思ったら局員の一人が突如倒れた。

 何が起きたのか、それを確認するよりも早く、局員の一人は激しい喪失感に襲われ胸を抑え膝をついた。見ると他の局員も同じ現象に見舞われていた。

 その感覚には覚えがある。これは虫が損傷したり夢を食われたりする時によく似ている。しかし自分達は虫を出しただけで力を使っていない。ならば、一体これはどういうことなのか?

 そう疑問に思った局員は自身の虫を見るように振り返り、そして……言葉を失った。

 自分の虫、ハサミモドキによく似た虫が黒い物体に埋もれていた。

 最初はそれが何か分からなかった、しかしよく見るとそれらは数え切れないほどの小さな甲虫--クマムシの大群だった。

 

「う、うわああああああ!!」

 

 自らの虫が大量のクマムシに文字通り餌食にされている。今まで見たことのないその(おぞ)ましい光景に恐怖した。そして本能的に感じ取ったこのクマムシの宿主はあの少年だと……。

 

「た、助け--」

 

 助けを呼ぶ声が最後まで紡がれることはなかった。それよりも先に局員達の虫は皆夥しい数のクマムシに喰らい尽くされてしまったのだから……。

 辺りには少年以外欠落者だけとなった。

 

「--くはっ」

 

 そんな中少年はため息代わりにタバコの煙を吐き出した。

 そして歩き出す、まるで何事もなかったかのように--。




今回で『蟲毒』戦は最後です。あとはエピローグのようなものが多分二、三話入って底王編は終わります。
一応後半に出てきたのが以前に言っていたもう一人の原作キャラです。名前は伏せてたけどある程度の特徴は書いたのでたぶん原作読者なら分かるはず、分からない人はbugを読もう。

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