ヒーロー資格仮免試験をヴィラン連合が襲った事件は一か所ではなかった。
全国の同日に行われた各地の試験会場が襲われたのだ。
この同時攻撃により、多くのヒーローの卵が犠牲になった。
天下の雄英高校も無傷ではない。
事件を乗り越えて学校に登校したヒーロー科1年A組は、暗い雰囲気が教室に充満していた。
クラスメイトが、轟焦凍が意識不明の重体なのだから。
いつもなら朝の予鈴が鳴るまで楽しくおしゃべりをしているはずが、今は誰も口を開こうとはしない。
口を開けば、きっとよくないことを言ってしまう。そんな予感があった。
だが、悪い空気の中、ただ黙っていることは耐え難いことでもある。
「ちっくしょー。あいつさえ、あの改人さえいなけりゃこんなことにならなかったのによー!」
だから、峰田が思わず不満を口にしてしまったのも無理はない。
今の惨状を誰かのせいにしてしまいたい。それはある種自然な感情だ。
そして、その矛先はその場にいない者よりも近くにいる者へ向かうもの。
「だいたい、元はといえば爆豪が悪いんだろぉ! 中学んころに
爆豪に怒りをぶつける峰田。
当の本人の爆豪はその言葉に対して反応することなく、チラリと視線をむけただけだった。
その様子が逆に峰田の怒りを煽り、再度口を開こうとした。
が、それをたしなめるように尾白が前に出る。
「やめなよ。誰かを責めたって虚しくなるだけじゃないか。責められるべきは僕らの力不足だろ」
「そうだ。今は仲間で団結するべき時だ。仲間同士で責任をなすりつけ合っている場合じゃない」
尾白と共に飯田にも諭される。
かといって、怒りが収まるはずもないが。
「うるせえ! いい子ぶってんじゃねえよ。おまえらだって爆豪がヒデえこと言ったって思ってるんだろ!?」
「そ、それは……」
峰田の荒い口調で突きつけられた言葉に思わず口ごもる飯田。
それははっきりと口にしていないが、答えを言っているようなものだ。
『来世には“個性”が宿ると信じて、屋上からのワンチャンダイブ』
この言葉は、どう言い繕ったところで決して褒められる言葉ではない。
その意見に賛同する人がいるのは当然だった。
「たしかに。元から口がワリィのは知ってたけどよ。さすがにアレはないなと思うぜ」
「まったく輝いてない言葉だよね★ 美しくない」
瀬呂が何気ない口調で、しかしどこか呆れを滲ませるように呟く。続いて青山も彼独特の言葉で同意する。
さらに、不信感をハッキリと表に出したのは耳郎だ。
「この際だから言わせてもらうけど、ハッキリ言って自殺教唆でしょ。あの言葉。そんなコトを口にできるヤツとウチは一緒に仲良くできる自信はないんだけど」
ただ、『そういう性格なのだ』と今までは割り切れていた部分が今回、過去の出来事を知って無視できなくなったのだ。
事実、爆豪の言動はお世辞にも品性高潔とは言えないのだから。
「待てって! まだ一年も経ってねえけどよォ! それでも半年近く一緒にやってきたんだ。俺はダチ信じてえ。いや、信じてるぜ!」
一方、爆豪と仲の良い切島が爆豪を庇う。
当然切島も爆豪のあの言葉に対して思うところは大いにある。
だが、友達を信じたいという漢気から自らの主張を口にしたのだ。
それを助けるように上鳴も意見を言う。
「そもそも、あの改人が言ってたことが本当かどうか分かんねえじゃん。俺たちを惑わせる嘘かもしれないだろ?」
そう言って場の雰囲気を和らげようとするが、誰もその言葉を信じることができない。
皆、爆豪があの暴言を言ったと確信していた。
困った上鳴は思わず爆豪を見た。
『言ってないと言ってくれ。そうしたら丸く収まる』
そんな上鳴の思いとは裏腹に、爆豪は首を縦に振った。
「ああ。言った。デクのヤツに間違いなく、言った」
「ちょ、おまえ!?」
「わかりきった嘘ついてどォすんだ? アァン? 余計な小細工しようとしてんじゃねえよ、アホ面」
上鳴の下手なフォローを切って捨てる爆豪。
事実、上鳴のとった手段は下策といえるものだった。しかし、そういう物言いが問題視されている部分でもあるのだけれど。
「本当に言ったんだね。爆豪君」
ポツリと呟くように声を出したのは麗日。
短い一言だが、それには爆豪に対する批判が入っていると周囲は感じた。
「麗日君、よすんだ」
「え? あ、違うよ! そういうんじゃなくて! あの骸無って子のことを考えて……可哀相って思ったらつい言葉が」
人を殺すヴィランにまでなってしまった彼の立場や状況を想像したという麗日。
自身も裕福とは言えない家庭だが、ヴィランになろうと思うほど追い詰められていない。
だからこそ、そんな彼のことを考えて同情してしまったのだ。
「そういや、あいつ、俺たちと同い年なんだよな。それがヴィランになるなんて、よっぽどのことが――」
「だから! そいつを追い詰めてヴィランにしたのは爆豪だろ! やっぱり爆豪が悪いんじゃないか!」
砂藤も骸無への同情を口にしたところ、峰田が言葉の端をとらえて爆豪を批判する。
慌てて飯田が止めに入るが、冷静になりきれずに怒鳴るような口調になってしまう。
「よせと言っているんだ! いい加減にしないか!」
「なんだよ。オイラが悪いのかよ! おまえだってそう思ってるくせに。委員長の立場があるから止めているだけだろ!」
「そうだ! 僕は学級委員長だ。だからクラスがバラバラになっていくのを黙ってみているわけにはいかないんだ!」
双方冷静さを失って怒鳴り合うような状況。
飯田は言葉を間違えた。
クラスの協調を主張するつもりが、学級委員長であることを前面に出して言ってしまったせいで、峰田の言葉を否定しきれていない。
これでは立場があるから止めているだけで、本心では爆豪をよく思っていないと言っているようなものだ。
そして、立場といえばもう一人思い悩んでいる人物がいる。
「立場……私も副委員長としての立場があり、責任があります。そして、その立場からすればこの争いを止めなければいけないということも分っています。でも……」
何かに耐えるようにギュッと両手を握りこむ八百万。
そうして、血を吐くようにその思いを口にした。
「しかし、それでも! 轟さんのことを考えると、冷静には、なれそうにありません!」
同じ特待生として轟に特別な敬意を持っていた八百万。
彼女こそ、轟が意識不明の重体になって一番影響を受けているのかもしれない。
八百万につられて、また常闇も自分の気持ちを吐露する。
「冷静でいられないのは八百万だけじゃない。俺も今、下手に言葉を口にすれば感情的になりかねない」
普段から冷静を心掛ける常闇ですら、爆豪に対するよくない感情を隠し切れない。
そんな事実はさらに場の空気をギスギスしたものに変えていく。
「駄目だよ! こんな風にいがみ合ってちゃ駄目だ! 雄英の、ヒーロー科の仲間でしょ、僕たちは!!」
ドロドロとした場の雰囲気に、口田が叫ぶように訴えかけた。
普段無口な彼がこうやって大きく主張することは珍しい。だからこそ、場の雰囲気を一変させる一声となった。
「そうだよ。やめよ? ただでさえ轟があんなことになったんだからさ」
「一度冷静になりましょう。クラスのお友達がバラバラになっていくのを見ているのは寂しいわ」
ムード―メーカーの葉隠と冷静な意見を言うことが多い蛙吹。
この二人が意見することで、場の空気が緩んだ。
すかさず飯田が皆をまとめ上げようと声を上げる。
「今は大変な時だ。だからこそ、一致団結していく必要があるんだ。皆で協力していこう!」
「だが、どうする? ただ、『団結しよう』と言うだけでは難しいだろう。何か具体的な行動がなければ」
「そんなの、皆でガンバロー! ……じゃ、駄目なんだよね?」
言葉で言うだけでは不十分だという障子。
芦戸はどうすればいいかと、皆に問いかける。
その答えは、嵐の中心人物である爆豪が答えた。
「ンなもん、簡単なことだろうが。集団に不和があるなら原因を取り除くまでだ。そォだろーが」
「爆豪君、何を? 待て、どこへ行く!? 待て、待つんだ!」
簡単に一言告げて教室を立ち去る爆豪。
慌てて飯田が追いかけて教室を出ていく。
あとに残されたクラスメイト達は、呆然とそれを見送ることしかできなかった。
その後、爆豪は教室には戻ってこなかった。
翌日も。
その次の日も。
爆豪勝己、消息不明。
A組のキャラならどう考えるのが妥当かと思い悩んでたら時間がかかりました。
違和感がなければよいのですが。
次回はノーマルルート最終章の予定です。
また時間はかかると思いますが、楽しみにして頂ければと思います。