衛宮士郎は死にたくない。   作:犬登

9 / 14

凛ちゃんはとんでもないものを奪っていきました。


第七話 ガチ勢は狂人になりきれない。

 朝になっても昨日の疲れからか本調子ではなく、朝食を摂った後は二度寝した。本当は寝る前に腹に物を入れたくなかったのだが、目が覚めるとセイバーが

 

「朝食の時間ですね、シロウ。」

 

と、間髪いれずに催促してきたので仕方なくだ。

 買ってきた食パンと野菜をいくらか、それとハムを冷蔵庫から取りだし即席でサンドイッチを作った。そのまま置いておくのも冷蔵庫に入れるのも嫌だったので、結局食べてしまった。

 王様から不満は出なかったということは、一応お目にかなったらしい。手作りなら許容範囲内なのか。

 ただし食べ終わった後の顔を見るに、量はまったく足りなかったようだ。

 

 

 

 二度寝で三時間ほど経ち、午前十一時近く。学校近くに行くと知り合いに会いかねないので、大橋を渡って新都の駅前方面に来ていた。

 一応、帽子を被って白髪が目立たないようにはしている。パーカーなどのフードも考えたが、昼間からフードをしている男と外国人の少女が歩いていたら完全に事案だ。なので昨日適当に購入した帽子を使っている。

 

 橋を渡っている途中、セイバーが川の先に広がる海をじっと見ていた。海を見るのが初めてってわけでもないだろうし、他に何か感じ入るものがあったのだろうか。蛮族の侵攻を思い出す、とか。円卓の騎士たちと正面から戦える蛮族は何なんだ。

 

 昼飯は昨日と同じく近くにあった料理店でとった。今回は中華系だ。昨日の朝、何故か異常に上手く箸を扱っていたので、今度はレンゲを使わせてみた。当たり前だが普通に使えていた。レンゲは簡単すぎたか。

 セイバーはどんな物を使っても上品に見える。英霊が箸を使える理由が非常に気になるが今は置いておこう。

 少なかった朝食の反動か、諭吉大先生が三人殉職してしまった。一応言っておくと、そのうち俺の代金は七三〇円だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食の後しばらく歩いて、活気のある街から遠ざかり。

 

「ここは……。」

「見ての通り教会だ。」

 

 自分たちは新都の外れにある教会に来ていた。

 一般人にとって、この教会は神父がいて礼拝に行く極普通の場所だ。どこの街にもあるような何の変哲もないスポットに過ぎない。

 しかし聖杯戦争の参加者にとっては重要な意味をもつ。というのも、此処は戦いに負けた時の避難所なのだ。サーヴァントを失ったマスター、もしくは稀にマスターを失ったサーヴァントが監督者の保護を求めて訪れる。本当に保護されるかはさておき。

 

 セイバーが怪訝な表情を浮かべる。

 

「シロウ、まさかとは思いますが棄権を?」

「ありえない。俺はセイバーを放って途中で下りるなんてしないさ。」

「では何故?」

「どうやら前回から監督役が参加者と癒着しているらしい。というわけで、それが本当かどうか調べて、黒なら処理しておこうってことだ。情報共有とかされたら厄介だしな。」

 

 前回の第四次聖杯戦争では、監督役とその息子であるアサシンのマスター、アーチャーのマスターが結託していたそうだ。

 

「監督役を殺害する、ということですか……。」

「まあ、いつか誰かが殺すと思う。監督役ってのは予備の令呪を大量に持っているらしいんだ。だから、その令呪を手に入れることが出来れば一気に勝利に近づく。」

「……確かに、どの陣営も考えそうではあります。」

 

 令呪は絶対の切り札だ。あった方が良いに決まっているし、無いならそれだけ負ける確率が高くなる。判断さえ間違えなければ、どんな攻撃にだって対応できる。最後の決戦では間違いなく令呪の応酬になるだろう。一手上回れば、それで片がつくのだから。

 

「それに敵に奪われると分かっている切り札を態々見逃す意味もないだろ?」

「……いいでしょう。それが勝利のために必要ならば。」

「ありがとう、セイバー。」

 

 良かった。かなり渋っていたが、どうにかセイバーの了承を得られた。拒否されても当然と思っていたのだ。なにせセイバーは騎士。このような反則行為は認めないかもしれなかった。

 ただ、拒否されたら素直に止めるつもりだったけれども、自分としてはこの策は卑怯だとは思わない。

 監督役だってコチラ側の人間だ。理不尽な死に方をすることぐらい覚悟しているだろう。魔術に関わってしまった者にキレイな終わり方はありえないのだから。そう、あの火災の時のように。

 

 

 

 

「じゃあ行こう。」

 

 重々しい扉を開けて、中に入る。

 中には誰もいなかった。長椅子は全て空席で物音ひとつすることなく、肝心の神父すら見当たらない。奥の部屋だろうか。

 建物全体の解析を始める。礼拝堂、中庭、通路。

 

「────ん、地下室か?」

 

 隠されたように地下へと続く階段がある。教会に地下室?何の為にそんなものが作られたのだろうか。徒の倉庫の可能性もあるが。

 

「下りますか?」

「勿論だ。何かないとも限らないし、探してみる価値はある。」

 

  ────この教会には何もない。

 

「分かりました。では私が先に行きますので付いてきて下さい。」

 

 暗く、じめじめとした空気が溜まっている地下室に下りていく。階段を下りる際の足音がやけに響いていた。音の反響からすると、かなり深く広い空間があるようだ。

 

 ────引き返せ。

 

 何故か、地下に向かい始めた時から悪寒が止まらない。

 

「……何だってんだ。」

 

 本当に此処は神の家を謳う教会なのか。

 そう思ってしまうほど淀みを感じる空間だ。引き返す、というほどではないが最大限に警戒する必要がある。

 

 

  ────それだけじゃあ足りない。引き返せ。引き返せ。引き返せ。

 

 階段を下りて、開けた場所に出た。天井を支えるための柱が数本ある。正面の何かのシンボルを見るに、聖堂らしい。

 見渡すと、階段の下に暗い扉がある。さらに部屋があるようだった。

 

  ────これより先は戻れなくなるぞ。

 

 酷くなる悪寒を無視して、扉を開ける。

 

「これは……。」

「どうした?」

 

 その部屋に入ると直ぐにセイバーが立ち止まってしまったので、体をずらして奥を覗き見る。

 暗くてよく見えない。 

 強化してもう一度目を向けると、そこには。

 

「───────」

 

 先程から感じる悪寒の正体があった。

 

 足元に転がっている、壁に打ち付けられている、天井から吊られている肉塊たち。死体にしか見えない。死臭しか感じない。

 胴と頭しかないそれらは、今にも腐り落ちて崩れそうだ。しかし瀬戸際で肉体の崩壊が押さえられている。押さえられてしまっている。決して苦しみから解放されることはない。

 

「生きて、いるんだな。こんなになってまで。」

「ええ、微かにですが動きがあります。ですが意識は無いでしょう。恐らく自我も。」

 

 その通りだろう。ここにいるヒトたちは生きている。というよりも、死なないようにされている。その肉体が入れられている棺が長い間(魔力)を搾取できるように。

 

 駄目だ、これに同情してはいけない。悲しんではいけない。感情を動かしてしまっては、もう二度と前に進めなくなる。それだけは許されない。

 冷静になれ。これは戦いなんだ。こういうことをする輩がいてもおかしくはないだろう?

 だから、思考を戻せ。 

 今は何も感じなくていい────。

 

 

「……気になるのはこの魔力を何に使っているか、だな。まあ思いつくのはサーヴァントへの魔力供給ぐらいか?」

「つまり監督役は同盟相手のサーヴァントに供給しているか、監督役自身が契約している、ということですか。」

「たぶんな。もしかしたら監督役が自分で使う用に魔力を溜めているのかもしれないけど、その線は薄い。サーヴァントを強化した方が効率がいいし。」 

 

 しかし、まだ聖杯戦争は始まって数日。前哨戦があったとしても一週間ぐらいだ。その間に殺されたとされた人数を明らかに超えている。ならば聖杯戦争の前からこの人たちを捕まえていたということか。

 

「これだけの人数を一体何処で……?」

 

 隠蔽工作を行いながら少しずつ拐ったのか。しかし今回の第五次聖杯戦争は時期が異常に早かったはず。十年で始まることを監督役は知っていたのか?切嗣ですら知らなかったというのに。

 このような搾取をしていたら六十年も人間が持たないだろう。監督役も分かっていたはずだ。けれど実際にやっているということは、それが必要だったのか。

 

「聖杯戦争が始まる前からある程度の魔力を必要としていたのか?」

「ならばサーヴァントではなく、やはり監督役自身が魔力を使っていたのでしょうか。」

「そういうことになるけど。こんなに魔力を集めて何をしていたんだ?」

 

 結局そこに行き着く。もう少し探せば手掛かりが見つかるかもしれないが、悠長な事は言っていられない。此処は恐らく敵であろう人物の本拠地なのだ。

 

「取り敢えず、この人達を……殺そう。これ以上苦しむ必要はない。」

「分かりました。ですが、私が全てやりましょうか?」

 

 言外に人を殺すのは辛いだろうと言ってくれているのか。

 

「いや、大丈夫。こういうのは見慣れているしな。いつかはやらなきゃいけない事だ。」

「……分かりました。では私はあちらを。」

 

 セイバーが奥の方へ進んでいく。どこか悲しそうな表情を浮かべていた気がした。

 

 

 直剣を投影する。

 僅かに蠢く肉塊に突き刺そうと腕を振り上げた。

 

 ずぶっ。

 

 

 

 

 

「─────が、ぁッ。」

 

 かくん、と体が前のめりになる。

 熱い。右の脇腹に違和感がある。何か冷たいものが突き刺さったような。

 

「せい、ば────ぁ、ぅ──」

 

 ずぶっ。

 

 まただ。次は左の肩。骨が砕けた。

 視界が明滅する。頭が焼けそうだ。熱い。もう熱さしか感じない。体が燃えているような気がした。

 体を支えていられない。倒れる。

 

「────シロウッ!!」

 

 寸前でセイバーに支えてもらえた。

 触れ合った肌から暖かい魔力が流れてくる。契約のラインではない、もうひとつのライン。それを通って。

 全身から急激に痛みが引いていく。まともな思考が戻ってきた。

 

「は───あ、サン、キュー。もう少し、このまま。刺さってるの、抜いてくれ。」

「分かりました!!」

 

 ぐん、と体が引っ張られて、刺さっていた剣が抜けた。少しだけ血が垂れる。痛みもあまり無い。

 投げ捨てられた剣を解析。判明、黒鍵。

 なるほど、似非監督役のお出ましだ。

 

「───投影、開始。」

 

 投影した巨大な石の斧剣を床に突き刺し、次弾以降への盾とする。

 段々と貫かれた部位の傷も治ってきた。反撃といこう。

 

「────づぅ、ふぅ。……行くぞ、セイバー。後ろから援護する。」

「な、傷はもういいのですか!?」

「能力のおかげで問題ない。行ってくれ。」

 

 困惑しながらも頷いたセイバーが斧剣をすり抜け、疾走していく。

 アーチャーの弓を手に持ち、レイピアを変形させた矢を一本だけ放つ。多すぎるとセイバーに当たってしまうため、単発でしか援護できないのが痛い。

 

 放った矢はセイバーを追い越し、襲撃者に到達する。流石に単発では怪我を追わせることはできず、持っている黒鍵で弾かれた。

 そこへセイバーが斬りかかる。地形は悪いものの大きく踏み込んだ全力の一太刀だ。生身の人間ではいなせるわけが────。

 

「────ふっ。」

 

 残像を残すほどの斬撃が、突如折れ曲がった。

 

「くっ、はぁっ!!」

 

 返す刃で二撃目を狙う。それは一歩身を引かれたことで躱された。セイバーが振り切った直後の僅かな時間にバックステップ、再び距離が開く。俺は急いでセイバーの側についた。

 

 そこで監督役が初めて口を開く。

 

「どういう了見だ?セイバーのマスター。脱落をしてもいないのに、此処を訪れるとは。」

「ぬかせ、脱落しても保護するような場所じゃないだろ。」

「何を言う。サーヴァントに殺されないように保護はするとも。」

「で、そこをテメェが狩ると。」

「さてどうだか。」

 

 監督役は図体の大きな男だった。だが何があったのか、右腕の肘から先が無い(・・・・・・・・・・)

 

「その腕はどうした。預託令呪とやらがあるんじゃないのか。」

「ほう、君もそれが目当てだったか。先日君と同じ考えの者が現れ、私の腕を切り落としていったのだ。実に手際が良かったのでな、反応する間もなく持っていかれた。そのせいで調子が悪くて二度も苦しませたことは謝ろう。」

「何が調子が悪いだ、化け物が。だったら何故他のマスターに召集をかけない。大方、そのマスターと結託してわざと令呪をやったんだろ?」

「大方などと根拠の無い中傷はよせ、セイバーのマスター。度が過ぎると監督役への敵対行為と見なすぞ?」

「チッ……。」 

 

 これは確実に黒だ。令呪の委譲に制限があったか、もしくは本当に襲われたが許可したのか。

 

 なんにせよ、生かしておくわけにはいかない。ここで確実に殺す。それがこの戦いのためにも、あの人たちのためにもなる。

 

「ああそう言えば、何故彼らを殺そうとしていたのだ?」

「何故だと?テメェがほざくな。あれじゃあ治らないから、少しでも早く楽にしてやりたかっただけだ。」

「ならば止めて正解だった。自ら手に掛ける者たちの正体は知っていたほうが良い。普通の人間なら誰もが止めるだろう。」

 

 漠然と嫌な予感がした。これ以上聞いてはいけないと。喋る前に殺せ、と。

 

「兄弟を殺そうとしていたら、な。」

 

 兄弟。自分にそんなものはいない。だから殺せ。コイツは可笑しな事を言っている。だから殺せ。早く、理性があってまだ感情なしに殺せる内に早く、殺せ。

 

「あの火災を生き残った仲間だろう?」

「もういい。黙れ。」

 

 お前が俺達のことを口にするな。

 

「その絆は兄弟のようなものだと勝手ながら推測したが、違ったか?」

「黙れって言ってんだろッ……!!」

 

 あまりにも多くの死に見送られ、地獄を生き残った奇跡。その奇跡を背負って紡ぐ筈だった未来。

 それを冒涜した男が嬉々として語る。何の悪夢だろうか、これは。

 

「ただ一人引き取られた衛宮切嗣の息子、衛宮士郎。」

 

 ぷちん、と何かの切れる音がした。

 

 

「────この、クソ野郎がァァァァッ!!」

 

 

 全力で殺す。

 後の事など一才考えない。監督役?構うものか。こんな輩の何処に中立性がある。一般人を喜んで生け贄にする男だ。殺してしまっても何も問題はない。

 

 ────魔術回路(サーキット)励起状態(オーバードライヴ)

 

 身体中に淡い光が走る。尋常じゃない痛みが脳内をぐちゃぐちゃに掻き回した。

 

「シロウ、落ち着いて────」

「アイツはここで殺す。殺さなくちゃいけないんだ。」

 

 ────解析、対象設定、常時展開。

 

 膨大な量の情報が頭の中に流れ込んでくる。そしてそれらは途切れることがなく、常に更新されていく。

 対象は男の肉体。

 呼吸、脈、全身の筋肉の収縮、その全てを理解し、一秒先の動きを予測する。

 

「投影────」

 

 必要なのは、狂戦士の如き荒れ狂う暴力ではない。清廉な騎士の如き華麗な剣技ではない。

 

 あらゆる猛攻をも撒き、それでいて敵を仕留める非才の剣の極致。

 この身に流れる血が覚えている。あの陰陽の双剣こそが己に最も相応しい、と。

 

「────開始ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




なるべくドライになろうとするも、煽られて仮面の外れる図。
解析って戦闘中も使えばこうなると思った。



それでは良いお年を。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。