ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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久々の更新。シリアス爆走中。
今回は色々と突っ込まれそう……。


『四季』--4

 理解が出来なかった。

 自分達は確かに彼女に負傷を与え、戦闘不能にまで追い込んだはずだった。仮に意識があったとしても元の話ではあの弾は麻酔弾の一種、動くことどころか

改行ミスまともに物を認識することすら難しいだろう。

 しかし、今確かに四季から放たれた線は虫もろとも元の腕を切り裂いた。崩れ倒れた元と今尚夥しい出血をしている腕が現実であることを物語っていた。

 

「あ……」

 

 呆然と立ち尽くすラナの目の前に無数の赤いミカドアゲハが迫っていた。

 訳のわからない事態に陥ったことで現状把握能力が一時的に下がり、気付いた時には既に爆発する寸前だった。

 --あ、死んだな、これ。

 思っていたより軽い死の予感を悟ると、そのまま目を瞑った。

 死を覚悟したのではない、ただ諦めてそれをした自分に対して「やっぱり」としか思えなかった。最期に抱いた己が感情は落胆だった。

 

 天高く炎が舞い、辺り一帯を灰塵と化した。その威力は先までの比ではなく、彼女以外の全てを焼き払った……はずだった。

 頬を焼くような暑さ、しかし実際に焼かれたのは違うあたるような熱さに違和感を覚えたラナは思い切って目を開けた。

 そこには壁があった。コンクリートを思わせる灰色の壁がラナの目の前に聳え建ち、炎を遮っていた。

 

「ようやく追い付いたと思ったら凄いことになってるね」

 

 呆然と壁を眺めていると、聞き慣れた声が後ろから聞こえた。

 振り向くとそこにはよく見知った少女、ほのかが佇んでいた。

 すました顔をしながら右腕を前に突き出す、すると壁は瞬く間に無数の灰色の蝶になり、その数を更に増やした。そして再度蝶の大群は壁になる。先程よりも明らかに厚みが増したそれは、未だに猛威を振るう爆炎からラナ達を守っていた。

 

「うーん……このくらいでいいかな?」

 

 鳴り止まぬ爆炎の音すらも遮断したかのように、小さく呟いたはずのほのかの独り言が耳に届いた。

 安堵して息を吐いたと同時に呼吸が止まる。思い出したのだ、元が倒れたことを。

 

「ほのか!」

 

「大丈夫、彼の方にも壁は出しておいたから」

 

 ラナの危惧していた思いに感付き、安心させるようにそう諭した。

 もっとも護ることはできても炎の所為で近づけないために手当てが出来ないので危ないことに変わりはないのだが、流石に今それを言ったところでどうにもならないだろう。

 まず第一にこの炎を何とかしなくてはいけないのだが……。

 

「っ! 伏せてラナちゃん!」

 

 「え?」と声を漏らす暇なく唐突にラナを押し倒すほのか。強引に倒されたため背中に痛みが走り顔が歪む。

 なんなんだ、そう文句を言おうとした瞬間彼女とほのかの上を一筋の光が通り抜ける。その一瞬後壁は綺麗な断面だけを残し二つに両断された。

 虫が凝縮されて出来た壁、それが傷つき、壊されたことによりほのかに胸をえぐるような痛みが走る。堪らず呻き、ほんの僅かな時間壁を維持することが出来なかった。

 それを狙ったかのように水色の蝶が弾け体量の氷柱が辺りに降り注ぐが、辛うじて意識を繋ぎとめたほのかは自分達の上に灰の盾を作り出し、見事に凌ぎ切った。

 

「はぁ、っはぁ……本当に、色んな使い方が出来て、ズルイなぁ……四季ちゃんは」

 

 息も絶え絶えに崩れていく壁から四季の姿を覗く。

 焦点が定まらない目に、尚も滴り続ける流血。着物や血から次々と色鮮やかな蝶が姿を現していく。その姿を見てマズイと即座に判断出来た。

 元が四季を撃ち抜いたのは遠くから見てもわかった。恐らくその際に無茶な力の使い方をしたのだろう、今の彼女は“暴走”していた。

 『領域』が拡大化することで生まれる隔離空間はないものの、あんなに考えなしに虫を使い続けてはすぐに成虫化してしまう。まして血からも虫を形成し続けたら彼女の身が持たない。

 そこまで考えが至ったところで、ほのかに出来ることは何もなかった。

 

「なんなのよ……ほのか、あいつの虫って一体……?」

 

 散々頭を悩まされた虫、その虫の正体を元仲間である少女に訊いた。その問いに対しほのかは困ったように苦笑を浮かべながら答えた。

 

「四季ちゃんの虫の媒体はね……『色』なんだよ」

 

「……ッ」

 

 呆気なく知らされたそれはしかし、ラナの予想を上回るものだった。

 

 四季の虫、ミカドアゲハの媒体は色だ。

 色とは即ち、この世界にあるあらゆるものをより鮮明に映えさせる要素、人にとって事物を連想させるものに他ならない。

 例えば赤なら火、青なら水、黒なら闇、白なら光を連想してしまう。そういったイメージを与える力こそが色なのだ。

 そして四季の虫は、そうして連想されるものを具現化させる力を持っている。これが一つの媒体でありながら複数の能力を操っていた種明かしだ。

 無論、それほど応用にとんだ力である以上扱うには条件が存在する。

 まず一つに隔離空間を使わずに虫を使用する場合身に着けている、もしくは触れている物からしか虫を形成できない。

 次に、虫を形成した物はどんどんと色褪せていき、最後にはそこから虫を出せなくなる。

 そして最後に、この力によって色褪せたものは物としての機能と形を失うということだ。

 四季が着物という派手な格好なのは趣味の他にそうした欠点を補う役目を持っているからに他ならない。単調な服とは異なり、鮮やかな着物だと使える能力の幅が大きく増え、あらゆる状況にも対応できる。

 ……もっとも、今回は撃たれた瞬間()の力を使い無理矢理弾丸を取り出すという危険な使い方をした事での体力と精神の消耗、その上で宿主の命の危機を察した虫が暴走を起こしてしまったのだが……。

 

 色とりどりのミカドアゲハが舞い、弾け、様々な現象が猛威を振るう。

 それは炎であり風であり氷であり強力な引力であったりした。

 炎や風程度ならほのかの壁でなんとか防ぐことは出来るが、問題は氷や引力だ。水色のミカドアゲハが壁に触れただけでそれはただの氷の塊になり、引力は引き寄せる力自体が強いため壁諸共持っていかれそうになる。

 その様は正に小規模の天変地異とも言えるだろう。ラナとほのかはその小さな災害に必死に抵抗していた、何度か「ダメかも」と思ってもやっぱり最後には諦めたくなかった。

 何せ此処には自分達の他に欠落者となり動けなくなった元がいる。今の彼は命に関わるほどの手傷を負っており、尚且つ欠落者になってしまった以上自分ではどうすることも出来ない。

 出会ってから間もないがどちらも彼には借りがある、その借りを返すためにもこの状況を何とか脱しなくてはならない。

 無我夢中。他のことなど視野に入らないほど彼女達は必死だった。

 だからだろう。この殺伐とした場に相応しくない物が浮いてることに気付けなかったのは……。

 

 シャボン玉のように儚い小さな泡が一つ。まるで泳ぐように宙を舞っていた。

 

 

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 波施(はぜ)市の町外れには高台がある。

 見晴らしがよく、自然が豊かなため空気も澄んでいる、老若男女問わず人気のスポットの一つだ。

 休日にもなれば多くの人で賑わうが、生憎と今は平日で且つ夜も遅いためそのような賑やかさは失せていた。

 

「あ……」

 

 静寂と呼ぶには少し風の音が目立つ中、一人の少女が声を漏らした。

 高台の広場に集まった少年少女。その中で青いバンダナを掛けたメガネの少女に一同の視線が集まる。

 彼女の近くにいた少女、水野は手摺に背を預けながら「どしたん?」と軽い口調で訊いた。

 

「……変わった」

 

 バンダナの少女が小さくそう呟くと、全員がその言葉に反応した。

 「変わった」。そのセリフを彼女……遠野未来(みく)が言うということはつまり未来が変わったことを意味する。

 それを理解している仲間達は驚きと半信半疑の表情を浮かべていた。

 かつて仲間と思っていた者による裏切りと“底王”の存在。

 それらに対抗し得る戦力確保を目的とした四季の作戦。仲間の一人であるほのかを犠牲にするようなそれに最初は皆反対したが、裏切り者と“底王”の力は底知れず脅威でしかなかった。なにせ一支部とはいえ、敵である特環を掌握するような相手だ。恐怖を持つなという方が無理な話だろう。

 嘗ては十数人もいた仲間も裏切り者の所為で次々と“底王”の人身御供にされ、今ではたった数人にまでなってしまった。もう背に腹はかえられない、そう思い玉砕覚悟で挑んだ作戦に光明が見えたのだ。良くも悪くも動揺せずにはいられなかった。

 

「ちょいまち、みくっちそれ本当? 今あたしの虫が例の子の反応見失ったんだけど……てか消えた」

 

 そこに異議を唱えたのは水野だった。頭の両端に触覚を思わせるような髪型の小柄な少女で、仲間内どころか恐らく数いる探知能力者の中でも上位に食い込む索的範囲の持ち主だ。

 頭上にはいつからいたのか一匹の虫がいた。ミズスマシという虫によく似た形状のそれには眼が無かった、代わりに体の上下に目玉を思わせる球体が格二つずつ浮いている。それらはそれぞれセンサーとサーモグラフィのような能力を備えているらしい。つまり、広範囲の探知と識別が可能なのだ。場所にもよるが、相手の強さを問わないのならば、町一つくらいなら余裕で探知範囲内らしい。

 未来の予知と水野の探知、この二つの能力のおかげで彼らは今まで特環から逃げてこれた、言わば生命線のようなものだ。その内の一人が片割れに対して異議を唱えた。

 彼女、水野の探知能力は別格だ。一度覚えたものの反応は忘れないし逃すこともない。その彼女が「消えた」と言ったのだ。それはつまり、宿主が死んだかもしくは虫が死んだかの二択しかなく、どちらにしてもそれは絶望的な状況でしかなかった。

 未来が予知によって見つけた希望が潰えた。

 そこにどんな理由や思惑があるかは分からないが、それは場を落胆させるのに十分だった。

 

「……違う」

 

 だが、未来だけは違った。否定した。

 一体何が「違う」のか? 皆の頭に疑問符が浮かぶ中未来の傍に一匹の虫が舞い降りた。

 チョウトンボと呼ばれる虫に似ているそれはしかし、左右非対称で且つ大きさがバラバラな四枚の翅が特徴的な不出来な形をしていた。

 大人ほどの大きさになったチョウトンボの四枚の翅にそれぞれぼやけた蜃気楼のような映像が映る。未来の虫が生み出す映像はある種の可能性だ、現在ある要素を下地に計算された未来。予測という名の予知がチョウトンボの能力なのだ。大きい翅に映るものほど起きる可能性が高くなる。

 一番小さい翅には此処とは違うどこかドームのような場所で戦わされている自分達の姿があった。一番低い可能性、恐らく捕まった場合の未来と思われるが、未来と水野がいる限りはこの未来はありえないだろう。

 二番目に小さい翅には特環と戦ってる姿。恐らく波施市から逃げた未来だ、此処を離れたとしても特環そのものをどうにかできるわけではないという表れか。

 普通の大きさの翅には“底王”と戦い負ける姿が。言わずもがな、このままの状態で戦った場合の末路だろう。

 そして、もっとも大きい翅には……地獄が映っていた。

 町は真っ赤に燃え上がり廃墟と化し、有象無象の虫の残骸が散らばっていた。虫憑きは欠落者になり、自分達も例外ではなくその内の一人になっている。四季もほのかも、あの“底王”ですら欠落者として横たわり誰も生存者がいないのではないかと思ったほどだ。

 そんな生き地獄に一人だけ佇む者がいた。黒い特環のコートとゴーグルを装備した彼は、表情こそ分からないが酷く悲しそうに空を見つめていた。

 その彼が何かに気付いたらしく、ゆっくりと頭だけを『こちら側』へ向ける。

 すると燃え盛る炎の中から一際赤く輝く二つの目が現れた。それと同時に視界が白い何かに染まると、そこで映像は途切れた。

 

「そう、変わったよ……最悪な結末にね」

 

 未来の口から紡がれたのは最も恐ろしい予言だった。




という訳で四季の虫の媒体は色でした。
どこぞのマーカー使いと被ってるような気がしないでもないが気にしない。向こう同化型、こっち特殊型。ダイジョウブ、モンダイナイ。
ちなみに色という媒体を思い浮かんだ切欠は実はマーカー使いではなく司書さんの方だったりします。

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