緑谷出久は合宿に来ました プロローグ
「音楽流そうぜ! 夏っぽいの! チューブだチューブ!」
「席は立つべからず! べからずなんだ皆」
「ポッキーちょうだい」
「バッカ夏といえばキャロルの夏の終わりだぜ」
「終わるのかよ」
「しろとりのり! りそな銀行! う!」
「ウン十万円!」
「ねえ、ポッキーをちょうだいよ」
合宿へ向かうバスの中は生徒たちの声でざわざわと騒がしい。
『チッ、のんきにはしゃいでんじゃねえよ。バカども』
そんななか爆豪は一人、外の景色を眺めながら物思いにふけっていた。
考えることは、悪に堕ちた幼馴染のこと。
先日、その幼馴染と会ったという麗日の話を聞いて以来、彼の頭から幼馴染――――緑谷出久のことが離れなかった。
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――――数日前。雄英の校舎にて
「なんだよ、丸顔。話って」
放課後、空き教室に麗日に呼び出された爆豪はイライラした様子で現れた。
そんな爆豪に麗日は真剣な表情で言う。
「私、この間、骸無と会ったよ」
「なっ、あいつと!? どこで!?」
「爆豪君が来なかった、みんなでいったショッピングモールで」
「はぁ!? なにしとんじゃ、あいつ」
思いがけないところでの遭遇に驚くと同時に行っておけばよかったと後悔する。
だが、過ぎてしまったことは仕方がないとその時の様子を聞くことにした。
「で? それでなんか話したのか?」
「うん……私、少しだけあの子の気持ちを聞いた。すごい、苦しんでた!」
顔をクシャリと歪めて泣きそうになりながら話す麗日。
爆豪は、出久が苦しんでいたという言葉に少々怯む。そして、何かを言うこともなく黙って話の先を促した。
「彼、“無個性”ってことにすごい苦しんでた。バカにされて、否定されて、誰も自分のことを認めてくれないって……最後に、ヴィランこそが自分の居場所だって」
「あのデクが!?」
麗日の最後の言葉を聞いて爆豪は何かの間違いじゃないかと、とても信じられない気持ちだった。
あれほど一心にヒーローに憧れて、キラキラとオールマイトや多くのヒーローを見つめていたあいつが……。
十年近く近くでその姿を見ていた爆豪にとって、ヴィランであることを認める緑谷出久というものが理解できなかった。
呆然とする爆豪に向かって、麗日は言葉を投げかける。
「その“デク”って呼び名、すごい嫌ってた。“デク”って呼び名は『努力』や『頑張ろうとする意思』を否定される象徴みたいな言葉なんだって」
「あ、あぁ……」
言葉をなくす爆豪。
麗日は涙を流しながら語る。
「私、知らなくて、彼のことを傷つけた。デクって言葉を聞いて笑いながら怒ってた。
爆豪君、私、どうしたらいい? 私じゃ救けられなかった。私のせいで、私のせいなのに何も言えへんかった……」
顔を覆ってすすり泣く麗日に爆豪はそっと肩に手を乗せる。
「おめえのせいじゃねえよ。悪いのは……」
「爆豪……くん?」
珍しく優しく声をかける爆豪に麗日は驚いて顔を上げる。
そこには何か覚悟を決めたような表情をした爆豪がいた。
「あいつは俺が救ける。俺には責任があるからな」
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自分がつけた“デク”というあだ名。
それが緑谷出久に与えていた影響を知った爆豪は、改めて自分の言動を省みる。
そして、あの幼馴染との決着を、悪の道に進ませてしまった彼を止めるのは自分の役目だと決意するのだった。
「そのためにも、この合宿で力をつけなきゃならねーんだ」
爆豪は、静かに闘志を燃やす。
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雄英の合宿先から少し離れた崖の上。
骸無は雄英の合宿の様子を見下ろしていた。
「地獄の特訓ってところかな。ふうん、それぞれの個性を伸ばす訓練とはおもしろいね。
でも、あんなのまだまだ地獄の一丁目。これからが本当の地獄だ。
そうだろ? みんな?」
振り返る骸無。
十体の脳無が静かに並んでいる。
襲撃までのカウントダウンはもう始まっている。
合宿編開始です。
爆豪は決意を固めましたが果たして?