緑谷出久が悪堕ちした話   作:知ったか豆腐

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遅くなりました。
かっちゃんに厳しめ。


緑谷出久は試験会場に来ました

 ヴィラン連合によって乗っ取られた二次試験の会場は、混乱の中にいた。

 悪意が牙をむき、次々と生徒たちに襲い掛かる。

 

『C地区にヴィラン出現。ヒーローは直ちに迎撃に向かってください』

 

「どうなってるんだ!? さっきとはまた違うところにヴィランが出現だと!?」

「くそ、どれが本当の情報なんだ! これも試験の一つなのか!?」

 

 わざと流される誤った情報に、生徒たちは惑わされてパニックを起こしかけている。

 そうして隙をさらしたヒーローの卵たちを狙って悪意が襲い掛かった。

 

「なんで、こいつらがこんなのところに!?」

「こいつら、ヴィラン連合の……」

「駄目、助けて! 誰か助けてよ!」

 

 ヴィラン役を務めるプロヒーローの代わりに、生徒たちに襲い掛かるのは改人・脳無。

 手心など全くない脳無たちによって、生徒たちは次々と傷ついていく。

 

『ヴィランの迎撃を行ってください。繰り返します、現場のヒーローはヴィランを迎撃してください』

 

「おい、嘘だろ。本部はこの状況見えてねえのかよ!」

「これが本当に試験だっていうの? そうなの?」

 

『C地区にヴィラン出現。ヒーローは直ちに迎撃に向かってください』

 

「違う! ヴィランがいるのはこっちだ。C地区は反対側だぞ!?」

「嘘でしょ。誰も、救けに来てくれないの!?」

 

 脳無数体に追い詰められ、絶望に顔を染めるヒーロー候補生たち。

 彼らの悲鳴に応えるものはいなかった。

 

 

『また後手にまわってしまった。生徒たちを危険にさらして、何度も何度も。もう終わりだ、なら……いっそのこと!!』

 

 一次試験に落ちた生徒や引率の先生たちが待機する場所もまた地獄絵図と化していた。

 ヴィランが乱入すると同時に生徒の一部が暴れだし、多くのけが人がでている。

 その場に居合わせた相澤ことイレイザー・ヘッドも絶望感から破滅的な考えが頭をよぎり始めている。

 

「ブハッ!」

 

 そんなイレイザーの黒い考えは、噴き出した笑いと共に吹き飛んだ。

 

「大丈夫か、イレイザー!」

「すまん、助かった。俺としたことが不覚をとった」

「ヴィランの中に精神汚染系の個性を持ったヤツがいる。油断するなよな!」

 

 Ms.ジョークの個性で正気を取り戻したイレイザー。

 彼もプロヒーローだ。即座に気持ちを切り替えて、対処に当たる。

 

「しっかし、まぁ、ヴィランだけでなく暴走した生徒も鎮圧しないといけないかー。こりゃ時間かかりそうだ」

「弱音か? ジョーク。嫌なら帰ってもいいんだが?」

「HAHAHA! 笑えないジョークだ、イレイザー!」

 

 笑ってるじゃねえか。と、軽口を叩きあいながら戦闘を開始する二人。

 個性を消し、または爆笑させて一人一人行動を封じていく。

 だが、この混乱の元凶となっている精神汚染系の個性のヴィランの位置が特定できない。

 

『クソ! 事態の収拾には時間がかかるか! プロヒーローが駆けつけるまで持たせろよ、タマゴども!!』

 

 必死に動きながら生徒たちを案ずるイレイザー・ヘッド。

 

 

 一方、そのころ。

 雄英ヒーロー科A組の生徒たちは、担任の期待に応えるように奮戦していた。

 

「おっしゃあ! これで三体目ェ!」

「気ィ抜いてんじゃねえぞ、クソ髪ィ!! 追撃、あんだろ!」

「耳郎さん、索敵を!」

「ちょっと待って、ヤオモモ……駄目! あちこちで戦闘しててノイズが多すぎる!」

 

 襲い掛かってきた脳無を倒し、歓声を上げる切島を爆豪が荒い口調で叱りつける。

 その会話を受けて八百万が耳郎に索敵を要請。

 などなど、強化合宿を経て強化された個性や各自の連携・役割分担などをすることで、ヴィランの襲撃をしのいでいた。

 

 他の高校の生徒と違い、過去の経験から彼らはすでにこの状況を作り上げたのが何者なのか確信していた。

 そして、彼がこの場にいることを半ば直感していた。USJ、体育祭と二度に渡って、轟・飯田・爆豪に至っては三度も相対したヴィラン連合の改人の存在を。

 

「さすが、雄英高校ヒーロー科。中途半端な脳無じゃ相手にならないね」

 

 ヴィラン連合の切り札の一つ。改人・骸無が再び雄英ヒーロー科の前に立ちはだかった。

 

「やっぱりきやがったな、クソデクが!」

「おい、挑発すんなって!」

「皆、気を付けるんだ。油断できる相手じゃない!」

 

 爆豪がその姿を見据えて獰猛に笑みを浮かべれば、瀬呂がそれを諫めながら隣に立って援護の構えをとる。

 そのほかのメンバーは飯田の号令の下、骸無と真っ向から向かい合う。

 対する骸無は無感動な様子で、静かに構えをとる。

 

「やっぱり士傑と並んで脅威度はワンランク上……優先的排除対象だ、ね」

「やらせねえ!」

 

 目標を定め攻撃に移る骸無。それに応じるように切島が真っ先に前に出た。

 もとより防御力が自慢の切島は、こうして強敵に出会った時のためにひたすら個性を磨いてきたのだ。

 

 硬度MAX “安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)

 

 夏の強化合宿を乗り越え、身に着けた最高硬度。

 その努力の成果はここにきて如実に現れた。

 

「倒れ……ねぇ!」

「以前より成長してる。さすが雄英……」

 

 数か月前のUSJ襲撃では、骸無に逆に砕かれた切島だったが、今回は見事骸無の攻撃を受け切って耐えて見せた。

 皆の盾としてひたすら前に出るその姿に勇気をもらい、A組のクラスメイトたちも攻撃をたたみかける。

 

 峰田は骸無の動きを封じるべく頭部の個性を千切って全力で投げつけ、瀬呂は肘のテープを指で裂いて攻撃範囲を増やし逃げ道を塞ぐ。

 そうして骸無の動ける範囲を狭めた上で、中遠距離の攻撃手段を持つメンバーが一斉に攻撃。

 訓練を重ね、お互いの個性を熟知した上で行われる連携攻撃。当たれば大ダメージは確実だ。

 だが――

 

「個性、選択。同時発動、開始」

 

“風力操作” “エアハンマー” “空気膨張” “空気を集める” 

 

 空気に関連する個性を同時に発動し、一瞬で骸無を中心とした暴風を作り出す。

 瞬間的に生み出された嵐は何もかもを吹き飛ばしてしまった。

 当然、骸無は無傷。

 

「成長した、みたいだけど、学習はしていないみたいだね。ボクに数は意味はないよ」

 

 見下したように告げる骸無だが、A組の面々は今のダメージでうめくばかりで誰も応えられない。

 

「調子に乗ってんじゃねえぞ、クソが!」

 

 いや、一人いる。常人以上のタフネスを持つ爆豪だ。

 タフネスだけでなく、戦闘センスの才覚もあふれる彼は先ほどの暴風を自らの爆破で相殺してダメージを軽減していたのだ。

 

「かっちゃんか。なかなかキミもしつこいね」

「てめえ……」

 

 一対一で向かい合う形となった骸無と爆豪。

 だが、すぐに戦いを始めることはしなかった。意外にも会話を試みたのは爆豪だった。

 

「おまえ、こんなところで何してやがんだよ! インコおばさんを放っておいて!」

「母さん?」

 

 相手の母親を話題に出して注意を向ける爆豪。

 その目的は時間稼ぎだ。

 

『俺の体力も回復してねえ。それに、ダメージ負ったやつらが退去できなきゃまともに戦えねえ』

 

 先ほどの大規模攻撃をしのいだ際の消耗は激しく、なにより仲間のダメージも無視できない。

 特に皆の盾となるべく一番前に出ていた切島の傷は深く、無視できそうになかった。

 そっと横目で状況を窺えば、比較的傷の浅い者が重傷者を救けて退避しようとしている。

 状況をみて爆豪は性格に合わないと感じながらも、会話による時間稼ぎを行わざるを得なかった。

 

「おばさんが、おまえの母親がいまどうなってるのか知ってんのか!?」

「……知ってるよ。死んだんでしょ?」

「ッ!? テメエ!!」

 

 自身の母親の死をなんでもないように語る姿に思わず激昂しそうになる。

 グッと堪えて、さらに言葉を重ねる。

 

「おまえ、何も感じねえのかよ。母親が死んだ、いや、殺されたんだぞ!?」

「だから、知ってるって言ってるだろ」

「まさか、おまえが……ッ!?」

 

 爆豪が口にできなかったその言葉の先。

 骸無はいともたやすく肯定してみせた。

 

「そうだよ。ボクが殺した」

「クソがァ!! なんでそんなことをしたァ!!」

 

 これには爆豪も黙っていられずに声を荒げてその蛮行の理由を問いただす。

 その返事は爆豪には、いや、その場の誰もが理解できないものであった。

 

「そんなの邪魔だったからに決まってるじゃないか。ボクが“骸無”になるために、何の力もない“緑谷出久”を捨てて強くなる邪魔になったから」

「ふざけんな! ンなもん強さなんかじゃねえ! 悪人に自分を売り渡して手に入れた力の何が強さだ! アァン!?」

 

 骸無の理解できない殺人理由を否定する爆豪。

 その怒りに任せた爆豪は、つい、骸無の逆鱗に触れるような言葉を口にしてしまう。

 

「今のてめえより、なにも出来ない“無個性”のデクの方がマシだ!」

「なんだって?」

 

 今まで無表情で聞いていた骸無は、その言葉に反応して顔をゆがめた。

 目に怒りを滲ませながら、口元には冷笑を浮かべて爆豪に言葉をぶつける。

 

「おかしなことを言うね。ボクが骸無になったのはキミのせいじゃないか」

「ハッ? 何を言ってンだよ、テメエは」

「だってそうでしょ? “無個性”だった緑谷出久を決してキミは認めようとしなかった」

 

 骸無はかつての爆豪の言動を、自身に対する悪行を糾弾する。

 

 無個性であることを馬鹿にした。

 ヒーローになるという夢を否定した。

 その手段は暴言・暴力だった。

 爆豪は……緑谷出久という存在を決して認めなかった。

 

「ボクは“無個性”で、社会では弱い立場だった。でも、ボクを積極的に否定したのはキミだった」

 

 そうだろ? と、睨むように尋ねる骸無。

 口調は静かなのに、その言葉にはどうしようもない怒りが込められている。

 

「今でも覚えているよ。ボクの夢を綴ったノートを爆破して捨てた後の言葉を……」

「……やめろ」

 

 爆豪が弱々しく制止しようとする。

 その先を言われてしまえば何かが決定的に終わる予感がした。

 

「キミはボクにこう言ったよね、ヒーローになりたいなら、『来世は“個性”が宿ると信じて、屋上からのワンチャンダイブ』しろって」

 

 自殺教唆としか言いようのない言葉。

 ありえないその暴言に、爆豪だけでなく周りのヒーロー科の生徒たちすらも息を吞む。

 

「なっ、それは!?」

「マジかよ、爆豪」

「そんな――」

 

 信じられないというクラスメイトの視線を受け、爆豪は何も言うことができない。

 過去の自分の発言の因果が、今、爆豪の背中に追いついたのだ。

 

「そんなキミが、おまえが! “デク”の方がよかった? マシだった? ……どの口が言うんだよ! そっちこそフザけるな!!」

 

 怒りを叩きつける骸無は、その感情に任せるままに拳を構えて走りだした。

 罪を突きつけられた爆豪は呆然とした様子でそれを見ていた。

 

 地を蹴る音を置き去りに拳が風を切る。そして、鈍く、肉を貫く嫌な音がした。

 

「グフッ!」

「まさか、こうなるとは」

「おまえ……」

 

 骸無の拳に腹を貫かれ、口から血を吐く轟。

 ギリギリで爆豪を庇い骸無の攻撃を受けた轟は、骸無にしがみつくように息も絶え絶えに語りかける。

 

「悪い、俺の……せいだ」

「何を、言ってるの?」

「おまえが、母親を、殺し……たのは、俺の言葉が足りなかったからだ」

 

 苦しそうにしながら告げる轟の言葉に動揺を隠せない骸無。

 以前、偶然出会ったときにもっとしっかりと考えを伝えられていれば、と後悔を口にする轟。

 あの時、迷っていた骸無に、自分が言葉足らずだったせいで最後の一押しをしてしまったと。

 

「あの時なら、まだ後戻りできたかも、しんねえのに、俺が余計なこと言っちまったせいで……悪ィ、ごめん、な」

 

 最後に、謝罪の言葉を口にして倒れる轟。

 その返り血に身を染めて、骸無は絶叫する。

 

「あ、ああ、ああああああ!!」

 

 どうしようもない罪悪感。

 人の命を奪ってしまう感覚が手に蘇る。

 

『ごめんね。出久……』

 

 思い出すのは母親の最期の言葉。

 今の彼と同じく、それは恨み辛みではなく、自分を思いやる謝罪の言葉だった。

 

 封じていたはずの罪悪感がフラッシュバックし、パニックを起こす骸無。

 そうなってはもう周囲のことなど気にすることなどできはしない。

 

 

 そうして選んだ手段は、逃走だった。

 

 

「おかえり、骸無。いい状態になって戻ってきたねぇ。僕の想定通りの状態だ」

 

 どうやったのか記憶もないまま、ヴィラン連合のアジトに戻ってきた骸無は精神崩壊寸前だった。

 それを見て、“先生”は満足そうに笑う。

 

 すべては、巨悪の計画のままに。

 




一度書き上げて、気に入らなくて直し始めたらほとんど別物に。
やっぱりシリアスは大変です。
特に特定のキャラのアンチになる場合は。話の展開上そうせざるを得ないのはわかっていてもなかなか筆が進まなかったです。
僕は、愉悦部員ではないようだ(汗)

次回は雄英高校サイドのエピローグです。

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